ONEPIECE FILM NIGHTMARE OF JOKER ピエロの見せた悪夢 作:鈴見悠晴
大海賊時代が始まるよりもずっと前、まだゴール・D・ロジャーも白ひげも一海賊に過ぎなかった時代。
後の大海賊が名を上げていたこの時代に、海軍もまた多くの英雄を生み出していた。
この当時の海軍は常に人員不足の状況に陥っており、凶悪な海賊に対抗するために多くの人間を受け入れた。
そのため海軍にふさわしくないような粗暴なモノや、裏切りモノ、そして戦う力を持たないものもいたが、それでもこの世代が長く海軍という組織を引っ張り続ける大黒柱になった。
仏のセンゴク、大参謀つる、拳骨のガープ、黒腕のゼファー、太陽の戦士ハーヴィー・デント、今あげた人間だけでもオールスター級の彼らが一堂に会したこの世代はまさに、時代の分かれ目だったということだろう。彼らは皆海軍でも上層部の地位に就き各々の正義を捧げた。
マリージョアで戦いが起こる40年ほど前のマリンフォード、海軍本部の一室にいそいそと働く男の姿があった。本来なら作戦会議などに使われる部屋の扉が大きく音を立てて開かれれた。
「げ、ディーゴ。頼む見逃してくれ」
誰かから追われている様子のガープが息を切らしながら目の前の男に頼み込む。
両腕を合わせて頼み込むガープの姿に、困惑したような表情のディーゴと呼ばれた男は一つうなずくことでの肯定の意思を示した。
「ありがとう、ディーゴ‼ センゴクに聞かれたら俺はコングさんに呼び出されたっていっといてくれ」
まだ若く、髪も真っ黒なガープは身軽さを生かして窓から飛び降りていった。
それから数分後、先ほどのガープと同じように廊下を走り回る音が近づいてくると、扉が大きな音を立てて開かれた。
「ガァ--プゥーー!!」
大声を張り上げて入って来たセンゴクは部屋を見渡して、中にガープがいないことを確認した。その鋭い視線のまま働いているディーゴを見つめる。
「ちぃ、逃がしたか、あの野郎。ディーゴ、ガープのやつこっちに来なかったか」
「……ああ、ガープならコングさんの所に」
「あの野郎!!」
ガープに言われたとおりに説明しようとしたディーゴの言葉の途中でセンゴクは走りだしていた。
「……いったけど」
行き先を失った言葉を戸惑いながら言い切ったディーゴは、困惑しながらセンゴクの行き先を見つめていると、後ろから落ち着いた様子の一人の男が歩いてきた。
「また仕事を押しつけられたのかい?いい加減断りなよ」
「ああ、僕は別にかまわないよ。それよりもガープ今回は何をしたの?」
「いつも通り、命令違反にサボり。それで手柄を上げちゃうんだから本当にお手上げさ」
一般海兵の隊服に身を包んだディーゴとは違い、アレンジが効いた隊服に正義のコートを羽織った男はディーゴの準備を手伝いながら肩をすくめて見せた。
「それで、本当にガープはコングさんのところに行ったのかい?」
「デント、……あのさ」
言いづらそうにしているこちらを確認したハーヴィー・デントは困ったような表情を浮かべて、片手を上げることでディーゴの言葉を遮った。
「その態度でもう十分だよ。僕はセンゴクを止めてこよう。あのままじゃ彼、コングさんの部屋にも怒鳴り込みそうだ」
そう言って立ち去っていくデントが間に合わずに、当時の海軍元帥コングの怒鳴り声が響き渡る。
海軍本部で40年以上前にはよく見られた光景だった。
だが、この光景はある日突然みられることはなくなった。そこにはいくつかの理由があった。あまりの奔放さにボガードという優秀な副官をつけられたことも理由の一つだろう。
しかし一番の理由はディーゴ、本名アントニオ・ディーゴの死亡だろう。同期の中で潤滑油としての役割を果たしていた彼がいなくなったことで、同期のプロレスのようなけんかなどは減っていった。
