不思議のダンジョン〜未熟な欠陥マスターと迷宮都市〜   作:ハチミツりんご

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第一話:迷宮都市ドラゴッド

 

 

 

 ______【トルネコ】という男がいた。

 

 

 愛する妻と一人息子を持つ武器商人。割腹のいい体格をしている中年男性で、朗らかな雰囲気を醸し出すその姿は、どこにでも居る心優しい一般人だったと伝えられている。

 

 気は優しく、他人を思いやり、人の輪を好んだ男。だけど商人らしく、ちょっぴりずる賢くて抜け目ない。

 それでも、困っている人がいたら利益をかなぐり捨ててでも手を差し伸べる、生粋のお人好し。

 

 故に皆から愛される、ちょっと不思議な小太りおじさん。それが、トルネコという男だった。

 

 

 

 そんなトルネコは、その丸々とした外見とは裏腹にかなりの行動派。

 

 

 伝説の武具を求めて世界中を旅して回っていた彼は、気になった場所には嬉嬉として立ち寄っていた。

 それは巨大な城塞都市だった時もあれば、片田舎の農村だった時も。はたまた家族と共に南国の漁村にたどり着いたことがあったかと思えば、壺の中の不思議な世界に迷い込んだことだってあった。

 

 

 ありとあらゆる場所に足を運んだトルネコ。彼と切っても切れない関係にある、謎多き場所がある。

 

 

 凶暴な魔物達が闊歩する魑魅魍魎の巣窟。金銀財宝が眠る宝の山。自分という存在がどこまで通用するのか試す、極限の試練場。

 

 入る度に地形が変わり、手に入るものが変わり、その場その場に応じた最適な判断を下す力が試される場所。地上の常識が一切通用しない、封鎖された迷宮。

 

 

 危険な魅力に満ちた人外魔境。その場所を人々はこう呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 ______【不思議のダンジョン】と。

 

 

 

 

☆☆★

 

 

 

 

「着いたぜぇ、さんぞくウルフの旦那」

 

「…………………」

 

 

 

 ガタガタと地面の隆起に合わせて揺れ動く馬車の中。備え付けられた窓から外を覗き込む男が、胡散臭い笑みを浮かべながら傍らの人影に語り掛ける。

 

 人間では有り得ない灰色の体毛に覆われ、口や鼻が突き出た顔。ピクピクと巨大な耳が反応する姿は愛らしさを感じるかもしれないが、鈍く光る鋭い眼光を加味すると恐怖感が勝るだろう。

 

 

 彼は、名も無き魔物。種族名はさんぞくウルフ。幾度となく戦いを繰り返した結果、人語を完璧に理解する程にまで成長を遂げた個体………『自我持ち』と呼称される魔物である。

 

 

 

「おいおい、ちょっとは喋ったらどうだァ?俺のお陰で、あの冒険者一党から退治されずに済んだんだぜ?」

 

「………そもそもこの馬車が無ければ逃げ切れていた。命を拾ってもらったことは感謝しているが、恩を感じる程では無い」

 

「けーっ、口の達者なことで」

 

 

 流暢に人の言葉を話すさんぞくウルフ。ここまで馬車で連れてきたことに関しては感謝しているものの、そもそもこの馬車に逃げ道を塞がれなければ今頃は一党から逃げ切れていただろう。となれば、この男に必要以上に感謝を感じる必要も、畏まる必要も無かった。

 

 普通の人間と変わらない……いや、下手したら賢い部類に入るほどの思考力を見せたさんぞくウルフに、男は肩を竦める。口ではそう言うものの、その目は楽しげであった。

 

 

「まっ、とにかく外見てみろって。これからお前が生きていく街だ、知ってて損は無いハズだぜ?」

 

 

 

 男に促され、さんぞくウルフは外の景色に視線を投げる。

 

 

 

 石造りのタイルが敷き詰められ、理路整然と整えられた幅のある街道に、立ち並ぶはしっかりとした造りの建物達。

 暖かみのある木造建築の店には袋に詰められた草束や保存食、羽のような形をしたアイテムなど様々なものが店頭に並んでおり、その他にも日用品や雑貨なども多数揃っていた。

 

 しばらく進めば、こんどはレンガ造りの建物が多く並ぶ。店頭に剣やヤリ、斧、杖や爪、鞭に弓など多種多様な武器種を揃えた武器屋らしき店前では、武装をした人々が真剣な眼差しで見つめていた。

 

 

 

「………防具屋は無いのか?」

 

