ラストスタリオン   作:水月一人

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またオレ何かやっちゃいました?

 アイザックの城は中央に吹き抜けのホールを備えた大きな建物があって、その左右に広がるように2つの細長い区画が存在した。謁見の間はその一つ……便宜上、A館に存在するとしたら、鳳たちが最初に閉じ込められていた地下の部屋はB館にあり、練兵場はそのすぐ外側に設けられていた。最初に彼らを発見したのが兵士だったのは、その位置関係もあったのだろう。

 

 中央ホールの玄関から外に出ると、そこには運動場みたいな大きな広場があり、多分ここで閲兵式やら一般の祝賀式典やらで使われているのだろう。その広場の端っこに見える狭い通路を通り、手入れされた見事な藤棚をくぐり抜けると、やがてその先に練兵場が見えてきた。近づくに連れて、気合の入った大声が聞こえてくる。

 

 練兵場の鉄扉をくぐると、一群が50人くらいからなるグループが、一糸乱れぬ動きで剣を振るっていた。兵士たちは城主がやってきたことに気づいていただろうが、将校らしき数人が敬礼を返すだけで、誰一人として動きを止めるものはいなかった。その姿から察するに、練度はそこそこ高いようである。

 

 それにしても……謁見の間でライフルを見たはずだが、何故兵士たちは剣を振っているんだろう。鳳がそんな風に思っていると、

 

「本当に君は、妙なことばかりに興味を示すな」

 

 と、呆れながらも、アイザックが親切に教えてくれた。

 

 曰く、剣を使っているのは神人対策らしい。人間同士ならライフルの撃ち合いが有効なのだが、神人相手に銃撃を当ててもまず死ぬことがないから、位置を特定されるだけ逆に危険であるらしい。

 

 神人はほぼ全員が強力な魔力を持ち、人間は彼らの使う魔法を防ぎようがない。だから人間は、神人に気付かれないようにこっそりと近づいて、彼らが苦手とする銀の切っ先の剣で斬り付けるのが、現在広く伝わる対神人戦術なのだとか。

 

 銀が特攻とは、まるで吸血鬼みたいであるが……それなら銀の弾丸で撃ち抜いたらどうなんだ? と指摘してみたら、もちろんそれでも構わないと返ってきた。だが、何しろ銀だから大量にばら撒くことが出来ない。おまけに、ただでさえ高価なのに、それ故に兵士がちょろまかしてしまうという弊害があり、結果として現在の戦術が取られるようになったそうだ。なんというか、世知辛い世の中である。

 

「しかしまあ、銀の弾丸が有効なことは確かだから、個人レベルでは……例えば暗殺者などには使うのがいるらしいぞ。それはさておき……」

 

 アイザックはコホンと咳払いすると、

 

「ここへは雑談をしに来たわけではあるまい。早速だが君たちの能力を見せてくれ」

 

 待ちきれないとばかりに鳳たちをせっついた。そんなに急かされて期待はずれだったらどうしよう……という不安も拭えなかったが、鳳たちも自分の能力がどんなものなのか、実際のところを知りたかったので、素直に応じることにした。

 

「でも、能力を見せてって言われても、どうしたらいいのかしら? 謁見の間で実演したみたいに、持ってるスキルを使って見せればいいの?」

「まず、勇者様方は、ご自分のステータスを見ることは出来ますでしょうか?」

 

 するとアイザックの背後に控えていた神人たちが、主人の前に一歩踏み出して詳しいことを話し始めた。

 

 ステータスならこの世界に飛ばされて来てからすぐに試していて、あっちの世界と同じような半透明な画面が見えることを確認していた。しかし、そんなのは自分達特有のチート能力だと思っていたが、どうやらこっちの世界の住人も例外なく自分のステータスが見えるらしい。

 

「マジですか?」

「本当です。我々は、神人、人間、帝国、勇者領を問わず、全ての人類がステータスを見ることが可能です。おそらく、魔族もそうなんでしょうが、確認は取れていません。自分のステータスは見れますが、他人のは見れませんからね」

