ラストスタリオン   作:水月一人

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うひょー! 宝の山やんけ~!

 ヴァルトシュタイン率いる難民軍がボヘミアへと退去してから数日が過ぎたある日、ようやく懸案事項が片付いたと安堵していた勇者領に衝撃が走った。なんと、かねてより勇者領に潜入し、先の戦争犯罪人の行方を追っていた帝国の特殊兵が、アルマ国内でアイザック11世を発見したというのだ。

 

 アルマ国に匿われていた11世は帝国兵の尋問に対し、将来の決起を企んで、仲間たちがまだまだ勇者領内に潜伏していることを仄めかしたらしい。決起とは即ちヘルメス領を取り戻すことであり、これを重く見た新ヘルメス卿アイザック12世は、勇者領に潜伏中の不穏分子を一掃すべく、帝国軍の通行許可を13氏族に要求した。

 

 緊急開催された連邦議会は紛糾し、もはやアルマ国を吊るし上げるだけの魔女裁判の様相を呈していた。せっかく、邪魔な難民を追い出し、帝国との関係が改善されるはずだったのに、それをアルマ国が台無しにしたからだ。

 

 アルマ国はそれに対し、ヘルメス領は友好国で11世の亡命を助けるのは、当時としては当たり前のことだったと弁明。逆に、帝国の要求をいくら聞いたところで、それは勇者領が完全屈服するまで尽きることはないので、今すぐに徴兵を行い、来る戦いに備えるべきだと堂々と主張した。

 

 しかし、そんなアルマ国の提案に賛同する者は誰ひとりとしておらず、議会はアルマ国に対する非難決議を採択して閉幕した。この多数派による一方的な仕打ちに、アルマ国王は深い失望を表明し、続く対策会議への参加を拒否して国に帰ってしまう。これを残った12氏族は大したことと思っていなかったが……

 

 ところが、議会を欠席して国に帰ってしまったアルマ国王は、自国に帰るや帝国に単独降伏し、帝国軍の進駐を受け入れると表明したのである。どうせ議会は保守派の意見を全く聞かず、帝国に譲歩するばかりで、いずれは帝国軍の侵入は避けられない。だったらいっそのこと、自ら招き入れて、自分の領地だけでも守ろうという苦肉の策であった。

 

 この事態に際し、連邦議会は裏切り者のアルマ国を痛烈に非難したが、そんなことをしたところで後の祭りである。議会を支配するリベラルは、寧ろこの事態を招いた犯人探しで内ゲバを始める始末であった。

 

 ともあれ、不遇をかこっていた保守派はこれで息を吹き返し、国防に関する議案がようやく可決され始めた。こうして勇者領12氏族は重い腰を上げ徴兵を開始した。しかし、そんなスピード感に欠ける勇者領に対し、帝国軍の方はアイザック12世を総大将に据えると、兵3万を勇者領へと派遣。勇者領がもたついている間に、速やかに部隊の展開を始めてしまう。

 

 それはヘルメス国を狙う11世一派をあぶり出すという名目ではあったが、実態は明らかに兵力に物を言わせた実効支配が目的であった。対する12氏族は、帝国軍の南下を阻止すべく、数だけはどうにか揃えた連邦軍を派遣。これを勇者軍と号した。こうしてブレイブランドを舞台にした戦闘がいよいよ行われようとしていた。

 

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 パチパチと焚き火の爆ぜる音がする。ホウホウとフクロウが鳴く声が聞こえる。生い茂る木々は一条の月明かりさえ通さず、森は暗闇に閉ざされていて、宇宙空間にでもぷかぷか浮かんでるような、そんな錯覚を覚える。焚き火の炎が届く範囲だけが人間の領域だ。こうして長く森に暮らしていると、どれだけ人類が火に助けられてきたのかと、鳳は身にしみて感じていた。

 

 こぽこぽと音を立てて、鍋の中の水が沸騰したのを知らせていた。火から下ろして茶葉を放り込むと、香ばしい匂いが辺りに広がった。ギルド支部から持って出たカフェインは残り少なく、寝ずの番の時しか飲めなかった。早く人里にたどり着かなければ、そろそろ物資がきつくなってきた。レモン代わりに、その辺に生えていた柑橘類を入れて一息つく。

 

 ガルガンチュアの村から追い出されて一週間が経過した。もはや大森林に留まる理由もないので勇者領を目指しているのだが、この広大な森の出口はまだ見えなかった。地図によればそろそろ森の外周に差し掛かってもいい頃なのだが、あと一日くらいは掛かるだろうか。たった一日のはずが、久しぶりに人里に期待が膨らむのか、妙にその一日が長く感じられた。

