灰色雀士は夢を視る   作:金木桂

3 / 5
京椛:3

 朝起きたら美少女になってた。

 

「………………………………あ、夢か」

 

 一分くらいたっぷり時間を使って覚醒すると、漸く俺の中で受け入れの体制が形成される。何か、この変な夢とかもう何回か見てるってのにこの瞬間だけは全然慣れないな。

 

 具体的に、この夢はもう9回目になる。9回というべきか9日というべきか。ここずっと、寝るたびに須賀京椛となって夢の中で一日を過ごすようになっていた。

 

 須賀京太郎として清澄高校に通って、帰って寝て、起きたら今度は須賀京椛として清澄高校に通う。こうしてシンプルに整理してみるとちょっと自分でも訳分からなくなりそうだ。実際現実では九月なのに夢の中は五月だから本当にこんがらがるんだよなぁ。春なのに夏服で行きかけたり、逆に夏なのに春服で行きかけたり。そもそも性別が違うってどういうことなんですかね……。

 

 自分で言うのも何だけど、この9日間(合わせれば18日間)で俺はどうにも徐々に夢と現実が曖昧模糊になりつつあるようだった。この二つの世界を交互に繰り返すたびに境界線が希薄になって行くのを感じる。考えてみりゃ当たり前だ、周囲の環境は同じで違うのは俺の性別と麻雀の腕くらいだし。性別だって何故かは謎だけど夢の中だと自分が女であるという違和感が殆どない。意味分からん。現実に戻ると激辛カレーの如く違和感の波が後から立ってくるんだけど……こればっかりは考えても分からん。数学の公式と一緒で、理解はできないけどこの公式を覚えれば問題は解けるから取り敢えず記憶したみたいな感じ。ん、それはちょっと違うか。

 

「さて、着替えて朝練か!」

 

 気を取り直した俺は、早速制服の袖を通した。

 

/★/

 

 

 京太郎ではなく京椛のここ3日の戦績を語ろうと思う。

 京椛としての俺は日に20局前後打つのだが、驚くべきことにトップ率4割。2位率は3割をマークする化け物級の雀士になっていた。かもしたらインハイ決勝で天和を見せた優希とも互角で渡り合える可能性すらある、我ながら頭おかしいほどの実力を秘めた女子高生になっちゃったのだ。

 

 当然そんな俺は部長にも主戦力どころか裏エースみたいに思っていたらしく団体戦では大将に据える予定だと話をされた。代わりに染谷先輩が外れて、優希が先鋒。次鋒が現実でのオーダーとは一つズレて和、中堅が部長。そして大魔王である咲が副将というから驚きだ。どういう意図があるのかと問えば、部長曰く「優希にはポイントゲッターになってもらって開幕からチームを勢いづけさせてほしいのよ。それで和と私がそのリードを守りつつ堅実に上乗せする。それで咲と京椛、貴方たちには存分に暴れちゃいなさい! それでゲームセットよ! 行ける、行けるわよ全国!」と若干興奮しながら言っていた。うん、まあ行けると思うよ全国、須賀さんもそう思う。

 

 ただ部長はメンバー表を公表する前に染谷先輩をメンバーから外してしまったのを少し気にしていたようで、少し言いづらそうにしていた。そんな部長の心が分かっていたのか染谷先輩はまだ来年があるからと気高く言い放ち、この夏はサポートに専念すると宣言したのだ。何といいますか、非常に申し訳ない。本来俺はいないはずだったんだし……でもこれ夢だし良いよな? 夢でくらい少しは良い思いがしたいって、現実なんて俺ホント何もしてなかったし。許してくれ染谷先輩……!

 

 他にもいろいろあったが割愛して、現在。夢の中ではインハイ予選を二週間弱後に控え、ひたすらに実践あるのみの毎日。俺も他の面子の表情も何時になく真剣だ。

 

「それロン! タンヤオ平和三色ドラ2で跳満18000!」

「ありゃー、引っかかるんかそれ……」

 

 染谷先輩の捨て牌を直撃させて終局。一位から順に俺、部長、染谷先輩、優希だった。

 

「クッ……! 焼き鳥だじぇ……!」

 

 優希の東場での怖さを俺は無茶苦茶知っている。だから東場はサラッと屑手と差し込みで流したんだよな。コイツ、一回和了するとあの咲でも中々止めらんないし。まさに東場の点棒ハリケーンだ。

 

「やっぱり強いわね京椛は。逃げ切れると思ったんだけど追いつかれるなんてね」

「いやー偶然ですよ偶然。俺だって感覚で打ってますし」

「それよそれ。京椛の言う感覚っていうのは四月から目にしてるけど相変わらず出鱈目ね。本当に初心者だったの? 実はネットでは名の知れたプレイヤーだったりしないわよね?」

