ラストスタリオン   作:水月一人

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それぞれの目標

 メアリーは傷ついていた。ジャンヌは一緒に泣いていた。鳳はそんな二人になんて声をかけていいか分からず、ただ黙って背中を向けると、森に面した河原の土手で薪を拾い始めた。

 

 一緒に泣ければ良いのだろうが、自分の希薄な感情では無理だった。体を動かしていないと、嫌なことばかりを考えてしまう。どちらにしろ今日はもう村に帰ることは出来ないから、夜営の準備をしなければならなかった。幸い、夕食後だったから腹を空かせる心配は無かったが、仮に何も食べてなかったとしても、今は飯が喉を通るかわからなかった。

 

 こんな気分が暗い時に、焚き火もなしで野宿するのは御免である。枯れ草を集め、適当に小枝を拾っていると、ザッザッと砂利を踏む音が聞こえて、レオナルドが近づいてきた。手にしていた薪になりそうな枝をカラカラと地面に放り投げると、彼は腰をトントンと叩きながら言った。

 

「そろそろ、旅立たなくてはならんかのう」

 

 鳳は集めた薪の大きさを揃えながら、

 

「無理だろうな……もしかしたら村人たちは、二三日もしたらケロッとしてるかも知れないが、メアリーの方はもう一生忘れないだろう。彼女にとって、ここは辛すぎる場所に変わってしまった」

「……子供たちに囲まれて、毎日楽しそうにしてたから油断しておったわい。未開の部族は、儂ら都会人には測りきれないところがある。もう少し、気を配ってやるんじゃった」

「仕方ないさ」

 

 レオナルドは、メアリーをヘルメス卿の結界から外に出したことで、責任を感じているのだろうか。しかし、そんなことを気にしたって、人間社会で暮らしている限り、何も傷つかずに一生を終えるなんてことは不可能だろう。

 

 森の中での生活に慣れてきたから勘違いしていたのだ。野生児みたいな生活を続け、様々なクエストをこなし、多くの称賛を勝ち得て、ここでやってける自信をつけたところでも……自分たちは根っこのところで文明人だった。彼らとは住んでいる社会が違う。そして全ての社会は、人間をその枠にはめようとするのだ。

 

 鳳はため息交じりに、

 

「はぁ~……それにしても、惜しむらくはマジックマッシュルームだぜ。せっかく、手に入れる算段がついたと思ったのに……もう協力してなんて言っても、聞いてくれないだろうな」

「…………精霊がお主に何を伝えようとしていたのかが気になるのだと、好意的に解釈しておこうか。そうじゃのう。あの話の続きは、儂も気になる。なんとかならんかのう」

「どうせ、おさらばするしかないなら、いっそ忍び込んで盗んでやろうか? 爺さんの認識阻害魔法を使えば、楽勝だろ?」

「それは流石に気が進まんのう……本当はお主もそう思っておるんじゃろ?」

「……あの時、一個くらいちょろまかしておけば良かったよ」

 

 二人がそんな会話をしていると、森の中でチラチラと光る松明の炎が見えた。夜目の利く獣人たちならそんなものを持ってるはずがないので、恐らくギルドの連中だろう。

 

 丁度、火種になるものを探していたところであった。鳳たちは手近にあった薪で木を叩いて自分たちがいることをアピールした。

 

「大君、ここにいらっしゃいましたか」

 

 やって来たのは意外にも一人や二人ではなく、なんと駐在所にいるはずの四人全員だった。ギルド長にギヨーム、ルーシーにミーティア。勢揃いでお迎えだなんて、今回は追い出されたのがいつもの鳳ではなく、レオナルドだったから、よほど心配だったのだろうか?

