舞台裏の出演者達   作:とうゆき

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顧み場の後悔者

彼方に去った後

此方に残されたもの

配点(悔恨)

 

 

 

 

 里見教導院の一画に存在する総長連合の執務室。

 そこでは机を挟んで二人の青年が向かい合っていた。一人は総長里見・義頼。もう一人は委員会に属する男だ。

 男の来訪目的は大規模な戦乱を見据えての食糧や戦闘関係の物資の備蓄計画、その途中報告。

 

「――武神の補修パーツは連戦になっても耐えられるだけの予備は確保した。ただ、八房に関しては知っての通り精密すぎる武神だ。技師達も極力壊さないようにと言っている」

「御苦労。ただお前の仕事は信頼しているし通神でも構わなかったが」

 

 義頼が苦笑する。

 実際これはあくまで途中報告。通神で済ませても問題はなかった。

 しかし男は直接対面しての報告に拘っていた。

 

「……連絡ミスで貴重な人材を失う事もあり得るからな」

 

 意思に反して口から漏れた言葉に男は気まずげに視線を落とすが、義頼は仕方ないと言いたげに苦笑を深くするだけだった。

 内心ではこちらの言葉に反感を抱いたのかもしれないがどうにも出来ないだろう。

 あてつけのように言ってしまったのは男の不注意だが発言内容に否を付けられる部分はない。

 

「確かに連絡は大事か」

「……ああ」

 

 里見・義頼。

 武力は元より温和ながら決断力に富む性格から里見の中心的存在であり、若手からは憧れの対象だった。だった。もう過去の話だ。

 同じように慕われていた先代里見・義頼を殺して総長になった時から彼に向けられる視線は一変した。

 殺害自体は事故であるが、里見の支柱でもあった女性を失わせた事実に違いはない。

 故意ではないからこそ憤りを感じる者もいるし、それでなくともよそよそしい態度を取る者が多かった。

 男もその例に漏れず、義頼には含む所があった。事故直後などは感情に任せて殴りかかった事もある。

 ……歴史再現維持の為と遺言とはいえ前総長を殺した奴が総長とは。

 先代とてこんな状況を想定して遺言を残したとは思えない。今代も今代だ。もし自分だったら辞退していたに違いない。

 そんな男の内心を知ってか知らずか義頼は佇まいを直して咳払いする。

 

「近々武蔵との接触を考えている」

「……松平との接触が里見にとって重要というのは分かるが、短期間とはいえ総長と生徒会長が揃って留守にするのはどうかと。仕事が滞る」

「そこは私がいなくてもやっていけるという気概を見せてほしいものだな」

 

 自身の力のなさを公言しているようなものだ。

 言外にそう言われたように感じて彼はこめかみをひくつかせた。

 

「ああ、勿論。里見は一人二人いない程度でどうにかなるヤワなものじゃない」

「期待している」

「……じゃあな憲時」

 

 いいように誘導された気がして面白くないものを感じながら男は一礼して退室する。

 

    ●

 

 柔らかな日差しと心地好い風を受けながら教導院から程近い墓地に赴くき、旧知の墓に花を見舞った後で男はある墓の前に立つ。

 先代里見・義頼のものだ。慕われていた彼女らしく今でも時折献花があるし、墓石も綺麗に掃除されていた。

 

「……」

 

 そっと目を瞑って黙祷を捧げる。

 大規模な戦争はないものの北条や結城などとの小競り合いはあるし、その過程で命を落とす者もいる。だが、

 ……あのような最期、さぞ無念だっただろう。

 国を守る為に敵と戦い、その結果死ぬ事になっても誇りを胸に宿す事が出来る。

 けれど、あろう事か味方に討たれるとは……

 八房も完成してまさにこれからという時。それなのに彼女の未来は永遠に閉ざされた。

 もう二度と語り合う事も出来ない。それが堪らなく辛かった。

 

「何だ。お前も来ていたのか」

 

