舞台裏の出演者達   作:とうゆき

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早朝の雑談者

無駄話を楽しめるのは

まだ余裕があるからか

配点(駄弁)

 

 

 

 朝。季節的には夏だがこの時間帯の日射しはまだ柔らかい。

 鍛練を終えた自分はクールダウンを兼ねて自然区画の一角を散歩中だった。

 そんな時、

 

「……ん」

 

 おかしな光景を見た。

 同じクラスの秋元・連が何やら座り込んで土を掘り返していたのだ。

 秋元はスコップで土を掬い、それをもう片方の手で持っていた巾着に入れる。

 巾着は一つではなく、既に秋元の腰で複数揺れていた。

 

「何やってるんだ。園芸部の部活か?」

 

 呼びかけに振り向いた秋元は少し気だるげな顔で、

 

「いーや、これは農園部の仕事。地質調査、みたいな。知ってるか? 戦国時代の原因は小規模な氷河期到来による不作が一因だって説もあるんだぜ」

 

 巾着を腰に下げて立ち上がる。

 

「一種の飢饉対策だ。今後、航行不能になったり貿易を拒否される可能性もあるからな。いよいよ危なくなった時はこの辺りも潰して農業だ」

「武蔵の規模じゃ限度があるんじゃないか?」

「確かに焼石に水かもしれないが、備蓄が一週間でも増えれば僅かなりとも選択肢は増える」

 

 それに、と秋元は続ける。

 

「今の状況だと、自分は有益な事をやったんだと慰めにもなるしな」

「……」

 

 秋元の言葉に自分は上手く返事が出来ない。

 三方ヶ原の敗戦が武蔵の住人にもたらした衝撃は大きい。自分達だけが負けるならまだしも、里見教導院の総長が犠牲になったのだ。

 自分達が背負う松平家という立場の重さを皆が否応なく突きつけられただろう。

 

 自分自身、無力感や挫折感、焦燥感を上手く消化出来ているとはいえない。

 朝の鍛練に打ち込むのも多少なりとも負の感情を誤魔化す為だ。

 

 秋元も、何かしなければいけないという強迫観念にも似た衝動に駆られたのだろう。たとえそれが些細な事だったとしても。

 普段、教室でエロゲや巫女の話をしている姿しか知らない身としては新鮮な気持ちだった。

 

「さて。サンプルは大体集まったか。後は放課後だな。もうすぐ一限だし」

「じゃあ一緒に行くか」

「応よ」

 

    ●

 

 それから教導院までの道すがら秋元と雑談を交わしていたが、やはり話題は先の戦いに関係したものが多い。

 

「清武田、どうなるかな」

 

 秋元がぽつりと呟く。

 独り言だったのかもしれないが、声には隠しきれない不安が籠っており、自分は無視出来なかった。

 

「どうだろうな」

 

 武田側は解釈によって長篠の戦いに天目山の戦いが織り込まれ、現在は武田狩りの最中。清側もヌルハチを襲名していた源・義経が行方不明で情勢はかなり不透明となっている。

 

「ホンタイジやダイシャン、アミンなどの次代の襲名者が動いているようだが、どうなるか。この辺りが強烈なカリスマを持った個人による独裁政治の欠点だな」

 

 秋元の顔色が悪くなる。

 

「そんなに清武田が心配か?」

「とあるサークルが望月・千代女メインヒロインのエロゲを製作していたんだが、あの戦い以降連絡が取れなくなっているんだ……」

「……」

「体験版でサブキャラの梅ちゃん可愛かったんだよなぁ。信玄との百合シーン入れてくださいってサークルのブログに書いといたのに……」

 

 ちょっと前に抱いた感慨は間違いだったのかもしれない。

 

「……」

「ノリ悪いな。この前貸してやったSLGのエロゲ、良かっただろ?」

 

 確かに借りた。というか、布教と言われて押し付けられた。

 突き返すのも悪い気がしたのでやるだけやってみたが、

 

「……父親がロリキャラとして登場したんだが」

「よくあるよくある」

「義理の祖父も女になっていたが……」

「肖像権は死んだ! いいじゃねえか。うちなんかモブとしてすら登場しないんだから」

 

