ラストスタリオン   作:水月一人

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攻略の糸口は必ずあるはずじゃ

 暴れまわるジャンヌたちを取り押さえたはいいものの、場はひっそりと静まり返ってしまった。我を取り戻した3人は、つい今しがたやらかしてしまった自分の恥ずかしい姿を思い出し、軽くうつ状態になっていた。3人が3人とも、相手の顔を見ることが出来ず、明後日の方を向きながら項垂れており、まるでお通夜のようである。

 

 そんな中で鳳だけが比較的元気だったのは、普段からよくやらかしているからだろう。彼はジャンヌの唾液で全身どろどろになった服をギュウギュウ絞りながら、メアリーたちを取り押さえたばかりで、疲れてぐったりしているレオナルドに尋ねた。

 

「爺さん、俺たちは迷宮の中に入っていったはずなのに、気がつきゃ外でこんなことになっている。この短い間に、何が起きたんだ?」

「大方の予想はついておるじゃろうが、お主らは迷宮の中に入っておらん。というより、入った瞬間外に出てきたのじゃよ。あそこに、迷宮の入口が見えるじゃろう?」

 

 鳳は頷いた。さっき自分たちが入っていった、彫像の台座程度の大きさの、せいぜい2メートル四方しかない小さなゲートである。

 

「お主らはあの真っ暗な入り口から中に入っていったと思ったら、そのまま通り抜けて反対側から出てきたんじゃ。調べた時には、反対側に穴なんぞ空いてなかったから、驚いたのじゃが……すぐにそんなこと言ってられなくなったわい」

 

 外に出てきた鳳たちは話しかけても応えてくれず、最初はうつろな表情だったが、次第に四者四様のおかしな行動を取り始めたらしい。大暴れする彼らを止めるのは容易ではなく、仕方ないので疲れるまで暫く放置した後、比較的マシだった鳳の頭を引っ叩いて正気に戻したそうである。

 

「入る前にも説明したが、迷宮とは精神世界の産物じゃ。従って、物理的ではなく精神的な攻撃の方に長けておる。恐らくは内部に入った瞬間に精神攻撃のような物を食らったのじゃろう。」

「そうかも知れない。実は入った瞬間に他の三人の姿が見えなくなって焦ってたんだよね。その後も自分しか知らないような物が見えたりして、おかしいなって思ってたんだけど……ずっと幻覚を見せられてたんだな」

「レオ……お前、こうなるって分かってて俺たちに行かせたな?」

 

 ようやく、立ち直りはじめてきたギヨームが非難がましく言った。レオナルドは苦笑しながら悪びれもせずに、

 

「言ったところで、あの時のお主らは止められなかったじゃろう。それに、迷宮の中がどうなっているか、入ってみるまで分からんというのは本当じゃ。迷宮が、生前に活躍した人物のクオリアだということは話したじゃろう?」

「ああ……それが?」

「つまり、迷宮には個性があるのじゃ。誰だって、自分の心の中を覗かれたくはないじゃろう? 従って、迷宮は基本的に、中にずかずかと入ってくる者を追い出そうとする防御機能が働いているわけじゃ」

「なるほど、ATフィールドみたいなもんか」

 

 レオナルドは首をひねっていたが、ジャンヌは何度も頷いていた。

 

「ともかく、それを破るのが迷宮を攻略するということなわけじゃよ。その迷宮の主が何を考えているのかは、実際に中に入ってみなければ分からん。今回のように、問答無用で追い出そうとするものもあれば、試練を与えてくるものもあるじゃろう。場合によっては、積極的に入ってきたものに取り憑こうとするものもあるやも知れぬ」

「そんな悪霊みたいなのもあるってのか?」

「考えても見よ。迷宮は生前に活躍した……つまり一生懸命に生きていた人間の記憶でもある。仮にそういう人物が未練を残して死んだら、死してなおそれを叶えようとするかも知れんじゃろう。すると迷宮は、入ってきたものの精神を乗っ取り、操ろうとするためのトロイの木馬となる」

 

 その話を聞いていたギヨームが、再度怒りの声を上げる。

 

「レオ、てめえ! もしもここがそうだったら、今頃俺たちはどうなってたんだよ!」

 

 しかし老人はとんでもないと首を振って、

 

「いや、流石に儂もそこまではせんわい。ここはその可能性が無いと分かっていたから、行かせたんじゃよ。でなければ、少なくともメアリーは止めておったじゃろう」

「……どうしてそう言い切れるんだ?」

「ここは未発見の迷宮ではない。以前から何度も、ガルガンチュアの村の者たちが訪れていたわけじゃろう。あの村の連中がここに来てこの入り口を発見したら、何もせずに帰るわけがなかろう。必ず誰かが中に入ったはずじゃ。そしてお主らがたった今体験したような目に遭ったに違いない。大方、それでここのことを神の祠などと呼んでおったのじゃろうな」

 

 なるほど、いかにもありそうなことだ……鳳は妙に納得してしまった。しかし、同時に疑問も湧いてくる。

 

