師匠は腐っても、ぱっと見そうは見えないが、暗殺組織である奈落の首領だ。上司の天導衆から指示を受ければ東奔西走なんのそので暗殺任務に赴く。
当然、弟子であり一応奈落の末席に名を連ねている私も望む望まないに関わらず任務に行かされることがある。
例に漏れず、その日も私と師匠は奈落としての任務をこなしていた。
任務内容は、とある武家一族の抹殺。
何かしらの粗相をしたのか天導衆のお歴々の気を害したらしい武家一族、その一族郎党飼い犬の1匹に至るまで全て皆殺し。そういう任務だった。
はずなのだが、
「幽、聞いてください。」
「なんですか師匠、私今猛烈に嫌な予感がするんですけど。」
「子供拾っちゃいました。」
「何してくれてんですかアンタァァァア!!!」
任務で赴いた先で師匠は、1人の少年を連れて帰ってきた。
漫画であればてへ、という擬音が背景についてそうな、小首を傾げて微笑みを湛えた顔で衝撃の事実を暴露する師匠。一ミリも悪いと思ってなさそうだ。
さてはこの人最近自分の顔が老けないのを良いことに可愛い子ぶって許して貰おうとしだしてるな?そのベビーフェイスでなんとかなってるだけだからね?ベビーフェイス…老けない…あっ、(他人の地雷を踏む絵文字)この話は無かったことにしましょう。
「任務の放棄に当たります。法度違反ですよ師匠。」
「そうだね、でもバレなければどうということはありません。」
「私が幹部に訴えればいくら首領の師匠とは言えど査問会待ったなしですよ。」
「でも君はそんなことしないでしょう?」
嫌味のつもりで放った言葉は軽くあしらわれてしまい、師匠の笑みひとつ言葉一つすら崩すことすら出来ない。それどころか、本質を突かれて言葉を詰まらせることになったのはこちらの方だった。
「はぁ…百歩譲って子供を拾ってくるのは良いですけど、殺し屋の巣窟に連れてくるのはダメでしょう。教育に悪いなんてもんじゃありませんよ師匠。」
「その点なら大丈夫です。ちゃんと傷が癒えたら去るように言い含めてあります。ねっ。」
そう言い、師匠は同意を求める様に自分が手を引いている少年の方を顧みた。
釣られるように私の目線も、問題の少年の方へと向く。
師匠の後ろに半ば隠れる様にして立っていたその少年は、癖毛気味のくすんだ銀髪と痩せ細った体躯、顔には深い傷跡となかなか物理的に痛々しい身なりをしていた。
少年の赤錆色の瞳が此方を捉える。目の下には色濃いクマが張り付いていた。
「はい。先生の物として、この命果てるまで誠心誠意お使えする所存です。」
「ねえ師匠本当に言い含めたんですかこの子全然わかってないと思いますよ。」
「あれ?」
気合十分といった顔で声高にそう宣言する少年に思わずツッコんでしまった。何一つ理解していない、居座る気満々じゃないかこの少年。キョトンとしてんじゃないですよ師匠。この子全然話聞いてないじゃないですか。
「そうそうこの子、名前がないと言うのでまずは名前を贈ろうと思ってるんです。そうですね…
朧、というのはどうですか?」
気がついたら原作に食い込んでたってマジ?
*
案の定彼は傷が癒えても奈落を出ていきませんでした。師匠の所為です、あ〜あ。
そして私に弟弟子が出来ました。パチパチ〜……いや、無理祝えない。
そもそも自分があの虚の弟子ってだけで気絶しそうなのにその上朧の、原作では“松陽先生の一番弟子”の朧の先輩弟子、原作厨大地雷のポジションに来てしまった…いや原作厨じゃなくても地雷だよこんなの、具体的に言うと私にとって地雷、解釈違いなので世界滅ぼしたい。
師匠から教えて貰っているだけあって、今の私は対人戦ならそこそこ戦えるだけの実力はギリギリ持っている。奈落の中でもそこそこの地位を頂いているから、この自己評価は自惚れではない…はず………(自信なし)
ただ私の実力など、主人公やその敵役として登場する未来の朧というような主要キャラクターに比べれば、型落ちもいいところだ。こんなのが先輩弟子だなんて、私が後輩弟子なら嫌。
ということで目下の悩みは、先輩弟子という私の立場をどう返上するか、もしくは私という存在をどう抹消するかである。
そしてもう一つの悩みは、
「あの…朧、そんなに凝視されるといささか恥ずかしいのですが」
「私のことはお気になさらず。」
「えぇ…」
弟弟子(仮)との距離感が掴めないことだ。
朧はこのように私のことを凝視してくることがある。しかも真正面からではなく、柱の影や木の影から食い入る様に見つめてくる。しかし私と仲良くなりたいがための行為ではないようで、私が近づこうとすると野生の猫を思い出すような身のこなしで逃げ出す。
いつか私は彼に暗殺でもされるのではなかろうか?何か私は彼の気に触るようなことでもしてしまったのだろうか。そう思ってしまうほどだ。
というかシンプルに視線を感じ続けるのは心休まらないので、言いたいことがあるなら直接言って欲しい。
とか思ってたら結構すぐにその機会が来た。
「私に暗殺術を教えて頂けませんか」
「随分唐突だね⁉︎」
目の前で朧が頭を下げている。
もう一度言う、目の前で、将来主人公と敵としてバッチバチにやり合う運命のあの朧くんが、私に、頭を、下げている
どうしてこうなった?????
