オモチャで世界征服? そんな事は不可能だ!   作:定道

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区切りの良いとこまで進めるので、ちょっと長めです。


自己中心!! 身勝手上等スタンドプレイ!!

 

 

 自身の心境によって、見慣れたはずの景色がまったく違った性質を持って見える。

 決起集会が始まり、タイヨウの演説を聞きながらそんな事を考えた。

 

 観客席には大勢の一族の仲間達、周囲にはタイヨウを始めとした同盟のメンバー達。

 去年までは同盟会議でこの光景を見ると、とても心強い気持ちになれた。

 こんなにも大勢の仲間達と、同じ目的に向かって歩む事が出来る。そんな一体感と安心感を抱く事が出来た。

 

 それが今や、どうだ? この光景に一体感や安心感を見い出せない。周囲の全てが私を逃さない為の牢獄に思えてくる。

 自身を委ねられる心地よい圧迫感ではない。善意も悪意もなく私を縛りつけるしがらみ、この場に居るそれぞれが胸に抱く、役目と言う名の逃れられない現実が私を拘束している。

 

 そこに、安心と安全は感じられない。身を委ねるのが恐ろしい。

 

 我ながら勝手なものだ。

 変わったのは彼等ではなく私の方だ。彼等に罪なんてない、数ヶ月前までは私だって同じだった。

 

 それが絶対に正しい物だと思って生きて来た。

 惑星の一族に生まれ、正しく役目を果たす事が周囲の人の為に、世の為になる唯一の道だと信じ、ランナーとしての力を得る為に研鑽を重ねてきた。

 

 だが、一度胸に浮かんでしまった疑念を消し去る事は出来ない。

 惑星の一族が選んだ道ではない別の道が、もっと別の方法があるのではないかと……そんな都合のいい事を考えてしまう。

 

 ふと、視線を感じた。

 

 皆が、クリスタルハーシェルの家族達が私の様子を心配そうに伺っている。

 普段と違う私を、心配してくれている。望みが分かるヒカリでなくとも察せる程に、私は内面を隠せていないのだ。

 

 その事実が、皆が私の事を慮ってくれているという事実が私に勇気をくれた。

 

 全ては今更だ。私は役目を果たす、そう決めたのだ。

 

『皆も知っての通り、来年の夏に開催されるスペシャルカップは惑星の一族にとって重要な意味を持つ。先人達が積み重ねて来た数百年にも及ぶ尽力が実を結び、我々が守護して来たこの星の安寧と秩序が、未来永劫に続くか否かの答えが出る』

 

 拡声器越しのタイヨウの声が響く。

 この場に居る者達は、誰もが真剣にその言葉に耳を傾けている。

 

 間違ってなどいない。惑星の一族は確かにこの星のあらゆる脅威を跳ね除け、平和を守っている。

 一族の大人達は、今この時もソウルギアを振るい、様々な敵と戦っているのだろう。

 

『500年前の惑星直列の折に、我々一族は惑星に願い、そのコアの一部を譲り受けた。そこからソウルギアという力は生み出され、その力によって当時の乱れた世は秩序を取り戻した。そして、来年の夏に来たる、太陽を中心に惑星が十字へと並ぶグランドクロス。そこで我々は、500年前以上の新たな力を得る。この星の平和を確固たるものにする“シン・第三惑星計画“はその力なくしては実現不可能だ』

 

 計画の全貌は、私にも明かされていない。一族の子供達で全てを知らされているのは……恐らくタイヨウとアオイだけだ。しかもそれは最近になっての事だろう。

 今日のあの二人は、様子がおかしい。隠してはいるが明らかに本調子ではない。

 多分、今から自分達で行う行為に嫌悪感を抱いている。自分にも他人にも厳しい二人だが、本質的には優しい性根だ。長い付き合いの私はそれを知っている。

 

『グランドクロスの日には、宇宙の彼方に座する惑星の星々に我等の望みを、届ける事が可能だ。我等が操るプラネットシリーズのソウルギア、そこに宿る末端の意思ではない。大いなる根源の意思、各惑星のソウルワールドに存在する惑星本体が我々の願いを聞き入れてくれる』

 

 右手をゆっくりと腰へ回し、ホルダーに収まるウラヌスにそっと触れる。

 すると、指先からソウルを通じて僅かな温もりが伝わり、小さな声が私に届く。

 

『望みを偽るな、素直になりなさい』

 

 やはり、ウラヌスは優しい言葉を私に届けてくれる。いつも味方をしてくれる。そこに害意などは存在しない。

 ならば、炉に宿るコアソウル達はなぜあの様な要求をする? 末端の意思と本体はもはや独立した存在なのか?

 それとも、襲撃された日にPTA達が言っていた様に、炉に収まるコアソウル達が正常ではないというのが本当なのだろうか。

 

『無論、誰しもの願いが聞き入れられる訳ではない。惑星の意思たちは自分達の声が聞こえし者、可能性を秘めた子供達の願いのみを受け入れる』

 

 そう、大人にはソウルギアの声が聞こえない。かつて聞こえていた一族の大人達でも、それは一緒だ。

 そうでなければ、こんなにも重要な役目を子どもに託したりはしないだろう。他に手段がないからそうしている……私はそう思いたい。

 

『だが、有象無象の願いを無秩序に届けるのでは、せっかくのグランドクロスも無意味だ。故に、プラネット社はスペシャルカップという舞台を整えた。コアソウル達と契約した勝敗を偽る事の出来ない真剣勝負。彼等が望む、最も強き可能性を五つのソウルギアそれぞれで決める決戦の舞台。宇宙に届ける願いを五つに絞り込み、その力を最も効果的に発揮させる』

 

 炉に眠るコアソウル達は強い可能性を望む、その望みを満たす為にソウルバトルは始まった。子供達がバトルを使って競い合い、ソウルを高めて行くことを彼等は要求している。

 それに応えずにいると、炉の効率が落ち、稼働率が下がってしまう。大人達が戦いに使用するソウルギアを安定して供給することが不可能になってしまう。

 だから、プラネット社は世界中の子供達がソウルバトルを出来る環境を整えた。ソウルバトルとは、500年前にこの星に降り注いだ惑星の欠片達に捧げる戦いの儀式なのだ。

 

 ここまでは、惑星の一族なら皆知っている共通認識。問題はその先の話だ。

 

『最も効果的な力の発露、ソウルを活用する形とは即ち、ソウルギアにおける五大要素の事だ。放出、回転、接続、操作、そして創造。それぞれのソウルギアが司る力の使い方こそが、偉大なる初代ソウルマスターが提唱した。この星を守る為のソウルの正しい使い方である』

 

 正しい使い方か……その正しさの中に、全ての人々が収まるのだろうか? どれだけの人がその正しさから溢れ落ちるのだろう?

