舞台裏の出演者達   作:とうゆき

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陽下の農園家

勝手に心配し

勝手に支えるので

気遣い無用

配点(いたわり)

 

 

 

 六護式仏蘭西が誇る白と金の大型艦、狩猟館(パンション・ヴェルサイユ)

 その通路を歩いていたMouri-03はある区画に到着する。

 王の菜園(ポタジェ・デュ・ロワ)

 王の食事に出す食材を育てる畑であり散歩道と接した観賞用の庭園である。

 

 史実における王の菜園は九ヘクタールほどだったというが、航空艦内にそれだけの敷地を用意するのは無理なので解釈によって三アール程度の広さになっている。

 これは一六四八年の時点ではまだ王の菜園が造園されていなかったという事情もあった。国力と直結するだけに農業における聖連のチェックは厳しい。

 現状では「当時も一定数の人間が生活していたのだから畑があったとしてもなんらおかしくない」という言い分で押し通している。王の菜園という呼称も非公式なものだ。

 

 Mouri-03がここに来た理由は一つ。

 午後の間食の給仕を終えて皿を厨房に返しに行った際、夕食の食材が足りないという料理人達の話を聞いた。

 輝元から夕食まで自由にしていいと言われていたので彼女が菜園まで赴く事にしたのだ。

 

「やっほー」

 

 声を出せば菜園の一角で動きがあり、一人の男が泥に汚れた顔を上げた。

 帽子から僅かに金色の髪を覗かせる三十代の仏蘭西人だ。

 名はジャン・バティスト・ド・ラ・カンティニ。

 元はどこかの教導院で法律関係の仕事をしていたらしいがアンヌ・ドートリッシュの引退やルイ・エクシヴの襲名と同時期にラ・カンティニを襲名。

 アンドレ・ル・ノートルと協議しつつ狩猟館内に菜園を作って以降そこの主となる。エクシヴの信頼厚く、極東側の農学者である宮崎・安貞も襲名出来ないか検討中だという話も。

 

 時折ノエル・ショメルという助手と一緒に作業をしているが、今日は一人のようだ。

 カンティニは被った帽子をいくらかずらしてMouri-03と視線を合わせ、柔和な笑みを浮かべる。

 

「通神は貰っています。アスパラガスとトマトと梨でしたか」

「それで合ってるよ」

 

 カンティニは頷き、籠を持ちながら菜園内を回り始める。

 しかし不意に、

 

「総長の様子はどうですか?」

「なんか変なこと言って輝元に蹴られてたよ」

「ふむ。いつも通りですね」

「にしてもさー、輝元もどこがいいんだろうね。全裸はないよ」

「裸体を晒している事に関しては、仏式旧派(ガリカン)とはいえ旧派には違いないですから、教皇総長との諍いは避けたかったのでしょう。傍論によれば三十年戦争後にはジャンセニスムとの戦いも控えているようですし」

「へー、そんな深い考えが……」

「――まあ、本人の趣味も入っていると思うのですが」

 

 ……駄目じゃん。

 Mouri-03はそう思うが、その時カンティニの表情に気付く。

 それは統計的に判断して親愛や友好と言えるもので、Mouri-03の中に疑問を生む。

 

「カンティニはどうして仕えてるの?」

 

    ●

 

「……」

 

 問われ、カンティニは動作を止めて思案する。

 

 ……外見を理由にしたとは言えませんね。侮辱にしかならない。

 神族の血を引くエクシヴは成長が普通の人間と異なっていた。今でこそ立派な体格だが、十年ほど前にはカンティニより年上にも関わらず背格好は子供のままだった。

 だから初めて会った時のカンティニはこんな子供に一国の未来を委ねるのかと、憤りや同情に似た感情を抱いたのだが、

 ……今にして思えばとんだ空回りでした。

 

 外見が子供というだけで当時のエクシヴは既に王の道を自身の定めと受け止め、賢君となるべく勉学や戦闘訓練に励んでいた。

 それをとやかく言うのは、彼を気遣っているようで実際の彼を見ていない事に他ならない。

 ……まあ、彼の意志と覚悟を尊重する事と、私が心配してしまう事は別問題ですが。

 

「仕えている理由でしたか。国民としての愛国心、一臣下として敬愛と忠心。後は個人としての心配でしょうか。少しでも支えられれば良いと思っています」

「ぞっこんだね。向こうは知ってるの?」

「言った事はないですね。胸に秘めたままです」

 

 ……支えるつもりが寄りかかってしまわないかが気掛かりです。

 