「確かに」

 

 その点は元の世界と同じだった。あっちでも、HPやMPのような簡単なステータスなら確認出来たが、見えるのはそれくらいだった……神人の説明が続く。

 

「ステータスにはSTR(ストレングス)AGI(アジリティ)などの六種の基本ステータスと、レベル、HP/MPなどの可変ステータスがあります。その他にその人の職業や個性などを示すプロパティが表示されているはずなのですが……」

「ええ、確かにその通りよ。私のステータスもそんな感じ」

 

 ジャンヌが頷き返す。

 

「基本ステータスはその人の体力を表す数値で、文字通り基本的には増減しません。尤も、生まれた時と現在とで体格が違うように、成長や訓練などで多少の増減はありますが。平均的な数値は10前後で、人間は大体この数値に収束します。訓練で上がるのは15までと言われてますが、それは本当に一握りの天才だけが到達出来るもので、それ以上の数値は聞いたことがありません。

 

 ところが、我々神人はその数値を軽く超えることが出来ます。神人の平均値は生まれながらにしておよそ15付近で、才能を持ち努力を怠らない貴族には18を超えるものも、しばしば存在すると言われております」

 

 と、目の前の神人が誇らしげに言った。歴史講釈の時には実感出来なかったが、やはり神人と人間にはまだわだかまりがあり、神人は元々が支配者だけあってエリート意識が強いようである。貴族を強調するのも、彼が貴族だからだろうか。

 

 しかし、相手が悪かったようである。自慢げな神人に嫌気が差したか、それともいい加減に説明が長いと感じたか、アイザックがイライラしながら、

 

「それで、君たちのステータスはどんなものなんだ。勇者召喚されたくらいだから、相当なものだと期待しているんだが……」

 

 彼はマッチョでデカいという理由から、ジャンヌの方を見ながら言った。

 

 急に話を向けられたジャンヌはオロオロと戸惑う表情を見せ、出来れば自分のことは避けてほしかったいった感じに、情けない表情で鳳たちの方を振り返った。その様子からして、あまり芳しくない数値なのだろうか? とも思ったが……

 

 やがて彼は諦めたように小さな声で、おずおずとその数値を口にした。

 

「えーっと……その……ストレングスが……23」

「にじゅうさんっっっ!!!!???」

 

 その数値が飛び出してくるまで、鼻高々でふんぞり返っていた神人たちが、目を剥き出しにして叫んだ。

 

「馬鹿なっ!! そんな数値ありえないっ!!」「20超えだなんて、伝説級……いや、精霊級と言っても過言じゃないぞ?!」「信じられん。しかし、彼らは勇者なのだから、あり得るのか……?」「おい、伝説の勇者の数値はいくらだ!? 誰かくわしいものはいないかっ!」

 

 ざわざわとざわつくアイザック達。気がつけば、さっきまで城主が居るにも関わらず訓練を続けていた兵士たちも動きが止まっている。

 

 練兵場のあちこちから、まるでモンスターでも見るような視線が飛んできて、それが突き刺さったジャンヌが中心で小さくなっていた。

 

「もうっ! そんなゴリマッチョでも見るような目で見ないでちょうだい。他の数値は普通なんだから」

 

 そう言って、顔を真っ赤にしながら彼が示してきた数値は、やはりこの世界の常識を遥かに超えたもののようだった。

 

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†ジャンヌ☆ダルク†

 

STR 23       DEX 15

AGI 12       VIT 19

INT 10       CHA 15

 

LEVEL 99     EXP/NEXT 0/9999999

HP/MP 3188/191  AC 10  PL 0  PIE 0  SAN 10

JOB PRIEST Lv9

 

PER/ALI GOOD/NEUTRAL   BT A

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 この他にサブメニューがあって、そこに彼が使えるスキルずらりと並んでいるらしい。

 

