ラストスタリオン   作:水月一人

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衆人環視の下、ラリる

 持ち帰ったキナ皮のお陰で、集落の人々は回復した。鳳は、今後こんなことがないよう、ギルドに薬を備蓄しておいた方が良いと考え、その薬効成分を抽出しようと試みた。

 

 とは言え、ここは人里離れた大森林の奥地である。ろくな設備もなければ必要な薬品も揃えられない。それで困っていたところ、たまたま蜥蜴人(リザードマン)のキャラバンがやってきたので、彼は事情を話して一式揃えてもらうことにした。商人のゲッコーは、前回の依頼の恩を忘れておらず、キャラバンの進路とは逆方向だったにも関わらず、人を派遣してすぐに取り揃えてくれた。

 

 アルカロイドとは、大雑把に言えば毒のことであり、植物の防衛機能のことである。植物は動かないから昆虫などの捕食者から身を守る手段が殆どない。そのため、捕食者に食べられないように、わざとその体内に毒を作るものがある。

 

 例えば、ステップ地帯の風景写真を見てみると、まるで盆栽みたいに刈り込まれた、丸いシルエットの草があちこちに生えているが、あれは元からそういう形状をしているわけではなく、草食動物が毒のある部分を避けて捕食した結果、ああいう形になってしまっているのだ。有毒植物は、そうやって自らの成長点を守り、競争相手の草木が捕食され尽くした後の草原で生き残るわけである。

 

 タンポポの茎を折ると、中から白い乳液がとろりと出てくるが、あれは天然のゴムであり、アブラムシが食べようとすると口に貼り付いてそれ以上食べられなくなる。しかし、人間は体が大きいから、食べてもへっちゃらなわけである。植物はそんな感じに、様々な工夫をしながら、特定の捕食者から身を守っているのだ。

 

 こうして植物が体内に溜め込むアルカロイドは、基本的に水に対して不溶である。植物の体内は水が循環しているので、溶けてしまうと自分の毒のせいで枯れてしまうからだ。

 

 また、アルカロイドは窒素を含んだ化学物質で、殆どの場合アルカリ性(塩基性)である。従って、水には溶けないが酸には溶ける性質がある。

 

 興味深いのは、こうしてアルカロイドが酸と反応して得られた塩は、水に溶けるということだ。そんなわけで、アルカロイドを抽出するには、まず酸に溶かして塩を作り、それを水やアルコール、エーテルなどの有機溶媒に溶かしてから、蒸留して結晶を得ればいい。

 

 鳳がそうして生成したキニーネは、蜥蜴人のキャラバンを通して各地のギルド駐在所へも配られた。お陰でこれまで謎の熱病に悩まされていた森の住人たちは、今後はギルドを通じてそれに対処出来ることになり、大いに感謝された。

 

 他にも、メアリーやレオナルドの献身的な介護もあって、今や鳳たちは村人から一定以上の信用を得ていた。

 

 だからだろうか……変化は目に見える形で間もなく訪れた。

 

 そしてそれは、終わりの始まりでもあった。

 

 鳳たちが帰還してから数日が経過し、熱病に苦しんでいた村人たちも徐々に回復の兆しを見せていた。しかしマラリアの特効薬であるキニーネには副作用があり、本来なら妊婦には投与してはいけない薬だった。

 

 何しろ、暇さえあればセックスばっかりしている集落だから、当然、病人の中に妊婦もいた。ところが、鳳は医者ではないから、知らずとはいえそんな妊婦に薬を投与してしまったのだ。気づいた時には後の祭りで、看護している間に仲良くなったメアリーは彼女の予後を心配していた。

 

 幸いなことに薬のお陰で妊婦は順調に回復し、今では元通りの生活を送っている。しかしお腹の中の赤ちゃんはどうかわからない。今朝方、陣痛が始まったそうだが、果たして無事に生まれてきてくれるだろうか……

 

 その日も囲炉裏を囲みながら、メアリーはそのことばかり気にしていた。

 