 突然の声に振り向くとそこには一人の少女がいた。

 里見・義康。先代義頼の妹だ。

 それぞれの手に花束と手桶を持った彼女の目的を察した男は横に避ける。

 義康は会釈して墓石の前に移動すると桶の水を柄杓で掬って墓石にかけ、花を備える。その姿を見ながら男は不意に、

 

「そっちも複雑だな。村雨丸が抜けていれば八房はお前の物だったろうに」

 

 姉を殺した相手が名前と心血を注いで造った武神を継ぐ。

 里見家存続の為には正しい選択なのだろうが、それだけでは納得出来ない事もある。

 ……これからは関東も激動の時代。里見も一致団結して臨まなくてはならない。精々これ以上不和を起こすような真似はやめてほしいもんだ。

 

「あ……その……」

 

 一方の義康は歯切れが悪い。

 ……些か無神経だったな。

 

「悪い。ここでする話じゃなかった」

「いや……」

 

 微妙な空気になってしまった。どっちみち墓参りに第三者がいるのは邪魔だろう。

 手を合わせる義康と別れて男は教導院に戻る。

 

    ●

 

 羽柴による関東侵攻。文禄の役で里見が滅ぼされた後、男は再興を誓って仲間と共に戦乱で放棄された廃村を一時的な拠点として潜伏の日々を送っていた。

 武田も敗れ、江戸を押さえられながらも欧州情勢が予断を許さない状況で織田や羽柴に残党相手に割く余力はなく、明確な反抗をせずに潜む分には何とかなっていた。

 

 相手は強大である。しかしそれは敵対者が多い事も意味する。彼等とは織田や羽柴が敵という一点においてコンセンサスが取れている。

 里見出身ながら故郷を離れて他国に住む者もおり、そんな人間に協力を仰いで情報収集や交渉を行って機に備える。

 国という後ろ盾がないので足下を見られるが、それさえも取っ掛かりにして面識を増やしていく。

 

 そんな中、水戸にいた里見家ゆかりの人間からそれはもたらされた。

 義康と共に歩むつもりなら見ておく必要があると届けられたのは八房に残されていた記録であり、彼は深く考えずに仲間を集めた。

 

    ●

 

『自害では、里見の屈辱となります。力を得ること自体が間違いだったのかと。力を得ても屈服せざえるを得ないのかと。――己のしたことを、無駄に感じることとなります。

 だから、すいません。私を、討って下さい。――そしてP.A.Odaに対し、貴方の判断で義理を立てたと、そういうことにして下さい』

 

 誰も言葉を発しない。うなだれ、顔を押さえている。

 男とて例外ではない。四肢から力が抜けてその場に倒れこむ。

 そしてうずくまった体勢のまま地面に頭を打ちつけた。一度ではない。二度三度四度、額が割れて血が滲み意識が濁り出した頃になって彼の様子に気付いた仲間によって止められる。

 けれどその仲間もあまりに強く握り締めていた為に手が変色していた。皆が打ちのめされて悔やんでいたのだ。

 

「何故言ってくれなった! 非難されて苦しくなかった訳がないだろ!」

 

 喉が潰れんばかりの絶叫。しかし答えがなくとも彼は分かっていた。

 ……言える筈がない。

 真相を言えば前総長の遺志を無駄にする。

 

「……総長達に、俺達は真実に耐えられないと思われた訳か」

 

 ……悔しいが、その見立ては恐らく正しい。

 もし先代義頼が自害していれば所詮小国は大国の前には逆らえないのだと絶望しただろう。

 

「おのれ、羽し……」

 

 激情と共に吐き出そうとした言葉が途中で途切れる。

 ……違う。

 戦乱の時代。他国が持った強大な戦力を警戒して牽制するのは当然の事。

 そして指導者が自国の士気を維持する為に考えを巡らせるのも当然の事。

 ……全ての責は!

 仲間を信頼するのもまた当然の事だった筈だ!

