オモチャで世界征服? そんな事は不可能だ!   作:定道

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ソウルシューター編
爆裂覚醒!! ソウルマスター田中マモル!!


 

 

 オモチャで世界征服? そんな事は不可能だ! 

 

 そんな阿呆な望みは創作物の中にしか存在しない、そんな荒唐無稽な願いは漫画やアニメの悪役しか抱かない……そう思っていた。

 でも、そんな常識は僕だけのもので、荒唐無稽だと思っていた物はこの世界では絶対にあり得ないとは言い切れない物だった。

 

 この世界……そう、僕はもう一つの世界の有り様を知っている。僕は5才の誕生日に高熱にうなされて生死の淵を彷徨い、その最中に前世の記憶らしきものを獲得した。

 

 凡庸な家庭に生まれた男が凡庸な人生を無難に生きて、一人暮らしのアパートで突然胸が苦しくなって倒れ伏し、そのまま孤独に死んでしまう悲しい結末までの記憶だ。

 

 記憶を手に入れた当初、僕はこう思っていた。

 

 前と同様の年代、同じ国である日本にしては色々と齟齬があるぞ? 前の世界と微妙に違うなぁ……パラレルワールドかな? 

 

 その程度の認識で新しい生をのほほんと謳歌していた。今思えば呑気な物だ。この世界の危険性についてまったく考えが及んでいなかった。

 

 だが、しばらくして違和感は大きくなっていった。

 

 赤とか青とか緑とか黄色とかピンクとかふざけた髪の色を持つ周囲の人々、やたら高い身体能力を持つ父と母。

 そして、一族の者として相応しいソウルを身に付けろとの妄言を吐きながら虐待紛いの修行を強要し始めた母さん。

 

 普通じゃない、この世界はどこかおかしい。少なくとも僕の持つ前世の知識と照らし合わせると明らかに異常だった。

 だけど、僕の周囲の人間はその異常を認識していない……いや、僕以外の人間にとってはそれは異常でも何でもなかったのだ。

 

 この世界は狂っている。それを認識できるのは世界で自分だけだった。周囲から見れば狂っているのは僕の価値観だ。

 

 僕は恐怖した。恐ろしくて堪らなかった。

 

 前世と比較して異常な身体能力や頭髪などの身体的特徴を備えた人々、そして世間一般に認知され、母親が異常に執着しているソウルと呼ばれる輝く謎パワー、幼稚園や保育園にも通わせずに幼児である僕に修行を課す異常な一族である我が家。

 

 それらの要素を考慮すると、ある仮説が導き出されたからだ。

 

 もしかして僕は、異能力や戦いに溢れた危険な世界へと生まれ落ちてしまったのではないか? この世界はバトル物の創作物の様な世界観を有していて、ソウルという謎のパワーを使いこなす者たちは、命を賭けた戦いに身を投じているのではないだろうか? 

 

 その可能性に気付いた時、僕は恐怖と絶望のあまりに気絶した。何時もは厳しい母さんが青ざめた表情で僕に駆け寄ってきた事をよく覚えている。

 

 僕は怖い、死ぬ事が怖い。怖くて堪らないのだ。

 

 そんな事は当然で人に生まれれば皆同じ、僕が特別に臆病なだけ、もしくは幼児が死の概念に気付いて恐怖しているありきたりな通過儀礼、そう思う人もいるだろう。

 

 でも違う、僕には一度死んだ記憶がある。例え僕の記憶の中にしか存在しなくても、死というものを体験しているのだ。

 

 徐々に失われ、段々と闇の中に呑まれていく意識。魂が震えるような寒さの中、全ての音が、全ての光が、あらゆる感覚が冷たい闇に奪われていく。

 

 ひたすらに孤独で救いのない体験だった。あらゆる生命の終着点、死というものがあれ程に恐ろしいものだとは思ってもいなかった。

 

 だから僕は死を恐れる。自身の命がこの世で最も大事な物だと確信する。

 死の恐怖から遠ざかる事が、生命が脅かされる事なく過ごす事が、安心と安全が僕にとって何よりも価値がある物だと知っている。

 

