国境の町にヴァルトシュタインの白馬が帰ってきた。冒険者ギルドを代表して、街を取り囲む帝国兵に抗議を続けていたスカーサハは、それを見つけるなり中断して彼の元へと駆けつけた。
出掛けに何も言ってなかったが、あのタイミングで街を飛び出していったということは、多分帝国軍の本陣に向かったのだろう。話を聞くために追いかけると、彼はわざと目立つように愛馬で街の広場を一周させ、そこに集まっていた難民たちに向かってこう言った。
「聞け! これから一両日中に外の帝国軍が撤退する。だがそれは一時的なことで、1日もしたらすぐに戻ってくるだろう。俺はその隙にこの街を脱出し、勇者領へと向かう。俺は元帝国兵だが、今はしがない傭兵の身。一旗揚げるために新天地を目指すつもりだ。森の中の街道には魔物や猛獣が徘徊しており、かなりの強行軍になるだろう。命の保証はない。もしかすると、このままこの街にいた方が良いかも知れん。だが、それでも一縷の望みを賭けて、この街から脱出したいと思う奴らは俺に着いて来い!」
ヴァルトシュタインはそう言い放つと愛馬の手綱をぐいと引っ張った。大きな白馬が立ち上がり、ヒヒンと嘶いた。その様子をぽかんと眺めていた難民たちは、たった今言われたことを思い出し、隣の人達と目配せしあい、ボソボソと会話を始めた。
多分、彼に着いて行くか、それともこれからどうするか、話し合っているのだろう。ヴァルトシュタインの演説は、広場にいた人々から、やがて小波のように伝言されていった。
「今の話は本当ですか?」
スカーサハは駆け寄ると開口一番そう訪ねた。ヴァルトシュタインは愛馬から飛び降りると、彼と一緒に帝国軍を抜けてきた元部下に手綱を預けてから、
「ああ。たった今、俺の後任に直談判してきた。野郎、最初はのらりくらりと交わしていたが、最終的には折れて、さっきの言葉を引き出した……しかし、聞いての通り、一日だけだ。その間に、荷物をまとめてここを出ていかなければならない」
「だとしても、有り難いことです。よくやってくれました、ヴァルト」
スカーサハはホッとした表情で彼の貢献を讃えた。何しろ、さっきまで八方塞がりだったのだ。突然、約束を反故にされて街を取り囲まれてしまい、難民を逃がす隙が無い。それが蜘蛛の糸程度の活路であっても、無いよりは断然マシだった。
それもこれも、難民たちがノロノロしていたせいだった。ヴァルトシュタインが解任された時に、危機感を覚えてさっさと逃げ出しておけばよかったのだが、一度安全になると、人は動かなくなるものだ。誰だってそうだろう。身の安全が保証されるなら、当てのない旅を続けるよりも、じっとその場に留まった方がマシだ。あの街の攻防戦以降、何もかもが上手く行き過ぎていた難民たちは、知らぬ内に自分たちの立場を忘れてしまっていたのだろう。
「結局、難民の人たちはこっから出ていくんですか?」
二人が話し合っていると、街の復興のために働いていた鉱夫たちが話しかけてきた。この街は元々、貿易のために街道に作られた街であり、難民キャンプではない。復興事業は、元々街を利用していた周辺の炭鉱で働く男たちが行っており、そこに戦火を逃れてきた難民たちが加わって、新たな体制でやっていこうとしていたのだが……
「アイザック12世とやらは求心力に乏しく、領内の引き締めのために、どうしても難民を見せしめにしたいらしいな。ここに残っても、ろくな結果にならんだろう」
「残念だな。せっかく上手くやって来たのに」
「元々、帝国と揉めた時点で、ここに踏みとどまるのは無理があったんだ。俺がもう少し締め付けを強くしておけば……ええい、くそ! 終わっちまったことをいつまでもグチグチ言っても仕方ねえ」
炭鉱夫と難民の中には、将来を誓いあった恋人たちも居るらしい。そんな二人も、為政者の都合で離れ離れだ。なんとかしてやりたいところだが、どうしようもない。
そんな話をしていると、外の帝国軍に動きがあった。街を包囲していた兵隊たちが、ぞろぞろと本陣のある丘の向こうへと退却していく。その中で、そんな話は聞いてないと金切り声をあげている者たちがいたが、おそらく彼らが12世の送ってきた将校たちなのだろう。
カリギュラは、ヴァルトシュタインとの約束を守って、新ヘルメス卿に断りを入れずに兵を退いてくれたらしい。逆に言えば、今から24時間したら、あれがまた戻ってくると言うことだ。
「タイムリミットは明朝だ。それまでにこの街から出なければ、難民どもはバカ殿の見せしめに使われてしまうだろう。そんなわけで、
