ONEPIECE FILM NIGHTMARE OF JOKER ピエロの見せた悪夢   作:鈴見悠晴

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結末に向けて

舞い上がる粉塵の中、早く治療に行きたいクイーンだったが、彼の見聞色がまだテゾーロを仕留められていないことを告げていた。さらにこの周辺をかなり訓練された精鋭達が包囲している。

それを証明するかのように踏み潰したはずの男を担いだ男が少し咳き込みながら煙の中から出てきた。その男の登場に意識のあった海賊全員が息を呑む。

黒いコートとサングラスをかけたその男だが、ただ者ではないことは例え知識が無くとも一目でわかった。

鍛え抜かれた体、これまで越えてきた修羅場の数がうかがえる、しわを刻みつけた面構え。その右腕につけられた巨大な鉄腕。そして何より、研ぎ澄まされた武装色の覇気。それら全てがこの男の強さを表していた。

 

先ほどまで抱えていたテゾーロをおろし、吸引器を使用する男の姿は隙だらけに見えたが、誰一人として動くことができなかった。

吸い終わった吸引器を懐にしまった男は肩をすくめて見せた。

「あのバカも人使いが荒い……身を引いた老兵にやらせることじゃねえ。そう思うだろ?」

話を向けられたクイーンは自分の体を人間のモノに戻したが、それでも一切戦意を納めることはなかった。

「老兵ぃ、ふざけたこと抜かすな!! あんたみたいなのを老兵とは言わないんだよ、“黒腕”のゼファー!!海軍将校が一体この島に何のようだ!!」

叩き付けられた怒号はそこらの海賊なら気を失ってもおかしくないものだが、それを向けられた男はまるで柳のように受け流していた。

「頼まれただけだぁ、それに元海軍将校。今はただの私塾を営む爺だ」

まるで世間話を語るかのように敵地で話すゼファーだが、鉄腕が強力な覇気によりその異名を表す黒に染まる。

 

「それで、まだやる気なら付き合おうか」

肌を叩くその覇気にクイーンは明らかに顔をしかめる。先ほど喰らったテゾーロの一撃で既に右腕はまともに動いておらず、速やかな治療が必要なのはわかりきっている。

 

「やめだ。……とっとと帰りやがれ」

戦意を納めて言うと満足したのかゼファーはテゾーロを担ぎ直し、立ち去っていこうとする。

その背中にクイーンが純粋な疑問を投げる。

「元海軍将校が何であの男に従う?」

「従っているわけじゃない、借りを返しただけだ。俺は俺の正義でしか動かない、だから今回も俺はこいつしか助けない」

そう言い切ったゼファーは明らかに苦虫をかみつぶしたような苦々しさにあふれていた。

結局彼はそのままテゾーロをつれてこのワノ国から立ち去っていった。

彼らの船は漆黒の蒸気船。JOKERの船と同じ設計で作り出されていた。

「ゼファー先生、出港準備できています」

「よぉうし、グズグズするような余裕はなさそうだ。新時代のうねりをあのバカが連れてきやがった!準備を急ぐぞ。俺たちは俺たちの正義を執行する。……出航しろぉ!!」

 

ゼファーとJOKERの思想は全く違うモノだった。互いの信念は全く受け入れられるようなモノではなかった。

それでも互いが互いに間違いないリスペクトがあり、ゼファーには正義の美学が、JOKERには悪の美学があった。この二人の関係性はゴール・D・ロジャーとモンキー・D・ガープのモノが最も近かった。もちろん最初は力の差が大きかったが、彼が金獅子海賊団から独立したときからライバルになり、ゼファーが現役を退いたとき大きな借りを作った。

 

JOKERはゼファーのことを敵であったがほかの幹部達と同様に扱った。そこに信用があったのかはわからない。だが、信頼があった。互いに信念に生きるもの同士、彼らの間にあった関係はほかの誰よりも強力なモノだったのかもしれない。

彼に保護されたテゾーロが、多くの優秀な海兵を生み出している正義の私塾で一体何を成し遂げるのか?

JOKERとゼファーの間で交わされた密約とは一体何だったのか?それは未だわからないまま……

 


 

ここは鬼ヶ島、鬼が住まうと言われるこの島だが、実際には鬼はいない。この瞬間に限れば人すらほとんどいない。屋敷に立った一人、己の獲物である棍棒を杖のように地面につき玉座のように頂点に置かれた椅子に腰掛けたカイドウが口を開いた。

「……こんなもんが俺に対する切り札か」

この屋敷周辺をゆっくりと包んでいた無味無臭の毒ガスはカイドウの体を蝕んでいなかった。それどころか、そのガスの存在が敵の到来を感づかせてしまっていた。

その言葉に反応して、カイドウの目の前に一つの貝殻が投げ込まれた。

数瞬の後に謎の音楽が流れ始め、それに併せて踊るように真っ黒なガスマスクをつけたJOKERが現れた。

右腕を背面に、左腕を胸に当てて、お辞儀を行なうとそのまま左腕を突き出した。

「SHALL WE DANCE?」

返事の前に袖口からナイフが現れると、カチリと言う機械音とともに刃の部分が射出された。

“スペツナズナイフ”、弾道ナイフとも呼ばれるそれは本来内蔵したバネの力で刃の部分を射出する代物だが、JOKERの手にかかると、さらに非道な武器に仕上がる。

ただのナイフだと回避する様子も見せなかったカイドウの目の前でその刃が弾けた。

カイドウにダメージを与えることは簡単ではない。かの白ひげ海賊団で二番隊隊長を務めていた光月おでん以降、攻撃を食らわせたモノはもちろん、ダメージを負わせたモノもいない。空島から落ちてもただ痛いだけですんでしまう肉体を破るためには内側から破壊することが求められる。……だが果たして本当にそれだけしか手段がないのだろうか?人体にはいくつか共通の弱点がある。そのうちの一つ。眼球、鍛えようがないその部分をJOKERは初手で狙った。それも覇気をまとわずに油断を誘い、破裂させることで攻撃を細かく、広範囲に、さらには間合いをごまかした。三段階に仕組まれたその一撃だったが、破裂したナイフと顔の間に手のひら一枚挟んだことでカイドウはその攻撃を防御した。