 なので僕は気絶して以降、母から課される修行の一切を放棄した。どれだけ叱責されても、どれだけ強要されても修行を頑なに拒否した。床や柱にしがみついて泣き喚いて拒否した。

 

 このまま母の言う修行を修めれば、一族の役目がどうとか言われてて戦いの日々に進む事は明白だったからだ。肝心の役目とやらは教えてくれない母だったが僕には分かる。

 

 前世の記憶と照らし合わせれば明白だ。こういう役目がどうとか言い出す家は代々何かと戦っているものだ。

 やたら創作物めいた世界観の現世ではそれが現実味を帯びている。高い身体能力を持つ両親とソウルとか言う謎パワーが存在するのがいい証拠だ。間違いないだろう。

 

 僕が修行を拒否し始めてから我が家の空気は最悪の物になっていった。

 

 どうしても僕に修行をさせたい母さん。

 僕が拒否をするならそれを尊重しようとする父さん。

 衝突が多くなった両親に怯えてよく泣く1つ下の妹。

 それでも修行を断固拒否する僕。

 

 僕達家族の心はバラバラになった。

 

 そして、僕が6歳になった頃に、母さんが僕に修行させるのを諦めて妹が代わりに役目を果たす事になった。

 さらに、その年が終わる頃に、父さんと母さんは離婚した。妹はそのまま母さんと共に家で過ごし、父さんと僕は姓を変えて家を出て行く事になった。

 

 心苦しくはあるし、妹には申し訳ない気持ちはある。だけど僕の身の安全には代えられない、許してくれ。

 

 

 

 

 父さんの運転する車に揺られて引っ越し先の町を目指す、外出は許されていなかったから景色が新鮮だ。少し未来的な町並みはやはり僕の知る日本とは別の物だと改めて実感させられる。

 

「マモル、御玉町に着いて落ち着いたら、お前も小学校に通う事になる。お前の不安や寂しさも、友達が出来ればきっと消えてなくなる」

 

 父さんが運転しながら僕に語りかけてくる。

 

 残念だけど、友達ができたからって安心が得られる訳じゃない。友達は僕を身の危険から守ってはくれないだろう。

 

 でも、父さんから見れば僕は、今まで幼稚園や保育園、小学校も通わずにずっと家の中で修行させられて過ごしてきた子供だ。これからの生活は今までとは違うと安心させたいのだろう。その気持ちは有り難く受け取ろう。

 

「うん、そうだね。友達が出来ればきっと楽しいと思う」

 

 話が合うかどうかは正直わからん。生まれてこの方喋った事のある同年代は妹しかいない。この世界のスタンダードな小学校2年生なんて知る由もない。

 まあ、そこまで前世と変わらないだろう。鬼ごっこやかくれんぼをして、漫画やアニメの話をして、ウンコやちんちんで喜ぶのが男子児童だ。その辺を押さえておけば問題無い。

 

「ああ、友達と遊ぶのは楽しいぞ。今までお前にはそれを教えてやれなかったからな。楽しい遊びも、友達の作り方も……」

 

 うーん、父さんはやっぱり責任を感じているな。家庭が崩壊したのは修行を拒否した僕のせいだと思うけどね。

 

 正直に言って、僕は父さんを嫌ってなどいない。それどころか母さんの事だって頭おかしいとは思っているけど嫌いだった訳じゃない。妹の事だって可愛く思っている。家族の事は普通に愛している。

 

 だが、それよりも優先されるのが自身の安全と安心なのだ。家族が離れ離れになってでも僕は修行などしたくはなかった。自身の命を脅かす可能性を放置する事がどうしても出来なかった。

 

「そうだ、お前に渡した鞄の中にケースが入っている。開けてみなさい」

 

 ん、ケース? ああ、これか。

 

 引っ越し用の荷物の中に両手に収まる程の金属のケースが入っていた。やたら凝った装飾がなされている。何だこれ? 高そうだぞ? 

