ラストスタリオン   作:水月一人

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俺の勝ちだ!

 ガルガンチュアの村で発生した熱病。その特効薬を貰いに向かった先で、一行はオアンネス族に捕まっていた人間を助けた。こんな森の奥に、どうして人間が? と尋ねれば、なんと彼は人間と獣人のハーフだと言う。この森には、そんなハグレモノが暮らしている集落があるというのだ。

 

 そしてそんな彼の口から飛び出した爆弾発言。なんと彼は、ルーシーも混血だと言うのである。驚いた一行が注目すると、彼女は困ったように苦笑いしながら、それを認めるのであった。

 

「たははははは……バレてしまったか」

 

 ルーシーはバツが悪そうに苦笑いしている。鳳たちは何と言っていいものか、掛ける言葉を失った。別に混血に対する差別意識があるとかそういうわけではなく、単純に、どう接していいか分からなかったのだ。

 

 何しろ、今の今まで、人間と獣人の間に繁殖能力があるとは思わなかったのだ。それくらい、その二種族の間には、見た目に隔たりがあるからだ。極端な話、人間と蜥蜴人(リザードマン)では、同じ人類とは思えないくらいである。

 

 そしてその意識は鳳たちだけではなく、この世界の住人全てに共通するもののようだった。だからこそ、助けた彼は見た目が人間にも関わらず、森の奥に隠れ住んでいたわけである。

 

 だと言うのに、助けてくれた相手に対し、不用意な発言をしてしまったことに気づいた男は、真っ青になって平謝りに謝っていた。

 

「す……すみません! つい、仲間が増えたと思って嬉しくて……みなさんに隠していたんですね!」

 

 ルーシーは満面の笑みを浮かべながらニコニコ近づいていって、エイッとその傷口に猫パンチを入れた。

 

「いたぁーーーっ!! いったーいっ!!」

「えへへへ。少し黙ろうか、その口、縫い付けちゃうよ」

「す、すみません……」

 

 男は青ざめて縮こまっている。ルーシーは見た目にこやかに見えるが、内心は相当怒っているようだ。そりゃまあ、そうだろう。自分の隠し事を目の前で暴露されて怒らない人間などいないだろう。人の秘密は、その人の口から出るならともかく、他人から聞かされたらただの陰口だ。

 

 なんて言葉をかけていいものか……鳳は仲間たちと目配せし合った挙げ句、結局、普通に声をかけるしかないと思い、

 

「そうか……ハーフだったのか」

 

 するとルーシーは諦めたように、視線を明後日の方へ向けもじもじしながら、

 

「正確にはクオーターなんだけど……」

「どうして黙っていたんだ?」

 

 ギヨームが尋ねる。別にそれを知ったところで、放浪者(バガボンド)である鳳たちには、彼女を差別するような意識は働かなかっただろう。そもそも差別するなら、この世界そのものを見下していると言って過言でない。だから言ってくれればよかったのにという軽い気持ちであったが……やはり、彼女がそれを口に出来なかったのは、そこに差別があるからだった。

 

「意識しなくっても、言えばやっぱり見る目が変わっちゃうんだよ。ギヨーム君たちがなんとも思わなくっても、事実を知っていれば、会話の中にそれが現れてくることがあるでしょう。それが誰かの耳に届いたらって思うと中々言い出しにくくって……黙ってれば分からないと思うと、どうしても……」

 

 彼女はそう言って悪気は無かったんだと謝罪した。別に謝るようなことではないのだが、なんとなくフォローもしづらくて、その場の空気が気まずくなった。沈黙が場を支配する。いつの間にか風は凪いでおり、唯一聞こえてくる音は焚き火が爆ぜる音だけだった。

 

 それから暫くして、彼女はこの世界の種族間にある混血問題について、ポツポツと語り始めた。

 

 人間と獣人……狼人や猫人などの種族。これら異種間同士でも繁殖能力があり、混血が生まれてくる可能性がある。生まれてくる子供は、両親の種族的特徴を受け継ぎ、身体的には優位に立てるが、繁殖能力は殆どない。一代限りで途絶える雑種のような存在らしい。

 

 例えるなら、ロバと馬の混血であるラバのようなものだろうか。ロバと馬は、比較的最近、共通祖先から別れた近親種であり、身体的な特徴は似通っている。そのため双方の間に繁殖能力が残っているが、染色体数が異なるために、生まれてくる子供は繁殖能力を持たない。

