熱狂渦巻くスタジアムで、歓声が空気を震わせる。
その声に、私達も手を振って応える。盗み見るようにこっそり横を向くと、私と比べて大きく手を振っていたホップも、こちらを向いてにこり、と笑う。
最近、月一のペースで開かれている、ガラル地方タッグバトルの最高峰、ガラルスタートーナメント。
私とホップのコンビは、この大会で六度目の優勝をしている。ジムチャレンジと違って、敗退してもチャンピオンの座を失うわけでもないから、実質エキシビションマッチのようなものなのだけれど、それでも、最高のライバルと共に勝利を噛みしめるこの瞬間は、私にとって至福の瞬間となっていた。
いた、のだけれど……
「殿堂入りって……」
大会の後、私とホップのタッグの殿堂入りが告げられた。
殿堂入りと言えば聞こえはいいけれど、要は出禁みたいなものだ。次からのガラルスタートーナメントでは私はホップ意外と組んで出場することになる。
「まぁ、流石に毎回優勝タッグじゃ仕方ありませんよ」
大会の打ち上げでうなだれる私を、ビートくんが呆れたような声で諭す。
「むぅ……ホップとバトルする機会なんてあんまりないのに」
「別にいいじゃないですか、対戦相手としてでもバトルできるんですから」
「それはそうだけど……タッグパートナーだったら控室とかで喋れるし」
私はチャンピオンとして、ホップは博士見習いとして忙しい日々を送っている。ジムリーダーとしてエキシビションマッチを組まれたりするマリィちゃんやビートくんと違って、ホップと会話する機会なんてあんまりないのだ。
「今日だって、大会終わったら打ち上げにも参加せず帰っちゃったし」
そう、今やってる大会後同期での打ち上げにもホップは参加していない。勉強やソニアさんの手伝いがたくさん残ってるから、とさっさと帰ってしまった。
「喋るならスマホロトムでいいでしょう。今の彼は博士見習いなんですから、むしろ呼べば毎回この大会に来てくれるだけありがたい話です」
「でも……電話じゃ話し難いことってあるじゃない。直接会って話したいこととか」
「いや、そういわれてもそんなに思いつきませんけど……」
ビートくんが少し悩む素振りを見せる。そうして眉間にしわを寄せていると、昔のピンク化する前のビートくんを少し思い出す。
「ごめんごめん。何の話しよっと?」
電話で席を外していたマリィちゃんが戻ってきて会話に加わろうと声を掛けてくる。
「チャンピオンの我儘ですよ。殿堂入りも彼がさっさと帰ったのも気に入らなかったようで」
「いや、電話じゃ伝えにくいこととかあるよね、って話」
ビート君の悪意ある要約を訂正する。私たちの話を聞いて大筋は大体理解したようで、マリィは一つ頷いて声を出す。
「確かに告白とかなら直接言ってくれたほうが嬉しかね」
「それはまぁ、告白なんて話なら確かに直接という気持ちは分かりますけど……逆に言えば、そのレベルでもないと直接会う必要はないということですよ。そんな深刻な話をするつもりなんですか?」
「いや、私はそんなつもりないけどさ……」
「ならいいじゃないですか。とにかく、今はあんまり彼の迷惑になるようなことは無しですよ。彼は新しい道を歩み始めたばかりで、本当に大事な時期なんですから」
この話は終わり、とばかりに切り上げようとするビートくんに少しむっとして強引に話をつなげるよう話題を続ける。
「いやね、私はそんなつもりないけれど、でもね、ホップはあるかもしれないじゃない。そういう話」
私の台詞に、二人とも首を傾げた。
「だからさ、ま、私としてはそういう発言がしやすい環境っていうのか……そういう時間が減るのはちょっとホップにとってもどうかな、って思うわけで」
「いや…話が唐突に飛びすぎですよ。どういうことですか?」
「え?いや、分からない?ホップが私に告白できるような機会が最近はトーナメントの控室くらいしかないから、組めなくなると困るな、って話」
なるべく話をまとめて分かりやすい形に仕上げたつもりだったけど、それでもビート君は納得いかないのか、追及が続く
「いやいや、だから、どうして彼が貴女に告白したがっている、という話になっているんですか?」
「うん、詳しく話してくれんと、あたしも全然分からんとやけど」
困惑しているビート君とマリィちゃんを見て、ようやくこれはまずいかもしれないと思い始めてきた。てっきり二人とも気付いているだろうという前提で口を滑らせちゃったけど、気付いてないならホップに無断でこんなこというのは憚られる。
「いや、分からないならいいよ、うん、いい」
「よくありませんよ。それってつまり、彼が貴女のことを好きだということになりますよね」
……だめだ。もうああやって口を滑らせた以上完全に察せられている……ごめんね、ホップ
「あ、あはは……だめだよ、ビート君も年頃の男の子なんだし、そういう色恋沙汰には少しくらい鼻が利くようにならないと」
引きつったようなぎこちない笑みを浮かべているであろうことが自分でも分かる。
「あたしも全然わからんかった」
「もう、マリィちゃんまで。ちゃんと男心もわかるようにならないと、モテても長持ちしないかもよ」
「ユウリ、誤魔化そうとしとるのバレバレやけんね」
「そうですよ。なんで彼からの恋心に気付いたんですか?」
ジムリーダーとはいえ、二人とも思春期真っ盛りの少年少女。恋バナには興味津々のようで、根掘り葉掘り私の話を聞こうとしている。ビート君なんてさっきまで私の愚痴をさっさと切り上げようとしていたのに、今やすっかり目を輝かせて話にノリノリだった。この子、ポプラさんにピンク化させられて、脳内まで大分桃色に染められてきたのかもしれない。
