ONEPIECE FILM NIGHTMARE OF JOKER ピエロの見せた悪夢 作:鈴見悠晴
太陽は常に平等に全てに光を届ける。闇の中に隠された罪ですら見つける彼は“アポロ”というかつての太陽神になぞらえた異名を与えられた。
その呼び名を嫌がった彼は、いつしか太陽の戦士と呼ばれるようになった。
この男は、日々激しさを増していく戦いの中で、多くの海兵にとっての道標になって居た。決してぶれることがないその正義と、それを貫き通せるだけの強さを持つ彼の姿を多くの海兵は目標とした。
同じ時代に名前を挙げたガープとは違い、本部の海軍学校出身のこの男への期待値はとても高く、見事にスピード出世を果たしていた。
しかし、なかなか大物海賊を捉えることもできず、同期のセンゴクは当初の期待とは異なり彼以上のスピードで出世していた。この事実が彼に影響を与えなかったとは言えないだろう。知名度、周囲の期待、それに見合う手柄を上げたことがない彼は明確な自分の功績を求めていた。
彼の人生がゆがみ始めたのは、当時中将だった彼が現場責任者として指揮をとったある作戦の失敗からだ。
元ロックス海賊団戦闘員のキャプテン・ジョンを包囲することに成功した彼らは、逃亡されるリスクを承知で攻勢を仕掛けた。間違いなくこの手で仕留める。指揮官のハーヴィの硬い意思から実行された作戦は失敗に終わる。多くの犠牲者を出しながらたいした成果を上げることはできなかった彼に残ったのは、この男は実は無能な指揮官なのではないかという疑惑だけだった。この失敗を重く受け止めたハーヴィーは中将の職を降りた。
准将になった彼は現場を外された。マリンフォードでもなければ、G5でもない、その所属をマリージョアに変更された彼は、一切戦うこともなければ、市民を守ることもない。天竜人の言うことを聞くだけの存在になっていた。こうして自分の居場所を失った彼だがこの状況を好意的に捉え、私生活を豊かに、家族との時間を大切に暮らしていた。
そんな中、一人の女性がハーヴィー・デントに一目惚れをした。
わざわざ語るようなことでもないが、ハーヴィー・デントは非常に端整な顔立ちをしていた。その容姿も彼のカリスマを産んでいる一つの要素だった。故に彼に一目惚れする女性も何人かいた。
しかし、今回は相手が問題だった。相手は世界貴族に籍を置く天竜人の一人、彼らが求めたモノは例えどんなモノであろうとも手に入れる。それが人であってもだ。
幼少期からともに暮らしてきた幼なじみと結婚していたデントは、それとなくプロポーズを断り続けた。美丈夫としてこれまでの人生をすごしてきた彼の立ち回りに何の問題も無かった。だが、彼の態度は天竜人の恋心を燃え上がらせてしまった。
天竜人はこう考えた。私の元に来たいはずの男が既に結婚してしまっている女に縛られているせいで来られない。本来、天竜人である自分の言葉に背くなど会ってはならないことだが、こういう場面で懐の大きさを見せることが男の気を引く方法だ。
世界貴族らしい傲慢な考えから、彼女は自分の求める男を手に入れるために一つの、彼女にとっては妙案を思いついた。これまで数十年一緒にすごしてきた女に分かれてと言えないのなら、私が言わせれば良いのだと。
一つだけ言うのなら、彼女はそれだけ本気だったのだ。ただそのためにとる手段が普通ではなく。それを実行できるだけの地位に彼女はいた。
数日後、マリンフォードから一つの報告が上がった。ハーヴィー・デントの妻であるギルダと息子のデュエラが行方不明になったというのだ。ハーヴィー・デントは与えられていた職務を放棄し、すぐさまマリンフォードに戻り、捜索にも参加したが、見つかることはなかった。彼はみるみるうちに痩せていき、目はくぼみ、頬はこけていった。
そこからさらに数日、彼の元に一つの書類が届いた。その内容によれば彼は妻と離婚をしていたというのだ。
離婚していると教えてからもマリージョアに来ないどころか、未だに捜索を続けているハーヴィー・デントにしびれを切らしたのは天竜人だった。
