オモチャで世界征服? そんな事は不可能だ!   作:定道

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祝福希望!! そして輝くウルトラソウル!!

 

 

 月読ミモリがソウルコアの中に消え、二十分程が経過した。

 コアソウルに変化は見られない、月読ミモリが侵入に成功したのには驚いたが、やはりそれまでだったようだ。

 

 奴が展開していたソウルスピナーの力場は消え去り、仲間達を捕えていたソウルスピナーのトリックも崩壊している。

 忌々しい枷は既にない。ソウル体を破壊されソウルワールドに溶けた者も少数はいるが、殆どの同胞達は健在だ。

 

 もはや勝敗は決した。圧倒的な戦力差、トウヤ達クリスタルハーシェルと舞車町のランナー達が俺達に勝てる筈がない。 

 そして、幾ら時間を稼ごうとも、コアソウルから二人が帰って来ることはあり得ない。

 

 だからこそ、これ以上の争いは無意味だ。無駄に傷付け合うだけの虚しいソウルバトル。

 だが、戦いは続いている……フィールドでも、観客席でも。

 

 信じるべきでは無い者を信じ、惑星の一族に歯向かう。

 トウヤ達は、それがどんなに無意味で愚かな事な行為なのかを理解していない。

 理解せずに、誰一人として闘志と輝くソウルを失う事なく反抗を続けている。

 彼等は偽りの希望を信じてしまった。一時の衝動に身を任せて、トウカを大切に思うが余りに間違った道を進んでいる。

 

 二週間前に、父上に聞かされた惑星の一族の現状と真の歴史。

 世間にも多数の一族にも公表されていないが、今現在まともにソウルコアを生み出せるのは三番炉のみ、地球のコアソウルだけが正しく機能している。

 他のコアソウルは、魂魄の儀を通じてようやく細々と一族にソウルコアを授ける働きしか出来ていない。

 プラネットシリーズとサテライトシリーズを作れる高純度のソウルコア、プラネテスエレメントが多量に含まれた貴重な品は、魂魄の儀でソウルコアを安定させる事によって生み出される。

 だがそれは、生贄を差し出して無理矢理炉を安定させ、なんとか延命をさせているだけだ。いつかは破綻する。

 

 いくら世界の為とは言え余りに非道な行い、許されざる所業。

 だが、様々な脅威に立ち向かう為には、強力なプラネットシリーズやサテライトシリーズのソウルギアがどうしても必要だ。

 

 もちろん、一族の大人達や父上は現状を良しとしていない。解決策を用意している。

 いや、五百年前から受け継がれて来た意思に、具体的な方法を肉付けたと言ったほうが正解だろう。

 

 それこそが“シン・第三惑星計画“だ。

 計画が成就すれば、コアソウルに頼らないソウルコアの大量生産が可能だ。

 より純度の高い、プラネテスエレメントが大量に含まれたソウルコアを生み出す事も可能になる。

 

 後一年の辛抱。後一年だけコアソウルを持たせればいい。そうすればあらゆる問題が解決する。

 そう見積もり、プラネット・ナインはトウカを切り捨てる事を選んだ。No.1ランナーであるトウカよりも、七番炉を一年保たせる方が重要だと判断した。

 

 それは、トウヤの急成長が理由の一つでもあるのだろう。

 サテライトシリーズをプラネットシリーズへと進化させたトウヤの力、それは自らプラネテスエレメントを生み出せる事の証明だ。

 現在、世界に十六人しか存在しない真のソウルマスターの資格の一つ、あれなら間違い無くトウカの代わりを務める事が出来る。

 

 そして恐らく、計画が成就した後にプラネット・ナインはコアソウルを封印するだろう。

 コアソウルと一体化した人間が帰って来たという記録は一度も無い。コアソウルへと侵入して、救出を試みた蒼星家の人間は帰って来なかった。外部から干渉して救出する計画は、コアソウルの共振により周囲に多大な被害をもたらして凍結された。

 プラネット社は、コアソウルと一体化した人間を救出する術を持っていないのだ。

 今のプラネット社と一族には、影響力の強い老人と大人達には保守派が多い。

 平和になった後の世界で、下手にコアソウルの中身に干渉して新たな問題が起こる事を嫌うだろう。奴等はコアソウルを封印して、臭いものに蓋をして無かった事にする。実際にそういう話は提案されている。

 

