ラストスタリオン   作:水月一人

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迷宮・ラビリンス

 長老の地図を頼りにマジックマッシュルームを探しに来た鳳たちは、そこでストーンヘンジみたいな人工物を発見した。長老が神の祠と書いていただけあって、どうやらそれには霊障を感じさせる何かがあるようだった。

 

 レオナルドはその祠を見て、もしかしたら迷宮(ラビリンス)であるかも知れないと言った。迷宮とは世界中の冒険者ギルドがその在り処を探し、中にある財宝を手に入れることを目指している、言わばギルド最大目標の一つであった。

 

 ギヨームも初めて見るという、その希少な建物を前にして、レオナルドが話をしていると、それを遠巻きに見ていたメアリーや、マジックマッシュルームに夢中になっていた鳳も興味を示して近寄ってきた。

 

「なになに? ここってそんなに珍しいものなの?」

「まあな」

「中には何があるの? 金銀財宝みたいな、すごいお宝が隠されているのかしら」

 

 メアリーがそう尋ねると、レオナルドは苦笑気味に、

 

「いいや、そのような即物的なものではない。いや、ある意味即物的ではあるかも知れんが……迷宮を攻略することによって得られる財宝とは、ずばり凄い能力のことなんじゃ」

「そう言えば、以前、どっかで聞いたな。ギヨームみたいなクオリアが手に入るんだっけ?」

「うむ。その可能性は大いにあるが、厳密にはちょっと違う……」

 

 鳳たちは首を捻っている。

 

 まあ、迷宮を前にしてろくな説明もないのでは、彼らも気持ちが悪いだろう。レオナルドはそう思い、少々長くなると前置きしてから話し始めた。

 

「……鳳には以前、話したことがあったな。儂は前世で神を目指しておった。具体的にはイデアを見つけようとしていた」

「ああ、そんなこと言ってたな。それが?」

「……人間は物体(マテリア)を見るたび、それは何か? とイデアと比較し、判断をしておる。例えば猫を見て、誰もがそれを猫と判断できるのは、万人に共通する猫のイデアがあるからじゃ。

 

 ところで古今東西、まるで接触の無かった文明同士でも、何故か神話や法律に共通性が見つかることがある。それもまた、万人のイデアが存在するからと考えられんじゃろうか? つまり、現実には見えないイデア界のようなものがどこかにあって、我々人間の魂は、もしかしたらそこで繋がっているかも知れないと言うわけじゃ。

 

 するとまた、こうも考えられる。

 

 神は土くれの人形に自らの息を吹き込んで人間を作った。故に、人間の精神というものは、魂に存在すると考えられておる。魂は煙のような形のないものであり、またどんな形にもなれると考えられる。

 

 人間が何か物質(マテリア)を見ると、魂はその形に変化し、その形状を記憶する。そして魂は、その形状とイデアを比較して、今見た物質が何であるかを判断する。つまり魂とは、物質とイデアを結ぶ架け橋のようなものと考えられるわけじゃ。

 

 魂は、新しいものを見るたびに形を変え、その形状をどんどん記憶していく。次に同じものを見た時は、イデアに確認せず、その形状だけで判断できるようになる。これがクオリアじゃ。

 

 一度形成されたクオリアは、その物(マテリア)を見れば見るほど、それが何かという判断が早くなってくる。だが、逆に多くを知れば知るほど、人間はそれが何か分からなくなってくる。物の裏側が見えてくるというわけじゃな。だからたまに、クオリアはイデアを確認し、修正する。

 

 イデアは、物質だけではなく、イメージやアイディアにも存在すると考えられる。だから、一生懸命物事を考えたり、見たり聞いたりして生きている人ほど、イデアとのつながりが増えていく。つまり、よく考え行動する人ほど、クオリアはイデアに近づいていくわけじゃ。

 

 そのような、イデアとの連結が強固なクオリアが形成された魂とは、どのようなものじゃろうか。

 