 これらの数値はアイザック達、この世界の住人には衝撃的なものだった。彼らはジャンヌから次の数値を聞くたびに口をあんぐりと開けて放心し、最後には顎が地面に着きそうなくらいになっていた。

 

「ね? ストレングス以外は普通の数値でしょう?」

「どこが普通だ! さっきも言っただろうが、普通の人間は15を超えたら天才だ。君は15超えが4つもあるではないかっっ」

 

 たまらずアイザックが大声で叫ぶと、城主の興奮した声に兵士たちが一斉にビクッと体を震わせ、取り繕うように慌てて訓練を再開した。しかし彼らの指揮官である将校たちは好奇心を抑えきれなかったらしく、部下に訓練を続けるように言って、続々とジャンヌの周りに近づいてきた。

 

 こんな大勢の鎧を来た兵士に囲まれる経験などなかなかないので、安全だと分かっていても緊張する。

 

 それにしてもジャンヌの基本ステータスは鳳たちからしてもかなりのものだった。特にSTRとVITの高さは元の世界で脳筋タンクだったからだろうか。INTの低さは馬鹿みたいに見えるが、普通の人間の平均が10だそうだから、他の数値が高すぎるが故のただの錯覚なのだろう。

 

 呆然としている神人たちに対し、ジャンヌが話題を変えようとして、おずおずと質問した。

 

「ところで、基本ステータスってSTRが筋力、AGIが敏捷さ、INTが知力、DEXが器用さ、VITが体力よね? CHAってのは何なの? 見慣れない数値だけど」

「ああ、それはカリスマ……他者に与える影響力のことです。この数値が高いと良い指揮官になれるので、我が国では将校の採用基準に利用しております」

 

 鳳はそれを聞いて驚いた。そんなものが数値として表されてるのも不思議なら、それが基本ステータス……つまり生まれ持っての数値だというのは想像しにくかった。

 

 これは元の世界で例えるなら、政治家やアイドルになるには遺伝子が重要で、見た目や努力は関係ないということになる。実際、二世だらけだったことを思えば、正しいと言えば正しいのかも知れないが、イマイチ受け入れにくい現実だろう。

 

 これが可変ステータスならまだ理解できるのだが……

 

 因みに、その可変ステータスも、ジャンヌのものは、アイザック達からすれば、理解し難いものらしかった。

 

「レベル99だと……? そんな人間が存在するのか?」

「こっちの世界の平均レベルはどうなんです?」

「一般人は10以下が普通だ。我々のような貴族……それから魔物専門のハンターには30超えも珍しくないが……いくらなんでも、99など数百年生きた神人であってもありえないぞ。どうやったらそんなレベルになれるんだ?」

「どうやったって言われても……」

 

 あっちの世界ではこれが普通だったとしか言いようがない。

 

 と言うかレベル補正があるせいで、これ以下ではジャバウォックを倒すのは不可能だったのだ。因みに99はいわゆるカウンターストップであり、経験値が無駄になるから、上限を上げてくれと散々運営にクレームをつけたくらいなので、まさかそんなレベルで驚かれるとは思わなかった。

 

 それよりも鳳たちが気になったのは、レベルの数字よりも寧ろその後で、

 

「ところで、EXP/NEXTってのは現在経験値と次レベルまでの必要経験値だろう? それがゼロってことは……」

「この世界ならレベル100を目指せるってことね。これは嬉しい誤算だわ」

 

 ジャンヌがそう言って喜んでいると、

 

「君たちはまだ上を目指そうというのか……?」

 

 と、アイザックが呆れていた。

 

 ジャンヌはさらに次の質問をぶつけてみた。

 

「ACはアーマークラスよね? 低いほど敵の攻撃を避けやすくなり、ダメージを受けにくくなる……その横のPLというのは?」

「ペイロードですな。例えば、荷物を持ちすぎたり、重い鎧を着ていたら動きが阻害されるでしょう。その阻害される割合です。そうですね……実際に試してみたらどうでしょうか? おい、誰か! 彼に合いそうな武具一式を用意せよ」

