一人の力は微々であれ
束ねれば万物を砕く
故に疎外はならぬ
配点(百万一心)
六護式仏蘭西プロヴァンス地域にある教導院の一つ、マルセイユ教導院。
K.P.A.Italiaへの睨みを利かせる拠点であり、周辺の教導院の纏め役を担っていた。
その教導院の一室に一人の男の姿があった。
名は堅田・元慶。
首の後ろで束ねられた髪は白が目立つが、背筋は真っ直ぐ伸び、顔に刻まれた皺は老いより貫禄を感じさせる。
彼は体の前面に展開した表示枠を睨め付ける。
会計である元慶は厄介な事態に直面していた。
三河消滅によって事業計画の大規模な修正を余儀なくされていたのだ。新年度が始まり、輸送艦を三河に送ろうとした矢先の出来事だった。
地脈炉を利用して製造される流体加工品は購入や運搬コストを払うに見合った価値があり、多額の予算が割り振られていたが、それが丸々浮く形になってしまった。
……主校の生徒会に意見を求めるべきであろうな。
かなりの裁量を与えられている元慶だが、三河を当てにしていた産業は国内に無数に存在する。
聖譜記述で借金大国になると決まっている六護式仏蘭西である。国が一体となって金の扱いは慎重にしなくては。
自分なりの考えを纏めた草案をEcole de parisに送り、元慶は一息つく。
●
廊下に出た元慶は歩きながら肩を回し、長時間の作業で硬くなった全身をほぐしていく。
……この手の仕事は本来なら兄上が得意なのだが。
現実は儘ならない。
と、横を木箱を積んだ台車を押す女生徒が通り過ぎる。
彼女が廊下を曲がった直後、音が連続した。
「?」
歩幅を速めた元慶が追いつくと、木箱が廊下に散乱していた。
速度を落とさずに角を曲がろうとして上の木箱を落としてしまったのだろう。
響いた音は軽く、木箱の底面に損傷などは見られない。重さは大してない筈だ。
そう考えた元慶はしゃがんで拾い上げようとして、
「――っ!」
予想外の重さだった。見立てを誤ったのかと思いながらふと見ると、木箱の表面に伝票が張り付けてあった。
「重力制御で普段は羽の軽さに! IZUMO新商品「羽漬物石」」
……またしてもIZUMOか!
落ちたショックで本来の重さになっていたのだろうか。
まず腰に痺れにも似た衝撃が走った。続いて膝が震えて額に汗が滲む。
結局、一ミリも持ち上げられないまま元慶はその場に崩れ落ちた。
「か、堅田さーん!」
女生徒が悲鳴を上げると、騒ぎを察知してやって来た学生達が慌て、
「ば、馬鹿! 元慶殿は筆より重い物は持てない貧弱体質なんだぞ!」
「保健委員! 保健委員ー!」
「しっかりしてください! すぐに医者が来ますから。ひっひっふー!」
●
床で頬を擦りながら元慶は過去に思いを馳せた。
昔からこうなのだ。
幼少時、元慶は兄弟二人や近くの子供と雪合戦をしていた。
だが、元慶が投げた雪玉は十メートルも飛べばいいほうで、相手方に届く事なく失速する。
何度繰り返しても結果は同じで、元慶の視界が滲んだ。
居た堪れなくなったのか、相手方はわざと手を抜き始め、同じ組だった兄は表情を曇らせた。
「な、泣くな徳寿丸。これは難しいからな。兄も苦労しているところだ」
そこまで言って兄の顔が白に炸裂した。雪玉が直撃したのだ。
投げた相手は百メートルほど先にいた。二番目の兄だ。
「ああ、すみません兄上。止まっていたのでつい」
「少輔次郎……」
駆け寄りながらしれっと言う次兄に長兄はがっくりと肩を落とした。
……兄上には迷惑をかけた。
兄だけでなく父にも何か失敗するたびに励ましてもらった。
●
「あ、玉木先生! こっちです!」
「ひっひっふー!」
「患者は五十代、中肉中背、貧弱、種なし、血圧は上が百三十、下は八十、最近加齢臭を気にし出しています!」
……最後は臨場感を出す為に適当に言っておるだろう。
学生達の緊迫した声で元慶の意識は引き戻された。
理由が理由だけに注目を集めている事実に気恥ずかしさがある。
青年期はまだ前線で戦える程度の力があったが、寄る年波には勝てない。
毛利・輝元とルイ・エクシヴの結婚の折に堅田・元慶を襲名したが、最近は襲名の譲渡も考えていた。
武蔵と異なり年齢制限のない教導院でも後進育成の為に若手を中核に据える事は多い。
堅田・元慶は小早川・隆景から三原城を預けられるほど信頼を得た武将であるし、羽柴・秀吉との繋がりもある。
木箱一つ持ち上げられない老人よりは有望な若者が襲名した方がいいだろう。
担架に乗せられ、保健室に運ばれながら元慶は自虐の混じった思考の渦に沈んだ。
名:堅田・元慶
属:マルセイユ教導院
役:会計
種:全方位軍師
特:貧弱
3巻上読んだら思いついた。
……ちょっと分かりにくいネタかなぁ。