 

『スペシャルカップの優勝チーム達は特別なソウルギアを手にする事になる。グランドクロスにおける願望実現能力を宿す為に造られる究極の機体、惑星改変級ソウルギア“ウイッシュスターシリーズ“だ。その力を手にする権利が……つまり、スペシャルカップの優勝チームには願いを叶える資格が与えられる』

 

 ウイッシュスターシリーズか、特別なソウルギアが賞品となるとは聞いていたが、名前を聞くのは初めてだ。

 しかも惑星改変級だと? 月のソウルを始めとする強いソウルが、願望によって個人に大きな力を与えるのは知っているが……星そのものに影響を与えるなど本当に可能なのか?

 

『だからこそ、スペシャルカップで優勝するのは五つの種目全てがプラネットソウルズの必要がある。五つの願いはすべて、我々の“シン・第三惑星計画“の為に使われるのが世界にとって最善だ。蒙昧無知な輩が、私利私欲を優先させるような俗物達が、強大な力を持ったウイッシュスターシリーズを手にする事などあってはならない』

 

 ああ、そろそろかもしれない。ソウルを集中させて準備をしておこう。

 

『しかし現在、ランク戦においてソウルシューターとソウルスピナー二つもの頂点が我々の手から奪われている。一族の生まれでありながら、我々に敵対する愚か者達が在席するチーム、ミタマシューターズとカイテンスピナーズ。それにヨリイトストリンガーズも同様だ。奴等も一族の命令を拒否している』

 

 カイにミナト、そしてアイジとユキテル。

 久しく会ってない彼等は、新しい道を選んだ。役目とは違う別の道だ。

 その善悪はどうであれ、役目から抜け出すという選択をした彼等を尊敬する。とても勇気が必要な行動だ。私には……とても出来ない。

 

 道から外れるのが恐ろしくないのか? 大多数にとって正しいであろうプラネット社と一族が示す道を外れ、正しさや答えの分からない道を進む。

世間の批判を受け、灯火のない暗闇の道を行くのが恐ろしくないのか?

 それとも、暗闇を進む術を得たのか? あの悪名高き冥王ミカゲに冥界を渡る力を……代償を払い、すべてを覆す悪魔の道に誘われたのかもしれない。

 

 もしくは……田中マモルか? マモコの親類、恐らく月読家であろう謎多き男。奴が暗闇を進む灯火となったとでも言うのだろうか。

 

 思い出すのは、四月に奴とランナーバトルをした時の記憶。

 

 田中マモルは確かに強かった。奴の操る“プラチナ・フル・ムーン“の練度は明らかに私を上回っており、奴が棄権しなかったら私は間違いなく敗北していただろう。

 ただ、田中マモルは……敵意もなければ、勝負の熱も感じなかった。

 あの態度は……上から目線? いや、明らかに庇護対象を見るような視線だった。戦いの後のアドバイスも的確ではあったが、目下の者に向けるそれだった。

 あの態度で仲間にも接しているのか? それは共に歩む仲間としては……確かに頼もしくはあるが、肩を並べるとは言えない気がする。

 

 一族を裏切ってまで、彼に着いていこうとは思えない。

 

『由々しき事態ではあるが、それを責めるつもりは無い。来年の夏までに力を蓄え、スペシャルカップで勝利すれば何ら問題はないからだ。そう、問題は他にある。看過する事の出来ない問題が………我等プラネットソウルズの同盟に裏切り者が潜んでいる! あの大罪人、田中マモルと密かに繋がる背信者がこの場にいるのだ! アオイ、始めろ』

「はい、タイヨウ様」

 

 アオイが席を立ち、右手を空に掲げた。

 すると、アオイを起点に観客席の所々に置かれた装置が共鳴を始め、思わず耳を塞ぎたくなる様な甲高い音を鳴らす。

 そして、ソウルワールドがスタジアムを中心に広がって行く。装置の力を借りて力を増幅し、アオイが舞車町をソウルワールドで包んだのだ。

 

 マモコは……逃げ切れただろうか? 

 舞車町の境界にも装置と監視員が配置されている。加えて、ソウルワールドからの脱出は発生源を無力化しなければ不可能。

 だから、智天さんを信じるしかない。かつて、国外のスタジアムを丸ごと国内まで運んだ逸話を持つ伝説の運び屋。あの人の力ならソウルワールドからも抜け出せるはずだ。

 

 ガヤガヤとした喧騒が耳に届く。

 タイヨウの裏切り者発言、突然のソウルワールドの展開、衝撃的な出来事の連続にスタジアムが騒がしくなったのだ。

 

 さあ、時間だ。

 

 ソウルを集中させ、私はゆっくりと立ち上がる。

 その様子を、スタジアムで座る同盟の仲間達が怪訝そうな表情で見ていた。

 そんな私の様子に観客席の者達も気付き、スタジアムの喧騒が徐々に静まっていく。

 それを確認した後、私はゆっくりとタイヨウに向かって歩み出す。

 

 そして、数歩進んだ所で振り返った。

 弟の、チームの、家族達の姿をこの目に焼き付ける。

 皆は不安そうな表情で私を見ている。ヒカリなんて今にも泣き出しそうだ。

 その様子に胸が締め付けられる……本当にすまない、そんな顔をさせてしまう私はリーダー失格だ。

 

