オモチャで世界征服? そんな事は不可能だ!   作:定道

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2週間で投稿するとかイキってすみませんでした……少なくとも8月一杯までは投稿ペースが落ちます。どうか気長にお待ちください。



喧々囂々!! 気にせず眠れスノーホワイト!!

 ここはカロンと呼ばれる飛行船の中。現在この船はソウルワールドと現世の狭間を飛行しているため、プラネット社や他の組織にも居場所を捕捉される事は無いから安心……らしい。

 

 そんな船の通路を、ぴょこぴょこと揺れる兎を模した耳を視界に収め、思考を巡らせながら歩く。

 考えるのは数時間前まで体育館で行われていた同盟会議について、そしてこれからの事。私はウラヌスガーディアンズを纏める者として、トウカ様の友人の氷筍ツララとして確かめねばならぬ事がある。

 

 同盟会議が行われる予定だった体育館は、衝撃的な出来事と真実が飛び交う恐ろしい場となった。

 私の十二年の人生の中で最も激動で濃密な数時間、五年前の魂魄の儀すら超える忘れ難い一日となった。

 

 昨日の私に、お前は明日プラネット社と一族から離反して冥王ミカゲと同じ勢力に与する事になると言っても、絶対に信じないだろう。

 改めて考えても、実際に体験した後の今この時ですら荒唐無稽で非現実的な与太話に聞こえてくる。

 

 だが、間違った選択をしたとは微塵も思わない。トウカ様を助け、皆と共に居られるこの道こそが私達の望むべき道だ。クリスタルハーシェルの名を捨てチームの名前が変わっても、私達の心は変わったりしない。

 

「そして、問題は……」

 

 そう、問題は冥王ミカゲ。彼女が何を目的としているのか、何故マモコを……違った、マモルに力を貸しているのか? 

 その理由が分からない。彼女を恐れる私の心は、それだけ不安と猜疑心で一杯になってしまう。

 

 助けてくれた事には感謝している。体育館で彼女が語っていた言葉に偽りの気配は感じられず、本心からマモルに忠誠を誓い、力になりたがっている様子だった。

 私もトウカ様に同様の気持ちを抱いているから分かる。冥王ミカゲは尊敬と友愛の入り混じった感情をマモルに向けていた。異性間ゆえに友愛以上の感情も感じた。

 

 だからこそ悩む。私の知る冥王ミカゲという女が、五年前の魂魄の儀を襲撃した闇の申し子が、体育館で心底嬉しそうにマモルに頭を押し付けていた彼女と結びつかないからだ。

 

 魂魄の儀は一族にとって最も重要な儀式、敵対する勢力もそれを承知なので頻繁に襲撃が計画される。

 だからこそ、一族でも精鋭の戦士達によって、魂魄の儀は厳重に守られる。当日は会場となる星辰の間だけではなく星乃町全体が厳戒態勢だ。

 そして、星乃町はプラネット社の本拠地でテリトリー、目の行き届かない場所など有りはしない。計画は大抵が未遂に終わる。

 

 そんな魂魄の儀に、冥王ミカゲは単独で散歩でもする様に気軽に訪れ、警備や護衛達を歯牙にもかけずコアソウルへと触れた。

 

 ソウルギアを使わず闇を纏い自在に操る彼女は、進路を阻もうとする者は大人でも子どもでも関係無く闇で飲み込み、瞬く間に意識を奪っていった。自分以外の人間の実力の差など無意味とでも言うかのように……それほどまでに圧倒的だった。

 どんなに激しい抵抗にも、整った顔をピクリとも動かさず、怒りも憎しみも喜びも感じさせぬ無表情で、私達の事を虫けらか路傍の石の様に見下していた。

 

 あの時の出来事は、私の人生において一番の恐怖だった。今日トウカ様を失いそうになってその順位は更新されたが、恐怖自体が払拭された訳ではない。

 

 マモル、お前は一体どうやって彼女を変えた? 私には全く想像が及ばない、彼女の心変わりにはどんな深い理由があるのだろう? 

 

 いや、あるいは──

 

「…………」

 

 ふと、私を観察する視線に気が付く。

 目の前を歩き、私を会議室まで案内してくれているウサ耳少女が私を心配そうに見詰めていた。

 

『用意した着替え……もしかして好みじゃ無かった?』

 

 え、着替え? ああ、このTシャツの事か? 

 

「い、いや、そんな事は無いぞヘメラ。着心地も良く、Tシャツのユニークな絵柄は気に入った」

 

 彼女のどこか不安そうな様子に申し訳無さを感じ、絶妙に可愛くない兎の顔が大きくプリントされたTシャツを気に入ったと嘘を付く。

 私の返答に、目の前の無表情な少女から喜びの感情を伴った声が届く。空気を震わせる音ではなく私の心とソウルに直接響く声だ。再び前を向いて歩き出す彼女の足取りは跳ねる様で、フワフワとした耳と尻尾が嬉しそうにぴょこぴょこと揺れている。

 

 飛行船内に逃げ込み舞車町を離れ、トウカ様とマモルを男女別の医務室に運んだ後、私達元クリスタルハーシェルのメンバーはそれぞれ専用の個室まで案内された。

 部屋まで私を案内し、戦闘で汚れた服を洗濯して着替えまで用意してくれたのも彼女だ。

 

 そして、このウサ耳の少女。マモコが着ていたドレスに少し似たフリフリの給仕服を身に纏い、無表情の割に感情表現豊かな女の子は、驚くべき事に人間ではなくソウルギアだ。

 

 私達を迎えに来た巨大な飛行船、複合ソウルギア“カロン“。その一部であり、乗組員達への身の回りの奉仕活動兼護衛用のソウルマリオネット“ヘメラ“、それが彼女の正体らしい。

 

 頭部以外に肌の露出は無いので身体の隅々まで見た訳ではないが、外見上は完全に人間の少女だ。

 だが、彼女は間違い無くソウルギア、空気を震わせて声を出すのではなく、直接心に響いてくる声は私の相棒サテライト・ポーシャと同様の感覚でソウルギア特有のもの。ソウルギア使いなら理解出来る。

 それに、乗船時に私達元クリスタルハーシェルを案内する為に、全く同じ見た目の彼女が十人現れたのだから疑いようは無い。

 先程稲妻イズナに聞いた話では、総数は分からないが少なくとも百体以上のヘメラがこの船に居ると言うのだから恐れ入る。身体は複数あってもコアは同一で、一つのソウルギアらしい。

 

 それにしても、このカロン船内の様子。不思議な光沢を放つ壁、汚れ一つ見当たらない清潔な床、劣化した様子も無く輝きを放つソウル動力の照明。

 これが五百年前に造られた船だとはとてもじゃないが信じ難い。カロンの声は聞こえないので、ソウルギアであると言われても正直訳が分からなくなる。

 