「違いますって。ホントに初心者ですよ俺」

 

 と言っても初めてもう六ヶ月くらいは経ってるけどな。ただ皆と比べたら圧倒的に経験が少ないのは言うまでもない。

 

「須賀さん。この打ち方は何ですか? 特に今のオーラスは意味が分かりません。一巡目から染め手狙いでもないのに浮いた五筒(ウーピン)を打って、それからもその巡目では面子になる可能性のある牌を手出しで切ってましたよね。どう考えても非効率です」

「えっと、うん。俺も分からない」

「ふざけてるんですか? それに立直をすればその手、裏ドラの期待値が発生して倍満になる可能性がありましたよね? 何でやらないんです?」

「立直したら流れが崩れて負ける気がしたんだ」

「そんなのありえません!」

 

 和は俺のことがどうやら気に入らないみたいで、度々こうして俺へと突っかかってくる。それもそれで可愛いんだけど……ってまあ恋愛意識がある訳じゃないけどな。現状女であるからか、そういった邪な思考は先っちょも出てこない。……俺って男だよな? なんか凄い不安になってきたぞ。

 

 俺へと詰め寄る和にその横で苦笑いする咲。見兼ねた部長がパンパンと手を打ち鳴らした。

 

「はいはい時間が勿体ないから交代する! 京椛と和は入れ替わりね!」

 

 助かった……俺ああやって和に詰められた経験が夢以外で無いからどうすれば良いか分からないんだよな。

 席を和に譲って立ち上がって伸びを一回。これが一番効率良く数をこなす方法とは言え四連戦もすると流石に頭が疲れるな……!

 

「お疲れ京ちゃん。はい水」

「お、サンキュ咲。くぅ~! やっぱ頭脳労働の後の冷たい飲み物はシャキッとして別格だな!」

「そんな大袈裟な……。でも京ちゃん今日も絶好調だもんね」

 

 少し凱風に当たりたいと思ってテラスに出ると、咲もちょこちょこと後ろから付いてきた。

 絶好調も絶好調だ。放課後始まってから半荘4回打った内1位が3回、2位が1回。ここだけならトップ率75%だ。もうプロでも蹂躙できちゃうんじゃないか? と勘違いするレベルの数字が出てしまっているのだ。

 これが現実なら恐らく、半荘4回中4回4位だろう。一日でそんなに打ったことは無いけど経験からなる確信すらある。悲しいけどな!

 ……そう言えば、一回だけ。一位になったことがある。まだ咲が入部する前のことだけど、なんとラスに四暗刻をツモって逆転したのだ。毎回それが出来れば現実でもウハウハなのにな〜、とか理想を感じなくもない。無理だけど。

 

 ごくごくと渡された水を飲んでると、咲は小さく口を開いた。

 

「この前から気になってたんだけど」

「ん? なんだ?」

「京ちゃんって最近立直もしないし自摸和了りもしないし……何かあったの? 私が入った頃は普通にしてたよね?」

 

 本気で心配するような瞳に俺は思わず目を逸らしてしまう。咲にまで聞かれちゃうとは……参ったな。

 きっと須賀京太郎が中に入る前の『須賀京椛』は普通に立直も自摸も自由に使えていたのだろう。つまり、この感覚(能力)を使いこなせていたということだ。俺が京椛として初めて過ごした日にも部長に「いつもはもっと圧倒的じゃない」みたいなことを言われた記憶がある。精神的には二週間以上前の出来事だ。それを鑑みるに今の俺より『須賀京椛』はもっと強いのだろう。だが今の俺にはこの感覚が上手く使えない。ということは即ち、俺は『須賀京椛』の力を間借りしているから完全なる形で力が使えないということになって。

 

 …………俺は、夢の中の自分自身の力すら使いこなせないのか。

 

「……なあ咲、俺ってやっぱ弱いのかな」

「えっ?」

「いや! スマン、聞かなかったことにしてくれ!」

 

 一瞬出た弱音。こんなの、他ならぬ自分自身の問題なのに咲に頼っちゃうのはこう、恥ずかしいし情けない。

 

「それで自摸と立直だったな。出来なくなったんだ」

「……出来なく?」

「ああ。9日前にな、気付いたら出来なくなってた。理由は俺も分からん、寧ろご意見随意募集中だ!」

「何か、前向きだね……流石京ちゃん。強いね。ちょっと羨ましいかも」

 

 俺は強くなんかないよ咲。

 そんな言葉は胸中に虚しく響いた。

 

/★/

 

