ONEPIECE FILM NIGHTMARE OF JOKER ピエロの見せた悪夢 作:鈴見悠晴
組織論、組織を作る際には度々このようなことが語られる。
『NO.2理論』
そこまで難しい考え方ではない。うまくいく組織には必ず優秀なNO.2がいる。組織作りにおいて最も重視するべき点は、このNO.2に誰を置くのかだ。この考え方に基づいて考えると、大海賊と呼ばれる連中はほとんどの場合においてそれが当てはまる。
“海賊王”ゴール・D・ロジャーには、“冥王”シルバーズ・レイリー。
“白ひげ”エドワード・ニューゲートには、“不死鳥”マルコ。
“ビッグマム”シャーロット・リンリンには、“完全無欠の男”シャーロット・カタクリがいた。
彼らはそれぞれがそれぞれの形で自らの船長を支え、時にはともに戦った。
では“百獣の王”のカイドウのNO.2、右腕とは一体誰なのか、あのめちゃくちゃな船長を見事に支えているのは誰なのか。百獣海賊団の誇る三人の大看板、その一人“火災のキング”こそが百獣海賊団のNO.2であることに異論は上がらないだろう。あの破天荒で制御できない船長の下で厳格さを示すことで組織をまとめているのだ。彼の持ち味はその厳格な組織運営だけではない。その戦闘能力も折り紙付きだ。世にも珍しい飛行能力を有する上に覇気、剣術、そして彼の異名でもある“炎”、彼の戦闘能力は四皇に迫るモノがある。
では、JOKERの右腕とは誰なのか?
最も長く彼の船に乗り、金銭面で最も大きく貢献している“黄金帝”ギルド・テゾーロか?
それとも同盟内最大派閥、敗北から立ち上がった“影の王”ゲッコー・モリアか?
はたまた最高戦力の呼び声高い“砂漠の王”サー・クロコダイルか?
それともまだ見ぬ彼の部下ロブ・ルッチか、協力者“黒腕”ゼファーか?
どれも違う。
最も強きモノでも、財多きモノでも、数多きモノでも、巧妙なモノでも、経験深きモノでもない。
悪のカリスマであるJOKERのNO.2に必要だったのは、彼の右腕に必要だったのは、彼の思想を理解できる、引き継げるものでなければならなかった。
輝かしき天から落ちてきて。地の底の汚れを知った。
世界の破壊を望むモノ。彼の狂気を理解するモノ。正しく彼の後継者たれたモノ。
“天夜叉”ドンキホーテ・ドフラミンゴ
純粋な強さ、圧倒的カリスマどちらも海賊という組織のトップに必要とされる能力であることは間違いない。強さとカリスマ全く違う能力で本来比べるようなものでもない。それでも彼らのトップとしての能力はほとんど変わらない。もしどちらかがどちらかを支えることができていたら、この時代の支配者は彼らだったのかもしれない……
しかし、今この状況は想像とは全く違う。
彼らが選んだNO.2が戦況の空白を埋める。ここはもう既にボスの思惑の外、ここを抑えた方がこの戦争に勝利する。
白舞にあるワノ国一番の港、刃武港。いくつもの船が並び、普段は多くの人であふれるその場所は人の気配をほとんど感じることはできなかった。
「誇って良いぞ、うちの海賊団は純粋な戦闘能力じゃグランドライン1を自負してる」
たった一人、肩を組んで立っているキングはすさまじい熱を放っていた。常日頃からまとっている炎だがその熱量はまともなものではなかった。
対面しているこの男も冷や汗なのか、暑さで出てきた汗なのかがわからないほどの熱量になっていた。
「フッフッフ、そいつはずいぶん過剰な自信だ。モリア一人にやられる連中がグランドライン1とは、嗤わせてくれる」
「存外粘られているようだな、だがジャックはうちの大看板の一人だ。なめてもらっちゃ困る」
「モリアも甘く見られたモノだな、あれを負けたときのままだと考えているか?心配するなそろそろあっちの戦いは終わる。それにお前はここで死ぬんだ」
ドフラミンゴの手から糸が空に放たれ、彼を中心にした“鳥かご”ができあがる。
「鬼ヶ島に行くために船を求めているのはわかっている。俺を拘束するのは良いが、俺が何もしていないと思っているのか?」
港に並んでいた船が次々に爆発していき、すぐに炎に包まれた。舌打ちを打ってそちらに意識が行ったドフラミンゴに向かってキングが走り出す。
「それとも、俺の飛行能力を奪おうと思ったのか……」
プテラノドンに姿を変えての低空飛行、すさまじい速度で迫るキングだったが、すぐさま戦闘に意識を切り替えたドフラミンゴが見せた隙は隙と呼べるようなものではなかった。その証拠にしっかりと迎撃として放たれた攻撃がキングに迫る。
『五色糸』
指先から放たれた切れ味抜群の糸は完璧にキングの軌道を捉えていたが
「……だとしたらずいぶんと甘く見られたモノだ!!」
一瞬で人の姿に形を変えたキングは見事に五本の糸を躱して懐に潜り込んだ。
キングが刀を抜き、振り抜く。