 

「救えないな」

 

 自己嫌悪を強くするのは、ある事に気付いてしまったからだ。

 嫉妬だ。彼は里見・義頼に嫉妬していた。無論、それは微かなものにすぎない。

 そもそも誰でも多少なりとも心に持っているものだ。憧れの別名であるし、彼の場合は大部分が向上心という形で昇華されていた。

 しかしあの一件以来歯車がズレて悪い形で噛み合ってしまった。

 僅かな嫉妬。僅か故に無意識のうちに目を曇らせていた。

 小人は容易く自身の正当性を盲信して残酷になる。

 高みにいた里見・義頼。完璧だと思えた彼の取り返しのつかない落ち度。その事に優越感を抱かなかったか?

 

「……ははっ」

 

 義康は義頼に反発していた。

 しかし今にして思えば姉を殺された怒りや憎しみより困惑が大きかったように見える。

 分かっていたのだろう。何の疑いも持たず手違いによる事故だと思っていた自分とは違って、何か理由があった筈なのだと。

 その事実が彼を一層惨めにさせた。

 

 仮に大国の威を受けても屈しない強さがあったなら。

 上辺だけでなく人となりを見極めようとする誠実さがあったなら。

 自分達の愚かさが二人の総長に苦渋を強いたのだ。

 

「馬鹿だ俺は! 守られる価値のある人間じゃないんだ!」

 

 文禄の役においてすら反感を抱いていたのだ。

 お前に言われるまでもない。国の危機にその場にいない奴が偉そうに指図するな。

 最早思い出すのも忌まわしい。

 ……ああ、そういえば。

 汚名を背負ってまで里見を守ろうとした男はあの戦いの時も降伏を望む者はそれでも構わないと、こちらに気遣いを寄越した。最期まで里見の民の事を思っていた。

 失ったものの大きさを改めて思い知り胸がつまる。

 いっそ自分が死ねば良かったとさえ思うが、そんな仮定は無意味だ。

 

「……義康は武蔵で多くを学び力を得るだろうな」

 

 義頼が武蔵と接触したのは何も歴史再現の為だけではなかったのだろう。

 武蔵の住人は強制された死を前にして抵抗の声を上げ、自分達が望む未来を手繰り寄せる強さを持っていた。

 だからこそ義頼も命を捨ててでも彼等を守ろうとした。

 

『そこは私がいなくてもやっていけるという気概を見せてほしいものだな』

 

 ……なあ、あの時どんな思いで言ったんだ?

 永遠に返答のない問いを内心で放って彼は目元を腕で覆う。

 

「……きっついな」

 

 謝罪すら許されない。それが浅慮な己への罰。

 生きている限り背負っていかなければならない重荷。

 これが防げない事態だったならまだ言い訳をして心を楽に出来る。しかし機会は幾らでも与えられていた。

 見向きもせずに放り捨てたのは自分自身だ。

 あまりに苦しいが、それでも真実を知らなければ良かったとは思わない。

 

「……先方に感謝しなくちゃな。死者の名誉と生者の誇り。前者の方が大事だ」

 

 向こうが記録を送りつけてきた理由にも納得する。

 知らぬまま義康と合流しても本当の意味で足並みを揃える事は出来ない。それを危惧したのだろう。

 何も知らずに好き勝手言っているガキへの怒りもあったのかもしれないが。

 

 そしていつまでもこうしている訳にはいかない。感情的に喚いたり悲しみに浸るのは区切りを付けるのに必要だが、ずっと続けるのは逃避だ。

 ……お前の意思、勝手だが引き継がせてもらうぞ。

 自己満足かもしれない。正しく向き合おうとせず散々非難しておいて都合が良すぎるのかもしれない。

 それでも自分達の為に戦った者の思いを汲みたい。彼等が守って良かったと胸を張れるようにならなければ自分で自分が許せない。

 

「――皆」

 

 呼びかけに仲間の視線が男に集まる。

 一様に目を充血させて涙の痕が残っていたが、下を向いている者はいなかった。

 

「里見再興、必ず成し遂げるぞ」

「Tes.!」




三上で義頼さんに謝罪するようヨッシーに言ったホラ子はナイスすぎる。
正月にホニメ一期を見直したら無性に義頼さんの忠に纏わるエピソードが書きたくなった。
まあ最初は自分で書いておきながらイライラしたけど。

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