舞台裏の出演者達   作:とうゆき

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瀬戸内の集結者

偶然の中に

意味を見い出そうとするのは

不毛だろうか

配点(縁)

 

 

 

 K.P.A.Italiaと武蔵が敗北し、世情が混迷を極めだした夏の初め。

 鶴姫は大三島の海岸に設置したビーチチェアでくつろいでいた。

 

「……情勢はどうなると思う、フェルディナンド?」

 

 語りかけるのは、ビーチチェアの横で砂浜に体育座りしているオールバックにサングラスの男。

 

「ちっがーう! 今の俺は敗北して落ち延びたTsirhc大名パウロ・一条!」

「……はいはい」

 

 パウロと一緒に生活し出してかれこれ一週間になる鶴姫だが、この男のテンションには中々馴染めなかった。

 

「まあ、素性隠してもらった方がM.H.R.R.のK.P.A.Italia残党狩りの連中に言い訳出来て助かる」

「こっちも匿ってもらって助かる」

「……勝手に居座ってただけだろうが」

 

 親指を立ててにやりと笑うパウロに鶴姫は脱力する。

 居留地に潜伏しているのを発見し、羽柴に付け入る隙を与えないよう鶴姫が監視しているのだ。

 

「羽柴、か」

 

 ふと、鶴姫は海の向こうに目を向ける。

 そこには周囲を威圧するように一隻の航空戦艦と数隻の護衛艦があり、

 

「……レバークーゼン。ルートヴィヒ・ベートーヴェンと亀井・茲矩が乗っているらしいな」

 

 六護式仏蘭西に圧力をかける気だろう。安芸に戦力を送れば六護式仏蘭西側は兵力を分散させなければならない。

 噂では毛利家の重臣堅田・元慶が城代を務める三原城を中心とした艦隊が国境付近に展開中とか。

 

「K.P.A.Italiaの敗北は想定内ではあったが、あんな形で終わるなんてな」

 

 武蔵は三十年戦争における改派側と友好を結んでいるので旧派側のK.P.A.Italiaの敗北は手痛い訳ではないが、対P.A.Odaという視点では戦力が一つ減った事になる。

 それに厳島を沈めるというのは良いパフォーマンスになっただろう。

 対抗策を持たない小規模な教導院は必然的に羽柴寄りにならざるを得ない。

 

「面倒だな」

 

 伊予の居留地の代表である鶴姫はここ最近急に増えた仕事に四苦八苦していた。

 武蔵の敗戦もそうだが、同時に行われた文禄の役が居留地の住人に衝撃を与えた。

 織田・信長が健在なうちに朝鮮出兵が実行されたという事は、同じく死後の四国攻めも起きる可能性がある。そのような発想が生まれたからだ。

 天正の陣と呼ばれる戦いでは伊予が戦場になる。

 鶴姫としては開拓が進まず、そもそも根本的に生活に適していない未開大陸に羽柴がどれほどの価値を見出すのか疑問だし、居留地には手出ししないと思うのだが、今まで極貧ながらも争いのなかった四国に戦争が持ち込まれる事を人々は不安に思っている。

 更にその不安が地脈の乱れと合わさって怪異を発生させるのでその対処にも追われた。

 

 手首に巻いた紐の先にある徳利を掴むと、代演奉納である神酒の摂取を行い、傍らのパウロに視線を送る。

 

「そっちが四国に来たのも羽柴進攻を理由に協力を取り付ける気だったんだろ?」

「そうだ。長宗我部家を担当する一派と交渉したが失敗したが、『同盟?』『嫌』『やだ』『駄目』『否』『拒否』『否定』『ゴーホーム』……何なんだあれは!」

「あいつらは合理主義者だからな」

 

 人間にとっては過酷な環境である未開大陸の重奏領域で苦もなく生活している連中である。

 どこに行っても生きられるし、生命の概念も人間とは異なる。そんな彼等と協働するのは骨だ。

 鶴姫もあくまで個人的な友情を育んでいるにすぎない。

 

 と、何やらパウロがちらちらと目線を寄越してきた。

 鶴姫はそこに込められた期待を察し、

 