 

「いやいや、そうじゃない。実は我々も追い出されてしまったんだよ」

「追い出されただって? どういうこと?」

「それはこっちが聞きたいところだね。我々は殆ど何も知らずに、ただ今すぐ出ていってくれと言われて逃げてきたようなものなんだ」

 

 詳しいことを聞きたいところだが、取り敢えず夜営の準備が先決である。鳳はギルド長が持っていた松明を借りると、それで集めていた薪に火をつけた。

 

 河原に穴を掘って簡易的なかまどを作り、少し多めに集めた焚き火を盛大に燃やした。人数が多くなってしまったから、これくらいやらなければ夜露に濡れた体が冷えてしまいそうだった。

 

 鳳たちは焚き火を囲んで一息つくと、ギルド長にここに来るまでの経緯を尋ねた。メアリーはその頃には大分落ち着きを取り戻しており、ジャンヌにもたれ掛かってぼんやりしていた。

 

「我々は特になにするでもなく、普通に駐在所の中に居た。すると突然外が騒がしくなって、何かあったんだろうか? と顔を出したら、村の連中に囲まれていたんだ。彼らは口々に、おまえたちが災いをもたらした、おまえたちが神人を連れてきた、だからおまえたちが出て行けと言うんだよ。なんのことかさっぱりだから理由を知りたいのだが、何しろ相手が獣人だろう? 話してても要領を得ないので困っていたら、ガルガンチュアがやって来て、とにかく今は村から離れていてくれと言われたんだ。その間に落ち着かせるからと」

「なんと、彼らは駐在所の方まで現れたのか。ふーむ……流石に度を越しておるのう。何故そこまで大騒ぎするんじゃ」

「多分、神人を怒らせたことが後ろめたいんだろう」

 

 鳳がそう言うと、レオナルドは低く唸り声を上げていた。

 

 300年前の出来事もあって、獣人にとって神人は神に近い存在と思われている。実際、メアリーは強力な魔法使いであり、彼らはその奇跡を何度か(遊びで)目撃している。そんな神様に、彼らは畏れを抱いているのだ。

 

 いや、それだけではないだろう。今となっては、レオナルドも、ギヨームも、ジャンヌも、手練の冒険者であることはみんなが知っている。一人ひとりがガルガンチュアにも匹敵する能力を持つ彼らは、村の者からしてみれば脅威でしか無い。そんな彼らもまたメアリーの仲間だと言う事実を思い出し、パニックになっているのかも知れない。

 

「どうしよう……私のせいかも……」

 

 駐在所のみんなが追い出されたと知って、メアリーは自分のせいかも知れないとショックを受けていた。彼女が何故、村の連中と揉めたのか事情を知らないギルド長たちは、何があったのかと尋ねてきた。鳳は、真っ青になって答えられないメアリーの変わって、さっき起きた出来事をかいつまんで話すと、

 

「信じられない! ひどすぎる!」「そんなの、メアリーさんは何も悪くありませんよ! 私だって同じことをします!」

 

 案の定、話を聞いた女性二人が興奮して金切り声を上げていた。メアリーがそれで救われるなら良かったが、鳳は状況を説明しただけなのに、なんだか自分が責められているような気がして居心地が悪かった。

 

 助けを求めるように周囲を眺めると、ギルド長がアチャ~……と言わんばかりの表情で天を仰いでいた。きっと、彼はあの村で、そういうことが行われていることを知っていたのだろう。同じく、そういうことが行われていた世界を生きていたギヨームが、二人を制するように言う。

 

「現実に飯が食えなくなったら元も子もないんだ。あまり責めてやるなよ」

「ギヨーム君まで何言うの? それ以前の問題でしょう!? どうせ産むことが出来ないのなら、始めから赤ちゃんを作るような行為をしちゃ駄目じゃない!」

「セックスくらいしか楽しみがねえんだから仕方ないじゃないか」

「それじゃなに? 親の娯楽のために殺されてもいい命があるって言うの?」

「うるせえな、俺が殺してるわけじゃねえだろ!」

 