 

 神人の男がそう命じると、周りで見ていた将校の一人が敬礼をしてから駆けていき、すぐに鎧一式を持って帰ってきた。ジャンヌの体の大きさからして、そんな彼の体に合うような鎧は見るからに重そうだったが、

 

「……あら? 意外と軽いわ。どうしてかしら」

「見た目通りの重さのはずですが、勇者様はレベル補正が入っているのではないかと。ACやPLはどうなりましたか?」

 

 ジャンヌが自分のステータスを確認すると、先程まで10だったACが7に。PLは1になっていた。

 

「ACは説明の必要はありますまい。PLの1は1%の阻害率という意味で捕らえていただければ問題ないかと」

 

 説明の歯切れがなんとなく悪いのは、PLが100を超えても動くことが出来るからだそうだ。ただ、そんな状況では動くことは出来てもとても戦えないだろうから、戦闘を基準に考えれば、この数値はわりかし意味があるものだそうだ。

 

 因みにPIEはピエティ・信仰心のことで、精霊信仰を持たない白達異世界人がゼロなのは当然だろうとのことだった。それより気になるのは、

 

「ところで、このSANってのは……?」

「それは正気度です」

「おお! マジでSAN値なの!?」

 

 クトゥルフTRPGで使われるマイナーな数値だから、まさかそんなことは無いだろうと思ったが、本当に同じSAN値だと知って鳳たちは驚いた。

 

 SANはサニティ・正気の略で、一定値より下がってしまうと狂気に侵され、行動に制限がかかってしまう。そしてゼロになってしまうと完全に狂ってしまって死亡扱いという、非常にきついペナルティがある数値だった。

 

 もしかして、こっちでも似たような目に遭うのかと尋ねてみたら、

 

「いいえ、SANがゼロになっても死にはしません。その代わり、レベルが下がります」

「レベルが??」

「はい。結構ごっそり持っていかれるので、気をつけねばなりません」

 

 そりゃまた意外ではあったが、ペナルティとしては妥当なところだろうか。ところで、こんな数値があると言うことは、割とよくSANチェックが入るような状況があるのだろうか。

 

「人間の妖術使いがSANを下げる攻撃を仕掛けてきます。防ぐにはこれまた人間の祈祷師が必要なので、厄介極まりないんですよ」

 

 神人はそう言って忌々しそうに舌打ちをした。その様子から察するに、どうやら人間が神人に対抗するための技か何かがあるようだ。妖術とか祈祷とか、銀の装備のこともあるし……この世界で人間は一方的にやられるだけの存在なのかと思っていたが、そう単純な話でもないらしい。

 

「ところで、私の職業なんだけど……プリースト・僧侶ってどういうことなのかしら? 私はあっちでは騎士だったし、回復魔法なんて使えないわよ」

 

 ジャンヌは魔法が一切使えない脳筋タンクだった。一応、騎士の派生ジョブは多少の回復魔法が使えたが、彼自体はそうではなかったし、やはり騎士と僧侶は間違えようもないくらい、対極にある職業だと思うのだが……

 

 そんな風に違和感を感じる鳳たちと違って、こっちの世界の人々はそうは思わない様子で、

 

「我々の世界でプリーストは、神技を使って肉弾戦を得意とする職業です」

 

 と言って、逆に不思議そうな顔をしていた。どうやら僧侶と言っても、モンク僧みたいな扱いらしい。それより気になるのは、

 

「それに、回復魔法……ですか? そんな奇跡を使える者など、この世にはいませんよ」

 

 聞けば、この世界に回復魔法はないらしいのだ。怪我を負ったり病気になった人間は、自然治癒に任せるしかないらしい。魔法を使えるのは神人だけのようだが、その神人は回復力が早く必要なかったので、そういう魔法が生まれなかったのかも知れない。

 

「一応、復活呪文(リザレクション)という神の御業があると言われておりますが……そう言われるだけあって、その使い手はかつて存在したことがありません。じゃあ、なんでそんなものがあるのか? と言われてしまうと、我々も困ってしまうのですが……」