 神は自らに似せて人間を作った。つまり人間のイデアとは、即ち神のことである。神には時間が存在せず、永久不滅の存在じゃ。例えば、人間が死んでその人のクオリアが消滅したとしても、イデアは人類が消滅しない限り消えることはない。

 

 しかし、強固なクオリアを形成した者が死んだ場合、そのクオリアはどうなるじゃろうか。限りなくイデアに近づいたクオリアは、もはや死ねば消え去るような脆弱なものではなくなっている。イデアと同様、永久不滅となり、神のように肉体を離れ存在するようになるはずじゃ。

 

 それが迷宮(ラビリンス)じゃ」

 

 辺りに沈黙が流れた。レオナルドの難解な話を理解するため、一生懸命頭の中で整理しながら聞いていた鳳たちは、その結論を聞いてもすぐには理解できず、いくばくかの沈黙の後に、突然思い出したかのように、

 

「……え? 迷宮!? 迷宮って、ダンジョンとかそういうんじゃなかったの!?」

「そのような形状を取る場合もある。財宝を得るためには、ダンジョンを攻略しなければならないというような……まあ、中に入ってみれば一目瞭然なのじゃが、要は迷宮とは死んだ人間の置き土産(クオリア)なのじゃ。

 

 先に言った通り、人間の魂はイデア界で繋がっておる。すると我々の魂と迷宮もまた、イデア界を通じて繋がっておる。つまり迷宮は体で攻略するわけではなく、心で攻略するわけじゃな。そして迷宮を攻略すれば、生前のその人のクオリア……つまり意志や記憶を引き継ぐことが出来る。それを儂らは迷宮の財宝と呼んでおるのじゃ」

 

 老人のそんな説明を、鳳は自分なりに噛み砕いて消化しながら、

 

「なんとなくわかったけど。とにかく、迷宮を攻略すれば、死んだ人の記憶や能力を継承できるわけだな?」

 

 するとレオナルドはこっくりと頷いて、

 

「左様。そして、このような強固なクオリアを残すような人物は、言うまでもなく超人の類いじゃ。例えば、ギヨームのような強力な現代魔法を使えたり、儂のように幻想具現化が可能となったりする……かも知れん。人によっては役に立たない物もあるかも知れぬが、損することはない。故に、迷宮は攻略し得なわけじゃ」

「ふーん……実際に、どんなものが手に入るんだ?」

「儂は以前、お主らに古代呪文を使ってみせたことがあるじゃろう?」

 

 鳳は言われて思い出した。国境の町の攻防戦で最後に逃げ出す時、外の兵士に向かってでかいのをぶっ放したやつだ。あれは前世のゲームの中で、鳳が得意にしていた魔法だったからよく覚えているが、確かこっちの世界では失われた禁呪だったはずだ。

 

「儂は大昔、魔王討伐よりも前の話じゃが、古の大魔法使いの迷宮を攻略したことによって、あの力を得たのじゃ。まあ、燃費はすこぶる悪いんじゃがな……こんな具合に、迷宮攻略に成功すれば、人間であっても古代呪文を使えるようになることもある」

 

 この言葉にメアリーが身を乗り出して反応した。

 

「じゃあもしかして、ここの迷宮を攻略したら、私にもリザレクションが使えるようになるのかな?」

「ここのクオリアの持ち主が、生前にそれを使えたならばな。具体的に迷宮を残した者が誰だったのか分からなければ、何が手に入るかは分からぬよ」

「ふーん。じゃあ、それが分かるまでは入らないほうがいいのかな?」

「それが可能ならばな。残念ながら人間のクオリアというものは、この世にその人の持つ一つしか存在しない。故に、誰かがそれを手に入れてしまえば、迷宮は消えてしまう。悠長に下調べをしていて、誰かに先に攻略されてしまっては元も子もないわけじゃ」

