「特殊な家に生まれて、金持ちの私生児だった。かなり激しい父親で、元はIT長者ってやつだったんだが、若くして金持ちになったせいで散々女に苦労させられたらしく、年取ってから全く女を信用しなくなった。それが会社がどんどん大きくなるに連れ、後継者問題に頭を悩ますことになった。何もかも、自分ひとりでやらなきゃ気がすまない男だったから、誰かに舵取りを任すなんてことが出来なかったんだ。
親父はそれでもパートナーを探すなんて事が考えられず、苦肉の策として、世界中から選りすぐりの女性を集めて卵子だけを提供してもらい、その受精卵をランダムに混ぜて、途上国の女性に代理出産させた。あとになって遺産相続で揉めないように、こうして生まれてくる子供が、誰の子供か分からなくしたんだ。だから俺は、自分の母親がどこの誰だかわからない。
そうして生まれた俺たちは国内に連れてこられ、後継者候補として育てられ、競わされた。競うといっても、俺たちにそんな意識はなくて、単に英才教育を受けさせてふるいを掛けていたんだろう。理由も知らず帝王学を学ばされていた俺は、そんな中で頭角を現した一人だった。
物心ついた頃にはもう施設で育てられていて、両親は居ないと言われて育った。それが中学に上がる頃、ある日突然、おまえは世界でも指折りの金持ちの息子だと言われて、その後継者と呼ばれるようになったんだ。
まるで漫画みたいな話だけど、俺には実感も無かったし、嬉しいとも思わなかったよ。ただ、周りからすればそれは羨ましいことだったんだろう。あの時、俺をボコボコにする先輩たちの優越感に浸る表情は、今でもよく思い出すよ。
あの後、俺はエミリアに会いに行こうとしたんだけど、俺がやったことは既にあちこちで知られてて、あいつの両親に拒否られて再会することは出来なかった。俺はもう、そんな世界から逃げ出したくて……好都合にも、後継者問題は例の事件でお役御免になって、俺は親父とは疎遠になってたから、それで家を出たんだけど……それで何かが変わるわけでもなく、どうやって生きていけばいいかわからないような状態が、何年も続いたんだ」
鳳の思ったよりもヘヴィーな半生を聞いて、一同は沈黙してしまった。ジャンヌも、ルーシーも深刻な顔をして、聞くんじゃなかったと言わんばかりの、後悔の表情を浮かべていた。
そんな中でも、ギヨームだけは普段通り平然としており、鳳の話を黙って聞きながら、時折焚き火に薪を足したり、相槌を打ったりしていた。彼は長話に喉が枯れかけていた鳳に、煮沸して詰めておいた水筒の水を差し出しながら、
「お前が以前言ってた、草を食ってた時期ってのはこの時か?」
すると鳳は頷いて、
「元々、ろくに知らない相手だったから、親父との仲は完全に冷え切っていて、やつの金で飯を食ってるという現実が耐えられなかったんだ。何故、仕留めそこなった。どうして、殺さなかったんだ……そう言って俺を殴りつけた親父の言葉が、飯を食うときにまで蘇ってきて、飯が喉を通らないんだ。嫌な奴の世話になっているという事実が俺を苦しめる。やつのことを憎んでさえいた。でも、それって結局、自分が許せなかっただけなんだよな。
先輩たちにボコボコにされ、復讐を誓った時から、俺の人生は彼らを始末することに全精力が向けられていた。俺は彼らに取り入るために、どんな屈辱的な行為にも耐えた。あいつらの虚栄心を満たすようにピエロを演じて、金を使って内部に入り込んで、仲良くなってからは、俺は彼らといる時、本心から共に笑いあえていたと思う。彼らの油断を誘うために、仲間を演じているわけじゃなくて、ちゃんと彼らの仲間だったんだ。
でも、いざ行動に起こしてからは、そんなこと微塵も思い出さなかった。命乞いする先輩たちの泣き顔を見ても、1ミリも同情すること無く、淡々と機械的に彼らを痛めつけることができた。
罪悪感は欠片もなかった。俺みたいなやつのことをサイコパスっていうんだろう。でも……それなのに……俺は仕留めそこなった。何であそこまで行って体が動かなかったのか……俺は自分が許せなかったんだよ。
そして、何度も何度も考えた。忘れよう忘れようと思っても、頭の中で暴れだすんだ。あの時、俺が止まらなかったら、今頃どうなっていたんだろうかって……」