 

 どうも口伝でそう伝わっているだけらしい。もしかしたら、精霊か真祖ソフィアか、その辺の伝説の人物が使えたのかもしれない。それよりも彼らの言葉に、また聞き慣れない言葉が混じっていたので、鳳は尋ねてみることにした。

 

「ところで、その神技(セイクリッドアーツ)ってのは何ですか? 確か謁見の間でも言ってましたよね。AVIRLがハイディングしたとき」

神技(アーツ)は精霊の加護を受けた神人の体術です。剣、槍、斧、弓、体術、様々な武器にそれぞれ特有の技があります。例えば剣なら流し斬りとか、二段斬りとか」

「ああ、俺たちの世界で言うところのスキルのことですか」

 

 元の世界のゲームで言うところの、剣技や体術などのことだろう。例えば剣士なら特定の技を使えば攻撃力が2倍になるとか、波動拳みたいに腕から気弾飛んだりするような、そんなものだ。

 

 剣と魔法の世界ならそういうものもあるだろうと思ったが、神人しか使えないのはどうしてだろう? 何故、人間は使えないのだろうか。

 

「精霊の力を借りているから、人間には不可能なのです。神技を使う術者は、まず精霊への感謝の祈りを捧げ、それから術名を叫ぶと、自然と技が繰り出されるという仕組みになっています。正に、神の奇跡としか言えないから、神技と呼ばれる所以でして……」

「え、なんだって!?」

 

 神人が説明していると、その途中で鳳たちが驚きの声を上げた。その反応にびっくりして目を丸くしている神人に対し、鳳が、

 

「技名を叫ぶと自動で技が発動するんですか?」

「いかにも……勇者様方には心当たりが?」

「あるもなにも……」

 

 自分達があっちの世界で遊んでいたほにゃららのユーザーインターフェースそのものではないか。ゲームはその叫ぶというUIが嫌われたせいで、ユーザーに逃げられ、ついにサ終の憂き目にあってしまったのだ。

 

 因みに鳳たちは特に恥ずかしがらず、臆面もなく技名を叫ぶことが出来たから、だからこそサーバー最強と呼ばれたわけであるが……

 

「こっちの世界も同じシステムなのか。そう言えば、カズヤやAVIRLも自然と技名を叫んでたな」「そうだな。いつもやってたから気にも留めなかったが、たしかに変な話だ」「拙者、精霊なんて信仰してないでやんすよ。そもそもその存在自体知らなかったでやんすし」「だよなあ。今更やっぱりゲームの中でしたなんてことないよな?」「もしそうなら俺は運営に一生ついて行くぞ」

 

 鳳たちが難しい顔でディスカッションしていると、それを見ていたアイザックが、

 

「つまり君たちは、やはり神技が使えるということか?」

「同じ方法で発動しているので、多分そうじゃないかと……一応、試してみたほうが良いでしょうね。ジャンヌ! 適当になんかスキル使って見せてよ」

「いいわよ。何か標的になるものはないかしら?」

 

 ジャンヌがそう言うと、将校の一人が訓練用のダミー人形を持ってきた。丸太に鉄の前掛けみたいな防具をつけたものだ。鉄なんか叩いたら刃こぼれしてしまうので、普通は木刀かなにかを使って訓練するのだろうが、ジャンヌはそんなことお構いなしに、先程貸してもらった鎧一式についてた剣を腰だめに構えて……

 

「これ、居合スキルだから、直剣で使えるかわからないわね」

 

 と前置きしてから、おもむろに腰を下ろし、

 

紫電一閃(しでんいっせん)往葬襲華烈斬刃(おうそうしゅうかれつざんじん)……」

 

 中国人の霊でも乗り移ったかのような漢字だらけの技名を静かに、それでいて誰にでもはっきりと聞こえるように発音した。

 

 すると次の瞬間……

 