「防具を取り扱ってる店は、こっから少し離れた工房の近くに並んでんだよ。この街は広いからなぁ、工房からこっちまで持ってくるだけでもそれなりに手間だし、金が掛かる」

 

 

 

 さんぞくウルフからの素朴な疑問に、男は律儀に回答する。その他にも、目に付いた場所について簡単に解説をしていった。

 

 

 新しい武具を販売するのではなく顧客の手持ち武器や防具などを打ち直し、強化する鍛冶屋。

 

 荘厳で神聖な空気に満ち、聖十字架の元、神の名のもとに祈りを捧げる場所。一般人も多く訪れているのが見て取れる、教会。

 

 少し裏路地の方に目をやれば、荒くれ者達が集い、スロットやビンゴに怒号を飛ばしながらその瞬間を楽しんでいる賭博場ことカジノ。

 

 

 

「他にも、料理店の並んでるレストラン街や大衆向けの露天通り、寝泊まりするための宿屋。ちょいと変わったもんならスライムレース場なんて奴もあるぜ。勿論、ムフフな店だって………っと、魔物のあんたにゃ関係ねぇか!だっははは!!」

 

「………よく喋るものだ」

 

「悪ぃな、こちとら商人!口八丁に舌先三寸、そうやって生きてきた人種なもんでね。黙りこくってるよりゃマシだろ?」

 

「どうだかな…………ん?」

 

 

 流れる水のように矢継ぎ早に紡がれる男の言葉に呆れた様子を見せるが、男は何処吹く風。特に気にした様子も見せず、傍らに備え付けられている机の上のワインを手に取ると一気に飲み干した。

 

 仮にも魔物がすぐ側にいるというのに、怯える様子を見せず余裕の表情。戦いに優れているようには見えないこの男の余裕は一体何処から来るのだろうか。

 そんな風に考えていたさんぞくウルフだったが、ふと視線を外にやった際に気掛かりな建物が視界に入った。

 

 

 

「あの建物は?」

 

「ん?あぁ、迷宮組合か」

 

 

 巨大な木製両開き扉に、それを守るように建てられた2体の騎士の像。近隣の建物とは一線を画すほど巨大なその場所は、この街に入ってから見たモノの中で不思議と最も目を引いた。

 

 

 建物の名は、【迷宮組合】。

 

 今まで見かけた店や建物は、どれも仕事内容が分かりやすく人間の街に詳しくない魔物の彼であってもある程度は察せた。

 しかしこの迷宮組合という建築物に関しては、とんと中身が思い付かない。

 

 この街特有のものだろうかと思い尋ねようとしたさんぞくウルフだったが、それより早く男が手を横に振った。

 

 

「あぁいや、アソコについては俺の店についてから話してやる。これからのお前にとって、関わりの深い場所になるだろうからな」

 

「関わり深い………?」

 

「後で説明してやっから、ちょいと待って………おっ。見えてきたぜ」

 

 

 言葉が通じ、人間と同じように物事を考え判断を下せる。

 そんな自我持ちだったとしても、この男は今日初めて出会った魔物をこんな形で連れ帰る様な変人だ。一部の人間としか会話をしたことが無いさんぞくウルフにとっても、この男の考え方が常識から外れているのは理解出来た。

 

 そんな彼が関わり深い、と言ったのだ。ここに連れてきた理由の何かしらが、あの迷宮組合という建物にある事は確実だろう。

 

 

 その理由を尋ねようとしたさんぞくウルフだったが、男の声に反応して今一度視線を外に向ける。

 そして男の視線の先に目を向けた矢先、さんぞくウルフは目を見開き、そして一つため息をついた。

 

 

 

「………なるほど。道理で魔物を街に連れてくる訳だ」

 

 

 視界に飛び込んできたそれは、かなりの大きさを誇る石造りの堅牢な建物だった。

 所々が派手な色合いに着色されており、否が応でも目に飛び込んでくるように細工されてある。特に店の顔とでも呼ぶべき看板は、魔法を応用したアイテムによって光り輝いていた。

 

 

「察しがいいな。まっ、そういう訳だ。ようこそ!ここが俺の店、この街唯一の魔物販売専門店!」

 

 

 

 

 

 

「______【マーテイのモンスターショップ】だ」

 

 

 

☆☆★

 

 

 

 

「さぁて、早速だが話をしようや。あぁ、そこに座ってくれ。なに遠慮なんか要らねぇさ、これからアンタは大切な契約相手になるんだからな」

 

「………失礼する」

 

 

 ドカッ、と乱雑に椅子に座り込んだ男は、さんぞくウルフにも座るように促す。何処か軽薄さのにじみ出る男からの言葉に多少警戒心を持つが、促されるままに静かに椅子に腰掛けた。