鮮血が飛ぶ。
武装色の防御ごと切り裂かれたドフラミンゴだったが、辛くも回避はしていた。
右の瞳の上、額を切られたドフラミンゴの姿を確認したキングは刀の先端についた血を振って飛ばす。
「その瞳、もらったと思ったがな。実力の差を……理解したか」
増していく剣気と、気温、燃えさかる大地。
この狭い『鳥かご』の中、この空間を支配していたのは持ち主であるドフラミンゴではなく、とらわれたはずのキングだった。
兎丼でのジャックとモリアの戦いはついに佳境を迎えようとしていた。
決死の粘りを見せていたが、先に限界を迎えたのはモリアのゾンビ軍団と彼の部下達だった。
すり減っていくゾンビ軍団の分を埋めようと奮起していた彼の部下は、自分の限界を超えて影を取り込み、影本来の持ち主の力をその身に宿して戦っていた。それでもついに限界がやってくる。
その瞬間は突然に訪れる。無理矢理押し込んでいた影がその身を離れて、本来の持ち主の元に返っていく。全身を覆う圧倒的な疲労感、一時的な力の大小はいつだって大きい。彼らに戦う力など残っているはずもない、しかしそれでも彼らは戦って見せた、立ち上がって見せた。モリアが敗北したこの地は、彼らが敗北した地でもある。彼らの海賊旗が信念がカイドウの強さの前に屈した地である。
この男こそが海賊王になるんだと信じた自分たちのボスが敗れるのを見て、聞いて、それでももう一度この場所に立つ彼らの覚悟は並大抵のものではなかった。
剣を振るうことも、引き金を引くことも難しい彼らは、まともなダメージを負わせられないと知りながら、それでも戦った。
もはやパンチとも言えないような、体当たりとも言えないような攻撃を繰り返す彼らにジャックの軍団から嘲笑の声が上がる。……だがその声もいつしか恐怖に変わっていく。
決して足だけは引っ張らない、自分たちが足を引っ張らなければ自分たちの船長こそが最強だと。信じる彼らは戦い、戦い、一人でも多くの道連れを生み出そうとしていたその姿はまさにゾンビ、そう形容するしかできなかった。
そんな状況の戦いをこの戦場の指揮官二人は理解していた。
互いに体中に傷をこさえた二人
ここで決める、その決意が、意思が覇気を産む。圧倒的な剣気を放ち始めたモリアを前にジャックも己の切り札を切る覚悟を決める。人間の姿から獣人の姿に、獣の身体能力、特性と人としての戦闘術の融合。その戦闘能力は今までと比較にならない。だが、それはモリアも同じ。
『
モリアの正真正銘の切り札。
支配していた影を取り込んで自分の戦闘力に変えていく。先ほどまで会った体格差が徐々に埋まっていき、ついにモリアがジャックの巨体を……超える。
「影1000体分だ。俺が支配できる限界数……キーシッシッシ!! ハァ、最高の悪夢を見せてやる!!」
巨大化したモリアだが、風船のようにただ膨らんだのではない。完全に支配下に置かれた影達に覇気の融合。もっと巨大化しようとした体をここまでで押さえ込んだ。それだけの存在感の密度がこの戦場の視線を集める。武装色が歌舞伎の隈取りのように全身を彩っていく。
『
戦場全体を巨大な影が包み込む。立法形状に組み上がった影が日光を完全に遮断し、周囲は暗闇に支配される。
このブラックボックスは敵の混乱を誘うためだけのものではない。モリアが取り込んだ影は戦闘不能に陥った仲間のモノも含まれる。彼らを日光から守るために作られたブラックボックスは彼らの一味の信頼関係の証。
充満するモリアの覇気に弱兵は倒れていき、無造作に振るわれる刀が混乱を生みだす。見聞色を扱えない連中はただぶつかっただけの仲間に対して同士討ちを始めてしまっていた。この状況を打開したいジャックだが、彼にはそんな余裕は一切無かった。まるで濁流のようなモリアの攻撃を前に、見聞色の覇気だけで耐え忍ぶ。防戦一方なこの戦いだが、彼はこの勢いは持続しないことを理解していた。
ここまでの強化にリスクがないわけがない。時間制限付きの強化だと当たりをつけたジャックは恥も外聞も捨てて防御に徹する。耐えきってみせる。堅い決意の元固められた防御は鉄壁、受け止めて、受け止める。この打ち合いに刀が先に限界を迎えた。
モリアの刀がジャックの刀を打ち砕いた。そこからは一瞬だった。決死の防御を嘲笑うかのように切りつけていき、最後には背後から突き出された影に腹を貫かれた。
ここからのモリアはまさに災害だった。圧倒的な力で敵を殲滅した戦場。仲間達の影が帰って行き、『影の箱』が解かれたとき、立っていたのはモリアただ一人だった。
兎丼の戦いはこれにて幕を下ろした。ゲッコー・モリアは己の敗北という恥をこの兎丼の地で雪にすすいだ。
しんしんと雪が積もっていく。兎丼は今日も雪が降る、死者と敗者を慰めるように、沈黙と静寂が勝者を包むように。しんしんとしんしんと……