 スーッと……彼の姿がかき消え……かと思うと、突然、ゴッ!! っと何かがぶつかる音がして、一陣の風が練兵場に吹き荒れた。

 

 砂埃が舞い、猛烈な勢いで叩きつける風圧に目を細める。

 

 そんな視界不良の中で、ジャンヌはどこへ行った? とその姿を追えば、彼が消える前に立っていた場所とダミー人形を結ぶ延長線上に、抜身の剣を解き放ったジャンヌの姿が見えた。

 

 距離にしておよそ30メートル。そんな距離を一瞬で、瞬間移動でもしたのだろうか? アイザックたちから感嘆のため息が漏れる。

 

 しかし驚くべきはそこではなかった。よく見ればなんと、ダミー人形の上半分が跡形もなく無くなっているではないか。

 

 誰かの「あっ!」っという声に、ハッと空を見上げれば、空中で錐揉みするように舞っている鉄の塊が見える。

 

 それはやがて重力に負けて、一回転、二回転しながら地面へと落下し、ドスン!!っと大きな地響きの音を立てて練兵場に着地した。

 

「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉ~~~~~!!!!」

 

 無残に転がるダミー人形の成れの果てを囲むようにして、兵士たちが歓声を上げた。彼らからしてみれば、鉄の前掛けをつけたダミーを真っ二つにたたっ斬る人間など見たことがなかったのだろう。その直前の瞬間移動といい、人間離れした技はまさに神技(かみわざ)の名にふさわしい。

 

 だが待てしばし、驚くのはまだ、ここでもなかったのだ。

 

 ジャンヌがその力の一端を見せたことに、アイザックは興奮し感嘆の声を上げた。

 

「凄いではないか。これは紛れもなく神技……」

 

 彼は鳳たちに話しかけようとして振り返る。しかしそこに異世界人たちは一人も居なかった。どこへ行ったのか? とその姿を探すと、彼らは何故か練兵場の端っこに退避していて、頭を守りながらこっちの方を見ている。

 

 何をしているんだ? あいつらは……とアイザックが首を捻った時だった。

 

 抜身の剣を構えたまま微動だにしなかったジャンヌの影がゆらりとゆれた。

 

 彼は手首を返すようにして、クイッと手にした剣の刀身を裏返すと、

 

「めくり……」

 

 と小さく呟いた。その瞬間……

 

 ドドドンッ!! っと耳をつんざく音が響いて、地面がグラグラ揺れたかと思うと、突然、ジャンヌが通り過ぎたライン上の地面がめくれ上がって、まるで噴水のように軽やかに土砂が吹き上がった。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ……

 

 っと、地震のような揺れが練兵場全体に伝わって、立っていられなくなった兵士たちが次々と尻もちをつく。

 

 震源地のすぐ近くに立っていたアイザックは、もちろん堪えきれるはずもなく……間もなく地面に突っ伏すと、彼を守ろうとしてあちこちから将校たちが飛んできた。

 

 その人壁に覆いかぶさられながら見上げた宙には、練兵場の固められた地面の下から飛び出してきた、土や砂や砂利や石やらが、スコールのように土砂降っていた。

 

 ベチベチと土砂が当たるたびに痛い痛いと悲鳴が上がる。そんな地獄絵図の中、震源地の方を見れば、抜身の剣を鞘に戻し、どことなくしっくりこない表情をしながら、

 

「まあ、こんなものかしらね……」

 

 と肩をすくめるジャンヌの姿が見えた。

 

「ハハハハハハハハハッッ!!」

 

 アイザックは思わず笑ってしまった。

 

 たった今見せつけられた神の奇跡を前にして、それでも納得がいかず首を捻っているジャンヌの姿を見て、

 

「これが勇者の力……これが、俺の手にした力なのかっ!!!」

 

 アイザックの哄笑が練兵場に響き渡り、彼の野心的な瞳がキラリと光った。しかし兵士たちも将校たちも、みんな混乱していて、その笑い声を気にする者は誰ひとりとしていなかった。

 


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