そのうえ彼を含んだ部隊一つ分、全員の死体が見つかることはなく、沈められた軍艦だけが彼らの殉職を証明していた。
後の海賊王ゴール・D・ロジャーとの戦闘によって乗っていた軍艦が轟沈。乗員は逃げることもできずに死んだ。ということになって居た。
彼が死亡により二階級特進となったのと同じ時期に、一つの海賊団がひっそりと誕生した。
妙に統率されたこの海賊団はその名を上げていき、船長“覆面”のベインを中心とした彼らは海賊相手中心に略奪を行なって、とある海賊団の傘下に入った。
当時世界にその悪名を轟かせていたDの名を持つ海賊。ロックス・D・ジーベックに対する暗殺指令を出した世界政府は、何度となく上がってくる作戦失敗の報告に一つの結論を出した。
外側からの攻撃だけではロックスは倒せない。同じタイミングで仕掛けることができる人間を内側に送り込む必要がある。そこで世界政府は十分な強さを持ち、海賊たちに名が知られておらず、世界政府に忠実な一人の男に白羽の矢を立てた。
その男こそがアントニオ・ディーゴだった。彼とその仲間たちは家も、名も、その生命すら捨てた潜入作戦を行なった。
そしてこの男と出会った
「HAHAHA、新入りぃ。この連中お前が殺せよ」
派手なピエロの格好をした男が嗤いながら燃えさかる街の中、縛り上げた女子供を一列に並ばせた。
「俺は女子供は殺さん」
「甘ったれたこと言ってんじゃぁねぇ、ベイン。お前も海賊なら覚悟を決めやがれ。いつまでたっても中途半端、その血みどろの腕で適当な流儀掲げてんじゃねぇよ」
さっきまでの上機嫌そうな顔はどこに行ったのか、一瞬で額に青筋を立てたJOKERはベインの襟をつかむと、一瞬で引き寄せた。互いの額がぶつかる距離まで顔を近づけてた嗤った。その瞳に宿らせた狂気的な光は見る者の内側をとらえているような輝きを放っていた。
懐から拳銃を取り出し無理矢理握らせてくるJOKERを押しのけようとするベインだが、彼が力を込めた瞬間に銃声が響いた。
「え、」
銃弾が撃ち抜いたのはJOKERでもなければ、ベインでもなかった。とらわれていた民間人でもなかった。
横に立っていた部下が悲鳴を上げることもなく、心臓があるはずの場所を抑えながら倒れていった。何が起こったのかわからないという困惑の表情でこちらを見た彼の言葉が聞こえた気がした。
ベインの耳に「助けて」という言われていないはずの言葉が聞こえてくる。彼の倒れる瞬間のまなざしがまぶたのウラに焼き付いてしまっていた。
「あ~あ、お前が殺してれば死なずにすんだ男が一人死んじまったな。次はあいつだ、お前と一緒にうちに入ってきたやつだ。全く使い物になりやしないから死んだところで困らないだろう。HAHAHA」
銃口を容赦なく仲間に向けるJOKERが容易く引き金を引くことは理解できる。この地獄のような船で同じ正義を掲げた仲間がどれほど助けになってきたか。
「待て!!、殺す。ここで俺がこいつらを殺せば良いんだろう」
市民を守るために鍛え上げてきた丸太のように太い腕を伸ばし、一番近くにいた子供の首をつかむ。子供の瞳がさっき倒れていった部下の瞳と重なる。
「んん~、どうした。さっさと殺してやればどうだぁ。それともその泣き顔を楽しんでいるのか。HAHAHA、だったらなかなか良い趣味をしているじゃないか。……さっさと殺せよ。それともまだ足りねぇかぁもう一人死なねぇとわからねぇか」
少し力を入れれば、何が起きるかを理解しているこの腕が意思に反して動くことを拒んだ。
痙攣する腕と、その向こう側から見える涙に包まれた子供の瞳が自分の行動を責め立てる。これまでの自分がやってきたことが無駄になる。それを本能が理解していた。
BANN
