舞台裏の出演者達   作:とうゆき

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敗国の不屈娘

喪失は大きく

先行きは不透明

それでも――

配点(不撓)

 

 

 

 左右を木々に囲まれた山道を一人の少女が歩く。

 枝葉の隙間から洩れる日光を浴びるその姿は、栗毛の髪の毛に上半身は清武田の制服、下半身には馬着。

 四足の足に付けられた蹄鉄が地面を踏み締め、尻尾はゆらゆらと揺れる。

 半人馬(ケンタウロス)だ。

 

 名は馬場・梓。武田家四天王の一人、馬場・信春の一族に連なる少女である。

 

    ●

 

「手がかりなしっすね」

 

 長篠の合戦と同時進行で行われた天目山の戦い後、彼女を含めた武田家の人間は身の振り方について決断を迫られていた。

 まず提案されたのが歴史再現に沿って武蔵に行く事だったが、羽柴が江戸にまで進出した現状、下手に武蔵と接触する事は羽柴に攻撃の口実を与えかねないので却下。

 またP.A.Odaに対する敵愾心も強く、主君である義経公の戦死が確認された訳ではない。故に多くは清側と協力しつつ各地で抵抗を続ける事になった。

 

 梓に与えられた任務は義経公の捜索と偵察だ。

 

 彼女の一族と義経公の関係は深い。

 梓達の祖先は神代の時代、半竜と同じ時期にこの大地に現れたらしいのだが、一度天に昇って帰ってきた後は重奏神州のギリシャを主な居住地としながらも彼女の部族は広大な大地を求めてモンゴル高原を駆け回っていた。

 そんな中、現実世界からやってきた義経公に捕ま……見出され、以来彼女の機馬軍団の一角を構成している。

 

「これからどうするっすか、ソニンちゃん」

 

 梓は上半身を捻りつつ尋ねる。

 捜索の任務は二人一組であり、鞍には一人の少女が跨っていた。

 彼女、ソニンは制服の上に薄桃色の漢服を纏い、長い黒髪を束ねて櫛で止めている。

 耳は横に長く、防護用のカバーをしている。それは長寿族の特徴であり、事実ソニンは長寿族だった。

 体格はかなり小柄で彼女用に鞍や鐙を調節する必要があった。

 詳しい年齢を梓は知らないが、長寿族であっても生存に適さない幼年期は短いのでそれほど年の差はないと思われる。

 

「思案不要。捜索続行」

「……」

 

 付き合いが短いので彼女の喋りにはまだ慣れない。

 この喋りの原因だが、義経公が面白がって出鱈目な清弁を教えたらしい。曰く、熟語で喋れば通じると。暴論も良い所だ。

 それでも極東全体に巡らされた意志通訳の加護のお陰で疎通は出来る。だからこそ性質が悪いとも言える。

 最近は欧州の言語も習っているらしいが、これに関しては教師がM.H.R.R.から来た旧派の宣教師なので大丈夫だろう。

 

「じゃあもう一頑張りっすね」

 

 コンビを組んでいるのでソニンに意見を求めたが、梓も内心では捜索を続けたかった。

 彼女が探しているのは義経公だけではない。自分の家族もである。

 

 先の戦いの折、父や兄に同行しようとした梓は二人の指示で後方に布陣した。戦況が不利になった場合の退路を確保するのも重要だと父に言われたが、

 

 ……気遣われたっすよね。

 

 昔から大事にされてきたという自覚はある。

 聖譜記述によれば武田家滅亡の後、馬場・信春の娘が松平の家臣、鳥居・元忠の側室になっている。三河事件以前はこの役に梓を据えようというのが一族の総意だった。

 極東や武蔵は各国に抑圧されているが、その反面他の教譜が戒律で出来ない金融や屠殺を代行しており、苦しいながらも平穏が約束されているのだ。

 だから清武田に一大事があった場合に梓の避難先と考えたのだろう。

 それを嬉しく思う反面、

 