 しかし、希望はある。悪の組織ブルーアースによって廃炉になった二番炉のコアソウル。

 その金星のコアソウルから、金星アイカが助け出されたとの情報はある。彼女がコアソウルと一体化して数年後の話だ。

 時間が掛かったとしても、助ける手段は確かに存在するのだ。奴等を倒し四人の博士達を捕らえて技術を提供させればいい。

 

 仮に、四人の博士が協力的では無くとも、こちらには札造博士が居る。

 

 歴代最年少の若さで札造の名を襲名をした天才的なソウルギアマイスター。

 既に数々の発明で一族に貢献し、例の新型ソウルラミネートもあの人の研究成果だ。

 加えてソウルギア使いとしても超一流、父上のかつてのチームメイトでもあり、アオイの叔母でもあるので身元も確かだ。裏切り者の四人の博士とは全く違う。

 さらに、後進の教育にも熱心で、多忙な研究生活にも関わらず蒼星学園で教鞭を執っている。

 

 俺も心の底から尊敬する偉大な女性。ソウルに関する質問やソウルギアの相談にも、明確で効果的な助言を授けてくれる。

 数少ない信頼出来る大人であり、俺の味方であると断言出来る得難い恩師だ。

 俺の将来の計画にも力を貸してくれると約束してくれている。コアソウルを解析する許可を得て、実際に調べれば自分なら必ず一体化した人々を助けられると断言もしてくれた。本当に心強い人だ。

 

 だからこそ、俺は実績と功績を積み、一族とプラネット社内での影響力を強めて仲間を増やさねばならない。

 将来的にプラネット・ナインの決定を覆せる程の立場に、コアソウルの扱いを決定出来る立場になる。

 保守派の大人達……いや、老害共を追い出してプラネット社と一族両方の実権を握らねばならない。

 

 結果的にはそれが最善。ここで俺が恨まれ、多くの苦しみ悲しみを生み、トウカを傷付けたとしてもこれが最善の行動。

 最も被害が少なく、最も早く、世界の秩序と平和を保ったままに、トウカを始めとするコアソウルに焚べられた犠牲者達を助ける事の出来る道。

 

 だからこれは無駄な抵抗……無意味な戦い……その筈だ。

 

「行くぞウーラノス!! 天を統べ全てを凍てつかせろ!!」

「クッ!? アポロニアスドラゴン!! 日輪の輝きを示せ!!」

 

 トウヤのウーラノスが走った軌跡が、まるで夜空を思わせる黒を描き出し、そこから凍てつく波動がフィールドに溢れていく。

 その凍てつく波動がアポロニアスドラゴンの動きを奪う、万物の頂点である筈の太陽の光と炎、その輝きと熱すら侵食して飲み込む黒い冷気。

 

 アポロニアスドラゴンは間違い無く強化されている。太陽のコアソウルは正しく機能し、莫大なソウルを俺にもたらしている。

 それなのに、俺とトウヤは互角……いや、俺の方が若干押されている。

 

 あり得ない筈の事態、信じられない光景。

 

 遍く星々に光をもたらす太陽。生命に生きる力を与える恒星。

 偉大なる太陽を司る天照一族、その後継者であるはずの俺が、光を与える立場である筈の俺が、トウヤの発するソウルの光がもたらす力に押されている。

 

 何故だ……一体何故トウヤがあの力を使える? ソウルの輝きで己を強化し、更にその光で仲間達をも照らして強化させる力……あれはまさしく“ソウルライトパワー“だ。

 

 月読家に伝わり、ソウルの可能性を引き出すソウルメイクアップ。

 蒼星家に伝わり、ソウルワールドと現世を繋げるソウルコネクション。

 そして、天照家に伝わり、ソウルの光で、己と仲間達を輝かせるソウルライトパワー。

 

 天照家が惑星の一族を取り纏める理由にもなっている力、俺が未だに習得出来ていないソウルの極地、天照家でも滅多に使い手の現れない稀有な才能。

 だが、父上はこれを使いこなし、若き頃にチームメイト達と共に世界全体を包んだ闇を払った。

 現世に顕現し、人類を窮地に追い込んだ最悪の魂魄獣“ダークネスソウル・ビースト“を光の力で撃破した。

 その英雄的な功績と世間からの圧倒的な支持が理由で、父上は若くして一族の当主となり、プラネット社を率いる立場に登り詰めたのだ。

 

 それほどまでに偉大で希少な力……それを何故トウヤが使える? 惑星一族は一族同士で婚姻する事が多い、トウヤにも天照家の血が僅かに流れているのはおかしくない。 

 だから、先程コアソウルへと侵入した月読ミモリの様に、隔世遺伝によってその力が目覚めたのか?