二発目の銃弾が放たれた。倒れていく彼は自分のことを慕ってくれていた男だった。見所があった海兵だった。もしも彼が慕っていたのが俺じゃなかったら、こんな密命を帯びることもなく。こんなところで死ぬこともなかっただろう。
心臓のある部分を打ち抜かれて、胸部を真っ赤に染めてゆっくりと倒れていく彼にもう一度、さらにもう一度銃弾が向けられた。
一発は左肩のあたりを撃ち抜いて、倒れていく彼の体を浮かせると最後の一発は彼の頭部を撃ち抜いた。血とともに飛び散った彼の頭部だったモノがびしゃりと音を立てて地面を真っ赤に染めた。
「貴様ぁ!!」
とっさだった、持ち上げていた子供の手を離してJOKERに殴りかかろうとしたとき、後ろに控えていたいまだ生きている元部下が動いた。
「なにを……何をしているお前ら」
「HAHAHA、どうやらお前の元部下の方がお利口のようだぞ。そらお前もやって見せろ。何、悪いことは言わん。童貞は捨てておけ。最初に素手というのがハードルが高すぎたな」
目の前で同じ理想を掲げた男が殺した子供を抱きかかえるベインは、はっと気づかされた。この男はこんな顔をしていただろうか?こんな険しい目つきだっただろうか?もっと優しい笑顔が特徴的な男だったのではなかったか?俺はそんなことにも気づけないほど無能な男だったのかと。
JOKERは呆然とするベインの肩をたたくとその手に今度こそ銃を渡してきた。
「そら、お前は何も悪くない。ただ仲間の命を守るだけだ。銃というのは良い。刀よりもずっと良い。理想は爆弾だが、まぁ贅沢は言わん。殺すと言うことのハードルを著しく下ろしてくれる。バスターコールのボタンを押すのと同じだよ。そんなに力はいらない、そっと引き金を引くと良い」
この日、海兵アントニオ・ディーゴは死んだ。元々書類の上では死んでいたが、本当の意味で死んだのだ。
この日生まれた凶悪な海賊、“覆面”のベインはその身一つで残虐の限りを尽くした。
みるみるうちに懸賞金を上げていった彼は、ゴッドバレーでの戦いの際にガープの手により捕らわれた。
だが、ガープがアントニオ・ディーゴに気づくことはなかった。センゴクも、鶴も気づかなかった。
そしてなにより、もう別人だったのだ。事実を知っているコングをして別人なのでは疑惑を持つほどに、変わってしまっていたのだ。
その目つきも、しゃべり方も、考え方も、全てが変わってしまっていたのだ。
海賊“覆面”のベインは当初インペルダウンレベル6に収容されたが、すぐに別の施設に移された。
世界政府は彼の生存を許さなかった。少なくとも正気でいられることに不都合を感じた五老聖は、海軍化学班がかねてから要求していた実験台にすることを決定し、彼の人格も肉体も全てを破壊するかのような危険な薬品が投与された。
全ての人間にとって予想外だったのは彼のその強靱すぎる精神力だった。
どんなに肉体的な痛みを与えても、精神的な負荷をかけても、彼は最後まで自分を失うことはなかった。
全ての実験を終えたそのときまで、彼は“覆面”のベインだった。
40年以上の年月がたつ今、彼の体は完全に薬品漬けになって居た。おそらく細胞の一つに至るまで手が加えられたこの男はもはやなぜ生きているのかもわからない生きている死人。
彼の動く原動力。それはもう誰にもわからない。いったいなぜ生きているのか、なぜ戦うのか、その答えを知っていたはずの男はベインなのか、ディーゴなのか。
ベインにも、アントニオ・ディーゴにももうわからないだろう。
もし彼が復讐をしたいのだとして、その相手は自分に密命を与えた五老聖だろうか?それともこちら側への扉を開けたJOKERなのだろうか?
明日は投稿をお休みさせていただきますが、明後日に二話投稿できると思います。
ぜひお楽しみください。