 

「新学期が始まったら、学校でその中に入っている物を使って同級生達と一緒に遊ぶといい、そうすれば友達はすぐに出来る」

 

 ああ、オモチャが入ってるのか。でも、これを小学校に持ち込むのは不味いだろ。没収待ったなしだ。

 

 そんな事を思いながら、箱を開けて中に入っていた物を取り出す。

 

 それはやはりオモチャだった。手のひらに収まる程小さい人型のオモチャ。白を基調にしたボディに金色の金属で縁取りされた鎧を纏った様な人形。腹の部分に空洞がある……中々格好良いな。

 触って見るとチャチなプラスチックなどで作られていないのが分かる。ずっしりとした感触で随分と高級感のあるオモチャだ。

 

 でも、これって……

 

「“ピース・ムーン”という名前のソウルシューターだ。お前専用に作られた機体だ。大事に使ってあげなさい」

 

 これって……ビー○マンじゃん。

 

 絶対そうでしょ、お腹の空洞にビー玉入れて発射するオモチャだよコレ、どうやって遊ぶのか分からないオモチャの筆頭じゃねーか。

 

「あのー父さん? これってどうやって遊ぶの? それに他の皆はこれを持ってるのかなあ……」

 

 ビー○マンってこの世界でも流行ってるのか? 流行っていても小学校まで持って来るのは少数のクソガキだけだろ。

 

「引っ越し先の御玉町ではソウルシューターが盛んだ。町のソウルがシューターバトルに特化しているからな、遊び方は……丁度いい、近くにバトルドームがあるからシューターバトルを見学しよう。実際に見た方がよく分かる」

 

「んん?」

 

 何だ? 何を言っているんだ父さん? ソウルシューター? シューターバトル? バトルドーム? 意味が分からんぞ? 

 

 僕の疑問を置き去りにして、父さんは車の運転を続けた。右折して十分程走らせると目的地が見えて来た。

 

「えっ……デカくない?」

 

 ドームだ。確かにドームがそこにあった。前世で言う東○ドームと同じ位の規模のドームがそこにあった。これがバトルドーム? 

 

「えっ? 父さん、まさかこれってこのオモチャ専用の施設なの? 違うよね?」

 

「いや、バトルドームはソウルギア専用の施設だ。ここは既に御玉町だから実質ソウルシューター専用だな」

 

 まじかよ、そんなに流行っているのかビー○マン。恐ろしい世界だな……

 

「すみません、大人一枚と子供一枚。チケットはまだ残っていますか?」

 

 父さんがチケット売り場で係員に尋ねる。金取る程の興行になるか? ビー玉でペットボトル撃ち合うのを金払ってまで観戦したいか? 

 

「はい、立ち見席なら残っていますよ。今日は冬の御玉町内杯、ジュニア部門の決勝戦が開催されています。今からならギリギリ間に合いますよ」

 

 えっ、町内規模でドーム? と思っている間に父さんはチケットを購入していた。仕方ないので大人しく付いていく。

 

 観客席は満員だった、町内大会の癖にこの規模のハコを埋めるとは恐ろしい。客層も子供だけではなく幅広い年齢層が見受けられる。

 

 そしてドーム内は熱狂に包まれている。ビー○マンにそこまで夢中になれるなんて、やっぱりこの世界はおかしい。

 

「マモル、これがシューターバトルだ」

 

 父さんに促され、競技場に目をやる。何故か荒野のようにゴツゴツとした岩と地面が広がるフィールドに僕と同じ位の子供が向かい合っていた。

 

『お集まりの皆さん!! まもなく始まります!! 冬の御玉町内杯ジュニア部門決勝戦!! 圧倒的なパワーシューターである空杜ソラ選手!! 正確無比なスナイパーの水星カイ選手!! 因縁のライバルである二人が遂に決勝の舞台で雌雄を決します!!』

 

 実況の煽りに観客が湧く、ドームを震わせる程の声量に思わず耳を手で覆う。うるさいですね……

 

『カイ! 俺とスカイファルコンはこの前とは違う! 今度は勝たせて貰うぜ!』

 

 音響設備によって拡声された声がドームに響く、何だこのノリは? 

 

『フン、無駄だソラ。俺とシーサーペントの前に敵は無い、結果はこの前と同じだ』

 

 それにしても、的が見当たらないぞ? どうやって競技するんだ? 何を撃って競うんだ? 