 

 しかし進化とは適者生存と突然変異の賜である。中には繁殖能力をもつ個体も生まれてくるので、その個体がまたラバ(逆の場合はケッテイ)を産むことがあるらしい。研究が進んでないのは、ラバが経済動物であることと、動物愛護団体がうるさいからである。

 

 ともあれ、異種姦というのはそもそもマイノリティで弱者が多い。例えば人間と狼人がセックスするのは、大多数の人にとっては“気持ち悪い行為”なのだ。その子供が差別されるのは、ある意味仕方ない面もある。何しろ、この世界には動物愛護団体はおろか、人権団体も存在しないのだ。

 

 そのため、混血は身体的に優位な特徴を持って生まれても、現実社会で差別されて活躍することはないに等しい。大体の人が生まれや身分を隠して育ち、大きくなっても差別的な職業に就くことが多い。特に、繁殖能力がないという特徴は、娼婦や男娼になるにはうってつけである。

 

 ルーシーの母親はそんな混血娼婦で、彼女自身はクオーターだそうだ。さぞかし苦労したかと言えば、彼女に言わせればそうでもないらしい。ルーシーはそんな希少な人間であるため、母親の娼婦仲間に大変可愛がられて育った。彼女らは、子供が欲しくてもまず産むことが出来ないので、そんな中に生まれてきた子供が可愛かったのだ。

 

 彼女はそんな大勢のお母さんに育てられてすくすくと育った。母親たちは日の当たらない仕事をしている反面、金は持っていたので、ルーシーは普通の教育を受けて普通の町娘として育てられたらしい。ギルド長やミーティアは、そんな彼女の出自を知っていたようだ。

 

 故に、帝国が街を占領したあと、彼女は職を失って自分も娼婦になろうとしたが、みんなに大反対されて、それでギルドの職員見習いとしてこの大森林までついてきたわけである。

 

「……でも、ギルドの仕事も、日常のサポートも、ミーさんみたいに上手く出来ないし、これから何をやっていいか分からなくなって困ってたんだ。故郷に錦を飾るってわけじゃないけれど、次会う時には、出来ればみんなには元気な姿を見せたかったから……何か私にも出来ることが、ううん、自分にしか出来ない何かがないかって悩んでた。だから、そんな時に、冒険に誘ってくれて、本当に嬉しかったんだよ」

「そうだったのか……」

 

 一人だけ大反対していたギヨームがバツが悪そうにそっぽを向いていた。鳳は笑いながらそんな彼の脇腹を肘で突きつつ、

 

「良かったよ、誘って。もしかして、迷惑だったかなと思ったんだけど、そんなことないんなら……こっちとしては、すげえ儲けもんだったんだぜ? 最初は荷物持ちだけのつもりだったけど、いつの間にかどんどんスキル身につけてきて、気がつけば現代魔法も覚えちゃうし、今では俺達のパーティーに、絶対欠かせない仲間なんだぜ?」

「へへへ……そうかな?」

 

 鳳は少し真剣な表情になって続けた。

 

「だからってわけじゃないんだけど、君が勘違いしないように先に言っとくんだけど……俺達は君を差別するようなことはしない。何故なら、俺達は元々この世界の人間じゃないからだ。君たちがこの世界でどんな価値観を持っているか知らないけど、少なくとも俺はそんなの知ったこっちゃない。だから今後、君を傷つけるような奴らがいたら、俺は仲間として全力で君のことを守るよ」

 

 鳳がそう宣言すると、ジャンヌも一緒だと同意した。それから少し気恥ずかしそうにギヨームも続いた。

 

 ルーシーは、そんな仲間にお礼を言おうとしたのだが、声を出そうとすると不思議と喉が詰まってしまって、どんな言葉も出なかった。代わりにその瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れてきて、女の涙に全然慣れていない鳳は焦ってしまって、

 

「な、何も泣くことないじゃないか」

 

 するとルーシーは目尻の涙を指先で拭いながら、

 

「泣いてないよ、鳳くん。涙は心の汗なんだよ」

 

 そう言って、彼女は少し笑った。

 

**********************************

 

 翌朝、助けた男に案内されて辿り着いたのは、様々な種族が暮らす村だった。事前に話を聞いていたからそれほど驚かなかったが、もしも何も知らずに訪れていたら、きっと今頃腰を抜かしていたことだろう。