 何だかなあ。

 

「てっきり清武田に親類なり知人なりがいると思ったのに。心配して損した」

「あの辺に知り合いなんか……ああ、鳥居前総長と仲の良い娘がいたな。あの子、無事だといいけど」

 

 誰の事だ。こいつはよく自己完結するから困る。

 それにしても、

 

「お前は鳥居さんと時々一緒にいたな。やはり巫女だからか?」

「最初は、な」

 

 秋元は小さく笑い、続いて彼方に視線を送る。

 

「縁があったし、可愛い人だったからお近付きになろうかとしたが、性格は大事だよな。――もう肝練りはこりごりだよ」

 

 何やってんだ、こいつ。

 

    ●

 

「――名前負けだな」

 

 改めて敗戦について話し合っていると、秋元が訳の分からない事を言い出した。

 

「八大竜王とか五大頂とか、名前の段階で強そうだろ? 都市と言わず世界ごと壊せそうな」

「それは大袈裟じゃ」

「話の腰を折るなよ。やっぱりこっちもイカす名乗りがないとな。葵十二軍とか十戦将とか」

 

 そのネーミングの良し悪しは別として、

 

「勇壮な名前で士気が上がるのは事実だな。十勇士とか」

「ああ、良いよな、真田十勇士」

「……」

「……?」

 

 不意に黙り込んだ自分を秋元は訝しげに見るが、

 

「わ、悪い! そんなつもりじゃなかったんだ!」

 

 はっとした様子でフォローを入れてくる。

 

「き、気持ちは俺も分かるぜ。地元に四天王がいるが、この時代だと松平や武田、竜造寺が有名だもんな。やっぱ一人減らしてでも三宿老とかを名乗るべき」

「……」

 

 やっぱりマイナーなのかな、尼子十勇士。

 ぶっちゃけ、自分もメンバーの名前は三人くらいしか知らないしなぁ。

 

    ●

 

「お前ん家の主家の家紋、落ちゲーのブロックみたいで良いな! 謝れよ」

 

 何だろう。やたら理不尽な言いがかりをされた。

 気まずい知名度の話題は避け、互いの昔話を始めたタイミングだったが、いきなり何を言い出すのか。

 口にした後で自身の言動の酷さに気付いたのか、秋元は視線を逸らした。

 

「……すまねえ。嫌な過去を思い出してしまった」

 

 一応事情を聞いておくべきだろうか。

 発言が滅茶苦茶すぎてどういう背景があったのか気になる。

 

「すまないと思うなら事情を話せ」

「……分かった」

 

 そして秋元はおずおずと語り始めた。

 

「俺の一族が仕えていたのは小規模な大名家だった。この時代、小さな家は大きな家に媚び諂う必要がある訳だが、その一環として同年代の子供がいたら一緒に遊ばせていた。

それで子供の遊びの定番といったらお絵かきだよ。

発端は何だったかなぁ。ともかくお題としてそれぞれの主家の家紋を描く事になったんだ。

当時の俺は精神年齢が十歳は上で勉強もそこそこ出来たが、主家の家紋はやたら複雑で……幾ら敬ってても手描き出来るか!」

 

 話している内に明確に思い出したのか、秋元は思いっきり地面を踏みつける。

 

「描けなくて笑われたが、納得いかねー。だってそいつ等の主家の家紋、三角二つ描いて真ん中黒く塗れば終わりだもんよ。そりゃ簡単だよ。誰でも描ける」

 

 秋元は指で空中に図を描き出す。確かに簡単そうだった。

 

「くそ、今度会ったら仕返ししないとな。ガキの頃は種族差に負けたが、修行を積んだ今の俺なら……!」

 

    ●

 

 やがて教導院の敷地内に入る。

 昇降口前の橋を渡りながらふと視線を上げると、

 

「――っ」

 

 全裸がいた。一糸纏わぬ馬鹿が牛乳瓶片手にこちらを見下ろしている。

 驚愕した自分を見付けたのか、全裸は口が作る弓を大きくする。

 自分はどう反応していいか分からず、顔を俯かせ、歩くペースを速める。見れば自分と同じようにしている生徒がたくさんいる。

 

「どったの?」

 

 旧敵への呪詛に夢中でショッキングな光景には気付かなかったらしい秋元は首を傾げる。

 

「いや、正面玄関の真上の部屋に……」

「玄関の真上? ああ、生徒会室か。前は禁制物のエロゲや同人誌隠してたんだけどなぁ」

 

 そうだ。自分の記憶ではあそこは名目こそ生徒会室だったが、実質は物置になっていた。

 最近は整理が進んでいたようだが、そこに全裸がいたという事は、

 ……生徒会長として仕事をしているのか?