「……毒だな。それも生物性の複合毒か」

匂いなどからすぐさま判断したカイドウだったが、一瞬視界を遮ったことが隙となった。

 

この攻撃を受けたカイドウはどこか落胆していたが、それでも警戒は怠らずに見聞色を使っていた。だから目の前にいることと距離をとっていることはわかっていたが、逆に言うとそこまでしかわかっていなかった。

構えられた拳銃、その向けられた銃口はカイドウ本人ではなかった。

カイドウよりも少し上、JOKERにより投げられていた小さな袋。それが打ち抜かれた瞬間に中に入っていたナニカが体に降りかかった。ただ少しぬれただけの体を見て苛立ちを見せたカイドウだったが、右の手のひらが体に触れたときに、今まで感じたことがある痛みとは違う痛みに動きを止めた。

 

「効いたなぁ」

たった一言だったが、確信を持って言える。この言葉に込められていたのは悪意だけだった。

コートを大きく開いたJOKERだが、その裏地にはびっしりとナイフに爆弾、拳銃、そしてダイヤルが仕込まれていた。

 

攻勢を続けようとしたJOKERを阻もうとカイドウが飛びかかる。

その瞬間、「BOOM!!」

背後で巨大な爆音が響いた。先ほど投げ込まれたトーンダイアルから爆音が響く。しかし、カイドウは一切その爆音を気にせずに突っ込んでくる。

『雷鳴八卦』

驚きの表情を見せたJOKERに振り下ろした渾身の一撃。

雷を宿したその金棒は容易く命を絶てるだけの威力を秘めている。

だが、その攻撃を正面から受けたJOKERは確かに雷によるダメージを受けたのか少し焦げ臭い匂いが漂ってきたが、吹き飛ばされるようなことはなかった。カイドウの攻撃の威力、その“衝撃”は彼の手袋の中にあるダイアルに吸収されていた。

「ただの衝撃貝なら受け止めきれずに死んでたな。だが返そう、お前のこの攻撃を……」

『排撃』

 

一部の限られた地域にのみ存在する雲海、空島と呼ばれる地域に生息する特殊な生物“貝”。その中でも現在では絶滅したとも言われている特殊な“排撃貝”。衝撃を吸収し、放つというシンプルな性質は“衝撃貝”とほとんど同じだが、その出力が違う。“衝撃貝”の10倍とも言われる“排撃貝”その許容量限界までカイドウの一撃を飲み込んだ。それがそっとカイドウの懐に添えられる。

 

放たれた衝撃が大気を揺らした。貴重な絶滅種とも言われる“排撃貝”が砕け散る。

JOKERの左腕の骨が一切の例外もなく全てが粉々に砕け散る。本来支払っていた代償を払ったJOKERだったが、その成果は確かに得られた。

世界最強の生物の一撃が内側からカイドウの体を破壊する。内臓に響いた衝撃のダメージを証明するようにカイドウが吐血する。

「ごぉああああぁあ!!」

のたうち回ったカイドウが能力を使い竜に姿を変えると一切のためらいもなく炎を吐き出した。自分の体に生じたダメージを吐き出すように、痛みに耐えて大声を出すように吐き出したその炎は鬼ヶ島を振るわし、巨大なクレーターができていた。

だが、そのレーザー砲のような炎はJOKERを捉えてはいなかった。

 

「HAHA、H……はぁはぁ。ようやく効いてきたかこの化け物が。いくらお前が最強の生物だろうと、能力者だろうと、変わらない部分ってのはあるんだよ」

革袋やいくつかの“貝”をコートから外して放り投げたJOKERの狂気的な笑顔は血にまみれながらも、楽しそうだった。

「化学変化に気化、工夫は竜の鱗を穿つ。世界はいくつもの神秘に包まれている」

両手を大きく広げたJOKERという人間はどこまでも貪欲な人間で、科学者としての側面を持っていた。

 

単身敵の本拠のど真ん中に乗り込んだ彼は、まさにカイドウの思い描いた結末を描かんと、彼の試練を乗り越えた。ついにたどり着いた一対一、互いが血反吐を流しながら、まるで子供のようにこの戦いを楽しむ。この二人の戦いに邪魔者はいない。彼らは最後まで、最後まで戦い抜いた。己の全てをぶつける喜びに浸るカイドウにとってこれこそが己の思い描いた理想の戦いだった。

毒、ガス、絡め手、どんな手段も全て正面から踏み潰してみせる。

「ウォロロロロ!! 俺が、俺こそが最強だぁ!!!」

自分に迫る死の気配。それを楽しむカイドウは今、この時、心の底から満足していた。

 

だが楽しい瞬間はいつだって短い。終わりは突然にやってくる。

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