 興奮するルーシーが食って掛かる。ギヨームは面倒くさそうに舌打ちする。普段は仲がいい二人だから、それだけ強く言い合えるのだろう。しかし、そもそもこんなことは、二人が言い争いをするような問題ではないはずだ。

 

 鳳がヒートアップしないうちに二人を止めようと身を乗り出すと……

 

「耳が痛いな」

 

 そんな二人を制するように、野太い声が森の方から聞こえてきた。警戒を怠っていたギヨームが咄嗟に身構える。

 

 しかし、そこにいたのが見知った顔であることに気がつくと、彼は焚き火とはそっぽを向いて腰を下ろした。

 

「ガルガンチュアさん……」

 

 代わりに鳳が立ち上がって族長を迎えると、ガルガンチュアはそんな彼に軽く会釈してから、まずレオナルドを見て……次にギルド長を見てから、結局、最後に鳳へと視線を戻して、

 

「少年……いや、ツクモ。話がある。聞いてくれ」

 

 と言って頭を下げた。

 

 鳳は何故自分が……と思いつつも、ガルガンチュアにいつまでもそんな格好をさせてはいけないと、彼の言葉に応じた。

 

***********************************

 

 焚き火から少し離れた小川のほとりに、二人はしゃがみこんでいた。時折、風が仲間の声を運んでくる。少しでも大きな声を出せばその内容まで聞こえてしまう。その程度の距離だった。

 

 ガルガンチュアは鳳をそこまで連れてきたものの、長い間、何も言わずにただ黙って小川のせせらぎを見つめていた。時折、足元に転がっている丸石を拾い上げては、漫然と放り投げてはため息を吐く。ぽちゃんと音が鳴って、水面に映った月が揺れる。もしかして、狙って投げているんだろうかと思って、その軌跡を追っていると、ようやくと言った感じに、彼がポツポツと話し始めた。

 

「……俺は獣王などと呼ばれているが、実際はこんなもんなのだ。俺は強い。魔族にも負けない。だが、言葉が足りない。知恵も足りない。村人たちをまとめる力も足りなくて、いつも……こんなもんなのだ」

 

 ガルガンチュアがずっと黙っていたのは、多分、彼の言葉が足りないからだろう。本当は伝えたいことが沢山あるのに、それを伝えるだけの語彙がない。だから一生懸命考えて、こうしてつっかえつっかえ話しているのだ。

 

 鳳はその意図がちゃんと汲み取れるように、真剣に話を聞こうと耳を澄ませた。

 

神人様(メアリー)の言うことは正しい。さっきの女も正しい。俺たちは自分勝手に子を作る。誰もそうすることが止められないんだ。そして生まれてきた子を殺す。でも、俺は、本心から、生まれてくる子供をみんな育てたい……みんなもそう思ってる。でも、そうするには、食べ物が足りないんだ。圧倒的に足りない……」

「ええ、分かります」

 

 鳳が合いの手のつもりでそう言うと、ガルガンチュアは不機嫌そうにブンブンと頭を振って、

 

「いや、違う。そうじゃない。本当は食べ物はあるのだ。おまえも長老の話を聞いただろう。昔はそういうとき、俺たちは周辺の部族を襲った。食料を奪い、女を奪い、新しく生まれてくる子供のための糧とした。そして部族は大きくなっていった。俺たちが食うために、他の部族は死ぬだろう。だがそれでいい。力こそが正義だった。

 

 だが、このやり方じゃ魔族に勝てなかった。300年前。俺たちは他の部族がやられても助けなかった。次は自分たちがやられるかも知れないと思っても、助けなかった。そして、やっぱり自分たちもやられた。大森林の部族はみんな逃げるしかなくなり、人間に助けを求めた。でも誰も助けてくれなかった。俺たちは威張っていたからだ。

 