「清澄たる氷結よ来たれ! ウラヌス!」

 

 ホルダーのウラヌスへ瞬時にソウルチャージ、そのままチャージインさせて目標を氷の牢獄に捕らえる。

 

 目標は、クリスタルハーシェルのみんなだ。

 

 氷で両手両足の自由を奪い、更に口元を氷で覆って言葉を発せない様に拘束する。

 私がそんな事をするとは夢にも思わなかったであろう皆は、驚愕と困惑の表情で私を見ている。必死に私に声を届けようとしているが、それは叶わない。

 

 これでいい、こうしておくのが最善のはずだ。

 

『どういうつもりだトウカ』

 

 タイヨウが私に向かって問い掛ける。肉声と拡声器越しの声が二重になって私まで届く。

 

「フッ、最近のクリスタルハーシェルは自分を偽らないからな。好き勝手喋って動かれては話がややこしくなる」

 

 返答しつつも、タイヨウに向かってさらに歩み寄る。

 そして、タイヨウと向かい合う様に相対する。タイヨウの少し後ろには、アオイが優れない表情で控えている。

 

「一体なにをするつもりだトウカ? お前はまさか……」

「裏切り者に心当たりがあってな。少し時間をくれ、話がしたい」

 

 私の発言に、周囲の緊張感の高まる。スタジアムの大型モニターには私とタイヨウが向かい合う姿が映し出されている。

 この場だけではなく、中継を見ている者も私の次の発言を待っているだろう。

 

「裏切り者に心当たり? トウカ、残念だがお前に言われるまでもなく――」

「私が裏切り者だ。私が4月に入学して来た田中マモルに自分から情報を提供し、星乃町の事件の片棒を担いだ」

「なっ!? トウカ――」

 

 私の発言に周囲が再び騒がしさを取り戻す。

 観客席から聞こえてくるのは“何故“だとか“そんな筈はない“などの疑問に満ちた喧騒。

 自分が一族の仲間達に信頼されていた事に、少しだけ嬉しくなる。

 

「田中マモルの計画が成功すれば七番炉の、天王星のコアソウルが私の物になるはずだったのだがな……実に残念だ。私は賭けに敗北した。潔く降参するよ」

 

 我ながら勘違いした小悪党みたいなセリフだ。

 でも、コアソウルを一度手にしてみたいのは嘘じゃない、彼等が何を思っているのかは是非とも知りたい。

 

「黙れトウカ! 戯言はよせ! 裏切り者は青神ミオだ! 現在逃走中だがマモコキラーに追跡させている! 位置は発信機で特定可能だ! 直に捕まる!」

「なぁ!? み、ミオが裏切り者ぉ!?」

 

 ミズキが頓狂な叫び声を上げる。

 青神ミオ? あの子が裏切り者? 本当に裏切り者が居たとは……偶然とは恐ろしい。

 だが、やる事は変わらない。お前もそうだろうタイヨウ?

 

「そして田中マモコ! あの女も黒だ! 奴はクリスタルハーシェルに巧みに潜り込み、お前達の心を乱した! お前の発言は奴に操られた物だ! そうだろうトウカ!? そうだと言え!」

 

 取り乱すタイヨウを見たのはいつ以来だろうか?

 タイヨウのお母様、イノリ様が出て行った時以来かもしれない。

 

「違うさタイヨウ、私は自分の意思で発言をしている。チームではなく私個人の意思で一族に背き、そして失敗した。それだけの話だ」

「トウカ、お前は何故そんな事を……」

 

 何故か? そんな物は決まっている。

 どうせ私の扱いは決まっている。それならば他の皆には……出来るだけ悲しい思いをしてもらいたくない、そうされて当然だという納得出来る理由が必要だ。

 私は、私の出来る範囲で最善を尽くす。それが私の望みだ。

 そうだ……私は自分を偽ってなどいない。望んでこの場に立っている。

 

「クッ、田中マモコだな!? お前はあの女に誑かされている! 今からでも遅くはない! あの女がどこにいるのか白状しろ! 舞車町から出ていない事は分かっている! そうすれば――」

「そうすれば私の扱いが変わるか? いや、私に下された決定が覆される事はない」

「なぜそれを……そうか、やはり田中マモコがお前に……」

 

 疑念は、トウヤが機体を進化させた時に芽生えた。

 そして、PTAが襲撃して来た際に、戦闘中のヴィーナスリバースと私が二人きりになった時に疑念は具体的な形を持った。

 彼女は私にファクトリーの炉に関わる様々な事実を語り、最後にこう告げた。

 

「プラネット社はアナタをプラネテスに変え、七番炉に捧げる生贄に選んだ。天王トウカ、自分の身を守る為に私達と共に来なさい」

 

 少しだけ悩み、私はその提案を拒んだ。

 PTAを信用出来なかったのもあるし、私が拒んだ所で次の誰かが変わりになるだけだからだ。

 その次とは、私の身近な誰かかもしれない。私と顔見知りの一族の誰かかもしれない、そう思ったのだ。

 

 その直後、EE団までもが私の身柄を欲していると聞き、話の信憑性は高まった。

 PTAも組織も、私の身を案じているかは別として、七番炉にプラネテスを焚べられるのを嫌がっている。それだけは事実なのだろう。

 PTAと組織が、無理を押してまで私の身柄を手に入れようとした。

 つまり、プラネット社が私をプラネテスに変化させ、七番炉に捧げようとしているのは事実。そういう結論が出てしまった。

 

「マモコの行方は明かさない。だが、私は一族の下した結論に、プラネット・ナインの決定に逆らうつもりは無い」

 

 プラネット社と惑星の一族の最高意思決定機関プラネット・ナイン。

 各一族の当主達が、今後の一族にとって重要な議題の是非が問う集まりだ。その歴史の中で下された決定は、どれ一つとして覆った事が無い。

 そこで私の処遇が決まった。ヴィーナスリバースは私にそう教えてくれた。

 