『ここが会議室、みんな良い子だから心配要らないよツララ。きっと仲良しになれる』

 

 いつの間にか目的地に着いていた。

 

 私の不安な心情を慮る声が届く。温かく優しいソウルに疑念の渦巻く心が少しだけ落ち着く。

 

「ああ、そうだな。私は大丈夫、案内ありがとうヘメラ」

『食事を用意してるから、お話が終わったらみんなで食堂に来てね』

 

 ほんの少しだけ口角を上げて笑顔を見せたヘメラに、私も笑顔を返す。

 

 そして、意を決して会議室の扉を開けた。

 

 室内ではソウルセイバースの面々が整然と着席して私を待っていた──などという事はなく、それぞれがバラバラで無秩序に、思い思いに寛いでいた。

 

 複数のソファやテレビモニター、小型の冷蔵庫まで持ち込まれた室内は会議室というよりは溜まり場と表現するのが相応しく思える。

 

「あっ、ツララさん。姉さん達の様子はどうだった?」

 

 木星ユキテルと話をしていたトウヤが私の入室に気付き、こちらへとやって来る。ヒムロとレイキも一緒だ。

 

「トウカ様は目を覚まさないが、さっきまでとは違って穏やかな様子だったよ。ヒカリも治癒を続けた疲労が溜まっている様子だから休ませた。二人はヒサメ達三人が交代で様子を見るから心配は要らない。ヘメラもいるしな……ああ、ついでにマーズリバースも気を失ってるだけで特に問題は無いそうだ」

 

 私の目から見ても、トウカ様のソウルに乱れは無かった。医療にも通じているヘメラのお墨付きも貰ったので問題は無い。トウカ様はじきに目を覚ますだろう。

 

「そっか、良かった……あ、マモル君の方も大丈夫そうだよ。ソウルを使い過ぎた後はしばらく目を覚まさないけど、マモル君はそういう体質だから問題無いってさ。以前にも同じ様な事があったんだって」

「ああ! マモルはああなった後は更に強くなって復活する! 目覚めが遅いのはその為の準備期間らしいぜ! SS団との決戦の後もそうだった!」

「そうだね、マモル君が空中要塞で僕の事を情熱的に助けてくれた後も同じだった。はぁ、マモル君……」

 

 目覚めるのが遅い体質? 強くなって復活する? 

 

 ますますあいつの謎が増えるな、実は男だった時点で正直理解に苦しむ所があるのに……

 

「じゃあ、これで全員揃ったかな? 話を始めようかミカゲさん」

「そうですねナガレ君。マモル殿がお目覚めになる前に、私達の方でもある程度のすり合わせは必要です。注意事項も有ります。ニンニン」

 

 モニターの前で何やら映像を見ていた青神ナガレと冥王ミカゲが立ち上がる。好き好きに寛いでいた室内の者達も、ようやくかと言った様子でこちらへと向き直る。

 

 そうだな……話を始める前にハッキリさせておこう。これから仲間としてやって行くのであれば、本音を隠し黙っている方が不誠実かもしれない。

 

「待ってくれ、話を始める前に聞きたい事があるんだ。冥王──いや、黒神ミカゲ」

「拙者に聞きたい事ですか氷筍ツララ?」

 

 私の剣呑な様子を見て、黒神ミカゲはなにかに気付いた表情を見せる。

 

「ふーむ……なるほど。そう言えばアナタもあの場に居ましたね。だから私の事は信用出来ない! そんな所ですか?」

 

 私と黒神ミカゲの間に流れる不穏な雰囲気に、室内の緩やかな空気が緊張した物へと変わる。場を乱す私に苦い表情を向ける者もいる。

 

「……そうだな、正直私は君の事が怖い。何を考えているのか分からなくて不気味だ。こんな状態で仲間になるのなんて……ゾッとするよ」

「ツララさん! そんな言い方は失礼だよ!」

「おいおいどうしたツララ? お前らしくねぇ」

「最初から喧嘩腰は良くないぜツララさん、まずは互いを知って話し合いしてから……」

 

 トウヤ達が私を咎める様に声を上げる。正しい反応だ。 

 

 私達は窮地を助けて貰った立場で、これから仲間になろうと言うのにこの言い草、どう考えても私が悪い。それは自覚している。

 だが、トウヤ達は知らない。冥王ミカゲが五年前の魂魄の儀を襲撃した事実を。

 

 あの時の恐怖、彼女のもたらす闇の凄まじさは実際に体験しなければ理解出来ないだろう。

 

 私は恐ろしさのあまり、ただ震えて見ている事しか出来なかった。あの場で冥王ミカゲに立ち向かう事が出来た子どもはトウカ様とタイヨウとミズキだけ、その三人も冥王ミカゲに傷一つ付ける事もできず、あっという間に破れた。

 

 今この場に居るもの達はトウヤも含めて殆どが五年生、対策の為に調べていたデータに無く、見馴れない者も数名いるが明らかに惑星の一族の関係者ではない。

 私達の代の魂魄の儀を経験した者は、私と冥王ミカゲを除きこの場にはいないはずだ。

 冥王ミカゲの悪名も、各地で実力者を襲撃して回った部分しか知らないだろう。あの時の出来事には一族の関係者に箝口令が敷かれている。

 

「黒神ミカゲ……今の君と、五年前の君がどうしても結び付かない。あの時感じた身の毛がよだつ様な闇の力が今の君からは感じられない。それがどうしても気になるんだ」

「ふむ、それは──」

「だから私は今の君が知りたい。トウカ様と私達を助けてくれた事を本当に感謝している。私はここにいる者達と志を同じくして、仲間としてやって行きたいと願っている。それも私の嘘偽りの無い気持ちだ」

 

 私が歩み寄りの姿勢を見せた事に、トウヤ達はほっとした様子を見せた。

 

「いや、尋ねるのであれば、まずは自分の事から話さなければ失礼だな。私の名前は氷筍ツララ、十二歳で小学六年生。トウカ様を支え、お守りするウラヌスガーディアンズを纏める立場にある。好きなものは男の子同士が仲良くしている光景。趣味はそれを漫画に書くことだ」

「な、何よこの女? 急に何を言い出すの?」

「おい……俺達は何を聞かされている?」

「まあまあ、素敵な趣味。ウフフ、仲良くなれそうですわね」

 

 困惑する周囲、僅かに混ざる肯定の声。詳しく語りたい気持ちはあるが今はその時ではない。

 

「趣味を親に見つかり禁止された時に、トウカ様は私の趣味が続けられる様に計らってくれた。私の趣味が自分には理解出来なくても、それを否定せずに私の好きを肯定してくれた。トウカ様は周囲の者の心を汲み、力になってくれる優しい人だ。私はそんなトウカ様が大好きで心の底から尊敬している」