「なんだよ。それじゃあ、誰が手に入れるか先に決めておかなければ、ここにいる6人で競争になっちまうじゃねえか」

 

 ギヨームがそんな感想をポツリと漏らすと、メアリーがそれに応じるように、

 

「だったら私に譲ってほしいわ。リザレクションを覚えるチャンスかも知れないもの」

「だから覚えられるかどうか分からないって言ってんだろ。大体、俺も欲しいに決まってるじゃないか。ジャンヌだってそうだろ?」

 

 ギヨームに話を振られると、ジャンヌがしどろもどろに、

 

「え!? そりゃあ……まあ、そうねえ。せっかくだし。冒険者になったときから、迷宮攻略は目標の一つだったから」

「なら、俺だって欲しいぞ。今んところ、戦闘じゃ役立たずだし。ぶっちゃけ俺が一番必要だと思う」

 

 鳳までそう主張すると、四人は一歩も退かないと言わんばかりに、お互いに顔を突き合わせ、牽制し合うようにじろじろとにらみ合いを始めた。そんな四人を嗜めるようにレオナルドが間に入り、

 

「これこれ、お主ら、こんなことで仲違いするでない。第一、協力しあわなければ、迷宮攻略なぞ到底不可能じゃぞ」

「そりゃまあ……そうだけど」

「それに、誰が手に入れると決めたところで、首尾よくその人が財宝を手に出来るとも限らん。迷宮は、元はと言えば人間のクオリアじゃ。他人の物の見方を手に入れるということは、そもそも、自分の見方を変えると言う柔軟性が必要であり、手に入れる以前に、合う合わないという感覚の問題もある。本人が望んでいないのに手に入れてしまうこともあれば、その逆の可能性もある。要は、入ってみなければ分からんのじゃ」

「なーんだ、そう言うものなんだ……」

 

 レオナルドの説明に、メアリーはちょっと残念といった顔をしてから、たった今まで睨み合っていた3人に向かって頭を下げ、

 

「ちょっと大人気なかったわ。レオの言う通り、みんなで協力しあいましょう」

「そうね。こんなことで喧嘩するのはつまらないもの」

「そんじゃまあ、誰が手にしたところで恨みっこなしだ。考えても見れば、迷宮攻略自体に興味があったんだし、俺はそれだけでも構わねえよ」

 

 ギヨームまでそう言うと、それを聞いていたレオナルドが、

 

「待て待て、お主ら、もしかして今から中に入るつもりなのか?」

「爺さんが言ったんじゃないか。悠長にしてて、誰かに先を越されたら意味がないって」

「確かにそう言ったが……ふむ」

 

 鳳の返事にレオナルドは眉をひそめ、ほんの少し思案してから、

 

「そうじゃな。百聞は一見にしかずと言うし、ならばお主らだけで、少し探索してくると良い」

「なんだよ? 爺さんは一緒に行かないのか?」

「儂は既にいくつかの迷宮を攻略したことがある。財宝を手に入れたこともあるし、これ以上増やすつもりはない。お主らに譲るので、遠慮なく行って来るが良い」

「いや……攻略経験があるなら、寧ろ一緒に来てほしいんだけど……」

 

 どうやら老人は留守番を決め込んでいるようだ。同じく、マニも怖いからという理由でその場に残ると言っていた。鳳たちはレオナルドの態度に少々引っかかりを覚えたが、かといって目の前にある迷宮の魅力には抗えず、結局4人だけで中に入ってみることに決めた。

 

「……何があるかわからないから、最初は入口付近を軽く探索するに留めよう。本格的な調査は、一度キャンプに戻って、ギルド長たちに話してからでいいな?」

「ああ、それでいいんじゃないか。急ぐ旅でもないし」

「それじゃ、みんな気をつけて行きましょう」

 

 そう呼びかけるジャンヌに応えてから、ギヨーム、メアリー、鳳、ジャンヌ……四人はその順番で一人ずつ迷宮に足を踏み入れた。

 

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