「悪いが、俺も協力出来ないぞ。防衛ならまだしも、攻め込むだけの力はない」

「……本当にないのか?」

「ないな」

「……神社の地下に犬型の武神があるとか、実は忍者集団の総領だとか、伝家の宝刀「国平」で無双するとか」

「ない」

「……ないか」

 

 ……というか最後だと死ぬだろ、俺。

 パウロはがっくりと肩を落としたかと思えば顔を勢いよく上げ、

 

「ああもう! 極東側は何だか地味だし! 世界側も三十年戦争中のK.P.A.Italiaは影薄いからな!」

 

 大三島中に響きそうな叫びを発し、両腕をぶんぶんと振った。

 

「瑞典の連中がM.H.R.R.を荒らしまわってくれれば動きやすいんだが、現総長のクリスティーナは和平派だからな」

 

 旧派に改宗するのは褒めてやるが、と爪を噛み、

 

「仏蘭西にはテュレンヌや大コンデ、ベルンハルトみたいな聖譜に守られた名将が揃ってるだろうにちんたらやりやがって」

 

 史実における三十年戦争はきっかけこそ宗教争いだが、次第に様々な要素を見せ始める。

 ハプスブルク家の勢力拡大を危惧した仏蘭西が改派側についたのはその典型例だろう。こちらでも改派と協力している。

 K.P.A.Italia残党が旧派と協働している羽柴を敵と定めた場合、欧州勢で同盟相手として候補に挙がるのは仏蘭西くらいだ。

 本音は別として建前では旧派のトップが改派勢力に協力を求める訳にはいかない。もっとも、仏蘭西も仏式旧派(ガリカン)なので内心複雑かもしれないが。

 

「仏蘭西も大変なのだろう。まだマザランの後任の会計も決まってないようだし。……フーケはないとして、恐らくコルベールの襲名者辺りだろうが。そもそも、仏蘭西が力を発揮出来ないよう圧力をかけていたのはお前達だろうに」

 

 一人勝ちしそうな国があると昨日までの敵とさえ手を組んで潰しにかかるのが欧州式外交である。

 ルイ・エクシヴの妹にアンヌ・ドートリッシュを襲名させるなど、各国は徹底して封じ込めを行った。

 

「ぐぬぬぬ……」

「……まあ、衰退が決まっていたK.P.A.Italiaを責めるのも酷だが。それでこれからどうする気だ?」

 

 尋ねるとパウロは眉を歪め、

 

「ヴァレンシュタイン暗殺に失敗した以上、次の目標はオリンピアの救出。ただ枢機卿どもが羽柴の手中にあるのが厄介だ。教皇襲名者の変更もあり得る。くそ!」

 

 砂浜を蹴り、砂を前方に飛ばす。

 

「いざとなれば黒死病の歴史再現を……」

「やめろ馬鹿」

 

 物騒な事を言い出したのでパウロの頭を小突く。

 

「だが有効な手立てが……」

「なら仕方ないだろ。今は雌伏だ」

 

 あれこれ話題を交わしたが、結局鶴姫に出来るのは静観の一手だった。

 

    ●

 

 航空戦艦レバークーゼン。

 その甲板中央にはテーブルが、少し離れた場所にはピアノが設置されている。

 

 椅子に座る亀井・茲矩は湯気が立ち上る湯呑みを口に運ぶが、その動作はどこかぎこちない。そして陣羽織の下からは治療用の符が覗いている。

 対面にいたベートーヴェン付きの自動人形であるテレーゼもすぐに気付いた。

 

「文禄の役で負傷されたそうですが、傷はどれ程で?」

「施薬院・全宗に言わせれば切断して義腕にした方が早いと言われたが、断って治療をしている。……自動人形から見れば非合理的か?」

「Tes.」

 

 躊躇なき肯定に茲矩は苦笑するが、

 

「――ですが、人間は感情によって作業効率などが変化します。義腕にする事が亀井様の意に沿わないのならば非合理的な選択もまた合理的でしょう」

 

 茲矩は心中に意外を感じた。

 珍しい反応だったからだ。

 

「芸術家に仕える自動人形というのは機微が分かるようになるのか」

 

 小さな感嘆を覚えつつピアノの方を見遣る。

 視線の先ではベートーヴェンが指揮棒を咥えながら猛然とピアノに向かい、流麗な旋律を生み出す。

 