「トウカさん、器が大きいでやんす……」

「昔から人望があるよねトウカさん。僕達にも優しかったし」

 

 ほう、神立ビリオ、木星ユキテルはわかっているな。

 

「そんなトウカ様が信じて連れて来たマモルが、私達元クリスタルハーシェルが抱えていた問題を解消するきっかけを作ってくれた。望みを偽らない事の大切さを教えてくれたんだ」

「へへ、マモルは昔から嘘付くのが下手だからな」

「実家の庭でツチノコを見たって最後まで主張してたよなー」

 

 ……実家の庭にツチノコ? 少し気になるが我慢だ。

 

「だから私はマモルを信じる。そして、マモルの仲間である君を信じたいと思っている。仲間が信じた者を信じる事。それも絆の一つの形なのだと私は思う」

「なるほど、あの頃の私なら一笑に付すでしょうが、今の私には人と人との繋がりを信じる気持ちが理解できます。それを踏まえた上で氷筍ツララ、アナタは私の何が知りたいのでしょうか? ニンニン」

 

 知りたいのは変わった理由。そして恐らくそれは……

 

「黒神ミカゲ、君がマモルと共に行こうと決めた理由やきっかけを知りたい。いきなりで不躾な質問であることは自覚している。答えられる範囲で構わない。私に今の君を教えて欲しい」

 

 冥王ミカゲの変化にはマモルが関わっているはずだ。そんな確信にも似た予感がある。

 

「むふふ、つまりアナタは拙者とマモル殿の──運命的で必然的で情熱に満ちた愛のメモリーが聞きたい訳ですね!! ニンニン!! しょうがないですねぇ!! 少し恥ずかしいですがそこまで求められるのであれば語りましょう!!」

 

 突如嬉しそうに声を荒らげ、へにゃへにゃとした表情でくねくねと身をよじり始める黒神ミカゲ。

 五年前、人の姿をした造り物の様だった彼女と同一人物とは思えない反応だ。ここまで感情表現が豊かに変わるとは……

 

「拙者は冥王家の長女として生まれました。そして生まれ付き闇の祝福を受け、自分で言うのもなんですが絶大なソウルと力を持ち合わせていたのです」

 

 お、生い立ちから語るのか? そんなに初めから……いや、より深く彼女を知ることが出来るから良しとしよう。

 

「当時の拙者は周囲の全てを見下していました。私にソウルギアを扱う事を禁じた負け犬揃いの冥王家、軟弱な父親、馬鹿で馬鹿な兄、魔界から戻らない母親。周囲の人間は弱い癖に自分を縛る、下らなくて価値の無い物だと……まあ、冥王家自体は今でも見下しています。父親と兄が嫌いなのに変わりはありません、ニンニン」

「魔界? ああ、マリアの言ってた地下大空洞の西側の奴だな」

「その通りですソラ様。天に仇なす罪深き者共の本拠地、いずれ天に選ばれし勇者であるソラ様が浄化せねばなりません」

 

 ソウルギアを禁じられていた? 彼女もまた生まれた家に縛られていたのか。そこは私達と変わらないな。

 

「なので六歳の誕生日に、制止する家の者を叩きのめして家出しました。そして、とある動物園でぼんやりと動物達を眺めてこう思い至ったのです。私が世界を闇で包み、愚かな人間達を飼ってあげよう、きっとそれこそがこの世のあるべき姿だ。ニンニン」

「な、なんでそうなる!?」

 

 普通はそうならないだろ!? どういう思考回路だ!? 

 

『おいおい、コイツ本当に大丈夫なのかよユキテル?』

「ミカゲさんは頼りになる人だよユピテル。中国の裏カジノでの逆転勝利は凄かった……ちょっと焦ったけどね」

「ちょっとじゃないわよユキテル! みんなで稼いだお金を勝手に全部賭けた時は焦り過ぎて心臓が止まるかと思ったわよ!」

「まあ、結果的には勝ったよな? 結果的には……」

 

 中国の裏カジノ? まさか彼等が捜索しても見つからなかったのは海外にいたから? 

 

「檻の中で管理される動物達が、意外にも幸せそうだったからです。とある人物の助言もあり、より強き者に管理されるのが生き物にとっての幸せであると結論付けました。ならば、この世で最も力を持った拙者が脆弱な人類を闇の中で飼育し、管理してあげようと決めたのです。ニンニン」

「うわぁ、ディストピアって奴?」

「昔のミカゲはおっかないネ。暗黒大魔王アル」

 

 自分を人類にカテゴライズしていない? 

 

「思い至ったが吉日。拙者は近々魂魄の儀が執り行われる事を影を介した情報収集で知っていました。丁度いいので星乃町の星辰の間を目指したのです。氷筍ツララ、コアソウルが最も活性化する日、アナタ達の代の魂魄の儀に合わせてです。ニンニン」

「黒神、魂魄の儀に参加したと言うのは、当日に飛び入り参加だったのか?」

「僕は納得だよ兄さん、ミカゲはルールを破るのが好きだからね」

 

 それが魂魄の儀襲撃の理由? だが……

 

「あの時の君は、道を阻む者を蹴散らした後にコアソウルに触れ、その中へと消えた。そして、しばらくするとソウルスピナーを手に戻って来てあの場を去ったな? プラネットシリーズのソウルギアを手に入れ、それでどうやって世界を管理するつもりだったんだ?」

 

 魂魄の儀でのみ与えられるプラネットシリーズのソウルギア。確かに強力なソウルギアだが、流石に世界を支配する程の力は無い。

 

「いえ、当初の目的はプルートを得る事ではありません。冥王星のコアソウルの中をアンラ・マーニュの闇で限界以上に活性化させ、全てのコアソウルとの共振によりソウルインパクトを引き起こす予定でした。さらに、ソウルインパクトの爆発力を利用してあらゆる星々へのソウルロードを敷いて移動手段を得た後に、全ての惑星とその衛星、全天二十一の恒星を拙者の闇の力で支配。得られたソウルを全て私の闇へと変換し、天の川銀河全域を飲み込む目論見でした。そうすればあらゆる事象を管理出来たはずです、ニンニン」

「銀河規模の野望……」

「うわぁ、僕でもそこまでやらないよミカゲさん」

 

 ……は? 

 

「も、もしかして五年前の襲撃は一族どころか世界の危機!? それどころか銀河の危機だったのか!?」

「ヒャハァ!? 流石ミカゲの姐さんだぜェ!! スケールがデケェなァ!!」

「いやはや、お恥ずかしいですヒカル君。拙者も若い頃はやんちゃをしておりまして……えへへ、ニンニン♡」

 

 や、やんちゃで済ませていいレベルじゃ無い! 周囲の者達もドン引きしている。

 

「だが、その目論見は失敗したんだよな? コアソウルの中で惑星の意思達に野望を阻まれたのか?」

「えへへ、それは違います氷筍ツララ」

 

 違う? それならば、一体どうして世界は無事なんだ? 