「ええと、どうして私なんですか?師匠に教えて頂いた方が良いのでは、」
「先生は私に殺しの技は教えてくれません。」
「ああ〜〜〜〜そういう」
師匠は朧を弟子にはしたが、原作通り朧を殺しの道に引き込む気はないようで暗殺術を教えたり、修行を付けたりというようなことは一切していない。殺しの技術を持っていないので、朧は奈落に所属してはいるものの暗殺任務に赴かされることはなく(行っても使えないから)、奈落の一員というよりは師匠の小間使いのような存在として扱われている。師匠の周りで日々せかせか働く朧の姿は、庇護欲を抱かせると一部の女性奈落から非常に人気が高…いやこれは関係ない、朧可愛いと私も思うけど今の話には関係ない。
「師匠が教えてくれないから、私から教えて貰おうとしているって事ですね?」
「そうです。私は先生の為に自分ができることなら何でもしたい、しかし今の私には何の力もない。」
うーーーんいい子。
彼がいまの立場に不満を感じていそうだというのは気づいていた。ただ原作を通して師匠の彼への想いを知っている身としては、そして令和日本で生きた記憶を持つ身としても幼い子供に物騒な技を教えたくない。あと個人的に師匠の地獄のシゴキを思い出すから教えたくない。師匠は私が泣こうが喚こうが吐こうが無理矢理暗殺術を叩き込んだ。あの時代は二度と思い出したくない。
「そうですね…残念ですが、師匠が教えないと言ったものを、弟子の私が勝手に教える訳にはいきません」
師匠が朧に暗殺術を教えないのは、おそらく原作で『無数の人格の集合体、虚』を『吉田松陽』に変化させるキーパーソンとして描かれていた朧くんとの出会いを経て、『吉田松陽』としての側面が目覚めつつある予兆なのだろう。
なればこそ私が今余計なことを教えて、彼らの『吉田松陽』と『その一番弟子』としての未来を潰すことだけは避けなければならない。
でも、
私の否の返事を受けて明らかにしょんぼりと肩を落とす弟弟子(仮)の姿を見ると、思わず笑みが溢れた。垂れた獣耳と尻尾の幻覚が見えそうだ。私が知っているのは、原作で敵役として出てきた仏頂面からぴくりとも表情の動かない彼だけだったから、こんな時代があったのかと微笑ましい気持ちになる。
微笑まれた当人は「…何が可笑しいんですか…」とぶすくれていたけれど。
「ふふ、すみません。可愛らしい反応だったもので…。
そうですね、私は暗殺術を教えることは出来ませんが、可愛い可愛い弟弟子の頼みを無下に出来るような人間でもありません。」
にこり、と笑顔を作り朧くんの耳元に口を寄せる。私の考えた“秘策”を伝えると彼の表情ががみるみるうちに明るくなり、声のトーンも上がった。めちゃくちゃ分かりやすいなこの子。貴方にも幼く素直な時代があったと私はしっかり覚えておこう。
「私との約束、守れますか?」
「はい!!!」
「師匠には内緒ですからね?」
「はい!!!!!!!」
「声のトーン落としませんか?」
「はい!!!!!!!!!!!!」
「貴方実は話聞いてませんね??????」
無事(?)弟弟子と仲良くなれたのでこの後いっぱい修行した。
「そういえば、私を凝視したり近づくと逃げたりしたのは何でですか?」
「私が朧に教えない技術を、貴方には教えてたのが羨ましかったらしいですよ、ねっ朧。」
「アイエエエエ‼︎師匠⁉師匠︎ナンデ!?」
「弟子二人が仲良くなるのはいいことですが、仲間外れにされるのは悲しいです。しくしく」
即バレた。