 

 

「魔物のくせにお堅いねぇ。おい、誰か居るか?」

 

「はい旦那様、ココに」

 

「適当なもんで構わねぇからワインを持って来てくれ。さんぞくウルフの旦那はなんか飲むかい?………てか飲めるのか?」

 

「遠慮する。飲めはするが、気分では無い」

 

「って事みてぇだから俺の分だけ頼むわ」

 

「畏まりました。失礼致します」

 

 

 

 男が手を叩いて鳴らすと、扉の奥に控えていた執事服の男が静かに姿を表す。

 このまま話を進めるのもなんだと思ったのだろうか。執事服の男に飲み物を持って来るように指示すると、恭しく礼をしながら部屋の奥へと消えていった。

 

 

 

「さってと、自己紹介がまだだったな。俺の名前は【マーテイ】。聞いての通り、この店のオーナーだ」

 

 

 馬車で彼をここまで連れてきた商人の男______マーテイは、椅子に腰掛けたまま軽く挨拶を交わす。この店の名前、それに先程の使用人らしき人物の対応からみて、彼がこの店で相応の地位に居ることは事実の様だ。

 

 

「さんぞくウルフの旦那……って呼んでたが、名前はあんのかい?」

 

「無い。群れに居た頃は遠吠えで個々人を判断出来たし、抜けてからは放浪の身だ。呼ぶ相手もいない」

 

「んじゃそのままさんぞくウルフの旦那って事で………おっ、来たか」

 

 

 

 魔物は基本的に種族名で呼ばれ、一匹一匹に名前がついている方が稀だ。ただし自我持ちのような自分で考えることが出来る個体は、他と自分を区別させる為に自ら名を名乗る場合がある。

 他にも人間の生活領域に出没して、討伐されずに長いこと生き残っている個体は人間達から二つ名を付けられ、それが自然と名前として定着する場合も存在する。

 故に尋ねたが、このさんぞくウルフは自分で名前を名乗っては居ないようだ。

 

 

 馬車の中と同じで種族名で呼ぶとマーテイが決め、話の続きをしようとした時。先程使用人らしき人物が入っていった部屋から何かがやってきた。

 

 

 

 ふよふよと宙に浮きながら揺れ動く、巨大な一つ目を持った水色の異形。逆立った髪の毛の様な見た目に加え背中に翅のような器官を持っている。体の前方から2本、背中から2本の触手が伸びており、それらを使って器用にもお盆を持ってきていた。

 

 

「………珍しい。シーメーダか」

 

「だろ?水辺にしか居ねぇコイツらだが、気性は大人しい上に通常の個体でもこっちの言う事を理解する。そんでもって、餌は基本的に水だけだ!飼いやすいったらありゃしねぇ………おう、サンキュな」

 

 

 【シーメーダ】。

 

 海辺や湖の中など、水のある場所に出現する魔物の一種。縄張りを荒らされなければ積極的に人間を襲う事も少なく、また出現範囲が限定されているために陸地では会うことも珍しい魔物だ。

 

 こんな街中にいるような魔物では無く、さんぞくウルフが物珍しそうに小さく目を見開く。しかしマーテイは慣れた様子でワインを受け取ると、シーメーダに労いの声を掛ける。

 シーメーダ自身も小さく鳴くと、そのままふわふわ揺れ動きながら部屋から退出していった。

 

 

 

「………さて。見せるもん見せたところで本題に入ろうか」

 

 

 シーメーダの持ってきたワインを呷ると、グラスを机に置き、マーテイは両手を組んでさんぞくウルフの方に真剣な眼差しを見せる。

 

 

「旦那も察しがついてると思うが、ウチは()()()()()が主な仕事だ。各地に赴き、魔物をとっ捕まえて言うこと聞くように調教、そしてここで売っぱらって金を稼いでる」

 

 

 マーテイのモンスターショップ、という店の名前に違わず、主な品揃えは魔物だ。一部のモンスター用の装備品なんかも取り扱っているらしいが、主たる商品が調教した魔物である事には変わりない。

 

 

「旦那に出くわしたのも、遠方の客から注文があったから届けた帰りって訳だ。ここまでは良いか?」

 

「あぁ。店の名前で察しはついていたからな」

 

「話が早いねぇ。そんで、うちの店は一般人にも魔物を販売してる………が、こっちはあまり売れ行きが良くねぇ。なんせ調教してるとはいえ魔物は魔物だ。ガキンチョがいる家とかだと、スライム一匹すら脅威になるからな」

 