 でも勇者はそんな俺たちを助けた。魔王が退治されても、森は魔族でいっぱいだった。人間は誰も森を救おうとはしなかった。でも勇者だけは助けてくれた。勇者は俺たちのリーダーになって戦い、みんなで協力すれば、魔族に勝てると教えてくれた。だから俺たちは勇者と約束したんだ。

 

 部族同士の争いはもうしない。出来るだけ話し合いで済ます。魔族が出たら、みんなで協力する。俺たちは、その約束をずっと守っている。だから魔族が来ても、俺たちはもう負けない。でも、その代わり、俺たちの部族は、これ以上大きくなれないんだ……こんなもんなのだ……こんな……こんな……こんな」

 

 ガルガンチュアは言葉が出てこないようで、難しい顔をしながら同じ言葉を繰り返していた。鳳はそんな彼を急かさないようにじっと見守った。彼はそれから暫くの間、もどかしそうに声を発していたが、やがて何かを思いついたように、スーッと息を吸い込むと、掠れるような小さな声で、

 

「……袋小路だ」

 

 と呟いた。族長として、彼は行き詰まりを感じているのだ。

 

 普通に考えれば、部族を導いて村を大きくしていくことこそが、族長の務めと言えるだろう。なのに、彼はそれとは真逆ことを求められる。停滞し、これ以上大きくならないよう人口を抑制し、レベルが下がらないようにお見合いの段取りを決め、中間管理職みたいに、部族の不満を和らげることだけに翻弄されている。

 

 鳳は初めてこの森でこの部族に出会った時、なんて強くて自由な奴らなんだろうと思った。素手で魔族をなぎ倒し、簡単に大型の獣を狩って、みんなで巨大なキャンプファイヤーを囲んで、大人と子供が輪になってその肉を頬張る。みんな笑顔で、陽気で、すぐ怒るけど、すぐ仲直りして、隣の家に壁などなく、みんな等しく仲間にみえた。

 

 だがそんなのはただの見せかけだった。本当の彼らは、こんな狭い村社会のヒエラルキーを維持するためだけに、死ぬまで競い合い、子供の数まで決められている。セックスくらいしか娯楽はなく、うっかり子供が出来てしまったら、負債を清算するかのようにその子供を殺してしまう。隣の部族との間で決められた境界の中だけで、まるで動物園みたいに食べ物を譲り合い、掟を破る者は追放される。

 

 現実の彼らは弱く、とんでもなく不自由だった。

 

 鳳は、自分は聖人君子でもなんでもないが、それでも彼らを教化しなければならないと、文明社会の一員にしてあげたいと、妙な使命感さえ感じていた。しかし、何とかしてあげたいと思っても、どうしようも出来ないことは、とっくの昔にわかっていた。彼らには創造性がないからだ。

 

 リュカオンよ。獣人の神よ。あなたは彼らをどう導いてやろうというのか?

 

 本当に、この世に神はいるのか?

 

「出ていくのか?」

 

 ガルガンチュアが問いかける。恐らく、村を出ていくかどうか聞いているのだろう。鳳は頷いた。

 

「ええ、今回の件で、みんなの意見は一致してます。俺はともかく、女の子たちにはやっぱりショックだったみたいです。いや……俺もかな。俺も、なんだか悲しいです」

「そうか……」

 

 ガルガンチュア素っ気なく返事を返すと、また手近にあった小石を川の中にぽちゃんと投げ入れた。

 

 そして彼は、おもむろに切り出した。

 

「ツクモよ。一つ頼みがある。マニを連れて行ってくれないか?」

「……え?」

 

 鳳は驚いた。始めは狼人の集落の中で、たった一人の兎人である彼を奇妙な存在だと思っていた。だが、それがガルガンチュアの一人息子だと知った今、その彼が息子を手放すようなことを言うとは思わなかった。実際、以前にもマニが留学をしたいと言い出した時には、彼は反対したくらいだ。

 

 一体どういう風の吹き回しだろうか。鳳が首を捻っていると、

 

