ガラル最大のイベント、ジムチャレンジ。
パートナーと力を合わせ、ライバル達と切磋琢磨し、頂点を目指して突き進む。最強に憧れ、目指し、戦う。何度折れても立ち上がり、自分の力の証明の為に歩みを止めない。
そんな人たちの中に、彼もいた。数多のチャレンジャーの中でも一際強い輝きを放つ、私の幼馴染。誰よりも才能に溢れ、誰よりも努力し、そして誰よりも強くなった、新しいチャンピオン。
私はずっと彼を見ていた。彼の戦いを、彼の努力を、彼が、頂点に駆け上がる瞬間を、誰よりも近くで。
頂点に立った後も、彼は圧倒的だった。
どんなチャレンジャーをも退け、エンターテイメントに溢れたバトルを繰り広げ、観客たちは彼に歓声をあげる。
彼の最強は、ずっと続いていた。何年も、何年も、何年も…月日が流れる中、いつからか、私は彼の試合を見ることを辞めていた。
どんな試合でも、彼が勝つ。どんな強敵が相手でも、彼が負けることはない。だったら、わざわざ観戦することもないんじゃないかと思い始めた。段々と、頂点で輝く彼を見るのが辛くなっていた。
何が辛かったのかは、よく分からない。
彼と自分の差をまざまざと見せつけられるのが辛かったのか、それとも、彼が手の届かない存在となってしまったのを認めるのが辛かったのか…本当に、私には分からなかった。
彼がチャンピオンになって、長い年月が流れた後、ようやく私は博士として認められ、白衣を纏うことを許された。何も持っていなかった私が、ようやく自分自身の役割に自信が持てるようになった…彼は、そのシーズンで敗れ、チャンピオンではなくなってしまった。
私は、その瞬間を見ていなかった。彼が負けるなんて微塵も思っていなかったから。私も博士になりたてで、ムゲンダイナの件もあって忙しかったから。中継のテレビこそスイッチを入れていたが、しっかりと試合を観戦していたわけでもなく、気付けば、彼が新しいチャンピオンの腕を掲げてガラルの未来を語っていた。
不思議だった…不思議で不思議で、仕方なかった。彼が負けたのに、幼馴染が敗北したのに、最強を疑わなかったヒーローがその座を降りたのに…私は、悔しくもなんともなかった。
彼が頂点へと駆け上がる姿を誰よりも近くで見て、誰よりも応援していたつもりだったのに…彼が頂点から降りるとき、私は彼を見ていなくて、無敗のチャンピオン陥落を、どうでもいいと思っていた。
それが、今の私と彼の距離…いや、正確には、私から見た彼との距離といったほうがいいかもしれない。
まだ幼かった彼がチャンピオンになった時、私から欠けてしまった何か。欠けた跡を埋めることもせずに、だらだらと月日を貪っているうちに、ただただ綻びだけが大きくなって、今の私がここにいた。
「やっほ、調子はどう?」
声を掛けると、少年は振り返って笑みを浮かべる。
私の後輩にして助手。ある意味では、弟子と言ってもいいかもしれない、幼馴染の弟くん。
「ん、かなりいいペースだぞ。この分なら一月内にはこの辺りの調査は終わりそうだ」
「おお、早いね」
「ワイルドエリアは旅の頃散々立ち寄ったからな」
少し遠い目をして、広大な大地を眺める少年に、既視感を感じる。
幼いころのダンデにそっくりな見た目をしている少年なのに、その眼差しは私のものと似ていると思う。
「そうだったね。うん」
私も、そうだった、なんて。
ジムチャレンジを辞めちゃって、ダンテがチャンピオンになって、私自身何がしたいのか分からなくて…そんな私と比べたら、似てるなんて言うのは失礼かもしれない。
ユウリに負けて、ユウリがチャンピオンになって、スランプに陥って、それでも、この子はすぐに自分の道を見つけて、そこに向かって歩み始めている。いつまでもうじうじして、しっかりと立ち直るまで時間の掛かった私なんかよりずっとすごい子だと思う。
「ホップ!ソニアさん!見つけた」
明るい声が耳を打つ。
見上げると、タクシーから飛び降りる少女の姿があった。
「ユウリ!?」
驚いたような声を上げるホップに、現チャンピオン、ユウリが笑顔で応える。
「どうしたんだ、いきなり?チャンピオンは?」
「今日は暇だから、ちょっとホップの様子見ようかなって。ソニアさんに今日の予定聞いてね」
そう。今日の朝のことだった。ユウリから連絡が来て、今日のホップの予定を尋ねてきたのは。
ちょっとしたサプライズをしたいからホップには言わないようにと口止めされていたから、彼は何も知らなかったけれど、私は彼女がここに来ることは知っていた。
「じゃじゃーん、これなーんだ?」
「勲章か?」
「そう。おめでとうホップ!ガラルスタートーナメント殿堂入りの証だよ」
笑顔で取り出した勲章をホップに押し付けるように渡している。
ホップは何のことだか分からないようで、珍しくちょっと困惑している。私も具体的な内容までは聞かされていなかったけれど、恐らくこれが、彼女の言っていたサプライズなんだろう。
「殿堂入り?」
「そう。ホップさっさと帰っちゃったから聞いてないでしょ?私とホップのタッグ、殿堂入りしたんだよ。だから、これはその証。まぁ、お陰で私のタッグでの出場は出来なくなっちゃったけど」