 

 眠れないから寝ずの番を代わったのであるが、こうして夜中に一人の時間を持ちたかった理由はもう一つあった。出掛けに長老に渡された地図に書かれた文字の解読である。長老は、鳳に例のマジックマッシュルームが生えている場所を教えてくれたのであるが、普段から文字を書き慣れてない長老の地図は、読み解くのも一苦労だったのだ。

 

 移動の最中もちょくちょく作業を進めていたのだが、やはりそのための時間を作ったほうが断然効率が良く、だから積極的に夜の番を務めていたのだが、そのお陰で作業もようやく終わりが見えてきた。

 

 鳳が作業を中断して一服していると、テントの方からジャンヌがのそのそと起き出してきた。鳳の次に寝ずの番をする予定だったから、そろそろ交代の時間のようである。彼は拳が入るんじゃないかと言うくらいの大あくびをかましながら、焚き火の方へと近づいてくると、

 

「おはよう白ちゃん、今日も頑張ってるわね。解読作業の方は順調かしら?」

 

 鳳はそんなジャンヌに淹れたばかりのお茶を差し出しながら、

 

「おう、もう殆ど解明できたも同然だ。つっても、結局は地図のほうが重要だったみたいだけどな」

「ふーん……何が書いてあったのかしら?」

 

 鳳は長老の地図を広げながら、

 

「長老は、この地図の場所が、大森林の大体どの辺にあるのかってことを、地図の余白に書いてたんだよ。地図には大きな木や川みたいな目印がいっぱい書かれてるんだけど、ごちゃごちゃしててよく分からない。でも、長老の文字を読み進めていくと、これはどうやら、俺たちが丁度今向かっている大森林の外周部、勇者領に面した場所らしいことが分かって来るんだ。で、そこに村の神様を祀った祠があって、あのマッシュルームはその周囲に自生してるんだって」

「へえ~……あの村の神様って言うと、リュカのことじゃないの? 四柱の神の」

「それがどうも違うらしいんだな。具体的に何ってことは書かれてないけど、なんか神様を示す不思議なマーク? みたいのが描いてあって、長老はこれを辿っていけば神様のとこに着くよみたいなことを言ってるんだわ」

「なにそれ、ちょっと怖いわね……マークってどんなのかしら?」

「これなんだけど」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 鳳は地図の上に描かれてるマークを指差した。ジャンヌはそのマークを見ながら、

 

「シンプルなマークね……太極図? 違うわね。数字の6とか、9にも見えるわ」

「それだと向きが逆だろう。俺には大きな腕が、上の方から何かを掴んでいるように見える。もしかすると、これが神様の腕なのかも知れん」

「ふーん……そう言われてみればそう見えなくもないけど……でも、三本指の動物なんていたかしら? カエルとか?」

「カエルは4本じゃなかったっけ? 確か、蹄のある動物に居たはずだ……サイだっけかな」

「サイ……そんなのが神様っていうか、魔獣化していたら怖いわね」

「いや、お前のほうがよっぽど怖いと思うよ」

 

 そんな話をしていると、いつの間にかだいぶ時間が経っていた。鳳はジャンヌに火の番を代わってもらって床についた。この一週間、長老の地図の解読に手間取っていたが、通り過ぎる前に作業が終わってよかった。

 

 せっかくだから、レオナルドやギヨームに頼んで、明日はこの地図の場所に向かってみよう。もしかしたら、何かあるかも知れない。少なくとも、マジックマッシュルームはあるのだし……彼はウキウキと明日のことを考えながら目を閉じた。

 

 翌朝。

 

 起きてきたレオナルドたちに頼んで、長老の言う神の祠に行ってみたいとお願いし、現地へ向かうことになった。レオナルドが興味示すとギヨームは反対しなかったし、唯一、非戦闘員であるミーティアが嫌がったが、鳳が疲れないよう馬に乗せてあげるからと言うと、最終的にはぶつくさ言いながらついてきた。長いものに巻かれやすい人である。

 

 目的地は大森林の外周……というか外にあったらしく、地図を頼りに進んでいったら、やがて頭上を覆う木々の葉が日光を通し始め、足元の雑草はどんどん背が高くなり、ついには大森林を抜けてしまった。そうしてたどり着いた先には広大な峡谷が広がっており、見渡す限りの荒野はまるでグランドキャニオンを見ているようだった。

 