「生まれそうになったら呼びに来てくれるって。何もしてあげられないのがもどかしいわ」

「狼人も陣痛があるのか。二足歩行だからかな」

「……? 他の動物にはないの?」

「辛いことは辛いらしいけど、人間ほどじゃないみたいだよ。便秘になるのも、出産の時に苦しむのも、人間が二足歩行をするせいだって」

「そうなんだ……大丈夫かな?」

 

 と、三人がそんな会話を続けている時だった。

 

 鳳の家にふらりと長老がやってきた。この頃になると鳳たちも近所の不躾な視線に慣れてしまっていたから、最初はいつものように食事の様子をじろじろと眺めに来た隣人だろうと思って気づかなかった。それが、あーとか、うーとか、ごほんと咳払いしたりとか、一生懸命アピールしていたので、ようやく彼らは来客に気がついた。

 

 鳳は驚きながら応対に出た。長老がわざわざ家に来るなんて初めてのことだ。長老を家にあげると、彼は囲炉裏でグツグツと煮えたぎっている鍋を物珍しそうに眺めながら、

 

「ツクモよ。今日はおまえに礼を言いに来た。感謝している」

 

 唐突であるが、きっと薬を取ってきたことを言っているのだろう。鳳はそう受け取り、

 

「いやいや、村で暮らしてるんだから当然だよ。でもホント、長老元気になってくれてよかったよ。あの時はもしかして、このままぽっくりいっちまうんじゃないかと思って、肝を冷やしたんだぜ?」

「わしゃ、まだそんな歳じゃない」

 

 長老はほんの少しふてくされた表情を見せたが、すぐに態度を和らげ、それからおもむろに持ってきた、なんか年季の入った巾着袋に手を突っ込んだ。

 

 なんだろうと見守っていると、袋の中から取り出された長老の手には、なんと燦然と輝く乾燥キノコが握られていた。

 

 これは以前、降霊の儀の時に長老が食べていたキノコだ。彼はそれを鳳に差し出し、

 

「おまえは村を助けた恩人。だからキノコを分けてやる」

「いいの!?」

「本当は駄目だけど、いいよ」

 

 鳳は震える手で恐る恐る差し出されたキノコを掴んだ。

 

 それは本当に不可思議なキノコであった。あの時も驚いたが、今目の前で、その目が潰れそうなくらいに燦然と輝くキノコを見ていると改めて思う。とてもこの世のものとは思えない。まるで裸の電球を握ってるような眩しさだった。

 

 なのに、他の人にはその光が見えないようだ。鳳があまりに眩しくて直視できないそれを、ジャンヌもメアリーも、何がそんなに気になるんだろうかといった感じに、しげしげと見つめている。もし、鳳がそんなことをしたら失明してしまうだろうに、彼らにはまったく影響がないのだ。

 

 つまりこれは、鳳のスキルが見せてる錯覚なのだろう。そうと分かれば話は早い。鳳は早速とばかりに、その成分を確かめようとキノコのことを眺めてみるも……

 

「……あれ?」

 

 普段なら、鳳のスキル博物図鑑(ライブラリー)が発動して、その名称や含有成分がずらりと表示されるはずだった。ところが、今回に限ってはそのスキルが発動しないのである。

 

 もしかして、スキルが発動するようなアルカロイドを含んだ植物ではないのかな? とも思ったが、それなら最初から光り輝いて見えるはずがない。ジャンヌたちのように、何の変哲もないキノコのように見えるだけだろう。

 

 ならば鳳のスキルではわからない、未知のキノコということだろうか? そもそも、この博物図鑑なるスキルがどのようなデータベースを参照しているのかわからないんだから、こういうこともあるのかも知れないが……

 

 鳳がキノコを手に、首を捻っていると、長老が続けてこう言った。

 

「キノコは分けてやる。でも、キノコは村のシャーマンしか手にしちゃ駄目。だから、おまえもシャーマンをやれ」

「……へ?」

「それを飲めば、精霊が答えてくれる。おまえは精霊の言葉を、村のみんなに聞かせる。みんなはそれを聞く」

「……あー、つまり……長老みたいに降霊の儀をやれと?」

「そうだ」

 