 

『さあさあお二人共! 同意と見てよろしいですね!? それではシューターバトルゥー』

 

 レフェリーもノリノリだな、うっとおしいテンションだ。

 

『行くぜ! スカイファルコン!』

『喰らえ! シーサーペント!』

 

『ファイトォォー!!』

 

 試合が始まった。互いの機体から打ち出された光る玉が飛んで行く……相手の元へ、オモチャを持つ本人に向かって玉が飛んで行く。えぇ……

 

 こいつ等ビー玉を撃ち合ってやがるぞ!? 人に向かってビー玉を撃つなよ!? 危ないだろ!? 

 

「と、父さん? もしかしてシューターバトルって相手に向かってビー玉を撃つの? 危なくない?」

 

 こんな危険な遊びを僕に進めやがったのか? フィールドで飛び交うビー玉は岩や地面を吹き飛ばしている。オモチャが出していい威力じゃねーぞ? 

 

「マモル、彼らは生身じゃない。ソウル体に身体を変化させているから危険はないよ。それに飛ばしているのはソウルの塊だ……なんでビー玉なんだい?」

 

 ソウル……体? ソウルを飛ばす? 何でビー玉……なのかは僕にも分からん。タカラ○ミーに聞いてくれ。

 

「いや、何となくそう思っただけだよ父さん。シューターバトルって凄いね」

 

 フィールドの二人は腹とか腕の一部が吹っ飛んでいる。互いに撃ち合ったソウルのせいだ。

 これはホビーバトルっていうよりはただの銃撃戦だな。ソウル体ってのは多分仮の身体なんだろうけど恐ろしい光景だ。殺し合いを見せられている気分になる……中世のコロッセオかここは。

 

「ああ、シューターバトルは楽しいぞ。バトルでシューター魂を通じ合えば友達も簡単に出来るだろう。マモルならきっと凄いシューターになれる」

 

 いや、なりたくねえよ。シューター魂って何だよ? あんな銃撃戦なんてゴメンだ。あれで友情が芽生えるのか? そんな奴は頭がおかしい。

 

「実はな、その“ピース・ムーン”は母さんがお前に用意した機体なんだ。本当はソウルの修行を修めたお前に渡す予定だったが今のお前に役目などない。ただの田中マモルとして純粋にシューターバトルを楽しめばいい」

 

 母さんが? しかもソウルの修行ってもしかして……

 

「あの、父さん? ソウルの修行って何の為だったの? 一族の役目って何?」

 

「母さんの一族は代々ソウルギアを使って邪悪な者から人々を護る役目を担っていた。だが、お前はもう役目を気にする必要はない。母さんもお前が憎くて辛い修行をさせていた訳じゃないんだ。それだけは分かってあげてくれ」

 

 おい、僕の一族はビー○マンを使いこなす為に子供に修行させるのか? メディアや情報媒体、同年代との接触を断たせて子供を育てた果てにやらせるのがビー○マンか? ビー○マンを使って何の邪悪と戦うんだよ、悪の組織か? 悪の企業か? 悪のビーダ○ン使いか? 

 

「…………」

 

「マモル、今は気持ちの整理がつかないだろう。ゆっくりでいいんだ。これから小学校に通って、友達とシューターバトルをして、目一杯楽しめ。それだけでいい、お前が楽しく過ごす事が父さんと母さんの望みだ」

 

 狂っている……オモチャを使いこなす為に子供に修行を強要する一族なんて普通じゃない。クレイジーだよ、ラリってんじゃねーぞ……

 

 この世界はソウルという不思議パワーを使った異能力バトル系の世界だと思っていた。

 だけど違った。バトル物ではあるがジャンルが異なる。

 

 この世界は……この世界は、ホビーアニメ系の世界だ! 

 

 販促したいオモチャが世界の価値基準の中心にある、そんな狂った世界、それがこの世界の正体。

 

 ふざけるなよ、僕は絶対に世界に屈したりしない。いくら強要されてもシューターバトルなんかに手を染めない。

 

 僕は安全安心に人生を謳歌する。シューターバトルなんて絶対にやるもんか……絶対にだ!


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