 そして、トウカを助けたいと思う気持ちが、役目に逆らってでも自らの望みを偽らない心が、ソウルを輝かせたとでも言うのか?

 

 そんな筈はない……ソウルライトパワーは、太陽の光は全てを照らす為に存在する!!

 

「その光の意味を分かっているのかトウヤ!! それは世界に平和をもたらす為の輝きだ!! お前一人の身勝手な使い方は許されんぞ!!」

「何が身勝手だ!! それに一人じゃない!! これは皆の気持ちが一つになった証!! 姉さんを助けたいと望む願いの輝き!! 俺だけじゃない!! 俺達の光だ!!」

 

 クッ、願いだと!? それなら俺は!! 俺にはその力は……

 

「ふざけるな!! そんな筈はない!! トウヤお前は――」

「ふさけてなどいない!! ふざけているのはお前だタイヨウ!! 俺はお前になら姉さんを託せるって思っていた!! 強くて気高いアナタを……お前を信じていたんだ!! 姉さんだってきっとそうだった筈だ!!」

「ッ!?」

 

 胸に痛みが走る。トウヤの真っ直ぐな怒りの眼差しと、眩しい輝きに思わず目を逸してしまった。

 

 俺に後ろめたさが……己の影が浮き彫りになるのを嫌って、俺は光から目を背けた? 

 

 ……ああ、そうだな。そうかもしれないなトウヤ。

 

 今のお前達は強い。自身の望みと衝動を偽らずに戦うお前達は眩しいよ。

 羨ましいとも思う。俺も……俺もトウカを助ける為にそうしたいと思う気持ちがある。

 

 俺だけじゃない。お前達と戦っている一族の同胞達だって、そういう気持ちを持っているはずだ。こんな理不尽な仕打ちを良しと思っている奴なんていない。

 

 だが……だがそれでも!! 俺は役目を果たす!! 役目を果たしながら一族を変えて見せる!! 

 

 正しい手順で世界の秩序を乱さぬままに!! 世界の平和を維持したままに一族とプラネット社を変えて見せる!!

 苦しみながらも進む父上の様に!! 責任を放り出して消えたあの女とは違う!! 俺はこの道を進み続ける!!

 

 俺に付いてきてくれる仲間に!! 信じてくれる同胞達に報いる為に!! 人々が安心して暮らせる世界の為に俺は役目を果たす!!

 

 己の願いを偽ってでも輝いて見せる!! 俺が信じる正しさの光で世界を照らして見せる!! ソウルの祝福は辛い役目に耐え抜いた者達の献身の果てに訪れるのだ!!

 

 そうでなくては!! 今まで役目によって散っていた先祖や同胞達は何の為に戦った!? 彼らの戦いは無意味だったのか!?

 

 証明して見せる!! 俺が、天照タイヨウが!! 全てを超えて!! 偉大な父上も超え!! 全てが報われる世界を――

 

「だから俺は負ける訳にはいかん!! 俺は負けられんのだトウヤァァ!!」

「ふざけるな!! それは僕も同じだタイヨオォォ!!」

 

 ソウルの集中を高める。アポロニアスドラゴンの究極の技を繰り出す為に、ありったけのソウルを送る。

 トウヤもウーラノスにどんどんソウルをチャージしている。凄まじい波動が体育館全体に広がって行く。

 

 これ程のソウルが衝突すればタダではすまない、必ず決着が着くだろう。

 だが、勝つのは俺だ!! ここで負ける訳には――

 

「あっ……」

 

 アオイの小さな呟きと共に、俺とトウヤとは違う。だが、それに匹敵するソウルの波動が体育館を駆け巡った。

 力強くても荒々しくはない、威厳と雄大さに満ちた偉大なソウル……これは……

 

「タイヨウ様!! コアソウルが……コアソウルが安定しました!! 安定して活性状態です!! 儀式は終了しました……な、中のトウカは……私は……」

 

 本来の輝きを取り戻し、美しい光を放つコアソウル。

 その光に照らされるアオイの頬には一筋の涙が流れていた。

 

 コアソウルが安定して活性状態。つまり、コアソウルの要求が満たされた証だ。 

 

 トウカはプラネテスとなり、コアソウルと一体化した。魂魄の儀は終了した。

 

 スタジアムの戦闘音が止んだ。場の誰もが戦いの手を止め、コアソウルの輝きに目を奪われている。

 トウヤもソウルチャージを止め、呆然とした様子でコアソウルを見詰めている。

 