「でも、それなら、どうして彼らはこの場所を見つけたんだろう? ここはガルガンチュアの村からは遠すぎる。おまけに人里からも離れすぎている、死の荒野みたいなところだ。偶然見つけたにしては出来すぎているだろう」

「確かに。誰かに教えられなければ、到底たどり着けぬじゃろう……マニは何か聞いておらぬか?」

 

 それまでボーッと鳳たちのやり取りを見ていたマニは、いきなり話を振られてしどろもどろになりながら、

 

「ううん、全然知りません。僕は村から出たことが無かったし、長老みたいなシャーマンじゃないから」

「でも族長の息子だろ? 今までに何かそれっぽいことを耳にしてたりしないかな」

「……うーん……いいえ、全く。族長とは、あまり話もしないから」

 

 なんだかあまり聞いてはいけないことを聞いてしまったようである。鳳も父親のことが苦手だったから、彼の気持ちは分かる気がした。悪いことをしたと思いつつ、話題を変えるつもりで彼は思いつきを口にした。

 

「そう言えば、あのマークがないな」

「……え?」

「ほら、長老が描いてくれたあのマーク。俺たちはあれが描いてある場所を巡って、ここまで辿り着いたんだろう? なのに、ここにはあのマークが一つも見当たらない。あのストーンヘンジみたいな岩なんて、いかにもそれっぽいのに、何か刻まれていた形跡すらないじゃないか」

 

 鳳の言葉に反応したギヨームが立ち上がり、何本も建てられた岩のあちこちを見て回る。彼は最後の一本を調べた後に肩をすくめて、

 

「確かにそいつの言うとおりみたいだ。結局、あのマークは何だったんだ? ガルガンチュアの村に伝わる符丁か何かか?」

「僕もはじめて見ましたけど……」

「もしかして、行き先を間違えたとか? 長老の地図の場所は、もっと他のところにあるのかも」

 

 ギヨームの言葉を、鳳は首を振って否定する。

 

「いや、ここで間違いない。あのキノコが生えてるんだから」

「似ているだけで、別のキノコって可能性は……? ないか、おまえが間違えるわけないもんな」

「うう……本当に、あのキノコってなんなの? まだ気持ち悪くって死んじゃいそうよ……」

 

 キノコのことを話題にしたら、顔色を真っ青にしてメアリーが口を挟んできた。彼女は迷宮に入って錯乱した時、その辺に生えているキノコを手当り次第食べてしまったのだが、我に返ったあともそのせいで苦しんでいた。どうやら、キノコのMP回復量が高すぎて、軽いオーバードーズみたいな状態になっているようだ。

 

 神人は不老非死で病気に罹ることもない。その神人が体調を崩してしまうくらいなのだから、あのキノコがただのキノコではないことは分かっているのだが、

 

「……実は俺にも良くわからないんだよね。他の植物は大抵のものなら、俺のスキル『博物図鑑』で分かるのに、これは反応しないんだ」

「はあ? そんなもん、口に入れて大丈夫なのか?」

「長老は普通に食べてたし、効能的にはただの怪しいクスリだから……」

「そういうのは『ただの』って言わねえんだよ」

 

 ギヨームが呆れたと言わんばかりにぼやいている。鳳はそれを聞き流しつつ、

 

「落ち着いたら、成分を分析してみるつもりだったんだけど……メアリーにまで影響が出るなんて、マジでただのキノコじゃないな。迷宮のある場所に生えているんだから、迷宮に何か関係がありそうだけど……そう言えば、俺は以前、これを食べた時に精霊に未来を見せられたんだ。もしかして、この祠は精霊と関係があるんじゃないか?」

 

 鳳はふと思い立ち、レオナルドに向かって言った。

 

「なあ、爺さん。例えば、黄道12宮星座のシンボルマークみたいな感じで、精霊にもシンボルがないのか? この世界では、精霊も信仰の対象だろう? いかにも何かありそうだけど」

 

 しかし、老人は首を振って、

 

「無いのう。お主が言いたいのは、ここに来るまでに見つけたあのマークが、精霊や宗教的なシンボルとして使われていないかということじゃろう。確かに、シンボルを使用している宗派もあるが、少なくともその中であのマークを使っているようなものは見たことがない」

「そっかあ……じゃあ、もうお手上げだな」

 

 鳳が手を上げて降参の意を示すと、同じく降参のギヨームも腕組みしながら首を振っていた。ジャンヌも、メアリーも、もはや迷宮には興味が無さそうである。レオナルドは、若者たちのそんな様子を見て、

 

「ふむ……仕方ないから、出直すとするかのう。いつまでもここで、こうしているわけにも行くまい、キャンプでフィリップたちも待っておるしの」

「いいのか? 迷宮攻略は早いもん勝ちなんだろう? 俺たちが帰った後に、誰かがここを攻略しちまうかも知れない」

「ならば、お主がもう一度入って、中の様子を調べてきてくれるかのう……?」

 

 ギヨームは冗談じゃないと首をブンブン振り回した。レオナルドはその様子を見ておかしそうに、

 

