「いっそ子供に混じって一緒に学びたいくらいだ」
「…でしたら、自分でやってみたらいかがでしょう、先生にはそっちのほうがずっと似合いますよ。」
それはある晴れた日。
澄みきった朝の空気を揺らして、その声は私の耳に届いた。
(ああこれは、原作の…)
この朧との会話を契機に師匠は、『吉田松陽』として完全に目覚める。
その結果朧を奈落から引き剥がすために、己の中の死神と戦うため、に朧を連れて奈落から逃走、追われる身となる。そして追っ手の数に無理を悟った朧が進んで自らを囮にし、師匠のみ逃亡に成功。朧は奈落に戻り、師匠は『吉田松陽』としての道を歩む。
これが、原作の流れ。
原作では結局、朧は松陽先生の建てた松下村塾に参加することはできず、師を取り戻すために師を殺し、松陽先生は一番弟子を弟弟子に合わせられなかったことを後悔しながら死ぬことになり、大団円とは程遠い終わりを迎えた。
こんな終わり、納得できない。
私の大切な師匠と弟弟子が幸せになれないなんて、そんなのあってはいけない。
師匠に拾われてから十数年、朧と出会ってから更に数年、ずっとずっと考えてきた。
この先の運命は二人には変えられない。なら誰なら出来る?
そんなの決まってる、私だ。
原作にいない者、
二人と過ごす時間はとても楽しかった。
1秒1秒を噛み締める様に過ごしたつもりではあったが、時間はあっという間に過ぎていく。行かないで欲しいと言ったところで留まってはくれない。
楽しい時間はすぐに終わる、とはよく言ったものだなと自嘲気味の笑みを漏らす。
寂しくはある。けど、悲しくはない。
覚悟はとうの昔に決まっている。
*
その日の夜、私は師匠に呼び出された。
奈落の本部、首領の師匠に当てがわれた一室で、向かい合うように座る。
夜深くの黒く重たい空気が沈黙を長くする。
ゆっくりと口を開いた師匠は、“計画”について話し出した。
「このまま私がここにいては、朧は奈落から離れない。」
「君も、弟弟子を修羅の道に引きずり込むのは本意ではないでしょう。」
「朧を奈落から引き剥がすために、私は奈落を抜けます。」
「君も共に来ませんか?」
そう言って私の目を見据えた師匠の瞳は、普段の微笑みではなく真剣さに満ちていた。
「…奈落を抜けて、如何するんですか?」
「学舎を開こうと思っています。先生が生徒と共に精進していける様な、そんな学舎を。」
知っている。私は、貴方が奈落を抜けることも、外の世界で教育者になる未来も、その果てに何が起こるのかも、全て知っている。貴方がその決意をしてくれることが、原作と変わらなくて本当に良かった。
だからこそ、私は決断したのだ。
「…そうですか、分かりました。」
「その言葉を聞いて安心しました。」
「師匠、」
「私は貴方の首を斬らねばなりません」
貴方を裏切ると。