舞台裏の出演者達   作:とうゆき

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出雲の無欲者

内から出でて

人の足を止めるもの

配点(諦観)

 

 

 

 出雲に存在するとある神社。鳥居をくぐり、石段を数段上ったところに一人の人物が座っていた。

 尼子家の家紋である平四つ目結があしらわれた極東の制服を纏い、左腕に「生徒会長 尼子・経久」と書かれた腕章を付けた男。

 彼は右腕を肩の高さまで上げ、そこに一羽の烏をとまらせていた。ただの烏ではない。烏といえば通常は二本足だが、その烏は一本多い三本足、つまりヤタガラスである。

 

「それでな? 総長連合の亀井・秀綱というのは政治関係も優秀でそちらの仕事を任せてるんだが、ここ一番で失敗するんだよ」

「それは大変でありますな――」

「まあ、亀井君にはいずれ私の三男や毛利の謀将を怒らせる仕事があるし……」

 

 と、彼がそこまで言った時だ。石段を誰かが上ってきた。

 彼は微かに警戒したが、すぐさま緊張を解く。

 現れたのは侍女服の少女だった。その姿は人に対してどこか無機質な印象を与える。

 それもその筈で、彼女は無機物で構成された自動人形だった。

 経久様、と少女は感情の希薄な声で主である男に呼びかけた。

 

「おお、きつ君か。……悪いが、また今度」

「では、これにて失礼――」

 

 そう言ってヤタガラスは飛び立っていく。

 きつと呼ばれた自動人形の少女は飛び去るヤタガラスを視界の隅に入れつつ歩を進める。

 

「経久様、今のは?」

「九官鳥だよ。それより何か用事があったんだろ?」

「はい。鉢屋衆所属の自動人形から共通記憶による報告です。本城・常光様が「ちょっと三征西班牙に遊びに行ってくる」と出ていかれました。これについて副会長の政久様が意見が欲しいと」

「……総長や副長が許容しているなら生徒会が言う事はない。第一特務に関しては自由にさせろ」

 

 教導院の政務のトップである生徒会長、経久は面倒臭さを隠さずに告げた。

 石段に座る経久の数段下で立ち止まったきつは、彼のなげやりな返事に対して了解しましたと律儀に反応を返した。

 

「それと聖連から使者が来ています。現在は詮久様が対応中」

「……桜井・宗的の反乱に関する歴史再現か」

「IZUMOを欲する毛利家や六護式仏蘭西が聖連に働きかけたようです」

「いい加減焦れてきたな」

 

 困ったものだと経久は溜息を漏らした。

 しかし、その場に座ったまま動こうとはしない。

 

「詮久様一人に任せるつもりですか?」

「詮久にはいずれ晴久を名乗って生徒会長も兼任してもらうつもりだからな。仕事に慣れる良い機会だ」

 

 それにこれは大した案件でもないと経久は言葉を続ける。

 

「聖譜記述によれば嫡子を殺された尼子・経久は怒り狂い、桜井側の降伏を認めず皆殺しにしたという。故に向こうも中々乱を起こしてくれない。いや、我々としても歴史再現は行いたいのだが、相手方が仕掛けてこない事には動けない。こちらから攻める事も出来るが、自分達が勝利する戦だから強引に歴史再現を行おうとしたと思われては聖連の理念に反する訳だし、困る」

「そういう名目で歴史再現を引き延ばすのですね、分かります。てっきり経久様が自分に解決出来ない無理難題を詮久様に押し付けていたのだと愚考していました」

「……仏蘭西製の自動人形は全てお前のようにセメントなのか?」

 

 やれやれと経久は両手を石段に付けて体重を後ろに預ける。

 毛利・元就の伝で六護式仏蘭西から貰ったのだが、とんだじゃじゃ馬だった。

 経久が昔に思いを馳せていると、きつが首を傾げた。

 