「分かりました。ですが、あなたは良いのですか? 私達と行けば、帝国に反旗を翻すことになりかねません。護衛なら、我々冒険者がいますし、そこまで無理をなさらずとも良いのですよ……?」
彼は渋面を作りながら、
「乗りかかった船だ。今更、後に引けるかよ。大体、俺を解任したのはその帝国なんだぜ? 戻ったところで、今更俺のポストなんざ残っちゃいねえよ」
つい先程カリギュラに誘われたのだから、それははっきり嘘だったが、ヴァルトシュタインはそんなことはおくびにも出さずにそう言った。神人スカーサハはその剛毅な男に感謝の意を表しつつ、
「恩に着ます。これからどうなるかわかりませんが、今回のことは、冒険者ギルドの借りとして記録しておきます。いずれ何らかの形でお礼をさせていただきましょう」
「そうかい。ありがとうよ」
「あちらに着いたら、あなたも冒険者になりませんか? 傭兵よりも、ずっと刺激的かも知れませんよ」
「そんなのは向こうに着いてから考えることだ。今から浮かれていると、足元を掬われるぞ」
「それもそうですね……気を引き締めましょう」
こうして国境の街に残されたスカーサハたちは、最後の難民を勇者領へと送るべく、即席のキャラバンを編成した。攻防戦で活躍した冒険者の一部がまだ残っていたとは言え、老人や女子供を含む非戦闘員を大勢連れての移動は困難が予想された。
それでも、彼らに残された道は他になかったから、難民の中からも戦闘員を募って、どうにかこうにか、形だけでも魔物と戦えるくらいの戦力を整えることは出来た。
特に、帝国に解雇されて行き場を失ったヴァルトシュタインと、その彼を慕ってついてきた傭兵たちは、非常に頼りになる存在だった。
レオナルドの代理として、この街の撤収を任されていたスカーサハは、出発に当たって各地に早馬を走らせた。結果的に、この街のギルドは帝国と揉めてしまい、ヘルメス領からの撤退を余儀なくされたが、帝国領内にある他のギルド支部は、それぞれの判断で踏みとどまるようにとの通達だった。
帝国の政治に口出しした以上、今後、帝国の冒険者ギルドを見る目は厳しくならざるを得ないだろうが、それで全ての支部が撤退しては、今後何かあった時に即応できない。だから出来る限り食らいついていて欲しいという指令である。冒険者ギルドの最大の武器は、そのネットワークにあるのだ。
スカーサハは、この通達を、隣の冒険者ギルドにだけ送った。それを受け取ったギルド支部は、その内容をまた隣の支部に伝言する。こうして一つの情報が、時間がかかっても、いずれ世界中に広まっていく。こういう柔軟な情報リレーが出来るのが、この世界で唯一、冒険者ギルドだけなのである。
だから、彼女が結局この街から撤退したという情報は、そのうち、どこかにいるレオナルドの耳にも届くだろう。それを知った彼が、次なる布石を打つ助けになれば良いと、彼女は願っていた。
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翌朝。難民を引き連れたスカーサハたち難民キャラバンは、街から少し離れた平原で、最後の点呼を行っていた。勇者領へ行くのなら、今回が最後だと触れ回っていたものの、最終的に全ての難民は集まらなかった。
このままここに留まっていたら、アイザック12世によって元の領地に戻されて、過酷な労役を強いられることは明白だった。しかし、それと天秤にかけても、危険な大森林を通って、未知なる土地へと向かうこともまた、彼らは不安だったのだ。
その不安を臆病と
ともあれ、自分たちは良くやった。そう言い聞かせながら出発の準備に勤しんでいると、見張りの一人が、街道を通って数騎の騎馬が向かってくることに気がついた。その軍服から察するに、帝国兵で間違いない。
見張りの声を聞いて、ヴァルトシュタインが武器を取ってキャラバンから飛び出してきた。だが、彼は先頭を走る黒鹿毛に見覚えがあることに気がつき、手にした銃をおろした。
「失礼、驚かせるつもりは無かったのですが。どうしても、私一人ではここまで来ることが許されず」
「軍師殿か! 久しぶりだなあ!」
やって来たのは帝国軍参謀、皇帝直属の部下として名高い、利休宗易その人であった。かつてヘルメス卿との戦いで自分の作戦参謀を務め、周囲から軍師と呼ばれていた男である。ヘルメス戦争後は、また帝都に戻っていたはずだが……