 要するに、彼はこう言いたいのだ。鳳にその光り輝くキノコを食べて、ラリってなんか喋れと……この、鳳にもその成分がわからないキノコを食べて、精霊の声を聞けと……

 

 鳳はゴクリと生唾を飲み込んだ。今までの経験からして、光の量とアルカロイドの量が比例するのは間違いない。つまり、これは毒を大量に含んでいるわけである。どう見ても完全アウトだ。

 

「いやいやいや! 無理でしょ!? そんなの。俺はシャーマニズムなんて、なんもわかりませんぜ? 旦那!?」

 

 鳳がおかしな返事をすると、長老は変なやつを見るような目つきで首を傾げ、

 

「大丈夫。飲めば分かる」

 

 と言って、当たり前のようにニコニコ笑いながらキノコを押し付けてきた。

 

 あんなに嫌がる長老を追いかけ回して、執拗にキノコを求めたのは鳳だ。その長老から、俺のキノコ欲しかったんだろう? と言われて、今更いらないと言えるわけがない。

 

 鳳が引っ込みがつかなくて困っていると、長老はその無言を肯定と受け取ったのか、おもむろに村の広場の方を向いて大声で、

 

「みんな! 聞け! 今晩は、ツクモが降霊の儀を行う! 村を救った英雄と、精霊の対話を聞き逃すな!」

 

 長老の声に、なんだなんだと集落の人々が集まってきた。彼らは長老に背中を叩かれながら、キノコを握って呆然としている鳳の姿を見つけると、

 

「こりゃ面白そうだ」「楽しみにしてるぞ」「一家みんなで聞きに来ます」「宴じゃ宴じゃ、酒の準備じゃ!」

 

 と、もはや既成事実のように騒ぎ立てる村人たちを前に、鳳はいよいよ覚悟を決めねばならなくなった。キノコは相変わらず、太陽のようなまばゆい光を放っている。

 

 大丈夫だよな……死なないよな……と思いつつ、彼はゴクリとツバを飲み込むと、そのあまりの眩しさにやっぱり視線を逸らした。

 

******************************

 

 長老に変わって鳳が降霊の儀を執り行うと知ると、セックスくらいしか娯楽がない村人たちが、まだ日も暮れないうちから広場に集まってきた。普段は家の中でこそこそ聞いているだけのくせに、イベントごとには目のない連中である。

 

 とはいえ、鳳がトチるのを待ち構えているわけでもなく、純粋に楽しみにしているだけなら、目くじらを立てることもなかろう。ここぞとばかりに酒を酌み交わしては、すでに出来上がってる村人たちをかき分けて、鳳は長老に押されるように広場の舞台の上に立った。

 

 そんな彼のことを、子供たちが興味津々見上げている。見れば、広場に入り口でレオナルドがうろちょろしていた。メアリーと同じく、妊婦の予後が気になって見に来たところ、おかしな騒ぎに巻き込まれて帰るに帰れなくなったようだ。村人たちに勧められるまま、彼は差し出された椅子に座ると、やれやれといった表情で鳳の方を見ていた。その口元を見れば読唇術が出来なくとも、またしょうもないことに巻き込まれおって……と言ってるのが分かった。

 

 日が暮れて、逢魔が時という時間帯、人々の顔は陰ってしまってもう見分けがつかなかった。豚舎でブヒブヒと家畜の豚が鳴いている。また焼肉パーティーが始まるとでも思っているのだろうか。鳳は舞台の下で蠢く人の群れを見下ろして、流石にちょっとプレッシャーを感じていた。

 

 マジでこんな衆人環視の中、ラリっても平気なんだろうか。自慢じゃないが、自分はMPポーションでラリってる時の記憶は殆どないのだぞ。何をしでかすかわかったもんじゃない。

 

 しかし、興味津々見上げてくる子供たちや、良かれと思ってそれを差し出してくれた長老の手前、今更やっぱやりませんとは言い出せなかった。鳳は覚悟を決めて、強烈なプレッシャーに晒されながら、南無三と光り輝くキノコを口に放り込んだ。