「もしや最近、三征西班牙と連絡を取っていたのもこの為ですか?」

「……私はただ、桜井・宗的の歴史再現を終えたら遅れを取り戻す為に、最初の月山富田城の戦いまで一気に行おうかと大内家に打診してみただけだ」

 

 これも大きな仕事という訳ではない。

 先方にとっても悪い話ではないからだ。

 

「いずれアルマダの海戦で敗北する三征西班牙は極東側の大内では戦力を温存したいと考えている。吉田郡山城の戦いでは勝利するものの、続く月山富田城の戦いでは敗北。この戦いで大内・義隆の養嗣子である大内・晴持が死んだ事が大内家衰退の一因だと言われているからな。だから向こうはこの歴史再現は引き伸ばしたい。尼子家としても名将尼子・久幸を失う敗戦であり、直後に私が死去する郡山合戦の歴史再現は行いたくない」

 

 長々と喋って少し疲れたので一息つく。

 

「敵が二人いるならそいつらを戦わせればいい」

 

 そこまで言って経久はふと気付く。

 きつの能面のような顔に僅かに驚きが浮かんでいた。

 基本無表情の彼女の表情が変化したという事は相当驚いているのだろう。

 

「どうした?」

「いえ。謀聖の字名は虚名ではなかったのだと改めて認識しました」

「そうか」

 

 経久にとってはどうでもいい話だった。

 三十年戦争で覇者となる六護式仏蘭西には聖連も含めて敵が多い。自分が動かなくてもどうにかなったと思えてしまう。

 

「それだけに疑問なのです。どうして経久様が総長を詮久様に任せて生徒会と総長連合の二頭制にしたのか」

「ん?」

「聖譜記述から推察するに尼子家の衰退原因は一族同士や国人衆との軋轢です。遠征理由の多くは領地獲得ではなく国内を纏める為とさえ言われています」

「……」

 

 経久は口を挟まず無言で先を促した。

 

「経久様の三男にあたる塩冶・興久の乱やそれに端を発する新宮党の勢力拡大が尼子家を疲弊させます」

「……国久だって馬鹿じゃない。今は久幸も健在だし、新宮党にも無茶はさせないだろう」

 

 そもそも桜井・宗的の蜂起を再現しないのは塩冶・興久の乱を行わせない為でもある。

 

「それでも同様の事態に陥らないという確証はありません。総長も兼任して権力強化を行うのが尼子家の繁栄に繋がると判断します」

「戦いは苦手なのだがな」

「トップに必要なのは人を使う才と責任を取る覚悟。経久様はどちらも兼ねていると判断します。そもそも神の血を引く経久様なら人並み以上に戦闘もこなせるでしょう」

「だがなぁ」

「怠慢は罪悪だと愚考します」

「……愚考すると言えば控え目になると思っちゃいけないな、きつ君」

 

 ……神代の頃には人形が人になったと聞くが、それはこいつのようなタイプだったのだろうな。

 

「詮久に任せた理由は、総長を兼任していると、毛利や大内がIZUMOを欲しいと言ったら一存であげてしまいそうだからな」

「……は?」

 

 きつの声は相変わらず感情がなかったが、経久には返答までの間から彼女が呆気に取られたように感じられた。

 

「単純な話だ。どうしようもなく自分の手から離れる物に執着ができるか?」

「……」

 

 今度はきつが経久の言葉に口を挟まなかった。

 

「大内の属する三征西班牙は衰退こそすれど滅びることはない。毛利と協力関係の六護式仏蘭西はこれから昇り調子。それらと対峙する我等尼子家は毛利に滅ぼされなくてはならない」

 

 IZUMOは優れた航空艦の技術を持ち、尼子家もその技術力を利用して「月山富田」や「尼子十旗」などの戦力を整えたが、それも無駄だろうと経久は思う。

 聖譜記述で負けるとされた側が狙うのは、戦術レベルで勝利した後で敗北を宣言するというものだが、

 