「それじゃあ帰りましょうか……の、前に注目! 発表があります!」

 

 片付けも終わってじゃあ帰るかとなったカバンを整理していると、部長がそんなことを言い出した。

 

「なんだじぇ部長。もう完全下校時間だから早くしないと先生に怒られるじょ?」

「ちょっとくらいはノー問題よ。いざとなったら学生議会長の権限を使うわ」

「うわっ。職権乱用だじぇ」

「いやね~違うわよ優希。ただそうなったら先生方とお話しさせてもらうだけよ。ま、それはともかくこれを見てみんな!」

 

 部長は正面にある、何時もは部室の端にあるホワイトボードをバンと叩いて引っ繰り返した。くるりと一回転すると、裏面はびっしりと大きく文字が書かれていた。

 ……あー。インハイ予選の強化合宿ね。ここでもやるんだなー。

 

「強化合宿、ですか?」

「その通りよ和! インハイ予選直前にやるわよ合宿!」

 

 ホワイトボードに一番デカく書かれた文字を見たまま読んだ和に部長はビシっ! と指を差した。

 ───強化合宿、かぁ……。強化合宿、ねぇ……。

 

「どうしたんじゃ京椛。そがいな遠い目をして」

「い、いえ。何でもないです染谷先輩」

「そうか?」

 

 奇怪なものを見る様な目つきで声を掛けてきた染谷先輩に俺は首を横に振る。本当に何でも無いんです……デスクトップPCを運んだり、大きな部屋で寂しく一人っきりだったり、そんな逆境に俺、負けませんから……!!

 

「合宿って……、場所はどこでやるんですか? ホテルとか旅館ですか?」

「あ、お金の問題なら安心していいわよ。高校の合宿所があるのよ、だからそこを借りて行うわ。っても借りれるのが決定したのは今日のことなんだけどね」

「そうなんですか。えっ今日なんですか!」

「そうなの。皆には直前になってホントーに申し訳ないと思ってるわ! 今日になってようやっく、取れたのよ許可が! で、ここからは事務的な話。合宿は来週の土日を使って二泊三日特打するわ。だから着替えとかはそのつもりで持ってきて。合宿所にはアメニティーは無いから気を付けてね、ただバスタオルくらいはあると思うわ。無いと大変だしね。あとは……そうね、お金については部費でどうにかするから心配なくて良いわ。そのくらいかしら、何か質問ある?」

 

 俺の記憶にある強化合宿とはほとんど変わらないみたいだ。変わらない、ってことは俺がまたあの大荷物を運搬する羽目になるんだろうか……?

 部長の言葉を聞いて「はいはい! じゃあ質問だじぇ!」と優希は元気溌溂と手を挙げた。

 

「はい優希、何かしら」

「合宿所だとタコスは出るのか? 無いと私の身体がポリゴンみたいに崩壊しちゃうんだじょ」

「え、ええ……? ど、どうかしらね。それは旅館の人に聞いてみないと……でも聞いて喜びなさい! 温泉はあるわ!」

「温泉!? ホントに学校の合宿所なのかその施設!?」

「れっきとしたウチの高校の所有物よ」

 

 あ、困って勢いで誤魔化した。絶対タコスなんて無いから誤魔化したよ部長。

 にしても温泉がある合宿所を持ってるなんて、相変わらず不思議だよなウチの高校。公立高校のくせにそういうのは充実してるんだからなぁ。実は何処かの金持ちの資本が入ってるとか言われても納得しちゃうよ俺。

 

「なんか凄いね京ちゃん……合宿なんて私初めてだよ」

「そうだな、咲は中学は帰宅部だもんな」

「京ちゃんだって私と同じ帰宅部だったでしょ」

 

 拗ねるように言った咲に俺は内心俺は首を傾げる。アレ、この世界の俺……というか『須賀京椛』はハンドボール部に入ってなかったのか……? た、確かにこんな華奢な身体じゃ結構フィジカルで競う場面も多いハンドはキツいだろうし、それ以前に競技人口の少ないマイナースポーツだから男子部しか無いし、当然かもな。

 

「……他には質問は無いかしら? てか時間も無いし無しで良いわね? もし聞きたいことがあったら明日聞いてちょうだい、ってことで帰るわよ!」

 

 早くいかないと本当に怒られるわよ! と急かしながら部長はホワイトボードの文字を消してカバンをバックを持った。それに倣って他の皆もバックを持った。

 

 ……合宿かぁ。前回は戦力外な上に性別的に隔離されてアレだったから今回は少し楽しみかもしれない。

 

 ───あれ、ちょっと待て。温泉ってことは俺、みんなと一緒にお風呂に入るのか?

 

 

 

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