「――一曲完成。ふむ。このジャジャジャジャーンというフレーズが良い。曲名はゲレーゲンハイトとしよう。扉を叩く運命の如く、だ」

 

 感慨深げに頷き、

 

「この曲、君はどう思う、亀井君」

 

 問われ、茲矩は音声入力にした表示枠を出す。

 

「良いんじゃないか。俺は音楽についてはあまり詳しくないから詳細な評価は出来ないが」

「結構。大衆向けに作曲したのでその感想で嬉しい」

 

 ピアノの蓋を閉じ、ベートーヴェンはこちらに身を向ける。

 

「私を見ていたが、何か用があったのかな。申し訳ないが君とテレーゼ君が何を話していたか全く把握していないのだ」

「会話のログです」

 

 テレーゼの手の上に表示枠が発生し、彼女はそれを指で弾いてベートーヴェンの方に送る。

 ベートーヴェンはそれをふんふんと一読し、

 

「文禄の役の話か。君も大変だったな」

「負けるつもりはなかったんだが、このざまだ」

 

 聖譜記述では水軍の李・舜臣に扇を奪われる事になっていたが、あの時点で羽柴が聖連を手中に収めていた。

 だから敵を殲滅し、用意しておいた扇を渡して歴史再現完遂とするつもりだった。

 それが、

 

「艦は武神の一太刀で破壊され、両腕は千切れる一歩手前。完敗だ」

 

 直前までマクデブルクで戦っていた事は言い訳にならない。

 万全の状態でも一対一で勝てたかは怪しい。

 

「しかし、敗北自体はそれほどショックでもないのだろ?」

「何?」

「君から漏れ出ているのは敗北の悔しさではなく別の苛立ちだ」

「……大した事じゃない。随分と遠くに来たなと思ってな」

 

 かつて尼子家再興の為に戦ったのが、今は他家を滅ぼす戦いに参加している。

 その事実に虚無的な思いを抱く事もあるが、

 

「不意に感傷的になるだけで悩む時期は既に通り過ぎた。これから小田原の役や関ヶ原の戦いが控えている事だし」

「そういえば君は東軍側だったか。流石は武蔵守殿」

「茶化すな。この場合は印度諸国連合にある土地の方だ」

「すまない」

 

 ベートーヴェンは口元に笑みを作り、

 

「武蔵といえば、息子がいるような噂を聞いたんだけど」

「ああ、倅がいる。武蔵がIZUMOに停泊している時に会いに行って降りるように言ったが拒否された」

 

 三方ヶ原の事を知っていたから心配した上での行動だったが、見事に断られた。

 

「三河やアルマダの戦いを経て降りなかったなら降りないだろうね。それこそ今回の敗戦を経験しても」

「妻には子離れをしろと窘められてしまった。確かにその通りなんだが、少し寂しい」

 

 そうは言っても倅が決めた道なら応援するべきなのだろう。久し振りに家族で過ごせただけでも良しとしなければ。

 と、そんな時、テレーゼが茲矩とベートーヴェンの間に入ってきた。

 

「各艦の艦長が今後の方針について会議を行いたいそうです。亀井様も是非にと」

「Tes.」

「今更だが助かった。私部城は破壊され、鹿野城はまだ使えないからな」

「感謝は不要。私もローマでK.P.A.Italiaの穏健派相手に慰問の演奏会をする予定だった訳だし」

「そう言ってもらえるとありがたい。しかし、演奏会は大がかりなものになるそうだな」

「Tes.。私の他にもシュッツ殿やプレトリウス殿、M.H.R.R.の著名な音楽家が派遣されるという話だ。六護式仏蘭西との戦いに干渉されたくないのだろうね。――慰問という形なら穏健派は断れず、抵抗派への人質に出来る」

「六護式仏蘭西か」

 

 茲矩は小さく息を漏らし、

 

「あの男はどうしているんだか」

 

    ●

 

「……見事に砕けてるな」

 

 弥山の中腹から双眼鏡を覗き、ブロイは呟く。K.P.A.Italiaの象徴の一つだった浮上島は今や岩礁と化していた。

 敵情視察及び村上・元吉の捜索に来ていたが、どうも上手くいかない。

 