 

 店を構え、魔物を商品として取り扱っている。つまりは必然的に客がいるということだ。

 しかし、好き好んで魔物を買う一般人はなかなか居ない。それもそうだろう、わざわざ危険な魔物を買うくらいなら、猫や犬といった危険性の少ない愛玩動物を買った方が安心というものだ。それに、値段も魔物の方が高い。

 

 

「と、なるとだ………こうは思わねぇか?一体誰が魔物を買っているのか、ってな」

 

「………………」

 

「そしてここで、旦那が気になってた【迷宮組合】が関係してくる」

 

 

 魔物は危険な生き物で、一般人はなかなか手を出さない。となれば、魔物以外の品物に手を出した方が儲かるのが当たり前の話。

 

 しかしマーテイの店は、使用人を雇える程には儲かっている様子だ。これは何故なのか、彼が口にした迷宮組合という言葉に、さんぞくウルフも僅かに反応した。あの建物が気にかかっていたらしい。

 

 

 

「旦那は知らねぇだろうが、この街______【ドラゴッド】の中心にはでけぇ穴がある。人が横に複数人並んでも大丈夫なくらいの広い穴だ。んで、そこが______」

 

「______不思議のダンジョン、か」

 

 

 マーテイの言葉の先を代弁するようにさんぞくウルフが呟くと、彼は「察しがいいねぇ」と至極面白そうに笑みを深める。

 

 不思議のダンジョン。それは、入る度に地形の変わる摩訶不思議な場所。貴重な品々が宝箱の中に無造作に置かれる一攫千金の場所。そして同時に、無数の魔物が蔓延る伏魔殿である。

 

 

「不思議のダンジョンってのはレア物がゴロゴロ転がってるが、同時に危険な場所だ。一般人が入ったんじゃ、生命が幾つあっても足りねぇ…………あの迷宮組合は、不思議のダンジョンに潜る連中を管理、斡旋する所なのさ」

 

 

 不思議のダンジョンには危険がいっぱいだ。仮に装備を整えたとしても、そこら辺の人間が生きて帰って来れるほど甘い場所じゃない。

 

 だからこそ、迷宮組合がある。誰がどこのダンジョンに挑むのか、どんなメンバーで潜るのか、予定日数は何日か、潜るに足るだけの実力があるのか、装備は充分か______それを管理する事で、無駄死にを減らし、街により多くの宝を持ち帰らせる。そういう組織なのだ。

 

 

「オレを追いかけて来た《冒険者》という連中も迷宮組合に?」

 

「いや、街の外に出てくる魔物の討伐や商隊の護衛を仕事にしてんのが冒険者だ。迷宮組合所属で不思議のダンジョンに挑戦する連中は別個______そういう連中は探索者って呼ばれてる」

 

 

 マーテイと出会うきっかけにもなった、あの一党。連携の取れておりバランスも良い。仮にも自我持ちに至るほどレベルアップを繰り返したさんぞくウルフの討伐を任される程には強者達なのだろう。戦ってみても、一人では勝ち目がないと思う程に強かった。

 

 なので彼らも不思議のダンジョンに挑戦する者たちなのだと考えたが、どうやら違うらしい。

 

 なんでも不思議のダンジョンが存在するのはこの大陸では【ドラゴッド】のみらしく、迷宮組合もこの街限定の組織らしい。地上で活動する冒険者と、不思議のダンジョンに潜る探索者とでは、全くの別物として考えられるようだ。

 

 

 

「とまぁ、迷宮組合ってのはそういうとこなんだが…………うちの主な顧客はな。迷宮組合所属の探索者連中なのさ」

 

「………何故だ。人間同士で組めば良いだろう?わざわざ言うことを聞かない可能性のある魔物を連れていく必要なんて………それともここの魔物は全て《自我持ち》なのか?」

 

「まさか、旦那みてぇに自我持ちになる奴なんか数える程しか会ったことねぇよ。うちの魔物は、ある程度言うこと聞くように躾けた通常個体だ」

 

 

 そんな不思議のダンジョンに挑戦する人間達______【探索者】が主な客だというマーテイに、さんぞくウルフが首を傾げた。

 

 わざわざ管理する迷宮組合なんて組織があるのだ。そこで人間同士で一党………パーティを組ませればいい。魔物を連れ歩くメリットなんて、不意に襲われる危険性を考慮すれば無いに等しい。

 ここに座って話を聞いているさんぞくウルフは自我持ちであり、極々稀な珍しい個体なのだ。彼のような魔物なら良いだろうが、当然ながらそう都合よく見つかるものでは無い。

 

