【目が覚めると見慣れない場所にいて一瞬驚いたが、すぐに理解した。昨日はナミの寝る場所で寝たのだった。
ナミは先に起きてペラペラのものに何かしている。真剣な顔をしているナミの顔を見て、邪魔をしてはいけないと思い静かにナミを眺める。切りのいい所まで仕上がったのかナミが羽を机に置く。視線を感じたナミが見ている自分に気付いた】
「おはようヴァル、良く眠れた?」
「コクッ」
ヴァルは首を上下に動かして肯定した。それを見てナミは笑った。
出会ってから一度もヴァルの笑顔を見たことも、声を聞いたこともないがナミは仕方ない無い事だと考えていた。
ヴァルは物心付かない頃からこの島で生活している為、言葉を使うことも笑ったことも無かった。麦わら海賊団に出会うまで言葉の存在も知らなかった為、話せ無いことも無理は無い。しかしヴァルは、野生仕込みの頭の回転の速さがあり一味の考えている事を汲み取り態度で言いたい事を伝えていた。ナミにはヴァルが自分達の考えを理解している印象があった為、いつかは笑ったり話せる時が来ると思った。
ナミは寝ていて乱れたヴァルの髪を解いてあげる。長年の汚れで分からなかった髪の色がお風呂に入った事で素の色に戻り、キラキラと朝日に輝いていた。ナミは銀色の髪を見ながら顔を緩ませる。朝からキラキラ光る物を見れて嬉しくなった。
「本当にヴァルの髪の毛は綺麗ねー。羨ましいなぁ」
「?」
ヴァルは野生児の為、髪についての美意識は無かった。ただナミの夕陽のようなオレンジの髪は見ていて凄く落ち着く感覚があってヴァルのお気に入りとなっていた。
ヴァルに服を着せてからナミは手を繋いで部屋を出てキッチンに移動した。サンジが朝ご飯の用意をしてくれていた。
「おはようナミさん、朝ご飯出来て…ヴァルちゅわぁぁん!ナミさんの服また着てるのぉ?可愛いでちゅね――♡はぁぁい!朝ご飯出来てるから、一杯食べてね?」
「コクッ」
「頷かれるだけでも嬉し過ぎるぅ!!」
サンジは絶賛ヴァルブームにハマっていた。ナミの服が大きいのと体がまだ小さいせいか、比護欲が湧き上がって仕方が無い様子。
ヴァルはそんなサンジを不思議そうに見ながら朝ご飯を食べ始めた。サンジの作る料理はどれも美味しい為まだ上手く使えないフォークを右手に持ちながら一心不乱に食べ進める。ナミはコーヒーを飲みながら可愛さを堪能していた。
バタンッ!
「サンジー!朝飯寄越せー!肉が良い!!」
「肉は昨日お前が全部食っただろ!!」
扉が勢い良く開けられてルフィが入って来た。肉を求めたが、ヴァルがくれたあの猪は殆どがルフィの腹に収まってしまった。ヴァルは昨日、猪を食べてるルフィの姿を思い出して小さなその体の何処に大量の肉が入っているのか凄く気になった。
一味全員がキッチンに集合して朝ご飯を食べてから食料探しに行くことにした。ヴァルはこの島を知り尽くしているので一味全員を背中に乗せて森の中を歩いていた。
「ヴァル、アナタがこの島の事を知っている唯一の人だから、食糧のありそうな場所の案内お願いね?」
「ワフ!」
ヴァルはナミの言葉に意気込み良く答えた。狼の姿で生活をしていた事が原因なのかはわからないが、ヴァルは人よりも狼の姿になると良く吠えて返事をしていた。
歩みを進めて川の流れる少し広い場所に出た。そこには木に果実が実り、川には新鮮な魚が泳いでいた。それに加えて地面には自然に育っているトマトなどの野菜もある。一味にとって、これ程までにありがたいものは無かった。一味はおぉぉ!と声を上げて喜ぶ。
「食い物だらけじゃねえか!助かったー!ありがとうよヴァル!」
「美味そー!」
「いや食おうとすんな!また探さなくちゃいけねーだろ!」
「野菜も自生してんじゃねえか。これで栄養問題は解決だな」
「ありがとうヴァル!!これで食糧難は無くなったわ!」
一味の嬉しそうな声を聞いてヴァルも嬉しくなった。
「よし!食糧を集めるぞー!!」
「「「「お―――!!」」」」
「アォォォォォォォォン!」
食糧を集めてから時間が経ち、お昼になった。一味とヴァルは持ってきた籠一杯に食糧を入れて船に戻った。船に詰めていって遂に食糧庫が一杯に埋まった。これで暫くは食糧が尽きる事は無くなった。ルフィが食べ過ぎ無ければだが…。
食糧を探す為にこの島に上陸した一味は、もうこの島に居る必要が無くなったがまだ船を出航させなかった。