 ……役立たずだと思われていると感じる卑屈な自分もいて……

 

 自分だけ助かるのは嫌だと訴えたのだが、いざとなれば他にも方法はあるのだと酒盛りをしながら彼等は笑った。

 しかし、迎えた決戦から誰一人として戻ってこなかった。

 

 ……あの酔っ払いども、もし会ったら一発殴ってやるっす。

 

 思い起こせば何故か自分名義で届いた「ぬるはちっ!」の件、朝起きると蝶々結びになっていた尻尾の件、何度か交代した食事当番の件など、問い質したい事が山ほどある。これは何としても見つけ出さなくては。

 ともすれば暗い方向に行きがちな思考を胸の奥に押し込め、梓は決意を新たにする。

 

    ●

 

 なだらかな上り坂に差しかかった頃、道の向こうに二つの人影が現れた。

 軽装と頭に巻いたターバンはP.A.Odaの特徴だ。

 現在、P.A.Odaは武田の領内に戦士団を置いている。

 武田狩りの歴史再現の為であり、江戸の羽柴や北条に向かった滝川・一益の背後を守る為でもある。

 それだけに戦力は侮れない。

 

「出来れば戦闘は避けたいっすね」

 

 梓の武器は弓であり、扱いにはそれなりの自信がある。

 関東で開かれる流鏑馬選手権では毎年上位入賞だ。

 ……でもレギュレーションの変更が言われてるんすよね……

 騎射技術を競うのに君騎乗してないよね? という物言いが付いたのだ。横を向いたまま走らなければならない自分の方が大変だと思うので納得出来ない。

 

 それはさておき、今の目的は捜索であって戦闘ではない。

 持っている装備も武器より食糧や医薬品がメインという事もある。

 だが、

 

「単位発見!」

「これで補習免除だ!」

 

 向こうは放っておいてくれない。

 何やら酷い扱いをされているのはこの際無視する。

 

    ●

 

「戦闘不可避」

 

 先に動いたのはソニンだった。

 鐙で踏ん張り、太腿で梓の胴体を挟んで体を安定させると二律空間から上半身を覆えるほど巨大な鉄扇を二つ取り出し、それぞれの手に保持する。

 

「――風に揺られ身を委ね」

 

 鉄扇を構えながら彼女は歌を口ずさむ。平泉の生まれらしいので極東弁は問題ないのだ。

 その上、歌唱力はかなりのもので声煌姫というアイドルシンガーグループに属している。父や兄もグッズを買い込んで母に怒られていた。

 

「風の息吹を感じる」

 

 歌に乗せて鉄扇を振るえば削音と空気の歪みが駆け、地面にえぐれを生む。鎌鼬だ。

 それに対し、P.A.Odaの学生は前後になり腰を落として身構えた。

 彼等の表示枠からガルーダが飛び出し、前方の学生は布を巻いた手を迫る風刃に突き入れる。

 

「――悪くない風だ。……行けるな?」

 

 ムラサイ教譜の術式、預術(イルファングナーア)の術符である術帯によって荒ぶる風は力を失い、顔や髪を撫でるだけに終わる。

 

「Shaja」

 

 と、後ろにいた学生も動く。

 書物型の紋章が展開し、彼等の周囲を緩やかに流れていた空気が規則性を持って渦巻く。

 そして一歩目の踏み込みから一気に加速した。風を利用した移動術式だ。

 

    ●

 

「……っ!」

 

 梓もまた対応する。

 片手で範鋼製の折り畳み式の弓「比邻」を展開、もう片方の手、人差し指から小指を使って同時に三本の矢を背中の矢筒から取る。

 一本ずつ素早く矢を番え、一息の間に三連射。流体弦でなければ不可能な芸当だろう。

 足下を狙って放った矢はしかし、防御術式を砕き、その先の風の術式を一部破壊するが、そこまでだった。

 勢いをなくした矢は風に巻かれて弾かれる。

 

「武蔵巫女同様砲撃不可?」

「一緒にしないで欲しいっす」

 