「今日、神人様が怒っただろう?」

 

 鳳は頷いた。メアリーが嬰児殺しにキレたことと、どう関係があるのだろうか? するとガルガンチュアは難しい顔をしながら、

 

「あのあと、少し考えた。マニは最近、成人した。だが、妻帯は無理だ。この村に、マニと結婚する相手はいない。いても、生まれてくる子供は、この村では育てられない」

「あ……」

「実は、マニが生まれた時、俺は育てるのを反対されたんだ。マニは誰の子供かわからない。だから処分するように、散々言われた……俺は自分が族長になることで、それを封じ込めてきた」

 

 そうだったのか……レイヴンの集落でマニの母親に会った時、どうしてガルガンチュアは、この哀れな母子を離れ離れにしてしまったのかと考えたものだが、その理由がよく分かった。

 

「マニが可愛かったのだ」

 

 ガルガンチュアはそう言って、照れくさそうに笑った。相変わらず、狼人の表情は読みにくかったけれども、鳳はこの時はじめて、狼人がどういう顔をして笑うのかが分かったような気がした。

 

「だが、考えが変わった。マニはこのままここにいても、幸せにはなれないだろう。だから、外の世界を見たいというマニを、助けてやってくれないか?」

 

 鳳は頷いた。

 

「そう言う事なら。お安い御用ですよ」

 

 ガルガンチュアはその返事にホッとした感じに、

 

「マニは俺と違って頭がいい。人間の集落へ行って、村を大きくするための技術を学びたいと言っていた。俺にはよくわからないが、おまえが分かるなら、勉強をよく見てやってほしい。それから、悪い人間に騙されないように気をつけてやってほしい」

「はい」

「それから、仕送りは少ないが、冒険者ギルドを通じて渡すから、おまえも冒険者になれと言ってくれ。それから、村のためなどと思わないで、もしそっちが気に入ったのならずっとそっちで暮らしてて良いと言ってくれ」

「構いませんけど、そんなこと言ったら、もう帰ってこないかも知れませんよ」

 

 鳳が冗談混じりにそんなことを言うと、

 

「それでいい。子供の幸せを願わない親などいない」

 

 すらすらとガルガンチュアは返した。鳳は反射的にそれは嘘だ……と思ったが、少なくとも、彼が本心を言ってることだけは分かったから、何も言わなかった。

 

 彼はその後も、何度も何度も“それから”を繰り返して、送り出すマニの身を案じていた。その大半は他愛もない親の心配だったが、鳳は黙ってその話を最後まで聞いていた。

 

*******************************

 

 翌朝、鳳たち一行は、長い間暮らしたガルガンチュアの集落を去るべく、旅支度を始めた。

 

 鳳の家の荷物はガルガンチュアが持ってきてくれたが、ギルドの方は全部持ってくるわけにもいかないから、直接取りに行くしかなく、ギルド長たちは村人たちを刺激しないように遠回りして駐在所まで戻らねばならなかった。

 

 本来、彼らは巻き込まれただけで、こんな仕打ちを受ける筋合いは無かった。しかし、理不尽に追い出されようとしている彼らに悲壮感はなく、荷物を詰め込むその顔は、寧ろ清々しいと言わんばかりのものであった。

 

 まあ、普通に考えればそうであろう。誰だって、こんなジャングルの奥地にいつまでも居たくなんかなかったのだ。人間は、やはり人間の間で暮らしたいものである。ギルド長たちは、これでようやく都市の生活に戻れると言って喜んでいた。巻き込んでしまって申し訳ないと思っていたが、どうやら結果オーライのようである。

 

 大森林を出て次に向かう先は勇者領と決まっていた。ギルド長たちは引き継ぎのために、冒険者ギルドの本部へ行かねばならなかったし、鳳たちはお尋ね者なので帝国には戻れなかったのだ。

 