 終わったのだ……魂魄の儀は完了した。トウカは……コアソウルと一つになった。

 

 戦闘態勢を解除し、コアソウルのすぐ側のアオイの横までゆっくりと歩み寄る。

 そして、輝くコアソウルを間近で確認する……間違い無く安定している。トウカを取り込んで正常な状態へと戻った。

 

「アオイ、お前は役目を果たした。だが、余計な事は考えるな、命じたのは俺だ。お前にはなんの罪も無い」

 

 アオイの震える肩に手をやり、声をかける。

 魂魄の儀はソウルコネクションを使える蒼星家でしか執り行えない。

 蒼星家でも力の使い手はそう多く無い。他の使い手は今遠方の戦場へと赴いている。

 だからこそ、トウカの魂魄の儀はアオイにしか出来ない役目だった。

 現世とソウルワールドを繋げる力ソウルコネクション。コアソウルの中は更に深いソウルワールドに繋がっているとも言われている。

 

 アオイはトウカに反発していた。だが、心の底から嫌っていた訳では無い。現にトウカの方はアオイに親しげに接していた。

 そんな相手を自らの力でコアソウルへと捧げた……俺が感じるよりも深くて強い胸の痛みが、激しい後悔と罪の意識がアオイを苦しめているだろう。

 

「タイヨウ様……でも、私はトウカを……」

「もう一度言うぞアオイ。俺が命じた事にお前に罪は無い、お前は悪くない、お前は悪くないんだ」

 

 俺がそうさせた。俺が自分の意志で命令した事だ。

 俺がトウカを生贄に捧げた。後で助けるからと犠牲を受け入れた。

 トウカやトウヤ、クリスタルハーシェルと舞車町のランナー達の信頼を裏切ったのだ。

 その罪を背負うのは俺の役目、だから泣かないでくれアオイ……

 

「見よ!! 同胞達よ!! 魂魄の儀は完遂され!! 天王トウカはコアソウルへと幽閉された!! 許しを得るまで現世へと戻る事はない!! もはや我等が争う理由は無くなったのだ!!」

 

 周囲を見回しながら叫ぶ。この場の全員の視線を身に感じる。視線に込められた様々な感情が俺に突き刺さる。

 

「舞車町の同胞達よ!! ソウルを収めて大人しくしろ!! そうすれば先程までの一族への反抗は不問とする!! お前達は突然の事態に混乱しただけだ!! その心中は理解出来る!!」

 

 理解出来る? 我ながら傲慢な台詞だ。

 人の気持ちを、他人の痛みを真に理解できる者などいない。

 それでも俺は嘯く、役目を果たす為に、同胞達を導く為に。

 

「そしてトウヤ!! クリスタルハーシェル達よ!! お前達も同様だ!!」

 

 トウヤの表情は見えない、俺の方を向いていないからだ。

 クリスタルハーシェルの者達は、俺ではなくコアソウルを見詰めている。

 悲しみのあまりに、現実が受け入れられないのだろう……すまない……

 

「天王トウカは惑星の意思に裁かれた!! 怒りがあるだろう!! 悲しみもあるだろう!! 俺への憎しみもあるだろう!! だが!! お前達がこれからも継続して役目を果たし!! その功績が認められれば!! いつの日か天王トウカは解放される!! だから――」

 

 ――なんだ? ……違う、コイツらの目は……表情は……悲しみを宿していない!? 一体何を見ている!?

 

「聞こえる……姉さん!! マモコさん!! こっちだ!!」

「マモコちゃん!! トウカ様!! ここだよ!!」

「こっちだ!! 俺達はここに居るぜ!!」

「帰って来いマモコ!! トウカ様と一緒に!!」

「トウカ様ァー!! 私達はここです!!」

「違うって!! そっちじゃ無いよ!?」

「それじゃあ逆よ!! 何やってるのよマモコ!!」

「はあ!? トウカ様が重い!? 失礼な事を言うな!!」

 

「な、何をしている……?」

 

 コアソウルに呼びかけている? まさか月読ミモリとトウカに声を掛けているのか?

 俺には声など聞こえない。まさかコイツラは正気を、心が……

 

「クッ、正気に戻れクリスタルハーシェル!! 現実を見ろ!! この安定したコアソウルが見えないのか!? トウカはプラネテスと化しコアソウルと一体化した!! 恐らく田中マモコは……月読ミモリは死んだ!! 正しい手順を踏まずに儀式に乱入すればプラネテスにすら成れん!! 肉体の情報ごとソウルへと分解されたのだ!!」

 

 馬鹿な女だ……だが、止められなくて済まないマモリ……

 

「誰が死ぬか!! 勝手に人を殺すな!! 僕は死なない!! この僕が死ぬはずないだろう!! バーカ!! バーカ!! このボンボン!!」

「な!?」

 

 コアソウルの中から声!? これは……トウカでも月読ミモリでも無い!! 子どもの声!? 一体誰の声だ!?