 森を抜けたらいきなりこんな場所に出るとは思いもよらず面食らっていると、レオナルドはここがどこだか分かったようで、歩きながら話をしてくれた。勇者領は海を埋め立てる干拓事業から始まったのだが、300年の間に徐々に陸地の方へも開発の手が進み、今では北海道くらいの広さを持つ国になっているそうだ。

 

 その昔、ここには大河が流れていて、昔の人々はその水源を目当てに開拓をしようとしたらしい。ところがそうして次々と木が倒されて森がなくなると、赤道直下の乾燥した気候のせいで、川が干上がってしまったのだ。

 

 海に面した土地は降水量のおかげで肥沃な土地になっているから勘違いしがちだが、内陸部は乾燥した大陸気候のせいで、実は簡単に砂漠化が進んでしまうらしい。

 

 広大な大河であっても、大自然の前にはかくも儚いものなのかと、あてが外れた勇者領の人々はこれを教訓とし、それ以降は気候条件の変わる場所を境界線として森を開拓するようになって、それが現在の勇者領の形になっているそうである。

 

 こうして自然の脅威をまざまざと見せつけた峡谷は、その後、人が住めなくなったために放置され、長い年月をかけて徐々に風化し、今では砂と岩だらけの不毛な土地となってしまった。この辺りには人は全く近寄らないので、ここに長老の言う神の祠があるのだとすれば、誰にも知られていないことも頷けるとレオナルドは言った。

 

 ともあれ、薄暗い森を抜けて久しぶりの日光である。砂漠の暑さにやられてしまわないように、ここから先は慎重に進まねばならない。特に、冒険者ではないギルド長とミーティアは体力面に不安がある。そして彼らが連れているのはラクダではなく馬なのだから、水場を確保しなければ、早晩動けなくなってしまうだろう。

 

 そんなわけで峡谷にたどり着いた鳳たちは、まずは日陰を中心に水場を探した。そしてそこをキャンプ地として、動ける者で周囲の探索をしようという運びとなった。幸い、元大河であるからか、地下水が流れているらしく、水場は割りとあっさり見つかった。そしてそこにテントを張っている最中に、もう一つの幸運が舞い込んできた。

 

 長老の地図はおそらくこの場所を描いているのだろうが、地図に書かれている目印の木や川のようなものは殆ど見つからなかった。多分、長老はここに来たことがあっても、若い頃の話だろうから、目印が全部風化してしまったのだ。

 

 目印がなければ地図は役に立たない。それで一旦は手詰まりになってしまったのであるが……もしかしたら高いところから見れば何か見つかるかも知れないと、身軽なマニが崖を登ってみたところ、たまたまそこに洞穴があって、中に壁画が描かれており、そこに例の神様を示すマークが描かれていたのだ。

 

 長老は、このマークを辿っていけば、神の祠に着くと書いていた。この壁画を誰が描いたか分からないが、おそらくは大昔の村のシャーマンが、ここに来た時に目印になるようにと遺してくれたものだろう。つまり、探せばまだあちこちに壁画があるはずだ。

 

 そんなわけで、一行は短期滞在のための薪や食料を集めたあと……翌朝、キャンプにギルド長とミーティア、ルーシー、それから乗ってきた馬を残して、周辺の探索へと出掛けた。こんな地道な作業、レオナルドは参加しないだろうと思っていたのだが、どうやら彼もガルガンチュアの村の秘密が気になるようである。

 

 因みに探索ではスキルのあるギヨームではなくて、メアリーとマニが活躍した。ふたりともまだ子供だから身軽であり、また、こういった宝探しみたいなことが楽しくて仕方ない年頃のようである。いや、メアリーは子供ではなく300歳だし、マニは9歳だけど成人しているのだが……まあ、楽しそうだから良しとする。

 

 そんなこんなで、太陽が頭の天辺に差し掛かる頃には、結構な数の壁画を見つけた。そして次々と見つかる壁画の場所を地図にプロットしていくと、徐々に傾向というか、それが指し示す方向が見えてきた。

 

 昼食のために一旦休憩を取り、食後の運動を兼ねて予想した場所を探しに行くと、案の定新しい壁画が見つかった。どうやら、この方角で間違いないようである。これだけ分かればもう十分だろうと、鳳たちはバラバラに探索することはやめて、一団となって目的地の方へと歩いていった。

 

 そしてついに、探していた神の祠は見つかった。

 

 壁画は、壁の絵画というだけあって、どれもこれも、風などによって自然に掘られた横穴に描かれていた。つまり、崖のある場所を重点的に探していくと見つかるわけだから、壁画をどんどん辿っていくと、それは峡谷の低い場所へと向かっていた。

 