 

「愚かにも驕り高ぶっていた拙者は!! コアソウルの中で過ちを思い知らされたのです!! 真に世界を統べるに相応しい御方に敗北しました!! そう!! マモル殿に!!」

「コアソウルの中で……マモルに負けただと!?」

 

 マモルが五年前の魂魄の儀に参加していた? 

 馬鹿な、あり得ない。あの場にいたのは全員が顔見知りで、見慣れない者など一人もいなかった。

 そもそもアイツは一つ下の学年だろう? ソウルメイクアップで誰かに成り代わっていた? 

 

 

 いや、マモルは月読家の人間。ならば……

 

「そうか、月読家ならば他の者達と接触させない為に星辰の間以外の場所で儀式を行っていてもおかしくはない。マモルは実は私達と同じ年齢で、本来は六年生……なのか?」

「別室で儀式を執り行っていたのは正解です。マモル殿は星辰の間ではなく、星宮殿内部に秘密裏に存在する月影の間で、アナタ達と同日に魂魄の儀に参加していました。でも、年齢は間違い無く私達の一つ下です。体質故に一年早く参加せざるを得なかったと言っておりました。ニンニン」

 

 体質が理由? コアソウルに己のソウルを少量捧げるのと体質になんの関係があるのだろうか。

 

「マモルがそう言ったのか?」

「いえいえ、マモル殿が廻転町にお住まいの時にグランドカイザー、マモル殿のお父上から直接お聞きしました。マモル殿ご自身は魂魄の儀での記憶を失われておりますゆえ……うぅ、お労しやマモル殿」

 

 グランドカイザーと面識が……いや、そこは不自然ではない、マモルの父親ならば会う機会は存在する。

 しかし、マモルの奴がますます意味不明になって来た。なんで魂魄の儀で記憶を失う事態に陥る? 

 

「ですが、当時の拙者はそんな事は露知らず、それどころかマモル殿のお姿もお名前も分からぬままに戦いは終わりました。戦いの舞台はコアソウルの中でも一番深き所、互いに肉体を脱ぎ捨てたプラネテスとして、剥き出しのソウルと魂がぶつかり合う形で行われました。拙者は元々、肉体を捨ててあらゆる闇と同化するつもりだったのです。ニンニン」

 

 冥王ミカゲがコアソウルに消えて帰って来るまでは、精々十分程度の出来事だった。

 そんな短い間に、コアソウルの中で銀河の命運を決める重要な戦いが繰り広げられているなんて想像できる訳がない。

 

「マモル殿に己の矮小さを分からされた拙者は、気が付けば力の大部分を失い、プルートを手に現世へと帰還していました。そして、己が拘っていた闇も、対となる光も、偉大な魂とソウルの前では矮小な枠組にしか過ぎないと蒙を啓かれたのです。鮮烈で衝撃的な体験に、拙者は夢見心地のままその場を立ち去りました」

 

 確かに冥王ミカゲはあの時、ソウルスピナーを手にしばらく立ち尽くしていた。そんな風に思っていたとは……

 当時の私は恐怖のあまり、冥王ミカゲの心情など推し計る余裕が無かった。倒れ伏すトウカ様を抱き締め、冥王ミカゲがその場を大人しく立ち去ってくれた事にただただ安堵していた。

 

「無意識の内に再び件の動物園へと戻った拙者は、心を満たす素晴らしい満足感と、胸を焦がす喪失感を同時に味わっていました。自分が見下してくだらないと思っていた世界には、あんなにも素晴らしい御方が存在し、心とソウルとはこんなにも揺れ動くものなのかと感動していたのです。ああ、あの素晴らしいソウルの持ち主にもう一度会いたい、側に居たいと強く願いました。生まれて初めて強い衝動を得たのです」

 

「へへっ、ソウルと魂でぶつかりあったならソウルバトル! 本気のソウルバトルの後には絆が生まれるものだぜ!」

「そうだねソラ君、ソウルバトルの後にはどんな形にせよ繋がりが生まれる。一度繋がればまた巡り合うのは必然だ」

 

 それは本当にソウルバトルか? 別次元の戦いな気がする。

 

「ですが、当時の拙者には自分に素晴らしき敗北を与えてくれたマモル殿のお姿もお名前も分かりません。力の大部分も失ってしまったので、力任せに一族から情報を得るのは不可能でした」

 

「ううっ、会いたい人に会えないのは可哀想ですぅ。私もミナト様に会えなくて毎晩震えてました。田中さんが貸してくれたスコルとハテイを抱きしめて、寂しい夜をなんとか耐えてましたぁ」

「うーん……そんなに可哀想かなミオ? 割と自業自得じゃない?」

「はい! ミナト様がそうおっしゃるなら自業自得です! 黒神ミカゲは全然可哀想じゃありません!」

 

 同情できる様なできない様な……

 

「なので、学生時代に天照アサヒ社長のチームメイトだった私の父親を利用する事を決めました。冥王家の為に働く振りをして、情報を引き出す事にしたのです。結局マモル殿に繋がる情報を得られませんでしたが、その後マモル殿の役に立つ情報はそれなりに得られました。実家にカロンが保管されていたなどを知ったのもその時ですね」

「カロンを知ったのはファインプレーね、本当に助かってるわ。ヘメラのカレーは絶品だから毎日でも飽きないわよ」

「確かに上手いけどよぉ、ヘメラの献立はカレーかカレー味しかねえンだよな……」

「うう、ガミタ君。僕もカレー以外が食べたいでやんす……」

 

 そういえばヘメラが食事を用意していると言ってた。

 私のせいで話し合いに時間がかかり、ヘメラを待たせてしまっている事に気付き新たな罪悪感がプラスされる。

 

「各地の実力者の情報を頼りに、国内を巡って捜索もしました。ですが、弱体化した拙者に簡単に敗れる様なソウルギア使いや魂魄術の使い手にしか出会えませんでした。マモル殿の情報の手がかりすら掴めなかったので、拙者はとある計画を実行に移す事に決めました」

「とある計画だと?」

 

 冥王計画とは別の物だよな? 一体何を企んで……いや、改心したのならそこまで危険な計画ではないのか。

 

「はい、プラネット社を潰し、国内を拙者が征服する計画です。とりあえず国内を闇と混沌に包めば、拙者に敗北を与えてくれた御方がもう一度自分の前に現れてくれる。混沌の中で再会を果たせると考えたのです。名付けてカオス・リユニオン計画。ニンニン」

「カオスはいらねぇだろ。普通に再会しようぜ」

「ウフフ、再会を劇的に演出したい乙女心……ロマンチックですわね」

 