「なぜだトウカ!? あの女は確実に企みを持っている! なぜお前が田中マモコを庇う必要がある!? それはお前が正気ではない証拠で――」

「仲間だからだ。田中マモコは私のチームメイトで、私達を素直にさせてくれた恩人だ。売り渡す様な真似は出来ない」

 

 ああ、そうだな。マモコが隠し事をしているのは事実だろう。

 マモコは繕っているが、かなり分かりやすい奴だ。

 そして、何か目的があって舞車町に来たのは間違いない。

 

 だが、マモコは嘘をついていない。マモコは心の底から安心と安全が続く平和な世界を望んでいる。マモコが言った誰かの為に、そんな世界を望んでいる。

 ヒカリは力によってそれを信じ、私も短くはあるが共に過ごし、その望みが真実だと確信した。

 それに、私達の為に尽力してくれたのも紛れもない真実だ。マモコのおかげてクリスタルハーシェルは再び一つになれた。本当に感謝している。

 

 だから、マモコは私達の仲間だ。

 

 私はマモコとは一緒には行かない、マモコはこの先トウヤ達とは道を違えるかもしれない。

 それでも、これが私の望みだ。

 

 トウヤ、ヒカリ、ヒムロ、レイキ、ツララ、ヒサメ、ミゾレ、アラレ、そしてマモコ。

 

 全員が無事である事が私の願い、その望みを叶えて見せる。

 

「仲間だと? それならば俺は……惑星の一族の同胞達は仲間ではないと言うつもりか」

「そんなつもりはないよタイヨウ、私はお前達も仲間だと思っている。だからこそ逃げたりはしない。それは証明にはならないか?」

 

 タイヨウを恨むつもりは無い。私以上に立場があり、背負っている物も多い。プラネット・ナインの決定に逆らう事など出来るはずがない。

 

「クッ、トウカ! お前は田中マモコの正体を知っているのか!? 知った上で仲間だと言うのか!? 違うだろう!?」

 

 マモコの正体? そうだな……残念だが真の名は聞けずにお別れになってしまった。

 私の沈黙を肯定と受け取ったのか、タイヨウは言葉を続ける。

 

「田中マモコの正体! それは月読家当主の月読ミモリだ! そして月読ミモリは二週間前から行方を眩ませている! プラネット・ナインにも欠席している!」

「マモコが……月読家の当主だと?」

 

 タイヨウ、お前は何を言っているんだ?

 

「月読ミモリは一族の当主でありながら! PTAに与している裏切り者という事実も発覚した! 行方不明になった一族の有力者達も全てあの女と繋がりのある人物! 月読ミモリに賛同してPTA活動に合流したのだろう!」

 

 月読家の当主がPTA? 行方不明者もPTAに参加?

 そうか、ならばヴィーナスリバースの正体は……あの時、本当に私の身を案じてくれていたのか。私を自分の娘と同じ目に合わせたくなくて……それならば悪い事をした。

 

 だが、タイヨウは大きな勘違いをしている。

 

「タイヨウ、百歩譲ってマモコが変装した月読ミモリと仮定しても……その間に月読家は誰が取り仕切っていた? 舞車町と星野町が近いとは言え、小学校に通いながらの二重生活は不可能だ。マモコが越してきてから一度も舞車町を出ていないのを私は知っている」

 

 ちょっと笑ってしまう。マモコが月読家の当主だなんて、本当に笑ってしまう推測だ。そんな事はあり得ない。

 

「ソウルメイクアップだ! 月読家はソウル体の姿や性別すらも変化させる力を持っている! その力によって自身は小学生へと姿を偽り! 実の息子である田中マモルを自分の影武者に仕立て上げた! そして田中マモルは二週間前にグランドカイザーとのソウルバトルに敗れ捕われている! それは田中ミモリが行方を眩ました時期と一致する! つまり! 今年の4月から月読家の当主として行動していた月読ミモリの正体は田中マモルだ!」

 

 一応筋は通っている……のか?

 

「ソウルメイクアップにそんな力が……それに田中マモルが息子? しかも捕われた?」

 

 色々と初耳だな。田中マモルがグランドカイザーと戦って捕われたなど……噂にすら聞いていない、情報が伏せられているのか? 本当だとしたら大事件だ。

 そして、ソウルメイクアップ。確かにレイキ達がそんな使い方があると話していたが、真実なのか?

 

「その通りだ! さらに月読ミモリは! 田中マモルにソウルラボとファクトリーの襲撃をも命じた非道な女だ! 未遂に終わったが父上の暗殺まで画策した! 自らの手を汚さずにプラネット社を潰そうとして失敗したのだ! 実の息子を使い潰してでもPTAとして目的を達成しようとしている!」

 

 噂の田中マモルの行動まで指示された行動? いったい何を根拠にそんな事を……

 

「トウカ! 田中マモコ……いや、月読ミモリにお前が庇う様な価値は無い! アレはお前の仲間ではなく卑劣な大人だ! あの女の妹と考えれば当然だがな! 子供達の事など全く省みない!」

 

 月読ミモリの人物像の真偽はわからないが、私には確かな真実を知っている。

 

「タイヨウ、お前でも大きく間違える事があるんだな」

 

「トウカ、これだけ言っても分からないのか? 田中マモコを庇い立てしたとなればお前の立場はさらに悪く――」

「タイヨウ、私は確かにマモコの正体を知らない。本当の名前すら知らない」

 

 そう、マモコは……

 

「ならば――」

「だが、マモコは間違いなく小学生だよタイヨウ。絶対に大人ではない。あの子は格好を付けてはいるが……かなり抜けていてな、顔に出るから感情が察しやすい。マモコが大人であるはずがないよ」

 

 マモコは感情が直ぐに顔に表れ、食べ物の好き嫌いも激しい。

 そして、褒められるとすぐに調子に乗り、甘い物を食べると露骨に機嫌が良くなる。

 