「新ヘルメス卿が傍若な振る舞いをしていると聞き及び、もしやあなたがお困りかと馳せ参じたのでありますが、必要ありませんでしたな」
「なんだ! わざわざ俺のために来てくれたのか!?」
黒鹿毛に乗った黒ずくめの男はにこやかな笑みを浮かべながら下馬すると、駆け寄ってきたヴァルトシュタインとガッチリと握手を交わした。
「人生は一期一会です。その時々の出会いに精一杯尽くしてこその茶人であります故。そんな私にとって約束事を反故にされることは耐え難い屈辱、新司令官に口利きをするつもりで参ったのですが、その司令官からあなたが今日旅立つであろうことを聞きました。いや、間に合ってよかった」
「そうか。おまえもここの難民のことが気になっていたんだな」
「はい。交渉は、私が進言しましたことですから。あなたは約束を守り、そして私の名誉も守ってくれた。感謝いたします」
「やめろよ、こそばゆい」
ヴァルトシュタインが背中のど真ん中が痒いかのごとく身を捩らせながら、利休の背中をバチンと叩いた。彼はジンジンと熱を持つ背中を擦りながら、
「あなたも彼らと一緒に、ブレイブランドまで向かうおつもりですか」
「ああ。ここまで面倒見ておいて、ハイサヨナラってわけにはいかねえよ」
「左様ですか……本当なら、私もご一緒したいところでございますが、今生は皇帝陛下に捧げた身。陛下を置いて、帝都を離れるわけにはまいりません」
「気にするな。っていうか、誰もそんなこと期待しちゃいねえよ」
「ところで1つ、餞別代わりにお聞かせしたいことがございまして……少々、お耳を拝借」
「なんだよ、改まって?」
ヴァルトシュタインが顔を近づけると、利休は彼が連れてきた帝国兵たちに聞かれないように、そっと小さな声で耳打ちするように続けた。
「……新司令官に就任したカリギュラは、
「……何だと? カリギュラが放浪者だって? しかし……あいつは神人じゃないか。神人の放浪者なんて聞いたこと無いぞ」
しかし、そう言われてみると、あの見た目からして尋常ならざる男が放浪者なのは案外しっくり来る。そして放浪者というのは、自分が倒した勇者たちのように、それぞれが破格の能力者と来ている。
昨日、面会した時に感じたように、カリギュラの皇帝に対する忠誠心はおそらくは低い。そんな男に、帝国軍の指揮権を与えるなんて……帝国議会は馬鹿の集まりだとしても、皇帝は本当にそれで良かったのだろうか?
ヴァルトシュタインがそんなことを考えてながら渋面を作っていると、
「ですが、本当に気をつけねばならないのは、ピサロの方です」
「……ん? あいつが?」
ピサロの名前には覚えがあった。彼が司令官をやっていた時に副官をしていた男だ。どことなくふてぶてしい態度の男だったが、こちらが1つ言えば10を汲み取る、言外の言葉を読む力に長けていたので、伝令将校として重宝していたのだ。
妙にキレる男だと思っていたが、なるほど、放浪者だと言われればしっくり来る。ただ、ヴァルトシュタインの印象では、そこまで気をつけねばならない男とは思えなかったのであるが……
「陣中にその名を見つけた時から不審に思っておりました。あの男は一兵卒として昼行灯を決め込んでいましたが、本来は
「単に出世に興味がないだけじゃないのか?」
すると利休はとんでもないと首を振って、
「実は前世、私とあの男は同年代を生きていた者同士でした。たまたまなのですが、私は彼の母国からやって来た宣教師との交流があり、その名前を聞き及んでいたのですが……それによると、彼はその時代を代表する
「征服者……」
「そのような人が自ら進んで、晴耕雨読の薄ぼんやりとした生き方をしているのは不思議でなりません。彼が何を企んでいるかは存じませんが……もしも今後、あなたの前に立ちはだかるような事があれば、決して一筋縄にはいかない相手であることを忘れないでいてください」
「……肝に銘じよう」
二人が顔を突き合わせてそんな会話を交わしていると、その間にキャラバンの最終点呼を終えたスカーサハが、そろそろ出発しようとヴァルトシュタインを呼んだ。彼はその声に答えてから、
「どうやら、時間のようだ。悪いな、せっかく来てくれたのに、茶の一杯もしばいているような余裕もない」
「お気になさらず。私はここでお見送りさせていただきましょう」
ヴァルトシュタインはその言葉に頷いて踵を返したが、二三歩進んだところで、ふと名残惜しそうに立ち止まり、
「……もしかすると次は敵同士になるかも知れんから言っておく。お前が陣中で入れてくれた茶だが、あれは美味かった……」