 駄目だ。スケールダウンしているだけで、まだ危険な本質は変わっていない。

 

「弱体化した拙者では、流石に単独での計画成就は不可能です。なので拙者の手足となって働く部下を欲しました。そこで目を付けたのが廻転町です」

「へぇー、ミカゲさんが廻転町に来たのにはそんな理由があったんだなヒカル」

「ヘヘッ、カイテンスピナーズが結成されなかったらやばかったかもなァ、ホムラァ?」

 

 あっ、チームメイト達も初耳なのか……

 

「プラネット社最強の戦士、火星ホタルの一人息子であるホムラ君。実力者ながらも魂魄優生思想を唱え、青神家の役目から外されたナガレ君。初代白神家当主の再来と評され、天才的な和菓子作りの腕を持つヒカル君。金星家当主を確実視されながらも、復讐の道を選んだアイジ君。SS団と手を組み、地球のソウル環境の改善を目論む花咲翁末裔の四人。廻転町は実に魅力的な人材の宝庫でした」

「おやおや、そんなに早い段階でミカゲに目をつけられていたとはね」

「いやはや、アイジ様の美しさは目立ちすぎるのが唯一の弱点です」

 

 確かに、カイテンスピナーズにはプラネット社に反抗的な実力者が揃っている。特に金星アイジの件はプラネットソウルズの中でもよく話題に上った。

 だが、冥王ミカゲは六年生の間で名を呼ぶのも憚られており、表向きには話題にならなかった。公に話すのはタブー、それがあの日を知る子ども達の暗黙の了解となっていた。

 

「廻転町に着いた拙者はまず、情報収集の為にあえてSS団に捕まりアジトに潜り込みました。今にして思えばあれは冥王星の導き!! 愛故の必然!! 拙者の純真で無垢なる願いが運命を引き寄せたのです!! ニンニン!!」

「確かにおかしいとは思ったのよ。噂の冥王ミカゲがやけに簡単に捕まるから」

「逆にマモルの奴を捕まえるのは骨が折れたな。アイツは本当にしぶとく暴れるから最後は数で力押しだったよ……」

 

 今はヴィーナスガーディアンズを名乗る四人は、当初はマモル達と敵対していたのか。

 御玉町、廻転町、撚糸町、この三つの町で何やら事件が起きていたのは承知しているが、直接調べるのは社長直々の命で禁じられていたので詳しい経緯を私達は知らない。

 危険な組織が絡んでいるので、子ども達は手出し無用だとトウカ様は説明を受けたそうだが……今にして思えばかなりキナ臭い。

 

「そして遂に!! SS団のアジトの牢に囚われたか弱き拙者は!! 私と戦った記憶が無いにも関わらず!! けれど運命に導かれたマモル殿に助けられたのです!! ああ!! 思い出すだけで胸が高鳴ります!! マモル殿の凛々しさと神々しさ故に!! 視界は開かれ薄汚いアジトですら輝いて見えました!! 二人きりでの再会が遂に果たされたのです!! はぁ、今思い出しても素敵です……ニンニン」

「ん? 二人きり? 俺達もあの時は敵だったヒバラ達もあの場に居たよなナガレ?」

「ホムラ君、今は沈黙が正解だよ。この話に水を差すと後が怖い」

「お口チャックだホムラァ! ああなった姐さんの邪魔は危険だぜェ……」

 

 自分で捕まった癖にか弱い……

 

「えへへ、マモル殿は拙者の手を取り!! 一緒にソウルスピナーで戦おうと言ってくれました!! その御手に触れた瞬間!! 拙者の身体を衝撃が駆け巡り!! この御方こそが私を打ち負かした魂とソウルの持ち主だと確信したのです!! ああ、なんて素敵で運命的な再会!! しかも……君と一緒にソウルスピナー出来ないと僕は死んでしまうって情熱的に勧誘されちゃいました!! むふふー!!」

「ああ、みんなで力を合わせなきゃ死ぬって叫び回ってたよなアイツ」

「ホムラ達三人にも言ってたな。アジトをちょこまか逃げ回りながら場をかき乱されて、結局全員牢から解放されて負けたんだよなぁ」

 

 少し認知の歪みが見られるが、マモルとの再会と仲間に誘われたのがとてつもなく嬉しかったのは伝わって来る。

 話を聞く限りだと、彼女は、それまで単独で動いていた黒神ミカゲは、誰かと力を合わせてソウルギアを扱う経験も無かったのだろう。一緒にソウルギアで戦おうと誘われたのが孤独な心に響いたのか? 

 

「黒神ミカゲ。つまり君は五年前にマモルに敗北して価値観が変わり、その後にマモルと再会して仲間に誘われたのが嬉しかったので力を貸している……そういう認識でいいのか?」

「それも間違いでは無いですが……そのぉ、理由はもう一つありましてね? 一番の理由が……えへへ、恥ずかしいです。ニンニン」

 

 黒神ミカゲが顔を赤らめてもじもじと身体をくねらせる。何を恥ずかしがっている? 一番大事な理由だと? 

 

「言いにくい理由なのか? それならば無理には聞かないが……」

「言いたく無い訳ではないのです氷筍ツララ! 他のみんなもどーしても聞きたいと言うのならば! マモル殿には内緒にすると約束してくれるならば特別にお話します! むふー、ニンニン!」

 

 物凄く聞いて欲しそうだ。ここまで話を聞かせてくれたのだ、尋ねるのが礼儀だろう。

 

「分かった。マモルには内緒にするから聞かせてくれ、皆も約束出来るよな?」

 

 周囲の者達は興味津々なのが半分、やれやれと言った様子が半分。

 

 分かった、了解、早くしろと言った同意の声が次々と届く。

 

「ではでは、実はそのぉ……初めてお目にかかったマモル殿の……むふふ、お顔立ちが……えへ、あまりにも拙者の好みのド真ん中でして……あどけなさの中の凛々しさに、拙者のハートはズキュンと撃ち抜かれ……きゃー!! 言っちゃった!! 恥ずかしいです!! ニンニン!!」

「……え、それだけ!?」

 

 きゃーきゃーと叫びながら顔を手で覆い隠し、地面を転がり足をバタつかせる黒神ミカゲ。

 つまり、一番大事な理由とは……マモルの顔が自分の好みのタイプだったから? 