 

 最初はなんてことなかった。

 

 食べた感じは干し椎茸と言うか、旨味の効いた乾燥キノコとしか言いようが無かった。唾液を含むにつれて味わいが増してくる。案外、汁物に混ぜたらいい出汁が取れるんじゃなかろうか? そしたら、光り輝く鍋になっちゃうのかな……そんなことを考える余裕もあった。

 

 しかし、それを嚥下して暫く経っても体に何の変化も起きないので、今度は別の意味で焦りが生じてきた。

 

 あれ? おかしいぞ? 今頃、ガンギマリしてるはずが、何の変化も現れない。もしかして、これが普通なんだろうか? 何しろあの光量だから、やばいクスリに違いないと勝手に思っていたが、考えても見れば長老はそんなことは一言も言っていなかった。

 

 鳳が狼人じゃないというのも関係あるかも知れない。もしかすると猫にまたたびみたいな感じで、狼人には効果があるけど人間には効果がないキノコという可能性だってある。もしそうならどうしたらいいんだろうか?

 

 舞台の下では、相変わらず村の子供達がキラキラした瞳で彼のことを見上げていた。今更彼らの期待を裏切るような真似は出来ない。したら、今度こそ、鳳の名誉は地に落ちるだろう。かくなる上は、適当な話でもでっち上げて急場をしのぐしかない……

 

 そう考えた時だった。

 

 ふいに視界がグラグラと揺れて、鳳は体が左右前後に倒れるような錯覚を覚えた。それが錯覚だと思ったのは、クスリでキマっている時の感覚に似ていたからだ。しかし、それがいつもの比ではない。

 

 鳳の視界がグラグラと揺れる。それはMPポーションでラリってる時には、せいぜい小舟で揺られてる程度の心地よいものだったのだが、今はまるで大海原で嵐に遭遇した帆船みたいに尋常じゃない揺れ方をしていた。なんというか、メートル単位で体があちこちぶっ飛んでるような、そんな感じだ。なのに、周囲の様子を見てみると、誰も鳳の変化に気づいていないようだった。恐らく、これは彼の体が実際に揺れているのではないのだろう。揺れているのは、彼の頭の中だけに違いない。

 

 やばい……これはもしや、いわゆるバッドトリップというやつではなかろうか。

 

 鳳は、気持ちいいどころか、体が引き裂かれるような、強烈な違和感に支配されていた。物事を考える余裕はなく、難破船のマストにしがみついて、ただ嵐が過ぎ去るのを待っているだけの船人のようである。

 

 すぐそばにいる長老に助けを求めようとしたら、ハラホロヒレハレと声にならない声が出た。その声が余程おかしかったのか、子供たちがゲラゲラと笑う。その笑い声が頭の中で反響して、原子爆弾でも落とされたような気分になった。

 

 体の揺れは次第に増していき、ついに高速回転する遊園地のアトラクションみたいに、周囲の光景がグルグルと回りだした。もはやどこに誰がいるのか判別もつかない。助けを求めようにも声も出ない彼は泣きそうになった。

 

 と、その時だった。

 

 高速回転する視界の片隅で、ふと、妙な違和感を感じた彼は、そっちの方を必死になって見つめた。すると回転する視界の中で、一箇所だけ周囲と違って静止して見える空間があった。例えるなら、運行中の列車の窓から、並走する隣の列車を見ているような感覚だ。しかもそれは、妙にピントが合いすぎていて、この世のものとは思えなかった。

 

 なんだろう、これは? 気を抜くと千々に乱れてしまいそうな意識を必死に集中してそちらの方を見つめてみれば、どうもそこにレオナルドの姿が見える。いや、肝心なのはレオナルドではなく、その背後の空間だった。そこに何か輪郭のぼやけた奇妙な人形のような空間があって、そこだけが周囲の光景と違ってくっきりと浮かんで見えるのだ。

 

 それは違和感だった。例えるなら、何の変哲もない道端に光学迷彩を施された人が隠れてるような、そんな違和感を感じる。

 