 その勇者領であっても、どこに賞金稼ぎが潜んでいるからわからないから、潜伏生活はまだ終わりそうにない。最終的に新大陸にたどり着くまで、これからも気が抜けない日々が続くだろう。

 

 とはいえ、久しぶりの人間の都市である。ギルド長たちでなくても、やはり鳳も少し浮かれていた。あっちへ行ったら何をしようか? 大森林とは違って娯楽は多いだろうから、劇場やカジノなど、一度慰安も兼ねて遊びに行きたいところである。

 

「ツクモー」

 

 鳳がそんなことを考えて浮かれていると、一晩寝てどこかスッキリした表情のメアリーが近づいてきた。

 

 彼女は昨日のショッキングな出来事のせいで、今朝方まで深刻そうな顔をしていたのだが、今はもう吹っ切れたような、なにか決意を固めたような表情をしていた。

 

 心境に変化があるようなことがあったのだろうか? 昨日のことを蒸し返してもしょうがないので、鳳は黙って彼女を迎えた。

 

「これから向かう勇者領ってどんなとこ?」

「いや、俺も初めてだから知らないけど。ヘルメス領のあの街よりもずっと都会だって言うから、楽しみだな。劇場とか、カジノとか、競馬場とか、高級レストランとかあるらしいぞ」

「そっかあ……」

 

 メアリーはあまり興味が無さそうだ。やはり彼女としては、都会よりも森の生活の方が好みなのだろうか。考えても見れば、300年間殆ど誰とも合わず、ずっと静かな場所で暮らしていたから、もしかすると都会の喧騒が嫌いなのかも知れない。

 

 でも、どうやら彼女の生返事の理由は、それを気にしているわけではなかったらしい。

 

「あのさ、ツクモにお願いがあるんだけど」

「あん? ……なにかな?」

 

 彼女はコクリと頷くと、

 

「あのね……? 私、もっとレベルを上げてリザレクションを覚えたいんだ」

 

 鳳は思わずぽかんと口を開けた。さっきから、どことなく決意を秘めたような顔をしていると思っていたが、その理由はこれだったのか。

 

「おとぎ話のことだから、本当にそんな魔法が使えるのかわからないけど、でも、もし本当に覚えられるなら、それを目指してみたいのよ。私、思ったのよ……あの時、もしもリザレクションが使えたら、あの赤ちゃんを救えたかも知れない……ううん、それだけじゃなくって、もっと色んな人を助けられるかも知れないって」

 

 メアリーのそれは、ただの感傷だ。彼女の言う通り、もしそれが使えたら、たしかに赤ん坊は息を吹き返したかも知れない。しかし、それは一時しのぎにしかならない。元々、赤ん坊が殺されたのは、この集落に養う余力がなかったからだ。根本を解決せずに、命だけ救ったところで、もっと悲劇的な結末が待っているだけだろう。

 

 だが、そんなことを彼女に言って何になる? それくらいのことは、彼女にだって分かっているのだ。分かっていて、彼女はそうしたいというのだから、反対する理由などどこにあろうか。

 

「そうか……じゃあ、もっと頑張らないとな」

「うん。今はまだ30だけど、ジャンヌくらいまでレベルが上がったら、もしかしてワンチャンあるんじゃないかって思ってるわ。そのためには、ツクモに経験値を沢山分けてもらわないとだけど……代わりに私に出来ることは何でもするから、どんどんこき使ってちょうだい」

「わかったよ。なら、神人の寿命が縮んじゃうくらいこき使ってやろう」

「うん!」

 

 メアリーは満面に笑みを浮かべて去っていった。それはあの結界を出てから最も清々しい笑顔だった。昨日あんなことがありながら、どうしてもうそんな表情が出来るのか。それは多分、彼女に明確な目的が出来たからだろう。300年間、ずっと閉じ込められていた彼女の……それは初めての願いだったのかも知れない。だったら、出来るだけのことはしてあげようと彼は思った。