 そこは大昔には川底だったのだろう、両脇を高い崖に囲まれた谷底を歩いていくと、鳳はある場所に差し掛かった時、なんだか見ている風景に違和感を覚えた。

 

 何故かはわからないが、なんとなくそっちの方に何かがあるような気がするのだ。何が気になるんだろうか? と目を凝らして見てみると、谷が作る影がカモフラージュになっていて、入り口が目立たなくなっている横穴を発見した。

 

 これも自然に開いた横穴だろうか? と思いながらその中を覗いてみると、奥の方から光が漏れている。どうやらそれは洞穴ではなくて、谷の向こう側に続くトンネルになっているようだった。

 

 こんなトンネル、とても自然の侵食によって出来るような物じゃないから、もしかしなくてもこれは人の手によって作られた物なのかも知れない。誰が作ったか知らないが、この先に人工物がある可能性は非常に高いわけである。鳳たちは胸を躍らせながら、そのトンネルをくぐり抜けると……

 

「うひょー! 宝の山やんけ~!」

 

 トンネルを抜けた先には、ぽっかりと開けた広場があり、そこに目的のマジックマッシュルームが群生していた。それは鳳の目には蛍光色に輝いて見えて、まるで王蟲の大群が作る光の絨毯のようだった。

 

「するとここは風の谷。うひひひひ」

「おい、こら、待て!」

 

 ギヨームが止めるのも聞かず、じゅるじゅると唾液を滴らせながら、だらしない顔をした鳳が駆け寄っていく。こんな不自然な空間、何があるか分かったものじゃないから慎重になれと言いたかったのだが、もはやあのジャンキーは何も聞こえていないようだった。ギヨームは、はぁ~……とため息を吐きながら、とりあえず安心そうだから、鳳の後に続いてトンネルをくぐり抜けた。

 

 広場は四方を高い壁に囲まれていて薄暗かった。頭上にはこの砂漠の中では珍しく、青々とした木漏れ日が差し込んでいて、この辺りに水場があることを示しているようだった。日中の太陽の高い間しか陽が射さず、じめじめしているからキノコの生育に丁度良かったのだろう。恐らく、上を歩いていても、茂みが邪魔になってここの存在に気づかないはずだ。

 

 広さ的には20メートル四方くらいだろうか、若干、天井がせり出していてドームのような空間になっている。その壁際にひしめき合うようにキノコが群生していて、広場の中央には石でできた柱が数本立っていた。

 

 自然物のようにも見えるが、こんな分かりやすく均等に配置されているのだから、人工物に違いない。見る人が見れば、ソールズベリのストーンヘンジを思い浮かべるはずだ。だが、あれは大昔の人が暦を測るために作ったそうだが、ここには太陽の光が差し込まないから、そんな意味はないだろう。

 

 すると一体、なんのためにこんなものを建てたのだろうか……? 長老は神様の祠と言っていたらしいから、何か祀られているのだろうか。

 

 ギヨームがそんなことを考えながら周囲を探っていると、

 

「ふむ……ここはもしや、迷宮(ラビリンス)ではなかろうか」

 

 背後でこちらの様子を窺っていたレオナルドがそんなことをポツリと呟いた。

 

「迷宮だって? ここが!?」

 

 驚いて振り返ると、老人はこっくりと頷き返し、

 

「ここには精霊のような気配を感じるが、どうもそれとは少し違う、別の霊障が存在するようじゃ。迷宮とは生前、強いクオリアを形成した者の肉体が滅び、その意志だけがこの世に残ったものを言う。なんというか、霊魂とか精神とか、そういったものが死して実体化したものを言うのじゃが……」

 

 レオナルドはそんな話をしている最中に、ふと何かに気づいたように、持っていた杖で広場の中央を指し、

 

「ほれ。そうやって意識してみれば、あちらの方からお出ましのようじゃぞ」

 

 その言葉に驚いて、ギヨームが再度振り返ると、さっきまで何も無かったストーンヘンジの中央に、巨大像の台座のような四角い物体が現れていた。その中央の部分がぽっかりと口を開けている。近寄って、中を覗き込んでみると、台座は1メートル四方ほどの幅しかないはずなのに、中はずっと奥まで続いているように見えた。こんな物理法則を無視した物体が、現実にあるとは思えなかった。なんだか、だまし絵を見ているようだ。

 

「これが、迷宮か……初めて見た」

 

 ギヨームはゴクリとつばを飲み込んだ。冒険者の最大にして最終目標、迷宮(ラビリンス)。その入口が今、彼の目の前に開いていた。

 

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