 トウヤは……ヒカリもそうだが、先入観や望みを知る力に頼り過ぎて、人を観察する能力に乏しい所がある。だから気付けていないのだろう。

 だが、私や他のチームメイトにはまる分かりだ。マモコは自身の感情を偽れる程器用な奴ではない。

 

「そんな物が証明には――」

「それに、マモコはソウルギアと会話をしていた。それは大人には不可能、そうだろう?」

 

 ユピテルとも違う見えない誰かと、時折ブツブツと会話をしているのを度々目にした事がある。

 そんな時、マモコのホルスターは淡い光を放っていた。アレは間違いなく己の機体と対話している証拠だ。

 

「トウカ……本当に、本当に考えを改めるつもりはないのだな?」

「ああ、その通りだ。そろそろトウヤ達を拘束するのも限界が近い、始めてくれないか?」

 

 タイヨウは無言でアオイの方を向く。アオイは軽く頷き両手を掲げる様に広げた。

 すると、アオイのソウルの波動が急激に高まる。そしてアオイの胸から光る球体がゆっくりと浮かび上がる。

 あれがコアソウル、ファクトリーの炉心に眠る星の欠片の成れの果ての姿か……

 

『聞け! 同胞達よ! クリスタルハーシェルの長である天王トウカは! 同盟の一角を担う立場にありながら一族に対して重大な背信行為を犯した! この場で告白する前にその事実は把握されており! プラネット・ナインによって二週間前に処遇が決定している! 天王トウカは再び魂魄の儀に挑まねばならない! これがその証だ!』

 

 タイヨウが契約のソウルストーンを掲げる。あれはプラネット・ナインの決定を証明する物、一族ならその意味を知っている。

 

 再び騒がしくなる観客席、スタジアムは困惑に包まれている。

 さっきまでの私とタイヨウのやり取りですら、皆は飲み込めていないだろう。畳み掛けるように、衝撃的な宣言をすれば当然の反応だ。

 この事態を完全に把握できている者は、恐らくスタジアムに存在しない。私も理解出来ていない部分が多々ある。タイヨウだってそうだろう。

  

 だが、やる事は変わらない。

 

 一族を裏切ったという建前で、私は七番炉に焚べられる。

 いや、マモコの存在を認めていた月読家当主が居なくなったのであれば、マモコをチームメイトに迎えた私は実際に裏切り者でもおかしくはない。田中マモルだって同じ学校に居た。疑念を抱くには十分過ぎる。

 

 だが、クリスタルハーシェルの皆は……その決定に納得しないはずだ。

 私が生贄になると命じられれば、反抗し、後にプラネット社を離反する可能性もある。

 だから、私が生贄にされてもおかしく無い理由を作った。この場では取り乱すかもしれないが、タイヨウがトウヤ達を説得してくれるだろう。

 そうすれば、トウヤ達はプラネット社と敵対しない。私が居なくなった後も無事に過ごせる。 

 

 残念だがマモコは、このままチームに居るのは危険すぎる。

 だから、智天さんのツテを頼ってプラネット社でも容易く手出しの出来ない場所に運んで貰う事にした。

 冥王家が……ハーデス社がマモコを匿ってくれる。ヴィーナスリバースに聞いた話から推測すれば、少なくとも来年の夏まで凌げれば格段に危険度は下がるはずだ。

 

 それに、私だってただ死ぬつもりは無い。

 七番炉に、天王星のコアソウルに焚べられても、直ぐに意識が消えてしまう訳ではないそうだ。

 そして驚く事に、組織の長グランドカイザーは二番炉に焚べられた金星アイカを復活させたらしい。PTAはその技術をどうにか手に入れようとしているとも言っていた。

 つまり、炉に焚べられても意識を強く保ち、辛抱強く待っていれば……いつか誰かが私を助けてくれる可能性はある。希望は僅かだが残っている。

 

「た、タイヨウ様? 流石にそれはやり過ぎだと高貴な僕は思うのですが……」

「二度目の魂魄の儀……コアソウルが根こそぎソウルを持っていくって聞いた……トウカが危険……反対」

「タイヨウ様! プラネット・ナインの決定とは真実なのですか!? トウカはランナー達の頂点! 我等が同盟にとっても要です! 失うような事は一族にとっても大きな損失! ここは父上達に抗議を……」

 

 ミズキ、リエル、ホシワ……やはり三人には知らされていなかったか、決定に反対してくれている事実に少し救われる。

 

「黙りなさいアンタ達!! タイヨウ様は出発直前までアサヒ様に中止を訴えていた! それでも決定は覆らなかった! それを――」

『止めろアオイ! プラネット・ナインの決定は絶対に覆らない! それが一族における絶対の掟だ! ここにいる者達はそれを良く知っている! そうだろう!?』

 

 その通りだ。私達はそう教えられて育ってきた。

 そう、この場に悪者なんて存在しない、命じているのは一族の大人達だ。私達は教えを受けて育ち、一族にとっての正しさと悪を叩き込まれている。

 洗脳と教育は紙一重かもしれない、それなら……本当の正しさとは何を標に決めればいいのだろう。

 

『天王トウカが一族に相応しいソウルの持ち主であれば! 二度目の魂魄の儀は何事もなく終わる! 本当に一族に忠誠を誓っていれば天王星の意思から加護を授かり罪は赦される!』

 

 天王星の加護か、私のウラヌスもあのコアソウルから生まれたはずだが、温もりや優しいソウルをあそこからは感じ取れない。

 美しく輝いてはいるが、放たれるソウルの波動は冷たくて恐ろしい。

 

『だが! 一族に対する叛意を秘めていた場合は違う! 天王トウカはコアソウルの中へと幽閉される! その愚かな考えを悔い改めるまで脱出することは不可能だ!』

 