 

「ぐぬぅぅぅん!? きっついぞ!? 入り口が――狭い!? 狭過ぎるって!! ぬおォォォ!!」

「な、なによコレ……」

 

 アオイはコアソウルから聞こえてくる奇妙な唸り声に怯え、俺に寄り添って来る。

 

 あれは……コアソウルから何かが出てくる!? これは……これはなんだ!? ……黒い髪? 

 まさか人の頭か!? コアソウルから出てくる!? 一体誰だ!? 

 

「トウヤくーん!! みんなぁぁ!! 引っ張ってぇぇ!! 僕を引っ張ってくれぇぇ!! 出られないよぉ!? 助けてぇぇ!!」

「わ、分かったよマモコ……さん?」

「髪染めたのマモコちゃん!? コアソウルの中で!? なんで!?」

「と、とにかく引っ張ろうぜ!! 引っかかって苦しんでるぜ!?」

 

 クリスタルハーシェルが謎の頭の元へと集い、頭を引っ張り始める。

 あれは誰だ? トウカの青い髪でも、月読ミモリの金髪でもない黒い髪の持ち主。一体誰がコアソウルから出てくると言うのだ?

 

 あり得ない事態に、想定外の光景に思わず固まってしまう。クリスタルハーシェルを止めるべきなのか判断に迷う。

 

「痛い!? 抜けてる!? 髪が抜けてるよ!? 優しくしてぇ!! もっと優しく引っ張ってぇ!?」

「ご、ごめんね? でも持つ所が無くて……」

「クソッ、固いぜ! ぜんぜん動かないぜ!?

「完全に引っかかっている!! どうする!?」」

「一気に行くしかねぇ!! 我慢しろよマモコ!!」

「ヒギィいぃ!?」

 

 やかましい叫び声と共に、コアソウルの中から何かがぬるりと引きずり出された。

 

 どこか見覚えのある黒髪の少年、そしてその胸に抱かれているのは……

 

「姉さん……姉さん!! しっかりして!! 姉さん!?」

「トウカ様!? 返事をしてくれよトウカ様!!」

「トウカ様!? これは……気を失っている? ソウルも凄い弱々しい……」

「でも無事だ。トウカ様は無事だ……良かった……」

 

 気絶したトウカ、トウカを抱く謎の少年。

 二人を取り巻くクリスタルハーシェルのメンバー達は、目に涙を浮かべて喜んでいる。その光景に体育館の全ての者が驚き、目を奪われている。

 

 生きている……ああ、トウカは間違い無く生きている。弱々しいが、確かにソウルの脈動を感じる。

 

 その事実に救われている自分が居た。喜んでいる俺が存在した。

 

 なんて身勝手な感情、俺にそんな資格は無いというのに……

 

「トウカ……でもなんで? コアソウルは安定している……もしかして月読ミモリが身代わりに? 少女じゃないのに……それに、あの男の子は?」

 

 アオイの呟きにハッとする。

 そうだ。コアソウルが安定したのならば、コアソウルの要求が満たされたのは間違い無い。

 コアソウルの中で一体何があった? 確かめなければならない。

 

「うぅっ、頭がヒリヒリする……みんな、トウカさんは大丈夫だよ。ソウルを吸われて消耗していたけど、さっきまで意識はあった。途中で僕も癒やしの力で治療したし、しばらくすれば目が覚めると思う」

「う、うん……マモコ……ちゃん? マモコちゃんでいいんだよね?」

 

「そうだよ。僕は皆と過ごした田中マモコ……ごめんね、今まではソウルメイクアップで姿を変えていたんだ。これが本当の姿なんだ」

 

 そうか……やはりソウルメイクアップ、それしか無い。コアソウルの中で変身してあの姿を取ったのだ。田中マモルそっくりの姿に。

 だが、何故あの姿を選んだ? 一体なんの意味が……コアソウルが安定したのに関係があるのか?