「本当か!なら、今度のトーナメントからは正真正銘のライバルだぞ!今度こそオレがユウリに勝つからな!」
「ふっふーん、そう簡単に勝たせてはあげないよ」
ホップの台詞に、ユウリが少しだけホッとしたような表情をしていた。自分とのタッグが無くなったらホップが出場してくれなくなるかも、と危惧していたのかもしれない。けれど、ホップは今度は対戦相手としてユウリに勝つと宣言した。それは、彼がまだ出場を続けてくれることを意味していて、トレーナーとしての自分を持っているということ。
それこそが、私とホップの最大の違いかもしれない。あの頃の私が、同じ様にダンデに誘われたとしても、きっと頷くことなんて出来なかったと思う。今となっては、ろくにバトルの定石すら覚えていない。ポケモントレーナーであるソニアは、もうあのジムチャレンジで折れてしまって、二度と立ち直ることは無かった。
「あ、ジャケットの胸にこれつけてあげよっか?」
「いや、いいって…そいつは、オレが白衣を貰ったらその上から飾り付けるから」
「おお!それじゃ、私もその時までユニフォームに飾るのは待っておこうかな」
正に青春真っ盛りといった、ほほえましい二人のやり取り。かつての私とダンデがそこにいて…けれど、私とダンデでは決して築くことのできなかった関係性がそこにあった。
何が違ったんだろうか…私が完全にトレーナーを諦めてしまったからか、それとも、諦めたにも関わらず未練たらたらで、新しい道にまっすぐ向き合うことが出来なかったからなのか…
確信しているのは、原因が私にあるということだけ。分かり切っていることの再確認でしかないけれど、それでも、ホップとユウリのじゃれ合いを見せつけられてしまうと、胸にちょっとした痛みが走る。
私の失敗を、まざまざと見せつけられているみたいで。今更、あの輝いていた頃の自分たちを思い出させようとしているみたいで。
「じゃ、またね!来月も絶対誘うから、トーナメント出場してよ」
そう言ってホップから離れた彼女は、私に短くお礼を言うと、またタクシーに乗って飛び立っていった。
自信に溢れたその姿は、かつてのダンデそのもので、けれどその背中を見送るホップの瞳は、あの頃の私の瞳とは全然違っていた。
羨ましかった。自分の届かなかった願いを叶えた友人に、そんな純粋な瞳を向けられる彼が。決定的に互いの道が別れてしまったはずなのに、以前と変わらずにそこにある二人の関係性が。
本当に、羨ましくて、妬ましくて……ズルいと、思った。
「ねぇ、ホップ……」
彼女が視界から消えた後、私は、傍らに立って手を振っていた少年に声を掛ける。
本当に、大人げないと自分でも思う。人によっては、最低だとすら思うのかもしれない。けれど、私はどうしても我慢できそうになかった。これ以上、成功した自分たちを見せつけられることに、耐えられそうに無かった。
「話が、あるんだけど…」
熱狂がスタジアムに渦巻いている。
歓声の中、四足歩行の剣と盾がぶつかり合う。
最初は同期四人、2対2ではじまったバトルも、気付けば残り1対1の戦いとなっていた。
赤と青の軌跡が、目まぐるしくスタジアム中を駆け回り、その中で、歓声を突き破った私と彼の指示が戦いに緩急をもたらし、一進一退の攻防も徐々に傾いていく。
ガラルスタートーナメント決勝戦。この大会では初めて対戦相手として対峙する私とホップのバトル。白熱する戦いの中、勝利を収めたのは…
「優勝は!ユウリマリィタッグ!!」
高らかな宣言が、スタジアムに鳴り響く。
歓声に応え、私とマリィが観客に向かって手を振る。歓声の中には、私とマリィちゃんだけじゃなく、ホップやビート君の健闘を称える声もあって、それが私には嬉しかった。敗者も称えられる試合というのは、それだけ見ごたえのある試合ということで、そのバトルを作り上げることのできた私たちは、ガラルのトーナメントに相応しいバトルを完遂できたということだ。
まだまだダンデさんのような完璧なチャンピオンにはなれないけれど、それでも、私はいつかその背中に追いつき、追い越すことが出来る、そんな予感を感じさせてくれる、素晴らしいバトルだった。
「え?今日はホップ大丈夫なの?」
閉会式の後、いつもマリィちゃんやビート君と打ち上げをするレストランの前に、いつもなら真っ先に帰るホップが立っていた。
「あんまり長くはいられないけど、話があったんだ」
「……え?話?」
真剣な顔つきで、ホップが私の顔を見据える。
バトルでもないのに、こんな表情をするホップは珍しい。マリィちゃんとビート君はまだ来ていないのか、それとも先に店内に入っているのか、ここには今、私とホップの二人だけ。
「ユウリ…実は…」
期待に胸が熱くなる。顔が真っ赤に染まっているであろうことが自分でも分かり、視線をホップの顔から逸らしてしまう。けれど、一言一句ホップの言葉を聞き逃さないよう、耳だけはしっかりと傾けて。
「オレ…ソニアの研究の付き添いで、シンオウ地方に行くことになったんだ」
ホップの告白を、頭に刻み込んだ。