「戦果は海岸で拾ったベラスケス作「淫ノケンティウス十世~淫蕩のon me~」くらいか」

 

 パッケージを眺めながらブロイはぼやく。

 便宜をはかってもらった元景殿の為にも結果が欲しかったのだが。

 

「はあ……」

 

 嘆息しながら踵を返す。

 向かうのは即席の待機所だ。

 

 そこでは自動人形達が地面にシートを敷いてお茶の準備をしている。

 が、よく観察すると違和感がある。

 一体の自動人形が精力的に動き、他の自動人形はどこか遠慮がちに見えるのだ。

 また、多くの自動人形が西洋の侍女服を着ているが、その自動人形だけは極東の割烹着姿だ。

 

「頑張るな、きつさん」

 

 数日前に偶然再会し、それ以来同行してもらっている旧知の自動人形に呼びかける。

 

「もう手慣れたものです。苦はありません」

「なるほど」

 

 納得し、視線を配下の自動人形に向ける。

 

「で、君等はどうした? 動きが悪いが」

「Tes.、我々から見ればきつ様は先人なので。それにブロイ様の好みはきつ様の方が詳しいと判断しました」

「ああ、きつさんは元々六護式仏蘭西の生まれか」

 

 自分が生まれる前から尼子家にいるので忘れていた。

 ブロイはシートに胡坐をかき、きつさんが差し出した湯呑みを受け取る。

 

「ブロイ様、あまり長居するのは危険では?」

 

 完全にリラックスモードに以降していたブロイに副官を務める自動人形が進言する。

 しかしブロイは楽な姿勢を崩さない。

 

「フランソワ・マリーは元はピエモンテの生まれだからな。ちょっとした里帰りのようなものだ」

「尼子・義久も安芸で生活していた時期があると聖譜に記されています」

「……ああ、そうだな」

 

 更に羊羹にフォークを刺す。

 甘さと苦さが口の中で合わさり、濃厚な味を生む。

 

「そういえば経久殿はまだ見付からないか?」

 

 きつさんは尼子家が滅びる前、行方不明になった尼子・経久を探して出雲から去ったのだ。

 ブロイも個人的に捜索を続けたが、未だ見付かっていない。

 

「いいえ、残念ながら。今度は暗黒大陸に行ってみようかと」

「そうか」

「まったく。経久様も、部屋の中でペンキ遊びなど困ったものです」

「……もし良ければ私が主人になろうか」

「私の主は経久様だけですので」

 

 一切の迷いなく断られた。

 

「そうか。これから忙しくなりそうだから居てくれるとありがたかったが」

 

 きつさんに主人変更の意思がない事は分かっていたが、彼女にいてほしかったのも本心だ。

 

「清武田と里見が破れ、しかし武蔵を生き延びさせた。……東は荒れるな」

「武蔵はこれから奥州との交渉を行うというのが大多数の見方ですね」

「奥州三国や北条も難しい時期だろうが、周囲の小国はもっと大変だろうな。かつては奥州管領だった名門、深谷の上杉は家臣団がいなくなって瓦解寸前だという話だし、盛者必衰か」

 

 戦いが激しくなるのは関東だけではない。

 三十年戦争はこれからが本番。マクデブルクを超えたM.H.R.R.は旧派と新派の争いが激化するし、Ecole de parisの生徒会が三征西班牙内の葡萄牙と接触しているようだ。神代の歴史では一六四〇年に始まった王政復古戦争関係だろう。

 その上、

 

「輝元君が尼子・倫久か秀久を襲名しろと言ってきている。テュレンヌ子爵に益田・元祥を襲名させようとしているという話もある」

 

 元家臣の佐世・清宗曰く、技術将校のヴォーバンや毛利水軍が尼子十旗と尼子十砦を改修しているとか。

 輝元には一方的な共感を抱いているので協力してもいいが、あまり期待されても困る。

 

「まあ、頑張るしかないか。牛尾君のとこ、子供生まれたし、本田のとこもまだまだ入り用だろうしな」

 

 残っていた羊羹を一気に頬張り、ブロイは立ち上がる。

 辛く、可能なら投げ出したい立場だが、ここまで付き従ってくれた相手くらいには誠実でありたいのだ。




史実では伊予攻めに益田元祥も参戦していますが無害です。

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