 

「そ、それが本当の姿? マモコちゃんが男の子……」

「本当は男だと!? マジかよ……凄ぇぜ、ソウルメイクアップの力……」

「性別なんてどっちでもいいよ! 今はそれどころじゃないって!」

「うん、そうだね……聞きたい事は多いけど、今はこの場を…えっと、なんて呼べばいいのかな? 名前は?」

 

 あれが本当の姿? そんな筈がない。

 それに名前は、コアソウルから出て来たのなら月読ミモリ以外には……いや、田中マモルに成り切ってこの場を切り抜けるつもりか!?

 

「みんな……僕の名前はマモル、本当の名前は田中マモルなんだ」

「いい加減にしろ!! これ以上場を乱すな月読ミモリ!!」

 

 俺の叫びに、クリスタルハーシェルの全員がこちらを向いた。

 気絶している筈のトウカが、俺の怒声に反応して、少し怯えた様に月読ミモリに身を寄せる。

 本来であれば……あそこに居なければならないのは俺だ。俺だった筈だ。

 そんな後悔とも未練とも形容し難い感情が胸に去来する。締め付けられる様な痛みが俺を責め立てる。

 

「び、びっくりした……あのさ、ハッキリ言うけど勘違いだよ天照タイヨウ。これが僕の本当の姿、僕は正真正銘本物の田中マモルだ」

「貴様……まだ言うか!!」

 

 よくもぬけぬけと……証拠が無いと呆けるつもりか?

 

「貴様がソウルメイクアップで姿を偽ろうともソウルまでは偽れんぞ!! ファクトリーに残されたソウル痕は札造博士が解析済みだ!! 確かな証拠がある!! 下手人が田中マモル本人であると証明されている!! お前は舞車町から出ていないらしいな!? ならば貴様が田中マモルであるはずがない!! 星乃町で活動していた少年こそ本物の田中マモルだ!!」

 

 自分で息子を目眩ましの影武者にしておいて……とことんその立場を利用するつもりか!?

 

 俺にとっては従兄弟である田中マモル。

 学園では俺とアオイ、そして学園長と札造博士にしか正体を明かしていないマモリから、思い出話を延々と聞かされた。

 

 曰く世界で一番心が優しい、曰く世界で一番の才能の持ち主、曰く世界で一番格好良い、曰くマモリの事を世界で一番大事に想っている。

 言い方や表現方法は異なるが、毎回同じ様な事を聞かされる。マモリの人参嫌いを克服させてくれたエピソードなどは耳にタコが出来るほど聞いた。

 

 そして、役目を拒否して父親と共に月読家を去ったとも聞いている。

 

 だから当初、俺から田中マモルへの印象はあまり良くなかった。マモリが悲しむから口には出さないが、役目から逃げ出した田中マモルは思い込みの激しいマモリが過大評価しているだけで、臆病で弱い人物なのだと思っていた。

 そこには、少しだけ嫉妬と憧れの悪意も混じっていた。役目をハッキリと拒絶し、一族を取り巻く戦いの宿命から逃れた田中マモルを、羨ましいとも思っていた。

 

 与えられた役目を放棄する……楽な道の様にも思えるし、標の無い恐ろしい道にも思える。

 

 だが、田中マモルが行動を起こし、一族にとって無視の出来ない勢力を築いたと聞いて、その認識を改めた。

 

 プラネット社を脅かす三つのチームの結成、冥王計画への加担、星乃町での様々な蛮行。

 どの出来事にも、背後で蠢く存在を感じた。田中マモルは体良く利用され操られているのだろうと確信した。

 

 他の惑星の一族への復讐を望む不届きなる冥王家。

 その一族に生まれた世紀の怪物、闇の寵児にして悪魔の子、五年前の事件で、プラネット社をたった一人で震撼させた恐るべき女、忌々しき冥王ミカゲ。

 蒼星家に絶縁され後ろ暗い噂の耐えない田中ダイチ、そして目の前の月読ミモリ。

 

 役目から逃れても、悪魔や薄汚い大人達にいい様に利用される会ったことも無い従兄弟。

 俺はそんな田中マモルを憐れみを覚える様になった。特段、母親に体良く利用されている所には憐憫の情を抱く。

 

 だから、許せない。月読ミモリが、ソウルメイクアップを悪用して息子を使い潰し、平気な顔をするこの女が許せない。

 

「し、証拠ぉ!? 絶対に嘘だよ!? その札造博士が嘘ついてるだけだって!! どうせ胡散臭いジジイでしょ!? 組織のマッドな博士達みたいに変な仮面着けてない!?」

 

 この女は!! 平和の為に尽力する札造博士まで侮辱するのか!?