鳳の独白のような昔話を黙って聞いていたギヨームは、彼が沈黙した後、考えるように腕組みをしながら口を引き結び……やがて何かの結論を得たかのように頷くと、
「……お前は俺のifなのかもな」
と言った。俺とおまえは似ているのだと。
「俺の両親はジャガイモ飢饉で新大陸に渡ってきたアイルランド移民だった。俺は移住先のニューヨークで生まれて、物心つくまでそこで親兄弟と暮らしていた。だが、移民の生活は苦しいからな。南北戦争が終わったばかりで、過当競争が激しくなって。ある日、親父はそれに耐えきれなくなって、どっかに失踪しちまったんだよ。
お袋は俺たちを育てるために、一緒にアイルランドから渡ってきた仲間の男と再婚した。兄貴はそんなお袋のことが許せなくて、いつも義父と衝突していた。俺は表面上は新しい父親と仲良くしてたけど、本当はわだかまりがあったんだろうなあ……だからある日、爆発したのさ。
日に日にキツくなる生活に、俺たち一家は東海岸での生活を諦めて、西海岸を目指すことになった。当時はゴールドラッシュで沸き立っていて、西に行きさえすればなんとかなるって雰囲気が社会に蔓延していたんだ。
苦労の末、大陸を横断した俺たちはサンタフェにたどり着き、義父は鉱山で働き、お袋は生活を助けるために下宿を始めた。まあ、下宿っつっても、ただの掘っ立て小屋さ。おまえの建てた小屋にも劣るようなもんだ。もちろん、やってくるのはゴロツキばっかで、どうしようもない連中ばかりだった。街全体が、そんなもんだったのさ。
俺はそんな燻った日々に、いつもイライラしていた。俺がいるのはこんな場所じゃねえって。だからある日、お袋のことを売春婦呼ばわりしたやつにイラっとして、つい、射殺してしまった。実際、連れ込み宿みたいなことをしてる連中は居たけど、俺のお袋をそんなのと一緒にするんじゃねえって、カッとなっちまったんだ。そんで、家から出ていくしかなくなった」
彼はそこまで話し終えると、何がおかしいのかケタケタと愉快そうに笑い、
「丁度、おまえとは真逆だな。俺は殺意を我慢しきれなくなって、ついに殺っちまった。それを後悔したことは一度もないが、もしもあの時、我慢していたらどうなっていたかってのは、よく考えたよ。
何故って、鳳。人殺しは、一生ついて回るんだよ。俺はその後の人生で、生き残るために幾度も人に手をかけた。駅馬車強盗に家畜泥棒、決闘もやった、時には遊びでネイティブを殺した。俺が人殺しであることが知れ渡ると、自然とそう言う仲間が寄ってきた。
俺はゴロツキだらけの街に嫌気が差して、そんな生活を捨てたはずなのに、気がつけば俺がそのゴロツキになっていたんだぜ、笑っちまうよ。そして最後はゴロツキを殺した罪で裁かれ、射殺されたわけだ。
こんな俺でも、気にかけてくれる人は居たんだぜ。タンストールさんという人は、本物の
その頃、娼婦のキャラバンの護衛をしていた俺を見かけた彼は、俺がまだ若いからやり直せるって、自分の牧場で働かないかと誘ってくれた。街の有力者に近づくつもりで請け合ったが、タントールさんはそんな俺に親切にしてくれた。学のない俺に文字を教え、算数を教え、仕事のことを教えてくれた。頑張ればおまえだって、牧場が持てるようになれるぞと言ってくれた。
だらしないことが嫌いな人で、いつもツイードのパリッとしたジャケットを着ていた。屋敷には街で唯一のピアノがあって、奥さんが俺のために弾いてくれたこともあるんだぜ? どこの馬の骨とも知れない、ゴロツキの俺なんかによ。だから俺も、ここにいれば、いつかまともになれるんじゃないかって幻想を抱いちまったんだ。
その頃の西海岸は無法地帯だった。内戦が終わったばかりで、連邦政府の力はまだ国全体には及んでおらず、憎しみは残り、あちこちで不正が行われていた。イギリスから渡ってきたばかりのタントールさんは、そんな空気が読めずに不正に立ち向かい、恨みを買って殺されてしまったんだ。
俺は激怒した。俺だけじゃなく、彼に味方するものは大勢いた。逆に、殺した相手に取り入ろうとする奴らもさ。こうしてリンカーンの街は二分され、ゴロツキ共による殺し合いが始まった。俺はその戦争で20人以上を射殺して、お尋ね者になった。街から逃げ出した俺が振り返ると、守ろうとした物はみんな壊れ、街で唯一のピアノも燃えちまっていた。ああ、これが俺の人生なんだなって思ったよ」