 ヴィーナスリバースは言っていた。今のコアソウルは正常ではなく、暴走していると。

 強くて大量のソウルを持ち、五大要素全てに高い適性のある少女を求める様になってしまっているそうだ。

 そして、その要求に従わないと炉の稼働率は下がり、ソウルギアのコア、つまりソウルストーンが生み出せなくなる。

 暴走は百年ほど前から、適性にもよるが一人を差し出せば二十年程は問題なく稼働するとも言っていた。

 

 まさに生贄だ。現代社会に置いてそんな非道な行いをプラネット社が、自分の一族が行っているとは受けいれたくなかった。

 だが、非道な行いとは分かっていても、止める訳にもいかないのだろう。ソウルストーンが生み出せなくなれば、ソウルギアを作り出せなくなり、平和を守る為の戦いが維持出来なくなる。

 

 非道ではあるが、必要な犠牲。私もそれを理解しているからこそ沙汰を受け入れる。

 

 事情を知る一族の大人達は、適性の高い少女達、炉に捧げられる者達をソウルマスターと呼ぶらしい。

 かつて自身を月と同化させて、世界に平和をもたらした初代ソウルマスターである月読イザヨになぞられた呼び名。犠牲になる少女達へのせめてもの敬意らしいが……悪趣味にも程がある。

 

 そして私はソウルマスターに選ばれた。現在七番炉の稼働率は求められる最低の水準を下回り、後一年も保たないと試算が出ている。

 そして、プラネット・ナインはスペシャルカップでの私の活躍と、七番炉の稼働継続を天秤にかけて後者を選んだのだ。

 多分、トウヤの急成長も理由だろう。後一年近くあれば、サテライトシリーズをプラネットシリーズへと進化させたトウヤは私以上の働きをする。そう考えたはずだ。

 

『天王トウカ! 天王星のコアソウルの前に立て! お前のソウルに惑星の審判が下される!』

 

 タイヨウの言葉に従い、アオイの前に歩み寄る。

 アオイは私を泣きそうな表情で睨み付けていた。 

 

「アオイ、すまない」

「なんで……なんで、アンタが謝んのよ。私はアンタのそういう所が大嫌い……」

 

 知ってるさ、それでもいい。

 

「フッ、私はアオイの事が嫌いじゃないよ」

「そういう所が……嫌いなのよ……」

 

 そう言うと、アオイは私から目を逸してしまった。

 魂魄の儀は蒼星家の者でしか執り行えない、辛い役回りだ。

 

「トウカ、なにか言い残す事はあるか」

 

 タイヨウが拡声器を使わずに、他には聞き取れない小さな声で私に問いかけてくる。

 

「そうだな、ウラヌスを預ける。誰かに託してやってくれ、私と一緒では不憫だ」

 

 タイヨウにウラヌスを手渡す、伝わって来る声には聞こえない振りをした。

 

「分かった。相応しい者に託す」

 

「それと、生徒会室の金庫に手紙を残してある。番号は例の奴だ。それなりの量があるが……ちゃんと全員に渡して欲しい」

 

「すべて責任を持って届けよう」

 

 後は、一番大事な事を……

 

「タイヨウ、トウヤ達はきっと暴れると思う、どうか皆を――」

「俺が押さえ付ける。そして説き伏せよう。トウヤにはクリスタルハーシェルを引き継いでもらう」

「そうか、ありがとう」

 

 これで心配事は……マモコだけだな。

 でも、マモコにはユピテルも付いている。伝説の運び屋も一緒だ。本人も逞しい奴だから大丈夫、きっと元気にやって行ける、

 

 ああ、そうだな……一応確認しておこう。

 

「タイヨウ、プラネット・ナインの投票の内訳を教えてくれないか?」

「それは……反対が3票、賛成が5票。そして月読家不在の無効票が1票だ」

 

 思ったよりも反対票が多い。

 いや、大人達だって好き好んでやっている訳ではない、それなら当然なのかもしれない。

 

「父様は……天王家はどっちだった?」

「…………」

 

 タイヨウ、今日は随分と表情が分かりやすいな、

 

「すまない、嫌な質問をしたな……これで全部だ。始めよう」

 

「トウカ……待っていろ。必ず、いつか必ず俺が全てを解決して、お前を解放してみせる。それまで飲まれるな、頼む……」

 

「分かっているよタイヨウ、大丈夫だ」

 

 分かっているさ、お前ならそう言うと思っていた。

 ただ、それでも……それでも許嫁として、ほんの少しだけ期待していた言葉があった。

 マモコの様に、役目から逃げてもいいと、自分が助けてやると言って欲しかった。

 いつかではなく、今この場で逃げてもいいと言って欲しかった。自分と一緒に逃げようと言って欲しかった。

 

『始めろアオイ! これより魂魄の儀を執り行う!』

「……はい、タイヨウ様」

 

 振り返りはしない、クリスタルハーシェルの方は絶対に見てはいけない。

 もう一度皆の姿を見れば、私の決意はきっと揺らいでしまう、だから絶対に振り向かない、

 

「ぐッ!?」

 

 コアソウルから伸びる光の帯に締め付けられる。

 肉体だけでなく、ソウルまで力任せに締め付けられる感覚。まったく私の事なんて考えていない無遠慮な拘束。

 

「……!?」

 

 痛みに声を上げたつもりが、それすら叶わない。それどころか指先1つ動かせない事に気付く。

 そして、目の前が真っ暗になる。視界さえも奪われ、どうにか抑え込んでいた恐怖心が私の胸に広がって行く。

 

 怖い、怖い、怖い。

 痛い、痛い、痛い。

 

 ヒカリやマモコとは違う、自身を委ねられる温かみを感じない無機質で容赦の無い拘束。

 自分の身体とソウルが軋み、身体の隅々が熱い、手足を溶かされている様だ。

 それが錯覚か、それとも事実なのか、視界を奪われた私には確かめる術がない。

 

 スタジアムに、複数の悲鳴が響いた気がした。

 だが、私に許されるのは音を聞く事と思考する事だけ。それが誰の物であるのか確かめる事は出来ない。

 