 そこに誰かがいる……そう考えた時、鳳の目から鱗が落ちるかのように、ベリベリとベールが剥がれてその何もない空間に人の姿が現れた。

 

 妙に存在感のある男だった。特徴のないのっぺりとした顔つきで、薄っすらとした笑みを浮かべながら、どこを向いているのかわからない視線が、空中の何もない一点を見つめていた。いわゆるアルカイックスマイルというやつだろうか。オレンジ色の粗末な袈裟を着て、錫杖のような棒切れを持って、大きな鉢を首から下げている。

 

 佇む姿は枯れ木のようで、大都会の雑踏でお経を読んでいても誰も気にもとめない、そんな托鉢坊主のような風貌だった。そのくせ、妙に存在感を感じさせるのだ。

 

 何故だろうと思った時、そいつの輪郭がぼやけていることに気がついた。よくよく見れば男の輪郭線が、縦横無尽にぶれて、一つの輪郭を作り上げている。例えるなら、無数の楕円が重なって、一つの真円が浮かび上がっているような、そんな感覚だ。

 

 鳳はなるほどと思った。さっきから妙に存在感を感じさせるのは、無限の彼があの空間で折り重なって見えているからだ。ザワザワと蠢く輪郭線が、そこに無いものをそこに浮かび上がらせている。つまり彼は無限に存在するが、そこには居ない。

 

 流れる景色の中で、そんなおかしな映像がそこに浮かび上がっている。これは一体なんだろうか? と思った時、ふいにピントが合うように、その男の視線が鳳の目を捕らえた。

 

 瞬間、どきりと心臓が高鳴った気がした。ドクドクと心臓が早鐘をうち、ダラダラと額から汗が溢れ出す。男の視線に射すくめられた鳳は、恐怖するとともに安堵するような、悲嘆に暮れるとともに歓喜するような、苦痛とともに安楽を得るような、なんとも形容のし難い心境に投げ込まれた。

 

 なんだろう、こいつは……なんなんだろう……

 

 その時、鳳は頭の中に直接響いているような、奇妙な声を聞いた。ギャーテーギャーテーハーラーギャーテー、ハラソウギャーテーボージーソワカー。

 

 それはお経だった。何千という僧侶が同時に一つのお経を唱えているような、そんな音の大洪水が、彼の頭の中で繰り広げられている。ギャーテーギャーテーハーラーギャーテー、ハラソウギャーテーボージーソワカー。

 

 とにかくやばいと思った鳳は、何となくそいつから距離を取ろうと思い立ち上がろうとした。しかし、そう思った時にはもう、彼の体の操縦権は誰かに奪われてしまったかのように、うんともすんともしなかった。

 

 助けを求め、声にならない声をレオナルドに向かって叫んだ。しかし、返事は返ってこなかった。代わりにその背後に佇む奇妙な男から、直接頭の中に響くような声が届けられた。

 

 何千と折り重なった声が一体どこから聞こえてくるのか、鳳の頭の中に響き渡る。耳を塞ぎたくとも体は動かず、仮に動いたとしても直接脳に刷り込まれる声には抗いようもない。

 

 鳳はもはや抗うことを忘れ、まな板の上の鯉の心境になって、目の前に現れた男の目を見た。すると男もそんな鳳の目をじっと見つめていた。ギャーテーギャーテーハーラーギャーテー、ハラソウギャーテーボージーソワカー。

 

 聞こえてくる声はどんどん大きくなっていく。高速回転する世界は混ざり合い、どんどん色を無くして、ついにはただの黒になった。

 

 鳳はそんな何もない空間で、体の自由を奪われ、声を発することも許されず、ただひたすらに目の前の男と対峙していた。

 

 どうしてこんなことになっちまったんだ? そう思った時、ふと、長老の言葉を思い出した。

 

 精霊の声を聞け。その言葉を届けろ。

 

 それを思い出した瞬間。彼の意識が、まるでテレビの電源でも落としたかのように、ぷつりと途切れた。

 

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