彼はしみじみと何かを思い出すように言葉を区切ると、数秒間の沈黙の後に続けた。
「鳳、おまえはあの時の俺だ。おまえは、憎い相手を殺せなかったって後悔しているんだろうけど、人を殺せば、人の間では生きられないんだよ。
もしそうしていたら、おまえは今頃、殺してやったゴロツキみたいな連中とつるんで、俺みたいに、ロクでなしの人生を送っていただろうよ。そうならなかったのは、おまえがあの時に耐えたからだ。
おまえの言う通り、俺もおまえもサイコパスってやつなんだろう。俺もおまえも、いざとなったら人を殺すことに罪悪感を持たない、そんな人間だ。良く言えば目的のために手段を選ばない、悪く言えば人情がない。
だがそれでもおまえは、人の間に帰ろうとしたんだろう。帰る場所があったんだから。エミリアだっけ……? もし、そうしてたら、おまえはそいつの前に立てただろうか。おまえの仇を討ってやったと、笑って報告出来ただろうか。
だからそれで良かったんだろうよ」
鳳はあの時のことを思い出していた。あの時、どうしても体が動かなかったのは、先輩に同情したからではない。自分が、この憎い相手と同じになることが、許せなかったんだ。ギヨームはそう言いたいのだろう。
確かに、彼の言うとおりかも知れない。あの時、自分が復讐のために人に手を掛けていたら……何年間かの施設ぐらしの末に、元の生活には戻れなかったかも知れない。少なくとも、風のうわさで始めたゲームで、エミリアに会いに行こうなんて思わなかったはずだ。
そして彼女のことは忘れ、父親との縁も完全に切れ、きっとあの先輩達みたいなチャラい連中とつるんで、半グレみたいな生活を送っていただろう。そして、そうなったことに、何の疑問も持たなかったはずだ。
彼はそうならなくて良かったと、ほんの少し気が楽になった気がした。
「……でも結局、エミリアには逢えずじまいで、俺もおまえも同じように、こんなわけのわからない世界にいるんだけどな」
「そこはおめえ……いいっこなしだ。神様は平等なんだろ」
「神様ね……それ、俺の幼馴染かも知れないんだぜ?」
二人は顔を見合わせると、ゲラゲラと笑った。そんな二人のことを遠巻きに見ながら、ジャンヌとルーシーが同じように肩を竦めて、やっぱり二人ともシンクロするように、しょうがないなと言った感じに笑っていた。
そんな風に、焚き火を囲んで青春めいた語り合いをしていた時だった。笑いすぎて涙目になっていたギヨームが、その目を擦りながら、ふと真顔に戻り、
「……誰だ? そこに誰かいるだろう!?」
彼の言葉に、それまで声をあげて笑っていた三人がピタリと息を飲む。静寂が戻ると、確かにギヨームの言う通り、少し離れたところから、誰かが近づいてくるような、枯れ葉を踏む足音が聞こえてきた。
警戒するジャンヌが剣を取り、鳳がライフルに手を伸ばした時、焚き火の炎に照らされて、ぼんやりとした人影が浮かび上がった。
やって来たのは一人の狼人だった。体つきから女性に見える。彼女は警戒している鳳たちに向かって、敵意がないことを示そうと、少し離れた位置で立ち止まり、
「楽しいお話の最中にごめんなさい。あなた方がガルガンチュアの村から来たと聞いて、やってきたんですけど……」
「ええ、そうですけど……」
彼らは目配せし合い、代表して鳳が応えた。すると女性はホッとした感じにため息をつくと、ペコリとお辞儀してからまたこちらの方へ歩いてきて、
「ああ、良かった。あなた方が探していると聞いて、こっそり熱病の薬を持ってきたのです」
「本当ですか!?」
鳳が勢い込んで尋ねる。女性は頷きながら、
「はい。実は昼間、あなた方がリーダーの家の前で揉めているところを見ていたんです。その時、マニが病に倒れて苦しんでいると言っていたようですが……それは本当ですか?」
「ええ、本当ですけど……」
どうしてそんなことを聞くのだろうかと鳳が首を捻っていると、女性は切羽詰まった感じで彼に縋り付くように薬を手渡し、
「なら、どうかこの薬で、あの子のことを助けてください! あの子は、私の子供なんです!」
鳳はその言葉にびっくりして、思わず薬を落としそうになった。目の前の狼人は、なんとマニの母親だと言うのである。兎人のマニの母親が狼人とは……一体どういうことだろう? 彼は興奮する母親を宥めると、そのわけを聞くことにした。