 ならば何故。そう尋ねようとした矢先だった。

 

 

 

 

 不意にコンコン、と扉がノックされる。

 

 

「来たか………おう、入っていいぞ!」

 

『ハヒャイッ!し、失礼します!!』

 

 

 マーテイが入室を許可すると、上擦った声が扉越しに返ってくる。その直後、ぎこちない動きで音を立てながら扉が開け放たれた。

 

 

「………子供?」

 

 

 さんぞくウルフがそう呟くのも無理はなかった。

 

 入ってきたのは、背丈の低い女の子。幼年期とは言わないが、青年期手前くらいの年齢だろう。灰色がかった髪を後ろで束ねたその少女は、顔つきも幼さが残っていた。

 

 身に纏う服は水色のローブ状の物に青色のマント______俗に言う【たびびとのふく】。頭には特注品なのか、束ねた髪を出す穴が空いた【かわのぼうし】を深く被り、腰には【かわのムチ】が丸く収まった状態で揺れていた。背中には、【かわのたて】らしきものも見受けられる。

 

 

 最低限の武装に身を包んだ、幼げな少女。軽装の戦士、はたまた鎧では無く服を来ている辺り案外盗賊だろうか。

 そんな風に考えていると、緊張の面持ちの少女の視線がさんぞくウルフの方へと向く。

 

 バッチリ目が合った両者は数瞬呆けたが、次の瞬間少女が目を輝かせて素早く詰め寄った。

 

 

 

「ふぉぉぉぉぉ!!!さんぞくウルフ!!しかも腰布に使うものを首に巻いてる!!!珍しいぃぃぃぃ〜〜〜!!!」

 

「うおっ!?な、なんだこの小娘は!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁしゃぁべったぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ええい、クソっ!騒がしい!!」

 

 

 先程の緊張した面持ちは何処へやら、キラキラと目を輝かせながらさんぞくウルフをジロジロと至近距離で眺める。

 

 驚きのあまり声を上げたさんぞくウルフ。自我持ちということを知らなかった少女は、まさか口を開いて人間の言葉を話すとは思っていなかった様子。

 条件反射の如くさんぞくウルフから離れると、椅子に腰掛けていたマーテイの背後に隠れるようにして身を屈めた。

 

 

「だーっはっはっは!!旦那もコイツにゃビックリするか!」

 

「他種族に詰め寄られて驚かんやつが何処にいる!攻撃するならまだしも、観察する奴なんか見たことも無い!」

 

「だろうな。さーて、おらターマ。ちゃんと挨拶しろ」

 

 

 ゲラゲラと笑い声をあげるマーテイに、さんぞくウルフが眼光鋭く睨みを利かせる。今まで出会ってきた相手は、殆どの場合はお互い興味なくスルーするか、戦うか、逃げるかのどれかだ。不意討ちを仕掛けてくるなら分かるが、観察の為だけに詰め寄ってきた人間なんて見たこともない。

 

 そんなさんぞくウルフの反応をひとしきり楽しんだマーテイは、背後に隠れた少女の頭をむんずと掴むと、無理やりさんぞくウルフの視界に入るところまで引きずり出した。

 

 

「えっあっ、あの………は、初めまして?マーテイ叔父さんの姪のターマです………」

 

 

 先程までのハイテンションは無くなったが、未だに興味津々といった視線を向けてくる少女______ターマ。マーテイの事を叔父さんと呼ぶこの少女は、彼の血縁者らしい。

 

 

 

「さて、と…………旦那。俺は旦那の目的のブツを探す為に最適な場所を用意する。その代わり、俺の為にアンタを利用するって言ったよな」

 

「………あぁ」

 

 

 先程の少女の勢いに呆気にとられながらも、マーテイの言葉に頷く。

 

 あの場所でマーテイがこのさんぞくウルフを街まで連れてきた理由は、彼を自分の為に利用すること。その代価として、マーテイは彼の求めている捜し物を見つけるために最適な場所を用意する。そういう約束だった。

 

 

「そんじゃま、手っ取り早く言うぜ、旦那」

 

 

 マーテイが短くそう告げると、今一度隠れようとするターマの頭を再びむんずと掴み、自分の前へと持っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「______迷宮でのコイツのお守り頼むわ」

 

「…………は?」

 

 

 これが1つの分岐点。そして同時に、導かれた運命だったのかもしれない。

 

 名もなき放浪のさんぞくウルフと、おかしな少女ターマ。その出会いはあまりにも急で。これから歩む波乱に満ちた冒険からすると、あまりにも平凡な始まりだった______

 

 

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