「公言して、重荷になったら嫌なので」

「気にしないと思うけどな」

 

 そうかもしれない。仮に言ったとしてもエクシヴはいつものように「フ」と笑って「民を背負うのが王の役目だよ」などと言いそうなのだが、それではいけないとカンティニは思う。

 王が臣民を守るのはいい。しかし、側にいる人間は庇護に甘えるだけでは駄目ではないか。

 

「王の双肩には常に期待が重圧として圧し掛かります。神代の時代と違って聖譜もありますしね。そう意味では輝元殿はまだ楽だと思いますが……他者と比較出来る問題ではありませんね」

 

    ●

 

 ……中姉怒ってるよ……

 共通記憶を通して無言になったMouri-02にMouri-03は慄いた。

 元々口数の少ない姉であるが、この沈黙の意味を察する事は出来る。Mouri-02はあまり感情を表に出さないだけで輝元を大切に思っている。

 その輝元の役目が楽だと言われて良い気分はしないだろう。

 そんなMouri-03の様子に気付いたのか定かではないがカンティニは肩を竦める。

 

「勿論、彼女が楽な道を選んだと思ってはいません」

 

 ただ、とカンティニは続ける。

 

「一般論というか民の反応なのですが……史実で敗北が決まっている国は大衆も覚悟は出来ているのです。諦めとも言い換えられますが。

逆に繁栄が聖譜に記されている側は希望を抱く。そしてこの二つの国が一つになっていると少々面倒なのです。

例えば三征西班牙の場合は西班牙も大友、大内全てが衰退するので意思統一がしやすいのです。

けれど我が国の場合はどうしても仏蘭西側に対する期待が大きくなってしまう。

それに人間の欲望は際限がないですから。繁栄と呼べる結果を出しても不平不満が生まれる可能性もありますね」

 

 自動人形であるMouri-03には人心の機微は理解し辛い面があったが、過去の歴史の蓄積から時として民衆が理不尽とも言える非難を為政者に放つ事実を知識として持っていた。

 だからこそ合理的な自動人形を傍らに置きたいのだ、とはある教導院の生徒会長の言葉だ。

 最悪の結果を生んでも最善を尽くしたなら慰めてくれるからだと。

 ……輝元も、そう思う時があるのかな。

 

    ●

 

「王とは孤独な存在です。重責に負けて道を誤った為政者も多い。ですから太陽の王の隣に月の妃がいてくれてありがたいと思っています」

 

 対等の存在がいるというのはそれだけで安らぎとなる。

 

「……私としてはずっと彼女に生徒会長でいてほしいのですが、大衆は望まないでしょう」

 

 ルイ十四世が絶対王制を敷き欧州覇者となる。それが聖譜に記された歴史であり国の為を思えばその流れは止められないし、エクシヴ本人も乗り気だ。

 ならばとカンティニは自分に何が出来るかを考え、その末に至った結論が菜園だった。

 食は人間の三大欲求に根ざしたものであったし、農業の進歩は国益にもなる。

 

 決意してからの行動は早かった。

 それまで農学についてはからっきしだったのでモンペリエ大学の植物園に通ったり大プリニウスやコルメラの著作で学んだ。

 その過程でEcole de parisの生徒会と懇意になり、

 

「そして今こうしている訳です」

「人に歴史ありだね。でも大変じゃない? 支えるって言っておいて自分が潰れたら本末転倒だと思うけど」

「別に自己犠牲を気取ってる訳ではないですよ。私は小市民ですから日々の糧と仕事をこなした達成感があれば満たされます。そうすると時間や心に幾らか余裕があるのでそれを利用したボランティアのようなものです」

 

 Mouri-03と話している間に籠が食材で埋まってきた。後は梨のみ。

 果物を栽培している場所に移動。鋏をかちかちと鳴らしながら果梗を切り取って籠に入れる。

 品種はボン・クレティアン。そのまま食べるもよし、砂糖漬けなどにしても美味しいが、

 

「虫歯に注意するように言っておいてください。ダガン医師を追い返すのは苦労が大きいので」

「あいあいさー」

 

 駆け寄ってきたMouri-03に籠を渡し、カンティニは本来の仕事に戻る。

 皆が自身の役目をこなせば六護式仏蘭西を照らす太陽が陰る事はないと信じて。

 

 

 

 

 

 

名:ジャン・バティスト・ド・ラ・カンティニ

属:Ecole de paris

役:専属庭師

種:――――

特:生真面目系臣下


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