舞台裏の出演者達   作:とうゆき

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戦場の夢追い人

王が道を示したなら

あとは行くのみ

配点(邁進)

 

 

 

 怒号と火薬の破裂音、そして金属のぶつかり合い。

 自分が身を置いていたのはホライゾン・アリアダスト救出の為の最前線。葵・トーリを中心とした突撃隊の中だ。

 自分の役目は分隊の抑えを超えて追走してくるK.P.A.Italiaの戦士団の相手。

 先程までは教皇総長が保持する大罪武装"淫蕩の御身"によって武器が骨抜きにされていたが、今は副会長本多・正純の一計によって武装が使えるようになっている。

 既に三征西班牙の審問艦は見えており、今のうちに少しでも前身しておきたい。

 

 その為には殿である自分の役目は大きい。自分が役目を完璧にこなせば突撃隊は背中を気にせず、前だけを見ていればいいのだから。

 相手は熟練者で構成された正規の戦士団。精強な軍勢はそう簡単には打ち払えない。だが、

 ……それがどうした!

 無くなった筈の内燃拝気は回復している。

 その意味、自分の先を行く馬鹿が払っただろう代償を思えば、ここで挫けるのは、

 

「武士の名折れだ!」

 

 踏み込むと同時に足に鳥居型の紋章が展開、更に突き出した槍の穂先も流体を纏う。

 突きの一撃は相手の防御術式に阻まれて刺撃からただの打撃になり、転倒させるに留まるが今はそれで十分だ。

 すぐさま反転して突撃隊に合流する。

 

    ●

 

 自分は尼子家に仕えた家臣の家系だ。

 尼子家が滅ぼされた後は義理の祖父も父も再興運動を行っていたという。

 だが、寡兵ゆえに戦いに敗北し、彼らが旗頭としていた人物は自害して再興運動は途絶えた。

 もう尼子家の再興は不可能だろう。

 

 けれど、再び出雲の地に戻る方法はある。

 単純な方法だ。松平家が極東を支配した後で出雲の藩主になる人物を襲名すればいい。

 それは意味のない行為かもしれない。

 しかし、このままでは主家に仕え、主家の為に死んでいった人々が余りに報われない。

 家臣の一族である自分が出雲の地の管理を任せられれば、多少なりとも彼らの行動が報われるかもしれない。

 

    ●

 

 それが子供の頃の夢。

 青年と呼べる年になった自分はその夢を半ば諦めていた。

 各国の暫定支配を受けている現在の極東情勢では襲名者も六護式仏蘭西が出してくるか、極東から出せても傀儡だろう。

 父から手解きを受けた槍の訓練こそ継続していたが、それさえ言い訳に使う為にすぎない。

 何もしなかった訳ではない。自分は頑張った。悪いのは自分を取り巻く状況だ、と。そんな逃げ場所を得る為の努力。

 

 そんな諦観を抱えていた矢先に起こった三河の消滅と武蔵内での相対。

 相対が終わり、馬鹿が出陣するとき、自分はそこに加わっていた。

 ……可能性を貰った。

 それは馬鹿が言ったことであり、自分の実感だ。

 前方でくねくねと妙な動きをしている男は"不可能男"の字名の通り何も出来ない。

 教導院の入試に合格出来る程度の学力はあってもそれだけだし、武力の方では高等部はおろか中等部の学生にも負けるかもしれない。それなのに、

 ……世界に抗ってみせた。

 多くの人間が姫の自害を仕方ないと思っていた中で反抗の声を上げ、こうして多くの人間を動かした。

 それはまさに皆を率いる王の所作だ。そのときの自分は畏敬の念すら抱いてしまった。

 

    ●

 

 と、回想に浸っていると馬鹿と視線が合った。

 

「おいおい何だよ俺の方をじっくり見て! まさかコクりに行く前にコクられちまうのか!?」

 