「ふぉっふぉっ! お主の焦る気持ちは分かるが、現時点でどうしようもないものに拘っていて仕方あるまい。どうせこんな、入った者を問答無用で追い返すような迷宮じゃ、仮に他の者がやって来たとしても、儂ら同様、何も出来まい。それなら、一度出直して、街で色々と調べてきた方が良いじゃろう」

「……それもそうか。しかし、一体どうしたら攻略できるんだ? もしかして、世の中には絶対に攻略できない迷宮なんてものもあるんじゃないか」

「いや、どういう迷宮にも、攻略の糸口は必ずあるはずじゃ。人間という生き物は、その心を覗かれることを極端に嫌う反面、分かって欲しいという気持ちも同時に持っている。もし、そのような気持ちが無いのであれば、そもそも迷宮なんてものを残すはずがない」

「なるほど、そうかも知れないな」

「故に、この手の問答無用なものでもパターンはある。例えばこの迷宮の主が、クオリアを自分の子孫に継承したい場合……この場合は子孫が直接来るとか、形見の品を持ってくるとか、そういう方法で入り口が開ける可能性がある。

 

 他には迷宮の主が自分と同格の人物に継承したい場合……例えば、儂みたいな芸術家は、自分の作品に興味のない子孫よりも、苦楽を共にした同僚や弟子にその意志を託したいわけじゃ。儂に古代呪文を授けてくれた迷宮も、このパターンじゃった。

 

 後は、単純に生前の持ち主が迷宮というものを知っていて、死後の楽しみとして試練を与える場合もある。冒険者や探検家のような者は、自分の体験した冒険の数々を、ダンジョンという形にして、攻略者に示したがるのじゃ。なんやかんや、人間というものは、自分の功績を後世に知らせたいという欲求を持っておるからのう」

「ふーん……最後の場合は、特に条件もなく、普通に入れるんじゃないの?」

 

 鳳が疑問を呈すと、レオナルドはそれもそうだと苦笑してから、

 

「そうじゃな。じゃから、ここの迷宮はそのパターンではないはずじゃ。そして4人が入って4人共まったく寄せつけないということは、恐らくは子孫を待っているパターンじゃなかろうか」

「なるほど……ん?」

 

 鳳はその言葉にピンときて、

 

「なあ、その場合は子孫や形見の品を持ってくる必要があるんだよな? もしかして、あのマークがそのヒントになってるんじゃないか? 例えば、あのマークを家紋にしている家系があるとか、とある家に代々伝わる家宝にあれが刻まれているとか」

「ふむ……それはあるかも知れぬな。どれ、勇者領の儂の屋敷に着いたら、早速調べてみるとしよう。あとは、ガルガンチュアの村にも、それとなく探りを入れてみたいものじゃが……マニよ。そのうち里帰りすることがあったら、頼まれてくれぬか」

「わかりました」

 

 そもそも、ここに来た目的は、長老にキノコを取ってきて欲しいと頼まれたからだ。近いうちに一度キノコを渡しに村に帰らなくてはならないだろう。

 

 そんなこんなで、鳳たちは探索を終えて、キャンプへ帰ることにした。目的のキノコだけでなく、迷宮を発見するという思わぬ収穫があったから、早く帰ってギルド長たちにも知らせてやった方が良いだろう。もしかすると、ルーシー辺りは迷宮を見たがるかも知れない。

 

 そしたら何も言わないで中に放り込んでやるのも悪くない。きっと、ものすごい恥ずかしい姿を見れるぞ、くっくっく……などと邪悪なことを考えていたら、あっという間にキャンプ地の近くまで帰ってきてしまっていた。

 

 別に鳳が考え事に夢中になっていたというわけではない。単に、行きとは違って帰りは何も探していないから、寄り道しないでまっすぐ帰ったら、案外すぐに帰ってこれてしまったのだ。結構な時間、探索していたはずなのに、こんなに近くにあったんだな……と考えている時だった。

 

「おい……全員止まれ。静かにしろ……」

 

 突然、前を歩いていたギヨームが立ち止まり、あとに続く鳳たちを静止しようと背後に手を振りかざした。その手がたまたま鳳の顔面にぶつかって、鼻をバチンと叩かれる格好になってしまった彼は、涙目になりながら文句を言った。

 

「何すんだよ~!」

「しっ! 静かにしろっつってんだろ」

 

 ギヨームは鳳の抗議には耳を貸さず、一行をその場に待機させると、姿勢を低くしながらこそこそと前方の岩陰へと隠れるように移動して、キャンプ地の方を窺っているようだった。彼がそんな行動をする時は、まず間違いなく待ち伏せに気づいた時である。

 

 案の定、キャンプ地の様子を見てから帰ってきた彼は、鳳たちのいる場所からはまだ見えない、そっちの方角を指差しながら、

 

「俺たちの荷物の周りに見知らぬ男たちが数人、うろうろしていた……見た感じ、盗賊のたぐいだな。ギルド長たちの姿は見えなかった」

「捕まったのか?」

「わからん。どっちにしろ、荷物を奪還しなきゃならねえ。奇襲をかけるぞ」

 

 鳳たちは自分たちの武器を構えて、特攻役のジャンヌを先頭にして、キャンプ地を囲むように展開した。

 


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