「尼子の滅亡は歴史再現の解釈でどうにかなるものではない」

 

 毛利家からはいずれ関ヶ原の戦いで西軍の長となる毛利・輝元が現れる。

 歴史再現で西軍に付く国や勢力としては少しでも毛利家に力を付けてほしいだろう。

 それらの圧力を撥ね退けるのは難しい。

 

「詮久様達はその流れに抗っておられます」

「……慣れ親しんだものが失われるのは辛いからな」

 

 その感傷は経久にも理解出来る。理解出来るのだが。

 

「だが、どうせ百年も経てば自然に変わる。変化を楽しむ事も必要だと思う」

 

 失わせないようにする事は出来るかもしれない。だが、失われなくて変わってしまう。

 ならばわざわざ抗う意味がどこにあるだろうか。

 それが神の血を引き、これから数百年は生きられる経久の率直な考えだった。

 

「主家が滅んでも残った人々が抵抗を続けます。経久様は彼等を見捨てるのですか?」

「尼子十勇士だったか。貞幸の孫もいたな。幸いの名を持った男がどう生きるのか気になるが、それこそどうしようもない。滅ぶ、栄えるの契機を見る前に尼子・経久は歴史再現から退場だ」

 

 尼子・経久は戦死した訳ではないので郡山合戦の後に円満に引退という事になるのだろう。

 そうなってしまえば歴史再現に関わる事は困難だ。色々派手に動きすぎたし、他の人物の襲名はもとより一般生徒として行動したとしても他国から余計な警戒を生む。

 一応、後に残される者の為に出雲産業座や英国と協議してIZUMOが中立化するよう進めている。

 けれど、そうして助けた者達が天寿を全うしても自分より早く死ぬのだと思うとどうにも遣る瀬無い。

 

「では、そもそも何故生徒会長などをやっているのですか」

 

 ……嫌なとこを突くな。

 

「……尼子家は帝から出雲の管理を請け負った訳だが、極東に生きる者として帝の勅命は全うしなければな」

「どうも言い訳臭いですが」

 

 経久自身、この答えが言い訳染みているという自覚があった。

 もっともまったくの出鱈目という訳でもない。

 上位者から任せられたので信頼に応えたいというのは紛れもない本心である。帝なら自分と同じかそれ以上に長生きするという事もある。

 さりとて、一番大きく自分の心を占めているのは別の思惑だろう。

 それは、

 

「成した功績はなくならず、不変だ。本物の尼子・経久の名が聖譜記述に残っているようにな。私はそれに意味を見出しているのかもしれない」

 

 人の生き死にに関心を持たず、ただ結果だけを重視する。そう表現すると随分と冷酷である。

 ……無欲よりはマシだが、謀士と呼ばれても仕方ないな。この戦乱の時代には正しいのかもしれないが。

 

「経久様? どうかされましたか?」

「いや、下らない事を考えていた」

 

 経久は尻に付いた汚れや埃を払いながら立ちあがる。

 

「吉童子丸に土産でも買って帰るか」

 

 きつが何か反応する前に経久は階段を下りはじめる。

 それでも、背後に幾らか意識を割いてきつがしっかり付いてくるかの確認は怠らなかった。

 

 

 

 

 

名 尼子・経久

属 出雲教導院

役 生徒会長

種 全方位謀略家

特 無気力系謀聖

 

名 きつ

属 出雲教導院

役 庶務

種 侍女

特 内助の功




まあ、この時期に尼子・晴久が総長というのはちょっと無理があるけど。

書いてて思ったけど、義経と似てるところあるかな。あるいは初期のセグンドか。
「天性無欲正直の人」と「謀聖」の両方をやろうとしたら物に執着しないのに仕事はきっちりこなす妙なキャラクターに。

尼子十勇士は史料によって名前が違うから十人以上いた、というネタをやろうとしたが、二代の発言によるとしっかり十人だったみたい。残念。
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