 

 しかし、それには共有経験値を沢山得る必要がある。一体どうしたらいいんだろうか? 経験値は割と些細なことで貰えることもあったが、危険な魔族退治を何度やっても、同じことをやっていては駄目だった。

 

 今までに最も沢山の経験値が貰えたのは、南部遠征の時であるが……あんな大きな依頼は、中々お目にかかれるものではない。しかも、メアリーの目標を叶えるには、それを沢山こなさねばならないのだ。果たして、そんなこと可能なんだろうか……

 

「あの……お兄さん」

 

 そんなことを考えていると、集落の方角からマニがやってきた。その背中には重そうなリュックが背負われていた。多分、ガルガンチュアに色々持たされたのだろう。既に息が上がってしまっている彼は、ゆっくり近づいてくると、獣人らしからぬ丁寧な挨拶をした。

 

「この度は、僕も冒険に誘ってくれてありがとうございます。ガルガンチュアから……父から聞きました。僕が以前、留学したいと言っていたのを覚えてて、父のことを説得してくれたんですよね。昨晩、突然許可が下りてびっくりしました」

 

 もちろん、マニを誘った覚えはない。多分、ガルガンチュアが照れ隠しでそう言っているのだろう。つい最近まで気づかなかったが、あれで案外親バカなのだ。鳳はいっそバラしてしまおうかとも思ったが、今後の親子のためを思って、自分が誘ったことにしておいた。

 

「なあに、ちょっと荷物持ちが欲しかっただけさ……しかし、おまえの荷物、すごいな。そんなに背負ってたらすぐにヘバッちまうよ」

「す、すみません! 僕も無理だって言ったんですが、あれもこれも持ってけってうるさく言われて……」

「持ってくものを厳選したほうが良い。手伝ってやるから、必要最低限のものだけ詰めなおそう」

「は、はい!」

 

 マニは荷物をひっくり返し、その中身を地面にぶちまけた。案の定、どこに隠し持っていたんだ? と言いたくなるような、不要なものがいっぱい詰まっていた。

 

 鳳がこれは何かとマニに聞きながら、持ってくものを選り分けていると……彼はその中にあるものを見つけて、思わず手を止めた。

 

「……これは?」

 

 荷物の中に、見るからに年季の入った巾着袋が混じっている。

 

 つい最近、どこかで見たことがあるような……と思いながらその口を開いたら、すると突然、中からまばゆい光が溢れ出してきて、彼は耐え切れず目を閉じてしまった。この尋常じゃない光はもしかして……?

 

 鳳があまりの眩しさに慌てて袋の口を閉じると、それを見ていたマニがその巾着袋を指差しながら、

 

「あ! それは長老に頼まれて……勇者領に行くなら取ってきてくれって、地図を渡されたんですよ。これは何かな? って何度も尋ねたんですけど、お兄さんに渡せば分かるからって言われて、無理矢理持たされました……それ、何なんですか?」

 

 受け取った紙には、よれよれの線で、どうにかこうにか地図に見えるといった感じの図形が描かれていた。この世界に詳しくない鳳には、それがどこの地図なのか分からなかったが、地図の下に注意書きであろう汚い文字がずらりと並んでいるので、きっとここにヒントが隠されているのだろう。

 

 その字があまりにも汚すぎて、解読には少々時間がかかりそうだったが……だが鳳は、これから始まる過酷な作業を、まったく苦痛に感じなかった。

 

 きっと、長老は昨日一晩かけて、苦手な文字を一生懸命書いてくれたのだ。そう思うと、大変に思うどころか、ただただ有り難かった。

 

 これで当面の目標は定まった。鳳は、手にした地図を丁寧に畳むと、破けないように慎重に自分の荷物の中にしまった。

 

 目指すは勇者領。その長い旅路のどこかにあるであろう。幻のマジックマッシュルームを探せ!

 

(二章・了)

 

 

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