「それは茶人として最大の褒め言葉です」
では……そう言って二人は揃って踵を返した。それ以上、別れの言葉は交わさなかった。
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難民キャラバンはいよいよ森へと入っていった。ここから先は国家の力が及ばない地域で、何が起こるか分からない。もちろん、魔物が襲ってきたときのことを考えて護衛はいたが、十分な数とは言えなかった。だから難民の中でも戦える者は武器を持ち、いざというときの予備戦力としたのだが、しかし、そのいざという時が来たら、果たして彼らが戦えるかどうかは甚だ疑問であった。
というのも、キャラバンの人数はおよそ500人であったのだが、その殆どが老人や女子供ばかりだったのだ。たまに成人男性がいても、飲んだくれていたり、障害があったりと、何か問題を抱えていた。元々、難民は戦争が始まる前、1万人以上いたのだから、今まで残っていた人々は、出がらしみたいなものだったのだ。
そもそも最初から護衛をつけて森を抜けることが出来ない人々。あちらへ行っても働けるかどうか分からない人々。自分以外に家族がいない人々。そしてその家族から見捨てられた老人や子供など……そういうワケアリの人ばかりが集まっていたのだ。
そんな寄せ集めの強行軍であったが、帝国が一日しか与えてくれなかったのだから仕方なかった。幸い、その帝国軍の追っ手がなかったのが、唯一の救いである。
途中、何度か魔物と遭遇したが、どうにか撃退しつつ、難民キャラバンは順調と言えば順調に大森林の街道を進んだ。夜になると火のつけ方も知らない老人や、母親が恋しくて泣き出す子供が出たりと、まるでデイケアサービスでもやってるようだったが、逆に悲壮感が感じられない分だけ気楽ではあった。
しかし、こんな連中が勇者領へ行ったからといって、果たして無事にやっていけるのかどうか……ヴァレンシュタインには疑問にしか思えなかったが、そのへんは冒険者ギルドが上手くやっているらしい。
ところで、勇者領と一口に言っても、そこには13の氏族というものが存在する。ブレイブランドとはいわゆるアメリカのような連邦国家であった。
アルマ・ベッタ・カーラ・エンマ・ファビア・フィオレ・リンダ・ルチア・パオラ・ピエラ・レベッカ・セレナ・ヴィオラ。元々は勇者のパトロンだった成金たちが王侯貴族化し、北海道くらいの広さに、それぞれ狭いながらも領地を持ち、国ごとに独自の政治を行っている。その13氏族を引っくるめて勇者領なのである。
元は成金貴族とは言え、建国から300年も経っているからそれなりに権威があり、国が違えば法も変わる。アメリカと言うより、EUに近いかも知れない。そんなバラバラの国が寄り集まっているから、例えば為替や、関税、犯罪者の交換など、一定のルールが必要となり、それを中央の連邦議会が決めていた。
因みに、レオナルドは氏族ではない。元々、彼は魔王討伐のときの勇者パーティの一員であり、干拓事業の際の大パトロンでもあった。勇者亡き後、正当な後継者は彼しかいないと誰もが認めていたのであるが、前世の記憶もあってか、それともヘルメス卿に遠慮してか、彼は複雑な思惑の絡み合う政治の舞台からは離れて、隠棲を決め込んでいた。
その代わり、全ての氏族に彼の作った冒険者ギルド支部があり、全ての国王(族長)に顔がきいた。勇者領は氏族同士の争いを避け、また経済的な理由もあり、常備軍を持たずに傭兵に頼っていた。有事の際、募兵を行うのが冒険者ギルドであり、いわばギルドは軍閥のような立場にある。それを嫌って密かに私兵を集めている氏族もいるようだが、まあ、13も国が有れば、そういう国が出てきても仕方ないだろう。
そんなわけで、冒険者ギルドは勇者領全ての領主との窓口が存在した。そのため、レオナルドがあの街の難民を救うと決めた時から、その受け入れ体制は整っており、難民はまず勇者領の入り口にあるアルマ国に集められ、そこから13氏族の領地に分配される手はずとなっていた。
従って今回の、最後の難民キャラバンを引き連れたスカーサハたち冒険者ギルドの面々は、そこまで難民を連れていけば、晴れてお役御免となるはずであったのだが……
ところが、およそ一週間をかけ、どうにかこうにか大森林を通り抜けて、アルマ国にたどり着いた彼らを迎えたのは、思いもよらぬアルマ国のつれない態度だったのである。