 ああ怖い、嫌だ、引きずり込まれて行く。私が連れて行かれてしまう。

 苦しい、熱い、痛い。

 暗い、寒い、冷たい。

 痛い、痛い、痛い。

 嫌だ……そんな所には行きたくない。

 

 助けて――思わず声を出そうとするが、声は出ない。

 そして、さっきまで聞こえていた音すら無くなっている事に気付いた。

 

 ああ、ウラヌス……やっぱり私は自分を偽っていた。格好を付けて自身を取り繕っていた。

 

 嫌だ……私はこんな所に閉じ込められたくない。

 

 耐えるなんて無理だ。こんな所では正気を保てない。

 

 ああ、情けない。覚悟だなんて偉そうに格好つけた自分が恥ずかしい。

 だって、助けて欲しい……誰でもいいから私を助けて欲しい。そう思ってしまう。

 

「姉さぁぁん!!」

 

 叫び声が……トウヤの声が聞こえた気がした。

 

 だが、痛みも冷たさも暗闇もそのままだ。暗闇が晴れる気配などない。

 

 

 

 

 

『タイヨウ!! 姉さんを離せぇぇ!!』

『無駄だトウヤ!! トウカは一族を裏切った!! これは正当な報いだ!!』

 

 モニターの先では、氷の拘束から自力で抜け出したトウヤ君がトウカさんを助けようとウーラノスを放ち、天照タイヨウがドラゴンを召喚してそれを防いでいる。

 

『なにが報いだ!! 見ろ!! 姉さんは苦しんでいる!! 今助けなくてどうする!? アナタにとっても許嫁で仲間だろう!?』

『この場でトウカを助けても!! プラネット社は儀式をやり直すだけだ!! 役目からは逃れられん!!』

『なら俺がプラネット社を倒す!! 姉さんを守って見せる!!』

『吠えたなトウヤ!! ならばこの俺を打ち破ってみせろ!! それが出来ぬ様ではプラネット社は相手に出来ん!! 力を証明してみせろ!!』

 

 今までに見た事がない位に激しく氷を生み出し、苛烈な攻撃を続けるトウヤ君。

 そして、身体から放たれる光の熱で氷を溶かし、ウーラノスを切り裂かんと爪を振るうドラゴン。

 

「トウカ……すまねえ」

「うぅ、酷いです。私も捕まったら……ひえぇ」

「あそこまでとは、暴走はさらに進行しているでゲス」

 

 一緒に拘束された三人の声に、モニターの向こうの戦闘に向けられた意識が戻ってくる。

 

 違う! 呑気にモニターを眺めている場合ではない! 僕がトウカさんに助けを求めている場合でもない!

 トウカさんを助けなくては! 僕以上にトウカさんの方がピンチだ!

 

「マモリお願い! 私を解放して! トウカさんを助けに行かなくちゃ手遅れになる!」

「なにを言ってるんですかお兄様? タイヨウ兄さんの話を聞いていなかったんですか? 助けたって無駄ですし、私はそれを許しませんよ?」

 

 ま、マモリ!? 

 

「何を言ってるの!? あんなに苦しんでいるのよ!? 絶対におかしいでしょう!! トウカさんが本当に死んでしまう!!」

 

 僕の代わりに戦ってくれるのは大賛成だが死んでしまっては元も子も無い! 僕はそんな事を望んでいない!

 

「そうかも知れませんね。私の持つ三つのコアソウルからも個人の意思は感じられませんから、幽閉と言うよりは本当に燃料になるのかもしれません。多分、個人の意識は燃え尽きる。でもこの声は……」

 

 ね、燃料……冗談だよな? ユピテル君も言っていたけどまさか本当に――

「でも、仕方ありませんよ。プラネット社はそうやって今の秩序を保ってきました。ここで騒いだって直ぐには変わりません、タイヨウ兄さんが変えてくれるのを待ちましょう? あれは必要な犠牲ですよお兄様」

 

 マモリ、お前は本当にそんな風に思っているのか?

 

「マモリ、今の言葉は本心なの? あそこで苦しんでいるトウカさんを見て、本当に仕方無いと思っているの? そんな――」

「ええ、それに天王トウカは自分から魂魄の儀を受けいれましたよね? 助けるなんて余計なお世話じゃないですか」

「…………」

 

 驚きとか、怒りの感情もある。

 でも、それ以上に悲しい。マモリが、僕の妹がそんな風に考えている事がひたすらに悲しかった。

 確かに間違った事は言っていない。ただ、悲しい。それだけだ。

 

「お兄様に知って欲しかったのは、プラネット社と一族の恐ろしさですよ。上が決めたら個人の意思なんて簡単に潰される。既に目をつけられているお兄様の安全はカードの中にしか――」

「もういいわマモリ、説得している時間が無い。私はアナタを倒してトウカさんを助けに行く」

 

 懐にソウルを集中させる。肌身離さずに持ち歩いていた奥の手を使う時が来た。

 

「やっぱりお兄様はあの女達に洗脳されてますね。仮にあの場に辿り着いても、天王トウカを助ける事なんて不可能ですよ? タイヨウ兄さんを始めとした一族のソウルギア使い達が2千人はいるんです、クリスタルハーシェル達と協力してもせいぜい――」

 

「どうでもいいのよそんな事は。友達が苦しんでいる時に助けてもあげられない人間は、いざと言う時に誰も助けてはくれない。だから私は体育館に向かう、トウカさんを助けに行くわ」

 

 誰も助けてくれない孤独で寂しい人間。そんな孤独は僕にとっては死と同義だ。死と共に味わった暗闇の冷たさと孤独、あんな物は二度と経験したくない。

 

 トウカさんにも、クリスタルハーシェルのみんなにも、これから僕の事をたっぷりと助けて貰う予定だ。

 それならば、僕もみんなが困っているなら助ける。それが道理だ。それすら守れない人間は……不老不死になっても永遠に孤独だろう。

 

 僕は孤独には耐えられない、孤独になったら穏やかな心で過ごせない。安全は得られても安心を永遠に失う事になる。

 