 

 あ、浅い……勿体ぶった割には、一番大事な理由が一番俗っぽい。

 

 黒神ミカゲの告白に、周囲の反応は呆れた様子の者が多いが、一部はなぜか興奮して盛り上がっている。

 

「やっぱり男女の出会いはインパクトが大事ネ! ロンロンもユキテルの情熱的なプロポーズにメロメロアルヨ!」

「ウフフ、そうですわね。ああ、ユキテル様。颯爽と私を連れ去ってくださった貴方様を、カミラはお慕い申しております」

「あ、あれは……その……」

「ちょ、ちょっと!! ユキテルに抱きつくのはやめなさい!! 困ってるじゃないのよ!! 聞いてるのロンロン!? カミラ!?」

『ユキテルお前、大人になっちまったな……』

 

 想像していた理由とは違うが……まあ、これはこれで納得はできる理由。私も一応は女子、理解はある。

 

「以上が拙者とマモル殿の愛のメモリー出会い編です!! 廻転町での逢瀬編も聞きますか!? ニンニン!!」

「い、いや……もう十分だ。話をしてくれてありがとう黒神ミカゲ、お陰で今のお前が少し分ったよ」

 

 思考の吹っ飛び方にはついていけないが、好きな人の力になりたい。そのシンプルな理由は私にとって納得の行く答えだ。

 

「そうですか? 拙者がいかにしてマモル殿から最も信頼されて愛される忠臣になったのか聞きませんか? ニンニン」

「いや、マモル君に一番信頼されて愛されてるのは僕だよ。何いってんのミカゲ?」

「は?」

「あ?」

 

 突如として黒神ミカゲの発言を否定する水星ミナト。

 

 その発言を皮切りに、先程の浮かれた様子から一変して険悪な雰囲気が流れる。

 

「ミナト? 前々から思っていましたが、お前はマモル殿がお優しいから勘違いしていますね。ちょっと思い上がりが過ぎます。ニンニン」

「いや、勘違いしてるのはミカゲの方だよ? 大体僕の方がマモル君に早く出逢ってるんだからさ、ミカゲの方が弁えるのが道理でしょ」

「は?」

「あ?」

 

 互いの顔をくっつく程に近づけ、至近距離で睨み合う二人。両者共に恐ろしい形相だ。

 

「耳が腐ってるんですか? 五年前に出逢ってるんだから拙者の方がどう考えても先でしょう?」

「コアソウルの中での話でしょ? しかも当時は姿も分からないし、マモル君も覚えていないって自分で言ったじゃん。ノーカンだよそんなの。御玉町で敵と味方として悲劇的に出逢った僕の方が実質先だよ先」

「は?」

「あ?」

 

 これは、止めないと不味くないか……

 

「最初から味方の方が偉いと思いますけどぉ!? しかも拙者はマモル殿の方から熱烈に勧誘されたんですけどぉ!?」

「マモル君は命懸けで敵である僕を求めたんですけどぉ!? 初めて出逢った戦場で思い切り抱きつかれちゃったんですけどぉ!?」

「ミナト、あれはソウルシューター初心者だったマモルが破れかぶれにサバ折りをかましただけだと──」

「兄さんは黙っててよ!!」

「す、すまん……」

 

 もはや額を擦りつけ合いながら睨み合う二人、言い争いもヒートアップしている。

 だが、周囲を見回すと慌てている者は無く、落ち着いた様子。喧嘩を止めないのは……もしかして言い争いはよくある事なのか? 

 

「そこまでだぜミナト! ミカゲ! マモルが決めただろ? チーム内で諍いがあったらまずはソウルギア以外の勝負で決める!」

「そうだぜミカゲさん! ここはいつも通りの方法で決着だ! ヘメラ! ルーレットを持ってきてくれ!」

 

『どうぞ、用意したよ』

 

 いつの間にか会議室に現れたヘメラの横には、キャスターが付いて自立する移動式のルーレット台があった。さらにヘメラの手に持つケースには、黄金に輝くダーツの矢が光っている。

 バラエティ番組などで見られる、お題の書かれたルーレットを回してダーツを投げ、刺さった奴に決定するアレだ。ルーレットには対戦型のオモチャの名前が複数記されている。

 

「この前みたいにソウルドンジャラでボコボコにしてやります! 今日もお前はハコテンです! ニンニン!」

「はぁ!? ソウルワニワニパニックで僕に勝てないの忘れたの!? ミカゲなんて瞬殺なんだけど!」

『ツララ、はいダーツ。投げて』

「わ、私が投げるのか?」

 

 BGMと共に回り始めるルーレット、ギラギラとした目付きで私の手元のダーツを睨み付ける二人。

 

 クッ、やるしかないのか……

 

 黄金に輝くダーツの矢を軽い力で放つ。結果によっては恨まれそうなので狙いは付けない。とにかく的に当てる事だけを意識する。

 

 矢は外れる事無くルーレットに吸い込まれ、輪の外側辺りに突き刺さった。

 

「今日の種目は……ソウルジェンガ! ソウルジェンガに決定だぜ!」

「ソウルジェンガか……」

「ソウルジェンガですか……」

 

 微妙にトーンダウンする二人、あまりお気に召す結果では無かった様子、ソウルジェンガは苦手なのか? 

 

「これ、勝った方はどうなるんだソラ? 本人が寝てるのに一番を決めるってどうなんだ?」

「そうだな……よし! 勝った方がマモルを看病する権利を得るってのはどうだ? あんまり大勢で医務室に押しかけるのは良くないからな! マモルが目覚めて体調が戻るまでは、医務室には治療するヘメラとヒカル! それとゲームの勝者しか入れない事にしよう!」

「ッシャア! やるぞコラァ! 僕に力を貸してくれメルクリウス!」

「負けられません! プルート、拙者に冥王星の加護を!」

「あっ、僕も参加していいかな?」

「ほら、ユピテル。負けていいの? アンタも参加しなさい!」

『お、俺は別にいいよ……』

 

 もう一人のヘメラが巨大なソウルジェンガを運んで来た。私の身長より大きなジェンガタワーが、二人のヘメラの手によってあっという間に積み上げられていく。

 

 一気にテンションを上げ、タワーへと殺到する二人と飛び込み参加の木星ユキテル。

 

 そんな三人を会議室の大多数が輪になって取り囲み対決を囃し立てる。場の意識が対決の行方に向かい、話し合いの空気が霧散してしまった。

 その様子を呆気に取られて眺める私達に近付いてくる三人の男子……百地リク、青神ナガレ、神立ビリオだ。

 

「悪いねツララさん、トウヤ君、レイキ君、ヒムロ君。この船は大体こんなに感じだからさ、ちゃんとした話し合いは明日になりそうだ。それで、望む答えは得られたかな?」

 

 ニコニコと笑みを浮かべ、私に声を掛けてくるのは青神ナガレ。笑顔の筈なのにどこか値踏みされている様に感じる。

 

「ああ、納得の行く答えが聞けたよ。大事な人の力になりたい、私にも馴染みの深い理由だ」

「うん、そうだねツララさん。やっぱり噂や伝聞だけじゃ人となりは分からない、直接話を聞かなくちゃね」

「へっ、悪名高い冥王ミカゲにしては拍子抜けで甘ちゃんな理由だが……悪くねぇ、嫌いじゃねえ甘さだ」

「ああ、トウカ様や他の皆もきっと納得する理由だぜ」

 