 

 レイヴンの集落は村というよりも、森の中に突然現れた街のようだった。かつて鳳たちが暮らしていたヘルメス国境の街と同じように、ツーバイフォー建築の家々があちこちに建ち並んでいる。中には2階建て以上の建物もあり、それが崩れずに建っているのは、見た目以上に建造がしっかりしているからだろう。

 

 種族はバラバラで、狼人も兎人も猫人も、そして人間も何人か混じっている。蜥蜴人が商店を開いているところを見ると、どうやらここにキャラバンが通ることもあるようだ。もしかしたら、あのトカゲ商人たちの補給基地になっているのかも知れない。

 

 見れば、大人も子供も種族も違う人々が、同じ畑で作業をしている。これがレイヴンという集団なのだ。ハグレモノと聞いていたから、もっと悲惨な生活を送っているのかと思っていたが、案外そうでもないらしい。

 

 そんな街の光景に驚いていると、怪我でボロボロの仲間を連れてきた怪しげな4人組のことを、気がつけば街の住人たちが遠巻きに囲んでいた。最初は不安そうな顔をしていた住人たちも、男が事情を説明したら、打って変わって愛想良くなり、仲間を助けてくれてありがとうと、口々にお礼を言っていた。

 

 取り敢えず、怪我をしている男をこれ以上連れ回すわけにもいかないので、彼のことを街の住人に任せ、鳳たちは別にやってきた案内人に先導されて、リーダーの家まで向かうことになった。

 

 非常に愛想のいい男で、頼んでもないのに道中いろんなことを話してくれた。

 

 彼の口ぶりもそうであったが、ここに住んでいる獣人はみんな流暢な言葉を使い、数学的な才能があって様々な計算も行えるそうである。案内人が言うには、混血は比較的人間に近い能力を持つから、文化レベルは帝国や勇者領に近いらしい。反面、レベルが低いから、戦闘面では獣人に劣るようである。

 

 だから街には用心棒が必要なのだ。

 

 街の中心のでっかい家に住んでいたレイヴンのリーダーは、混血ではなく、純血の狼人の男だった。非常に体が大きくて、筋骨隆々、鳳くらいなら片手でひねってしまえそうである。どことなくガルガンチュアに似ているのは、狼男がどれもこれも同じに見えるからだろうか……

 

 そんなことを考えていると、案内人がリーダーに鳳たちがやってきた理由を説明しだした。彼はうんうんと頷きながらそれを聞き終えると、

 

「街の仲間を助けてくれて感謝する。俺はレイヴンのリーダー、パンタグリュエル。レベル30の狼人だ」

 

 レベル30と言うくだりは、わざわざ言うことなのだろうか……リーダーは、用心棒としての役割もあるから、強さを誇示しなければならないのかも知れない。少々戸惑ったが、黙って挨拶を返す。

 

「こんにちわ。俺たちは冒険者ギルドの依頼で、熱病に効くと言われる薬を探しにやってきました。ここの部族が持っているという話を聞いたのですが……」

「仲間を助けてくれた勇者に出し惜しみはしない。薬が欲しいなら、村人に分けるように伝えよう」

 

 彼がそう言うと、案内人がお辞儀をして部屋から出ていった。多分、その薬を取りにいってくれたのだろう。リーダーは彼が退出するのを見計らってから、ほんの少しトーンを下げて、

 

「……ところで、魔族が現れたのは本当か?」

「はい。ここから数キロほど行った河原にコロニーを作ってました。あの川は、あなた達の生活用水の役目も負ってるなら、早めに駆除したほうが良いと思います」

「そうか……」

 

 そう言って黙りこくったリーダーは、厳つい顔をしているが、組んだ手の指先がそわそわと忙しなく動いていた。もしかしたら不安なのかも知れない。ガルガンチュアの部族くらい戦闘員がいるならともかく、小さな部族では魔族に太刀打ちできないような集落はいくつもある。鳳はそう思いいたり、

 

「良かったら、魔族退治に協力しましょうか?」

「本当か!?」

 

 リーダーの表情がパーッと明るくなる。もちろん、大サービスであるが、

 

「タダで薬だけを貰うわけにも行きませんから。戦力はどのくらい集めることが出来ますか? 少なくとも、猛獣クラスとの戦闘経験がある人が数人は必要ですが……」

 