 当たり前の話だが、自分の以外のあらゆるものが動き続けているのだ。

 馬鹿も、何か思うところがあったのだろう。

 塞ぎ込まず、やる気を見せてくれるのは部下としても嬉しい。

 

「生徒会は奥州三国と交渉するつもりみたいだな」

 

 伊達、最上はまだしも上杉相手は骨だろう。

 歴史再現の上では反松平だからだ。

 

「秋元、お前の故郷は上越露西亜の近くなんだろ。パイプの一つでもないのか?」

「んー、幼馴染がいるぞ。岡谷っていうオタが。春日山宮殿になら俺も行った事ある」

 

 あまり期待せずに尋ねたが、存外に色好い返事だった。

 

「ならお前、生徒会にその事を伝えたらどうだ。役に立つ事をしたかったんだろ?」

「……将来の為にも本多・正純には恩を売っておくべきなんだろうけどさ、下手な動きは出来ない」

「何故?」

「もし俺が上越露西亜に派遣されたらどうする!?」

 

 ……はあ?

 

「お前、あそこには帝釈天と毘沙門天、あとペルーン辺りが超融合した怪物がいるんだぞ!」

「何を言って……」

「ああぁ! 思い出すのも恐ろしい。が、お前の口から生徒会に話がいっても困る」

 

 秋元は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

「……これは俺が初めて春日山宮殿に行った時の話だ。好奇心旺盛だった子供の頃の俺は教導院内を探索してたんだが、迂闊にも道に迷ってしまった。そして、辿り着いた先で見てしまったんだ!」

「何を?」

「上杉・雷帝・景勝が鎌を振っているのをな!」

「鎌……?」

「その鎌の刃は小さく、とても人が切れそうじゃなかったが、「魔神族の王である自分ならこれでも十分だ。げはははは!」的な意思表示だったんだろうな……恐ろしい」

 

 秋元はぷるぷると震え、それを抑えるように両腕で自身の体を抱き締める。

 躁鬱の激しい奴だ。

 

「あんなのと交渉させられたら全身からあらゆる体液を垂れ流すぞ。つーか、関ヶ原の後も誰かが降服勧告しないといけないんだろ? 誰だか知らないがご愁傷様だぜ」

 

    ●

 

 と、唐突に電子音が響いた。

 

「お、通神文(メール)だ」

 

 言いながら秋元が鳥居型の表示枠を展開する。

 意図せず見えてしまった文面は、

 ……留学届け?

 

「転校するのか?」

「ふん。こんな危険な船にいられるか! 俺は故郷に帰らせてもらう!」

「……」

 

 いつものようなおちゃらけた態度だが、自分は何か、漠然とした不安を感じた。

 秋元が重大な決意を裏に隠しているような気がしてならなかったのだ。

 

「実際の所は?」

「ちょっと幼馴染達と同窓会を企画しててさ。まあ、自由参加だから正直、人は集まんないと思うし、余計なお節介かもしれないけどな~」

「そう、か」

 

 後になって思えば、何故この時事情を聞いておかなかったのかと自分は後悔する。

 

 

 

 ような事態は別に起きなかった。

 

 

 教室に入って級友と言葉を交わし、秋元が三要先生の地雷を踏むのを眺めつつ、壁を破って飛び込んできた馬鹿をカウンター気味に蹴り返す。

 そして放課後は武蔵改修のバイトに参加。

 表面上は驚くほど平穏な日々が過ぎていった。

 しかし、それが嵐の前の静けさだという事も実感として得ていた。

 安穏の時間ではない。近いうちに訪れる戦いに向けて力を蓄えなくては。

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