 僕が欲しいのは安心と安全を兼ね備えた究極の不老不死だ。

 

 だからこそ、僕の望みは今、モニターの先にある。

 死地だとしても僕の求める不老不死はあの先にしか存在しない。

 

「やっぱり勘違いしている!! お兄様はなにも知らないからそんな事が言えるんです!! 現実を知らないし見ていない!」

 

「マモリ、私は知らない事が多くても現実を見ている」

 

 チームの仲間が苦しんでいる。それが現実だ。

 

「だったら!! この状況をどうするつもりですか!? お兄様は拘束されて右手も失っている!! そして三つのコアソウルを手に入れた私は誰よりも強い!! なのに私を倒して助けに行く!? やっぱりお兄様は現実が見えていません!! 正気を失っています!!」

「いいわ、マモリ。見せてあげる」

 

 母さんからもしもの時に使えと貰ったコレを、妹相手に使うとは思っていなかった。

 

 胸に潜ませた。四つのソウルストーンに込めた自分のソウルを解放させる。

 一つはトウヤ君に投げ返された物、使用者を十年程成長させるソウルメイクアップが込められている。

 ソウルメイクアップの力はそのままに、より強く、より強大な未来の自分を、あり得る未来の可能性を呼び寄せる。

 

 僕が強いソウルの光に包まれる。今までの中で一番強く自分が変わっていくのが理解出来る。

 身体の奥底からソウルかとめどなく溢れて来る。これならいけそうだ。

 

「クッ、なんの真似ですかお兄様!?」

「ま、眩しいですぅ?」

「マモル!? やる気なのか!?」

 

 溢れ出す力のままに、拘束されているソウルの糸に僕のソウルを注ぎ込んで飽和させ、トリックを崩壊させる。

 

「お兄様……その姿は……」

 

 マモリは僕の十年成長した姿を見て震えている。だいぶ驚いている様子だ。

 変身したのは二十歳程度の田中マモコ、完全に大人の姿だ。

 肉体年齢的に、マモリと言うよりは母さんに似た姿になっただろう。鏡で見れないのが残念だ。きっと物凄くカワイイ。

 

 ソウルストーンの力でソウルを増幅させて成長したこの姿は、僕単独でソウルメイクアップするのを遥かに凌駕する力を宿している。一時的とは言え、自分でも驚く程にソウルが増大した。

 

「ユピテル君、このままミオちゃんと一緒にランデブーポイントまで向かって」

 

 ソウルストーンを四つも使って変身したので、一時間以上は持つと思うが……なにせ始めての姿だ。確かな事は分からない。

 だからこそ、間に合わなかった場合に備え、助けてくれる仲間を呼んでおく必要がある。

 

「なに言ってんだマモル!? 俺も一緒に……」

「ムーン・バレット」

 

 僕は残った左手で、ピース・ムーンから必殺技の名を叫びソウルの弾丸を放つ。

 ソウルの弾丸は道路を抉りつつ、町を包むソウルワールド壁まで到達して激突、そのままバチバチと弾ける音を出しつつ、拮抗した後にソウルワールドの壁に穴が空いた。

 うーん、我ながら恐ろしい威力だ。今ならメルクリウスにも楽々対抗出来る。

 

「直に塞がってしまう、早くあの穴から脱出して。そしたら、みんなと合流したら伝えてちょうだい。私はマモリを倒した後に体育館へ向かう、オペレーションAKTで頼むって」

 

 他にも妨害がある可能性は捨て切れない、ミオちゃんだけに伝言を任せるのはではちょっと心配だ。ユピテル君にも行ってもらおう。

 

「な、なんですかオペレーションAKTって!? 私は知らないですよ!?」

 

 そりゃミオちゃんは知らないだろう、別に大した作戦じゃない。

 

「マモル! トウカは覚悟して俺にお前を託したんだ! 手紙だって――」

「ああ、手が滑った!?」

 

 急いで懐からトウカさんの手紙を取り出し、ビリビリに破く。

 

「お、お前……何をやってんだ!?」

「フフッ、読む前に破けちゃった。トウカさんに手紙の内容を聞かないと……仕方無いわよね?」

 

 下を向いて、ぷるぷると震えだすユピテル君。

 

「あー!! 馬鹿野郎が!! もう知らねえからな!? 死ぬなよ!? 死んだらブッ殺すからな!?」

「ぎにゃ!? と、飛んでる!? 降ろして下さいい!?」

 

 今の僕は野郎じゃない……と突っ込む暇もなく、ユピテル君はミオちゃんを抱えて飛んでいった。これでとりあえずは安心だ。

 

「マモコちゃん、アッシの事は気にせずに思いっ切りやるでゲス」

 

 そんな言葉が届いたと思ったら、店長の姿は遥か遠くにあった。

 に、逃げ足速いな店長……やるな。

 

「さて、マモリ。待たせたわね」

「なんですかその姿は……勝手に大人になって!! しかもお母様そっくり!! 私は絶対に許しません!! いい加減にしてくださいお兄様!!」

 

 なにが琴線に触れたのか分からないが、マモリもすっかりやる気だ。

 背後の魂魄獣達も、牙を剥き出しにして僕に向かって唸っている。

 

 横目でモニターに目を向ける。トウヤ君が天照タイヨウ相手に奮闘している、もう少し待っててくれ。

 

「始めましょうマモリ、時間が無い」

「いいですよお兄様!! 現実を教えて差し上げます!!」

 

 そういえば、始めての兄妹喧嘩……いや、姉妹喧嘩? どちらにせよ、こんな形になるとは思わなかった。

 もしも僕が、修行を拒否しなければ………いや、やめておこう。

 

 現実は今にしか存在しない。自分の選択の積み重ねで紡がれるのが今、僕はそれを後悔したりは……割とするけど……否定はしない。

 

 マモリを倒し、トウカさんを助けに行く。

 僕の究極の不老不死の為に、次は僕が助けて貰う為に。

 

 


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