 そんなことを話している最中だった。家の玄関をドーンッ! っと開ける音がして、わざとドカドカと足音を立てながら誰かが家の中に入ってきた。その不遜な態度にリーダーが怒り、大声で不躾な来訪者に向かって叫んだ。

 

「誰だ! 今は来客中だぞ!!」

 

 すると闖入者は負けじと大声を張り上げて、

 

「パンタグリュエル! そいつらは客じゃない! 敵だ!!」

 

 突然、部屋に飛び込んできたその男は、いきなり鳳たちを指差してそんなセリフをのたまった。もちろん、そんなつもりのない鳳は、慌ててそれを否定しようとしたが、

 

「ええ!? いやいや、俺たちは全然、もちろん、これっぽっちも、全く敵意なんてございませんぜ? 一体突然何を言い出すんだあんたは……って……おまえは!?」

 

 振り返って相手の顔を見た瞬間、鳳は固まった。

 

 そこに立っていたのはリーダーと同じ狼人だった。狼人は表情が乏しく見分けがつかないが、その顔だけは忘れようも無かった。最後に見たときよりも、ほんの少し成長したようだが、相変わらず小生意気な子供の表情を残している……ガルガンチュアの村を追放された、ハチである。

 

 どうしてこんなところにハチが!? 戸惑う鳳たちを尻目に、彼はリーダーに向かって言った。

 

「パンタグリュエル! こいつらはガルガンチュアの村の住人だ。俺はこいつらに、不当に追い出された! 間違いない!」

 

 彼がそう叫ぶと、それまで愛想が良かったリーダーの態度が突然豹変し、

 

「……なんだと!? 貴様ら、ガルガンチュアの村から来たのか!?」

 

 リーダーは物凄い形相で鳳のことを睨みつけると、その鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぎ、

 

「本当だ! ちょっとだけガルガンチュアの臭いがするぞ! この野郎……俺を騙したな!!」

 

 何故かわからないが、突然激昂したリーダーが、その丸太のような腕を振り上げる。慌ててジャンヌが間に入り、その腕を受け止めた。

 

「ちょっと! 何をするのよ、あなたっ!」

「うるさい! お前たち、俺を騙したな!? ガルガンチュアの村人が、俺の村に入るなんて許せない!!」

「待って下さい! どうしてそんなにガルガンチュアさんを拒絶するんですか? あんた、一体何者なんですか!?」

 

 事情がよく飲み込めない鳳が困惑しながら尋ねると、するとリーダーは苦々しそうな表情で言った。

 

「ガルガンチュアは俺の弟だ。俺はあいつが族長になるために……あの村を追い出されたんだ!!」

 

 興奮するリーダーの吐く息が顔にかかる。肉食獣特有の臭いがして、鼻がひん曲がりそうだった。鳳はそれを我慢して、どうにかこうにか彼に話を促した。

 

 そして判明した事実は、どうやらこういう事らしい。ガルガンチュアの村では族長の息子が後を継ぐのだが、それは何人もいる男子の内、長男に限らず最も高レベルの男子がなる決まりだった。そのため、ガルガンチュアよりもレベルが低かったリーダーは、彼が村を継ぐ際に禍根を残さないよう、まだ若いうちに村から放逐された。

 

 何もしていないのに、ただレベルが低いという理由だけで追い出された彼は、ガルガンチュアの村を憎んだ。それ以上に、村でしか暮らしたことのない彼は、いきなり外の世界に放り出されて、どうやって生きていいか分からず不安だった。生活能力のない彼は、死にそうになりながら、あちこちを放浪した末にようやくこの街にたどり着き安息を得たわけだが、それで村への憎しみが消えるわけではない。

 

 以来、彼はこの街の用心棒として生活しながら、ガルガンチュアの村への復讐を狙っていたのだ。

 

「あの村人たちが苦しむならいい気味だ! さっきはやると言ったが、薬はやらないことにする!」

 

 リーダーはそう言い捨てると、もはやお前たちとする話はないと言わんばかりに、ハチと二人がかりで、鳳たちを突き飛ばすようにして家の外まで追い出した。長い廊下を小突かれて、開きっぱなしの玄関から追い出された鳳は、地面に転がって膝小僧を擦りむいた。

 