昨日の夜、船長のルフィがヴァルを仲間に引き入れると決めた事でルフィがヴァルを仲間に誘う事を待っていのだ。
一方のヴァルは、一味を船に戻してから一旦森の中に戻っていた。ナミが直ぐに戻って来るのよ?と言うと、ヴァルは返事をして森に消えて行った。
ルフィは船から降りて地面に座り込みヴァルの帰りを待っていた。1時間程してからヴァルの姿が見えた。ヴァルは口に何かを咥えながら走って来ている。
「ヴァル、遅せーぞお前!ん?何持ってんだ?」
ヴァルは口に咥えていた物を地面に置いた。見ると、ヴァルは俗に言う宝箱を持って来ていた。
「「「おぉぉぉ!宝箱だぁぁ!」」」
「中には何が入ってんだ?」
ヴァルは宝箱の蓋を壊さないように開けると、中には金色に輝く財宝が一杯に溜まっていた。ナミが財宝を見て目がベリーマークに変わる。
「財宝!!!しかも、宝石も一杯!!!もしかして…これくれるの?」
「ワン!!」
ヴァルは返事をした。ナミが嬉しそうに宝箱に飛びつく。
「ありがとうヴァル!!!お宝、お宝♪」
ナミが宝箱の中身を物色し始めると、中から一枚の紙を見つけた。昔に入れられたのか黄く変色している。紙には何か書いてあった。
一味が宝箱に近付いて紙を読む。
『いずれ娘と出会う者へ、この宝を送ります。』
紙にはそう書いてあった。ナミは紙を見てヴァルの持つドッグタグを思い出した。
昨日キッチンで話し合いが終わってナミは部屋に戻るとヴァルがもう眠っていた。起こさないように扉を閉めて、ヴァルの傍に寄る。良く寝ているのを見て頬を緩めたが、ふとドッグタグが目に映った。ドッグタグにはヴァルの名前が書いてある。ドッグタグを手に取って確かめた。試しに裏を見ると名前では無く文字が書かれてある。
文字を見たナミは動きを止めた。
『我が娘ヴァル。誰よりも強く、誰よりも逞しく生きなさい。』
文字の書き方からしてヴァルの母親によって書かれたものだと直感した。ナミは親が居らず、血の繋がらない育ての親と義姉と生活していた経験からヴァルと自分を重ねた。これを書いた人はどんな思いでヴァルにこれを託したのか、考えると切りが無いが一つだけ分かった事がある。ヴァルは確かに親に愛されて生まれてきた事がこのドッグタグで証明されていた。
「何だこれ?誰が書いたんだ?」
「娘って書いてあるから、親が書いたんじゃねえか?」
「良く分からねえが、この島に来た時にヴァルとこれを置いて行ったんだろ」
紙を読んでウソップ、サンジ、ゾロが話しているとルフィがヴァルに近付いた。ヴァルは宝箱の前でお座りをして一味を見ていた。
「この島に来てから、ヴァルには世話になりっぱなしになったな。ほんと、ありがとうな!」
「ワン」
ヴァルとルフィは視線を合わせて暫く見つめあった。ルフィは真剣な顔をして見つめてから、ニッコリと笑って手を伸ばした。
「俺はこの世界の海を旅して海賊王を目指してんだ。ヴァルも仲間になったら冒険がもっと楽しくなって、俺は思ってる!」
「………」
「ヴァル、一緒に海に行こう!!!」
【この島で生活をしてから一度も誰かと会う事が無かった。でも、みんなが島にやって来てからの2日間、出会って少ししか時間が経たないが、居心地がとても良かった。今まで感じる事の無い感情に毎日がワクワクするものがあった。ルフィ、ゾロ、ナミ、ウソップ、サンジ。それぞれの名前も覚えた。生まれてから今まで、ここで暮らして生きてきたが、みんなとここで別れたら多分一生後悔する。そんな考えが頭をよぎった】
シュウゥゥゥゥ…
ヴァルは狼から人の姿に戻った。今度はナミの服を脱がずに変身をしていた。
ヴァルはルフィの手にゆっくりと手を置いた。ルフィは目を輝かせてヴァルの手を握る。手を握ったまま、一味に見せて叫んだ。
「よっしゃ―――!!ヴァルが仲間に入ったぞ―――!!!」
「「「「おぉぉぉぉぉ!!!」」」」
みんなの顔が花が開いたように明るく笑っているのを見て、ヴァルはみんなの群れに入った事を実感した。群れでは無く仲間に入ったのだが、そこは些細な事だ。
こうして、麦わら海賊団に狼の幼女ヴァルが加わった。ヴァルが仲間に入った事で、これからの物語に少しばかり変化が起きる事を彼らは知ることは無い。しかし、波乱に満ち溢れたこれからの冒険の中に、掛け替えの無い大切な仲間が出来た事を、彼らは悟った。