 思わず槍をぶち込みたくなったが必死に我慢する。

 

「お前みたいな馬鹿に出来る事なら俺にも出来ると思っただけだよ!」

 

 先程までの回想を誤魔化すように叫ぶと、

 

「――へっ」

 

 馬鹿はしたり顔で笑った。

 

「――っ!」

 

 猛烈に負けた気分になった。

 そんなとき、

 

「!」

 

 不意に、大気が鳴動した。

 ふと見れば、穂先の刃が曇っている。とりあえず石突きで馬鹿を小突いてみるが、来る筈の反発がない。

 それが意味するのは、

 

「大罪武装か!?」

 

 北側に目を向けると、戦士団の相手をしていた分隊が一気に飲まれかけている。

 だが、それは大罪武装の力だけではない。

 在り方こそ違うが、教皇総長も紛れもない王だ。彼が戦場で力を振るい、声を放てばその下にいる者達は奮起する。

 

 そして士気全開のK.P.A.Italiaの戦士団がこちらに殺到してくる。

 恐らく自分達が審問艦に辿り着くより向こうに追いつかれる方が早い。

 向こうには豊富な経験がある。緊張による体力や精神力の消耗は少ないだろうし、戦場における術式の扱いや荒地の踏破能力など、こちらとは比べ物にならないだろう。

 その上戦場を横断した自分達と違って疲労も軽度ときている。

 殿の自分はそんな相手と真っ先に相対しなければならない。

 初陣にしては随分と厳しい戦場だ。

 

「けどまあ……」

 

 自分の父は尼子家の再興運動の折、主君を見捨てた。当時の状況はよく知らないし、歴史再現に則った行動の筈だが、少なくとも父は見捨てたと認識していた。

 昔話として尼子家のことを語って聞かせてくれたときもその場面になると言葉を濁らせた。

 力が足りなかった。口惜しそうに語る姿が目に焼きついている。

 

 現在M.H.R.R.にいる父は敵味方から槍の名手と謳われたらしい。そんな父でも主君を守ることは出来なかった。

 父より未熟で、武装が使えない自分がどこまでやれるか疑問があるが、

 

「賭けてもいい。そう思っちまったからな」

 

 馬鹿と、そいつが惚れた姫なら自分の夢が叶う国を作ってくれる。

 そう信じてここまで来た。それはここから先も同じであり、そこに怯えや後悔は必要ない。

 

 背後を振り向き、迫りくる戦士団を睨みつける。

 父からは攻撃だけでなく守り方も叩き込まれている。

 全員に対処するのは無理だが、足並みを乱すことくらいは出来るだろう。

 相手がそのまま強行したなら突撃隊が一度に相手をする人数を減らせるし、足並みを揃えようとしたなら幾ばくかの時間を稼げる。

 実にお得な話だ。

 

 ……これが上手くいったら父にこう言おう。あなたが生き延びて戦い方を伝授してくれたから守るべき主を二人も守れた、と。

 

 その場に立ち止まり、重りに成り下がった槍を放り投げる。

 先を行く仲間達が息を飲む音が聞こえた。

 彼らは次々に自分の方を振り向き、

 

「――行くのか!?」

 

 それは確認であり、気遣いだった。

 しかし、馬鹿だけはこちらを振り向かず、だが走る速度を僅かだが上げた。

 それが馬鹿なりの信頼だったのだろう。

 それを嬉しく思い、そして覚悟を決める。

 

「俺はここまでだ。総長のお守りは頼む!」

「――Jud.!」

 

 応えながらも、何人かが悲痛な顔や申し訳なさそうな表情を見せた。

 

「安心しろ。別に死ぬつもりはない」

 

 何しろ、

 

「――俺にはこの戦いが終わったら神社に酒や歌を奉納する仕事があるからな!」

「馬鹿ぁ――!」

 

 仲間達の声を背に受け、それを原動力に変えて敵の群に飛び込む。


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