「気付くも何もさ…見てたら一目瞭然だよ。そもそも私が旅に出たのもホップに誘われたからなんだし、どんな時でも私には優しいし、私といるときはいっつも笑顔だし」
「それにさ、忙しい時期でも私が誘えばトーナメント出てくれるんだよ?」
「いや、分かってるなら自重してくださいよ。何度も言ってますけど、彼にとって大事な時期なんですよ?」
呆れたような声でビートくんが割り込む。
荒んでいた時期にホップをなじってしまったのを気にしてか、それともよく集まる同期四人の中の男仲間としてか、彼はホップに味方することが多い。けれど、話の趣旨からそれてしまうので、私は彼の発言を無視して主張を続ける。
ビート君のほうに話題をそらせば告白の話題は打ち切れたかもしれないのに発言を続けたのは……もしかしたら、心のどこかで私自身話したい、という気持ちもあったのかもしれない。
「多少無理してでも出てくれてるなんて、私が特別だからに違いないって、ね!それに、ヨロイ島では私に掛かった蜜をぺろりと舐めたりして……そんなの誰相手にでも出来ることじゃないって!」
私の力説に、二人は曖昧な笑みを浮かべる。まだ私の言うことに納得していないのかもしれない。
「……まぁ、貴女の言う通り、彼が貴女のことを好んでいたとして、そしていつか告白されたとして、それで貴女はどうするんですか?告白を受け入れるんですか?」
ビートくんの言葉に、少し考える。
言われてみれば、ホップに告白されるということばかり考えていて、実際告白されたらどうするかなんて考えたことも無かった。
「うーん……やっぱり、告白されたら、受け入れちゃうかなぁ」
「それは、ユウリもホップが好きってこと?」
「異性としてって意味だと、どうかな…分かんないかも」
正直そんなにピンとこないといえばそうだ。私とホップが付き合うようになったらどうなるか、なんてのはいくらでも想像できる。あまりにも、想像しやすすぎる。
「結局さ、付き合っても私とホップの距離感って変わらないと思うんだよね。もう他とは一線を画すレベルで特別な関係なんだし」
最終的に、私の言葉にそっか、とマリィちゃんが短く返して、この話題はおしまいとなった。
二人とも釈然としない表情をしていたけれど、まぁ、こういうのは実際に目にしてみないと分かりにくいのかもしれない。なんて。
「それで、どう思いました?彼女の恋愛話」
それぞれの町に戻る道中、先に別れたチャンピオンを見送った後、隣を歩む少女に声を掛ける。
「半分当たりで、半分外れとる感じ」
「というと?」
「ホップにとってユウリが特別なのは間違いないとけど、それが恋愛感情かっていうとなんとも言えんかなって」
「……大体僕と同意見ですね」
そもそも、彼は余程のことが無ければ誰にでも優しいし、笑顔を浮かべているのもいつものことだ。旅に誘ったり、大会に出てくれるのは彼女を特別視しての行動というのは分かるけれど、それは恋愛感情かというと断言できない。恐らく、この少女も同じように考えているだろう。
なにより
「蜜が、ですね」
「ああ、やっぱり、そこ気になっとった?」
「まぁ、そうですね」
正直、話を聞いたときは彼の行動にちょっと引きはしましたが、まぁ彼なら状況によってはやりかねません。僕が同じ状況に陥らなかったのはラッキーでした。問題は……
「普通、好意を寄せる相手にそんなことできるものなんだろうか、と」
「少なくともあたしは無理と思う。恥ずかしくって照れ臭くって……そもそも、そんなに接近することも難しい気がすると」
「同意ですね。彼は僕たちより大分明るい性格はしていますし、恋愛経験のない僕でははっきりしたことは分かりませんけど……感覚的には、意識するような相手にすんなりできる行為だとは思えません」
「つまり、ユウリの一方的な勘違い、と」
「僕たちの判断が正しいと言い切ることも出来ませんけれどね」
それでも、僕と少女が彼女の話を聞いて得たのは結論だった。もちろん、直接見たわけではない以上、実際に体験している彼女との間に認識の齟齬が発生することもあるのだろうけど。
「逆に、ユウリからホップへの感情は恋愛混じってると思う」
「そこは僕が分かりませんでしたね。女の勘ってやつですか」
僕の問いかけに、少女は首を横に振る。
「ユウリ、言っとったね、恋人になっても距離感変わるとは思えない、って」
「言ってましたね」
「あれ、逆なんだとあたしは思っとる」
「逆?」
繰り返す僕の言葉に今度は首肯する少女。
「そう、逆。今が親しいから恋人になっても距離感変わらないってことじゃなくて、ユウリはもう恋人感覚でホップと接しとるから、そもそも恋人になっても距離自体が変動しないってこと。ユウリ自身恋人おったことないから、自覚できとらんだけ」
「なるほど……慧眼ですね。僕には全く分からなかった」
「いや、あたしの意見も間違っとるかも…経験あるわけでもなかしね」
結局のところ、恋愛経験のない二人が、あーでもないこーでもないと考察したところで時間の無駄かもしれない。
というか、そもそも友人の恋バナを本人たちのいないところで色々言いあっていること自体悪趣味な気がする。
「……まぁ、あの二人ならそのうちくっつくでしょう」
「それは間違いない。断言できる」
最終的な結論は、そんな誰でも分かるような、簡単な話だった。