場所はパンゲア城、呼び出されたデントの前に天竜人と護衛のCP0が一名付き従っていた。
「一体何のようですか、私は妻子を探さなければいけないのです。要件は手早くお願いします」
乱雑に対応する彼にCP0が苛立ちを見せるがデントもそんなことは一切興味を示さない。
「何じゃ、わざわざ探さんでも良かろう。もうお前達は他人何だえ~」
その言葉にデントが立ち上がって声を荒げる。
「そんなはずがない!!彼女がそんなことをするはずがないんだ。私は彼女から直接聞くまで認めないぞ」
「何じゃ、直接聞かせるだけで良かったのかえ?」
声を荒げたデントに対して天竜人は何でも無いことだという風に答えた。
「ほれ、案内してやるんだえ~」
この瞬間デントは理解した。自分の目の前にいた少女が、少女などと言う生やさしいものではないと言うことを……
CP0が開けた扉の先、不自然な階段が地下に向かっていることは明白で、強烈な嫌な予感に包まれながら、案内されるがままに階段を降りていった。
「ああ、……嗚呼。アア、アアアアアアアア!!」
階段を降りきった先、広がっていたのは間違いなく拷問部屋だった。古今東西手広く集められた道具は全てしっかりと使われている形跡があり、中心には間違いなく妻と子供達がいた。
必死に駆け寄った先でそっと触れたときに理解した。もう既に彼女も息子も息をしていなかった。
「ほれ、わらわの男に別れを告げるが良い」
自分の後ろで言われている言葉を理解できない。
もう既に息をしていない彼女たちが返事をすることはない。
そんな彼女にしびれを切らして天竜人が蹴り込んだが、もちろん反応はない。その事実に脳みそが追いついていないのだ。
「何じゃ、返事が無いと思ったら死んでおったのか。おい、ここを汚すなしっかりと掃除せんか」
その言葉にCP0が死体を持ち上げると、近くにある死体処理用の巨大な暖炉に放り込んだ。
「やめろぉぉぉお」
炎に包まれる妻子の姿を見てようやく脳みその理解が追いついた。CP0の男を押しのけて、高温の炎の中に飛び込んだ。妻と息子を炎から連れ出したときにはそこには天竜人も、CP0もいなかった。
自らの未熟さと傲慢さ、それら全ての代償としてハーヴィー・デントは半身を失った。
惚れた男への弱みか、ハーヴィー・デントは殺されるようなことはなかった。しかし、顔も半分ほど火傷に包まれた彼に興味を失ったのか、彼はマリージョアから勤務を解かれた。
抜け殻のようになった彼をコング元帥はほかの海兵には見せられないと考えた。
ゆっくりと自分を見つめる時間がほしいと虚ろな目で語ったデントは海兵としての職務を解かれ、これほどの戦力を遊ばせておくことはできないという世界政府の意向もあって、インペルダウン所属となった。元々あったネームバリューと、高齢化していた前署長の都合もあり、デントは署長に任命された。海兵としての正義のコートをあの日、業火の中に置いてきたデントは常に喪服に身を包むようになった。
インペルダウンレベル6。名前すらも公開されないような凶悪な犯罪者を多く収容しているエリアに、新署長がたった一人で歩いてきた。
レベル6の中でも入り組んでいるたった一人を収容するためだけの牢屋の前で、デントが中に座り込んでいる一人の囚人をじっと見つめていた。
「金獅子のシキだな」
「ああ?……お前の顔には見覚えがあるが、ずいぶんと男前になったじゃないか」
「ここから脱獄させてやっても良い。その代わり私をJOKERに会わせろ」
みたことのある顔に、悪魔と契約でもしたような憎悪を溢れさせる男にシキが興味をそそられた。
「ああ、良いだろう。だがその傷について聞かせて貰おうか」
「代償だよ。自分の正義への」
痛々しい火傷後をそっとなでたハーヴィー・デントの表情はシキやJOKERが好むモノだった。
デントが牢屋の中に投げ込んだ二本の刀を持ち上げたシキは、刀身に写った自分の瞳を見つめ、自分の脚に刀を振り下ろした。