 

「戯言を!! 札造博士は蒼星家の血を引いている女性だ!! 父上のかつてのチームメイトで!! 天才的な頭脳で一族に多大な貢献をし!! 蒼星学園にも席を置いて教鞭を振るっている!! ジジイでも無い!! 学園長の三女にして二十代後半で独身!! その身元はプラネット社によって保証されている!! 貴様が知らない筈がないだろう!! 貴様にとっては義理の妹だろうが!!」

 

「そ、そうなの!? なんか急に親戚が増えるな……そういえばお前も従兄弟らしいね、マモリに聞いたよ。色々誤解はあるけどさ……争いは止めよう」

 

 ふ、ふざけている……この後に及んで息子に成り切るつもりか!? この異常者めが!! どういう面の皮の厚さだ!?

 

「おぞましい事を言うな!! 茶番は終わりだ!! 貴様を拘束する!! これ以上抵抗をするな!!」

 

 俺の叫びに、同胞達も我に帰って戦闘態勢へと移る。

 

 

「タイヨウ、僕を拘束するのはともかくとして、まさかトウカさんをもう一度コアソウルに閉じ込めるなんて言わないよな?」

「な!? それは――」

 

 俺はトウカを、無事に帰って来たトウカを……

 

「コアソウルの中は恐ろしい所だったよ。トウカさんは一人で泣いていた。それでもお前はもう一度ふざけた決定に従うのか? トウカさんにあそこに戻れって言うのか?」

 

 トウカが……泣いていた?

 俺はトウカが泣いた所など一度も見たことが無い。昔から涙一つ見せない強い奴だったから……クソッ!!

 

「それが……それが役目であれば!! 俺は役割を果たす!! 使命を全うする!! 必要な事だ!! それが正しい道だ!!」

 

 コアソウルは一族にとっての要!! だからこそ――

 

「でも、コアソウルは安定しただろう? 色々聞いたけど、とにかく助けてくれって訴えてた。そして、僕の可能性を、田中マモコのソウルを持っていった。あれで一応は満足したみたいだから、もういいだろう? トウカさんをコアソウルに焚べる理由も、僕達が争う理由も無くなった。早くトウカさんを休ませたい、行かせてくれタイヨウ」

「クッ、それは……」

 

 確かに今の所は完全に安定を……いや、この女に騙されてはいけない。

 それに、コアソウルが田中マモコのソウルを持っていった? 助けを求めていた? 何を言っている?

 

 意味が分からない、分からないが……コアソウルが安定したのは事実だ。二人で魂魄の儀からの脱出をも果たした。

 それならば、詳しい方法を聞き出さねばならない。月読ミモリをみすみす逃がす訳にはいかない。

 

 誰も犠牲にせずに、コアソウルを安定させる方法。それがあれば上を説得する事も可能だ。

 

「それはトウカを見逃がす理由にはなっても!! 貴様を逃がす理由にはならん!! 貴様が田中マモルを騙ろうとも!! 月読ミモリに戻ろうとも!! どちらにせよ咎人だ!! 貴様には色々と聞きたい事がある!! 無駄な抵抗は止めろ!!」

「ぬ、濡衣……タイヨウ、もうちょっと話をしないか? 色々と誤解があるんだって、いや本当に……ねえ?」

 

「これ以上の問答は無用だ!! 話は貴様を拘束してからゆっくりと聞いてやる!!」

 

 コアソウルを使い、己のソウルを高めていく。

 

 月読ミモリとトウカを守る様に、周囲のトウヤ達は戦闘態勢に入った。

 だが、先程と比べて明らかに力が落ちている。トウヤのソウルライトパワーの光は消え去り、通常の状態へと戻っている。トウカを助けるという目的を果たしたからか?

 そして、月読ミモリも、先程のふざけたソウルは見る影も無い。ソウル体が維持出来るギリギリの状態、それに苦痛に耐えるような素振りも見せている。

 

 口は回る様だが、月読ミモリは明らかに弱っている。俺との問答も時間稼ぎをしている様な気配だった。コアソウルから出て来る時の奇行もその一環だろう。

 コアソウルを安定させる行為は、かなりソウルを消耗するらしい。肉体にもダメージが大きい様だ。

 

「行くぞお前達!! 月読ミモリを拘束する!! 妨害する者達も捕縛しろ!!」

 

 逃しはしない!! 全てを語って貰う!!

 

『待てタイヨウ、そして、子ども達よ』

 

 体育館に聞き覚えのある声が響く――これは!?