 激痛に顔を歪めながら、彼は振り返り、何とかリーダーを宥めようとしたが、

 

「うるさいっ! お前たちは俺だけでなく、ハチも追い出した! あの村は、昔から何も変わってない! 最低だ! ガルガンチュアの村は、みんな死ねばいい!」

 

 彼の怒りは頂点に達しており、もはや取り付く島もないようだった。

 

 鳳は落胆してため息を吐く。そんな彼を見おろすように、陰が立ちはだかった。見上げればハチがニヤニヤしながら鳳のことを見下している。

 

「いい気味だな、ツクモ。今度は俺の勝ちだ」

「勝ち……? 勝ち負けも何もないだろう? おまえは何を言ってるんだ?」

「うるさい! おまえは村人たちを助けられなかった。村人たちはおまえのせいで死ぬんだ。ざまあみろ!!」

 

 突然何を言い出すんだろう、この男は。鳳はわけがわからず戸惑ったが、ハチのニヤニヤ笑いが止むことは無かった。

 

 察するに、ハチは鳳に嫌がらせをすることで、優越感に浸っているらしい。鳳に狩り勝負でやられた復讐を、こんな形で行っているのだ。いや、それだけではなく、村から追い出された恨みも、ガルガンチュアへの鬱憤も、こうして晴らそうとしているのだろう。

 

 虫唾が走るが、今はこの男のことをどうこうしている場合ではない。なんとかして薬を分けてもらわねば……長老も、マニも、隣村の人たちも困ってしまうのだ。

 

「ハチ、おまえはみんなが死ねばいいなんて言うけど、今熱病に罹っているのは、おまえの友達のマニなんだぞ? 可愛そうだと思わないのか? 助けてやれよ。おまえしか助けられないんだから、な? 俺からも頼むから、この通りだ」

 

 鳳は出来るだけ下手に出てみたが……ハチはニヤニヤ笑っているだけで何も言わなかった。薄々そうじゃないかと思ってはいたが、彼にとってマニは友達でもなんでも無かったんだろう。それどころか、目の上のたんこぶくらいに思っていたかも知れない。

 

「おまえ……狩り勝負の時にズルしたのを助けてくれたのはマニだろう!」

「うるさい!」

「おまえが腹を空かせていたら食べ物を分けてやったり、他にも色々フォローしてくれた仲間だろう!?」

「うるさいうるさい!!」

「そのマニが苦しんでいるんだぞ? なんとも思わないのか!?」

「はっ! いい気味だぜっ!」

 

 ハチは全く悪びれもせずにそう言い放った。本当に見下げ果てたやつである。鳳は悔しくて、奥歯をぎりぎりと噛み締めた。

 

 と、その時、ハチは騒ぎを遠巻きに見ていた一人の兎人の女性を抱き寄せて、まるで見せつけるようにそのほっぺたにキスをした。

 

「マニは女を知らずに死ぬんだな。哀れなやつめ」

 

 ハチはイヤイヤをする兎人の首筋をペロペロと舐め、鳳に見せびらかすようにその胸を揉みしだいた。兎人はそんなハチ相手にうっとりとしている。

 

「俺はこの村に来て良かったぜ。女は強い俺の虜。いくらでも取っ替え引っ替えだ。俺は大人になったのに、マニはずっと子供のまま。ツクモ、おまえ、女を抱いたことあるか?」

 

 鳳はあまりに胸糞が悪くてどんな言葉も出てこなかった。ただ、こんなやつを友達と思っていたマニが可哀想で……

 

「……マニは、おまえを助けようとしてたんだ。何故分かってやれなかったんだ……」

 

 彼は吐き捨てるようにそう呟くと、仲間たちが居るのを忘れて、背を向けてその場を立ち去ろうとした。

 

 そんな鳳の背中にいやらしい声が投げかけられる。

 

「おまえの負けだ。女でも抱いて出直してこい。赤ちゃん。俺の勝ちだ! 俺の勝ちだ! 俺の勝ち!」

 

 まるで子供の駄々にしか思えないのに、不思議とその言葉がザクザクと胸に突き刺さる。鳳は耳を塞ぎたい衝動に駆られたが、本当にそうしたら負けを認めるような気がして……勝ち負けなんて関係ないと分かっているのに、悔しくて、最後まで毅然としていることが出来ず、逃げるように村から立ち去るのだった。

 


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