 私の言葉に三人も同意する。トウカ様達にも私の口から今の黒神ミカゲを伝えよう。

 

「それは良かった。なんとか丸く収まりそうで安心したよ。ツララさんはミカゲさんと喧嘩をしたいのかと思ったけれど、思い違いみたいだね」

 

 ……青神ナガレの態度は少し気にかかるが、悪いのは私の方だ。

 

「場を乱し、君のチームメイトを侮辱する発言をして済まなかった……謝罪する。だが、さっきの発言は私個人の物でチームの総意では無い事は理解して欲しい」

「はは、分かってるよ。でも、謝罪の言葉はミカゲさんに直接言ってあげて欲しいな。意外にそういうの気にするんだよあの人」

 

 そうだな、黒神ミカゲには後で直接謝らなくてはならない。

 

「まあまあ、ツララさんもナガレもそう固くなるなって。俺達だって当初集まってしばらくは喧嘩ばかりだっただろう? ツララさん達は急に立場が変わったんだ、いきなり全部を割り切るのは難しいぜ。これから徐々に互いを知って行こう」

 

「毎日何かしらで対決してたでやんすからね。でも、この夏にカロンで各地を旅する内に新たな仲間を増やし、困難を乗り越え、僕達三つのチームは仲良くなれたでやんす。それに、これから来年の夏にかけて長い戦いが始まる……焦りは禁物でやんす」

 

 少し険悪な雰囲気の私達を諭す様に、二人が仲裁の言葉を口にする。

 

「そうだね……ごめんツララさん、少し意地悪な態度だった。でも、ミカゲさんを不安定にする様な発言は本当に勘弁してくれないかな? さっきは正直肝が冷えたよ。今回はポジティブな方に傾いたから良かったけど」

「あ、ああ……今後は気を付ける」

 

 青神ナガレは、黒神ミカゲへ仲間意識と同時に、危機感も抱いている? やけに切実な想いの込められた発言だ。

 

「でも、これから俺達はソウルセイバースとして一緒に戦って行くんだ。何もかもを包み隠さずとまでは言わねーけど、お互い言うべき事はハッキリ言ったほうが健全だぜ。なあ、ビリオ?」

 

「そうでやんすね。仲間に隠し事は……はは、良くない。本当に良くないでやんす。でも、ミカゲさんについてもこれからはマモル君が側に居るからそこまで心配はいらないでやんす」

 

「いや、側に居るが故の暴走もあるんだよ? ヴィヌシュでの決戦でマモル君が倒れた後なんて本当に大変だったよ……」

 

 やけに実感のこもった語り口、一体ヴィヌシュとやらで何があったんだ? 

 

「あ、そうそう。本当はミカゲさんから説明する予定だったけど、当人はそれどころじゃ無さそうだから僕から説明するね。マモル君に関しての注意事項があるんだ」

「マモルに関しての注意事項?」

 

 これ以上アイツになにがあるんだ……

 

「マモル君が五年前に魂魄の儀に参加していたという事実を、本人に直接伝えるのはやめて欲しい。いきなり記憶が戻るとマモル君の身体が耐えられずに危険だ」

「記憶が戻ると……マモル君が危険?」

「おいおい、なんだそりゃ? なんでお前がそんな事を知ってるんだよ?」

 

 レイキの疑問は最もだ。マモル自身が己を知らない事をどうやって知った? 

 

「マモル君の父親、グランドカイザーはマモル君のチームメイトだった僕達にこんなお願いをしてきたんだ。惑星の一族にまつわる事柄をマモルに話さないでほしい。マモルは自身を蝕むほどの強いソウルを記憶と共に忘却している。ソウルギアを通じてソウルの扱いを学ばせて元々のソウルに耐えられる身体を作り、徐々に記憶とソウルを取り戻したいから見守ってくれってね。ミタマとヨリイトの皆も頼まれたらしいよ、君達クリスタルハーシェルはどうだった?」

 

 グランドカイザーからの接触……そんなものは無かった。トウカ様もそれらしき事は言っていない。

 仮に、トウカ様個人に接触していたとしても、マモルの身の安全に関わる事ならトウカ様はそれを私達に伝えるだろう。

 

「今日の体育館で見たのが初めてだよ。そもそも家にも舞車町にも帰って来てないって話だったよね?」

「ああ、身の回りの世話は家政婦さんに頼ってるって聞いたぜ」

「そうだな、少なくとも私達には接触は無かったと思う。念の為にトウカ様達にも後で確認しよう」

 

 そう言えば四年生の偽田中マモル、マモルの母親とトウカ様は密かにソウルバトルをしていたな……その時に何か聞いているかもしれない。

 

「そうか、グランドカイザーは君達が知っている情報ならば伝わっても大丈夫だと判断したんだろうね。四つのソウルギアを修めたマモル君ならその程度は問題無い。そして、本来自分の勧誘に乗れば蒼星家である自分の手で、天照アサヒの社長の勧誘に乗れば蒼星学園でソウルカードを学ばせるつもりだったはずだ」

 

 グランドカイザーがソウルカードを教える? いくら蒼星家とはいえ、聖地のある蒼星学園以外でどうやって魂魄獣と契約するつもりだ? 

 まさか、知られていないだけで地脈の集中するソウルスポットが他にも存在して……

 

「グランドカイザーは自分の勧誘が断られて、マモルが一族側に付く事も想定していたってのか?」

「だろうね、グランドカイザーと天照アサヒ社長は個人レベルでは間違いなく繋がっている。いくらソウルメイクアップが使えるとはいえ、蒼星学園やファクトリーに潜り込めるなんて内部協力者が居なければ不可能だろう? 二人の間で話は通っているはずだ」

 

 ブルーアースとプラネット社の指導者同士が裏で繋がっている……ひどい茶番だ。

 だが、確かに社長本人もグランドカイザーは元チームメイトだと言っており、気安い様子で話もしていた。信憑性はある。

 

「確かに、今日の社長の言動には疑問が多い。一族間の閉じた集まりならばともかく、ローカル中継され今後拡散される可能性のある場で深く喋り過ぎていた。世間に広まれば間違いなく非難される様な目論見や願いを……あれは意図的なのか?」

 

「そうだろうね。そうでなければ、天照アサヒ社長が一族やプラネット社の評判を落とし、前社長派に糾弾される様な失態を犯さないよ。二十代の若さで自分の父親を社長の座から引き摺り落とし、現体制を敷いた傑物にそんな隙はあり得ない」

 

 だが、その理由はなんだ? 社長が一族に不利益な発言を広める理由……世論を操り一族やプラネット社を非難される事にメリットがある? 