 

「ち、父上!?」

 

 体育館に設置されている巨大なモニターが映し出す光景が変わっていた。

 そこには父上が、プラネット社の社長にして、天照家当主の天照アサヒが映っていた。

 

 プラネット本社の社長室で車椅子に座る父上。右腕と左脚をギプスで包まれ、傷付いた左目は包帯で覆われている。

 田中マモルの襲撃によって傷を負った痛ましい姿、白神家当主の癒しの力でも直せない程に爪痕を残す深い傷。

 だが、そんな姿でも父上の力強いソウルは損なわれずに、モニター越しでも威厳に満ちた声が俺と同胞達に届く。

 

『ソウルを収めろ。魂魄の儀は見事に完遂され、天王トウカは天王星の意思に認められた。良くやった子ども達よ、プラネット・ナインの決定は諸君等の尽力によって守られた。これ以上の争いは無意味だ。止めなさい』

「め、めちゃくちゃ怪我してる? どんだけ強いローキックだよ……」

 

 儀式の成功が認められた!? それならトウカは助かる。これ以上苦しめなくても……

 

『さて、田中マモル……そうだな、一応名乗っておこう。私は天照アサヒだ。プラネット社の代表取締役社長兼CEOであり、天照家の現当主でもある。今から君と話がしたい、構わないかな?』

「えっ!? ぼ、僕っすか? ……まあ、いいですよ。僕もちょっと社長さんに言いたい事があります」

 

 クッ、この女狐が。父上に失礼な態度を……

 

『そうか……では、先に私の話を聞いて貰おう。田中マモル、君と、君が在席する全てのチーム。プラネット社の支援を受け入れ、プラネットソウルズの同盟に参加するつもりはないか? 歓迎しよう、報酬も待遇も君が望むままを用意する』

「な、なんやてぇ!?」

 

 な、何を……何を仰るのですか父上!? この女とチームを同盟に参加させる!?

 

 それは……それはつまり。俺と仲間達が勝てないと思っているのですか? プラネットソウルズが……俺が信じられないと……

 

 シューターとスピナーでは確かに頂点を奪われている。ストリンガーでも猛烈な勢いで追い上げられ、ユキテル達はホシワの背後に迫っている。

 だが、スペシャルカップで勝利すれば問題は無い。開催までは後一年も期間が有り、俺も同胞達も役目を果たそうと必死に努力している。

 そんな過程には意味が無いと? アナタ達が与えた役目を精一杯に果たそうとしている同胞達の研鑽は……信頼に値しないと言うのですか……

 

 確かに、仲間に引き入れてしまうのは合理的で、最も確実な手段だ。どちらが勝っても問題は無くなる。シン・第三惑星計画は確実に成功する。

 

 ただ、それでも俺は、それなら俺達は何故……

 

「ヒカリちゃん、トウカさんを頼む。念の為にヒカリちゃんの力で癒してあげてくれ」

「う、うん……任せて、マモル君……」

「大丈夫だよヒカリちゃん……それに皆。ここは僕に任せて欲しい、僕を信じて見守ってくれ」

 

 月読ミモリが腕のトウカをヒカリへと託して立ち上がる。

 そして、ゆっくりとした動作でモニターの正面へと身体を向けた。

 モニターの先で、静かに様子を伺う父上と正面から向かい合う。

 

 その目は……マモリにそっくりな青い瞳には強い感情が、決意の光が……

 いや、俺は何を馬鹿な事を、そんな筈はない。どうせ下らない誤魔化や戯言を口にするに違い無い。

 

『さて、考えは纏まったかな田中マモル? 答えを聞かせてくれ』

 

 父上の返答を促す声。穏やかな口調ではあるが、モニター越しにでも場に届く圧力。

 沈黙は許されない、プラネット社を束ねる男の言葉だ。

 

 すると、月読ミモリは片腕を、何故かこの場に現れた時からそれしか無い左手を頭の上に持って行く……何のつもりだ?

 そして、やや前傾姿勢になり左手で頭を撫でる様に擦り始める。これは――

 

「えへへ~本当でヤンスか社長? いやーお目が高い! 流石がは日本一の社長ヤンス!! アッシはお役に立てるでヤンスよ!? 是非とも前向きに話を進めたいでヤンス!!」

「ま、マモル君……君は……」

「や、ヤンス?」

 

 こ、これは……媚びている!? 頭を左手で掻きながらペコペコ頭を下げて媚びている!? 父上に媚びへつらっているのか!?

 

 ど、道化が!! やはり許せん!! どこまで俺を馬鹿にするつもりだ月読ミモリィ!!


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