 三河事件の再現映像を見た事があるが、あんな事が出来るのは昔、義経公に聞いた事がある源・鎮西八郎・為朝や那須・与一、ジェベくらいではないか。

 禊祓いと物理破壊の違いはあるにしろ自分では武神用の弓でやっと同等といったところか。

 その武神にしても専用の四脚の武神は先の戦いで破損して現在は修理中。元々複数の武神の残骸を組み合わせて造ったゲテモノだったので限界が近かったのだ。

 

「私は速射と精度に重点を置いてるっすから」

 

 言っている間に彼我の距離はどんどん縮まる。

 梓は判断に迷う。

 刀や槍のように近接武器の訓練を受けた事もあるが、身体的な問題で不得手だった。

 

「左折突入!」

 

 ソニンの叫びに梓は考えるより先に従った。山道を逸れ、森の中に突っ込む。

 

(でもこれは、ちょっと怖いっす)

 

 極東は馬が走るのに適さない地形が多い。森林などその最たるものの一つだろう。

 直線的な動きでは人間を圧倒するものの、横に長い体躯から小回りが効かない馬では折角の機動力が殺されてしまう。

 この森はそれほど木が密集している訳ではないが、それでも梓の正面には立ち塞がっている。

 

「どうする気っすか?」

 

 比邻のフレームを鏡代わりにしつつソニンに問いかける。

 

「心配無用」

 

 彼女は体を捻り、進行方向と追ってくる学生達にそれぞれ半身を向ける。

 

「風と舞う」

 

 流体制御の風の一撃は切断と薙ぎ払いをほぼ同時に行い、行く手を遮る樹木を取り払う。

 些か足場は悪くなったが、迂回せず跨げるようになった事の方が大きい。

 蹄鉄越しに地面をしっかりと捉え、速度を上げる。

 体力には自信がある。仙道術「千里行術」を使わずとも千里の馬になってみせる。

 

 一方でソニンは学生達の左右に林立する木を倒し、進行を阻む。

 

「来るな補習!」

「待て! 単位!」

「東風っすよー!」

 

 学生の悲鳴とも恨み節ともつかぬ叫びに捨て台詞を返し、梓は駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

名:馬場・梓

属:覚羅教導院

役:部隊指揮

種:重武神騎乗師

特:人馬一体

 

名:ソニン

属:覚羅教導院

役:通訳(自称)

種:全方位武術師

特:アイドル歌手

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下没ネタ。

 

 

 

 歩いている途中、ソニンが肩をちょんちょんと突っついてきた。

 

「なんすか?」

「疑問。種族特性衣服不要」

「それはそうなんすけどね」

 

 確かに種族の加護で蚤などは付かないし、外気にも一定の耐性がある。

 なので暑い日などは一族の男は下半身に何も付けずに出歩いている。お陰でストリーキング集団「歩き愛出す」なる団体から勧誘通神が大量に来た時期があった。

 そもそも体の構造的に一人で着替えるのが難しいという事情もある。慣れれば一人でも出来るが、それでも時間がかかってしまう。

 

「でも私も一応年頃っすから」

 

 長寿族のような人間と同じ外見の異族と違い、衣服はオーダーメイドになるので値は張るが、自分の特色を強く出せるという見方も出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい、今何か物音がしなかったか?』

『そうか?』

『したした。そこの茂みで……』

「――」

 

 茂みに隠れていた梓は身を強張らせた。ここで見付かるのは拙い。

 故に、

 

「ひ、ひひーん」

『何だ馬か。驚かせやがって』

 

・索 尼:『敵方馬鹿?』

・梓 弓:『モノマネが上手くいった事を喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、複雑な気分っす』

 




ケンタウロス娘って、良いよね……
きみとあさまで以前に書きはじめたネタだったけど、まさか鳥居・元忠の襲名者が女性だったとはね。
というか、書き上げてから気付いたけど、ソニンの喋り方が微妙にイザックと被ってた。

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