 

「なあ、社長とグランドカイザーが繋がっているならなんでソウルバトルなんてしたんだ? もしかしてあれは擬装ソウルバトルかよ?」

 

「うーん、そこが良く分からないんだよね。擬装の為に活動に支障をきたす程の傷を負う必要があるのか……あるいは自分が直接動けない事をアピールするため? 確信にはちょっと情報が足りない」

 

 ソウルバトルしている内に盛り上がってやりすぎた……はは、まさかそんな訳は無いよな。

 

「ねえ、社長達の目的は置いて置くとして。もしかしてマモル君はソウルカードを扱える様にならないと危険なの? 身体が耐えられないって……」

 

「トウヤ君、心配はいらないでやんす。確かに僕達はグランドカイザーの想定外の行動をして、マモル君の身体には問題がある。でも、僕達はマモル君の記憶とソウルカードの習得の問題を一遍に解決する方法を知っているでやんす」

 

「おい、そんな都合の良い手段があんのか? それは一体なんだ?」

 

 確かに都合の良過ぎる手段。一体どんな解決方法だ? 

 

「それはな、教えてもらうんだよ。この星のあらゆる事象を見届ける者。ソウルの真髄を知り、それを俺達人類に伝えた伝道者に教えて貰えば全部解決だぜ! これから俺達はソウル仙人を探すんだ!」

「そ、ソウル仙人を探す?」

 

 太古から人類に予言とソウルの秘奥を授ける伝道者、またの名をソウル仙人、本当に実在するのか? だとしても伝説の彼の人をどうやって探す? 

 

「ナガレ従兄さん! たった今、内部協力者から例の件について連絡が入りました!」

 

 ソウルジェンガで盛り上がっている人の輪から、青神ミオがこちらへと向かって歩み寄って来た。

 

「内部協力者だと?」

「ああ、プラネットソウルズの下部組織に数人居るんだ。旧社長派の家の子とか、現状に不満がある子とか、純粋に報酬を求める子とか……とにかく、複数人から向こうの情報を流して貰ってるんだよ」

 

 私達側の情報を抜かれていたとは、流石青神家だな。恐ろしくもあるが今となっては頼もしい。

 

「で? どうだったんだいミオ?」

「はい、今回の同盟会議において、怪我人は軽症者が数名のみ。そして、命令に反した舞車町のランナー達の行動は全て不問になったとの事です。タイヨウさんが働きかけて、一時間前に社長から正式に許可があったそうですね。なんでも今回の会議は公には無かった事になるから、罪も無くなるだとか……無理やり過ぎますよねぇ?」

「本当に!? 良かった……」

「随分甘い対応だが、タイヨウらしいっちゃらしいか」

「でも、何事もなさそうで良かったぜ! 他のみんなの意思を確認する余裕も、回収する暇も無かったからな……」

 

 正確には、追手を振り切る為に黒神ミカゲが体育館でソウル爆弾を派手に爆発させたのが原因だが、今更そこは責められない。実際逃げる為には効果的な手段だった。

 

「私達の為に舞車町のみんなの情報を調べてくれたのか、ありがとう青神ナガレ」

「まあ、それだけじゃないけどね。でも、後顧の憂いは断って置かなきゃ思う存分力を発揮できないでしょ? もう少し落ち着いたらメッセージも送れるけど……宛先はどうする?」

「そうだな、ビックアイスの鈴木なら秘密の連絡網が──」

「あ、それともう一つ報告があります。天照タイヨウ達が中央小学校の校庭で怪しげな動きを見せているそうです、映像も繋がっているけど見ますか?」

 

 青神ミオが手にしたタブレットを机に置く。そこには私達の母校、夜の校庭が映し出されていた。

 プラネットソウルズのメンバー達が勢揃いしており、それを取り囲む様に一族の子ども達が集っていた。

 

「こ、これは?」

「な、何やってんだコイツ等……」

「今日の同盟会議で傷付きすぎて……狂ったかタイヨウ?」

 

 タブレットには驚くべき光景が……というか意味の分からない光景が映し出されていた。

 

 な、なんだこれは? 本当にどうしたタイヨウ? 

 

「もしかしてこれ、天照家に伝わる秘密の儀式だったりするでやんすかね? ナガレ君はなにか知らないでやんすか?」

「うーん、僕にも見当がつかないな。でも、どちらかと言えば月読家っぽくない? マモル君的というか……」

「いや、違うよ。タイヨウは狂っていない。本気だ、奴の目は死んでいない」

 

 トウヤがタイヨウ乱心説を否定する。何かを察したらしい。だが……

 

「そ、そっちの方が狂ってないか? 本気でこれをやってる方が精神状態に疑問が……」

「変わろうとしているんじゃないかな? 俺は今日、タイヨウと直接ソウルバトルをして少しだけあの人を知った。取り繕うようだったあの人がソウルを堂々と曝け出している……そんな気がするんだ。あれが本来のタイヨウなのかも」

「ま、まあ。お前がそこまで言うならそうかもしれんなトウヤ」

 

 正直私には理解の及ばない光景だが、直接戦ったトウヤがそこまで言うなら信じよう。

 でも、つまりそれは只でさえ強いタイヨウが更に成長しようとしている証。私達にとっては喜ぶべきではない事態でもある。

 

 だけど、だけど私の心の何処かにそれを喜ぶ気持ちがあった。

 自分でも上手く説明し難いが、今は敵となった筈のタイヨウが変わり、成長しようとしているのを嬉しく思う私がいる。そんな事は不誠実だと思いますかトウカ様? 

 

 いや、トウカ様ならきっと私と同じ気持ちを持つだろう。その上で私達が奴等以上に成長して正面から打ち勝てば良い、そう言ってくれるに決まっている。

 

 だから、早く目覚めて私に声を聞かせてくださいトウカ様。

 

 マモル、お前もだ。話したい事は山程ある。

 実は私は今の状況にワクワクもしているんだ。不安や心配と同じ位の希望と高揚が私の中に渦巻いている。

 これから始まる戦いの中で、とてつもなく大きな何かが変わる予感がある。きっとこの船に乗っている皆も同じ気持ちだ。

 

 だから、寝ているなんて勿体ない。早く起きて私達と一緒にこの気持ちを共有しよう。

 

 そして、ガラガラとなにかが崩れる音と悲鳴が部屋に響いた。

 

「ば、馬鹿な……拙者が、拙者が負けるなんてぇ!? うぅっ、マモル殿ぉ……」

「ッシャオラァ! ミカゲのざーこ! ざーこ! 次はお前だユキテル!」

「パワーならともかく、指先の器用さはストリンガーの方が上だよミナト君? アドバンテージは僕にある」

 

 なあ、頼むから早く目覚めてくれマモル。この諍いが激しくなる前に……

 


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