舞台裏の出演者達   作:とうゆき

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無音世界の音楽家

拝聴せよ

我が音楽

配点(音楽家)

 

 

 M.H.R.R.は国力維持の為にマクデブルクの掠奪以前は旧派と改派の争いは控えていたが、それでも小競り合いは存在していた。

 これはそんな戦いの一つ。

 

 戦いも佳境を過ぎた頃、戦場に一つの動きが生じた。

 旧派側の指揮官、M.H.R.R.旧派領邦の有力者であり選帝侯でもあるケルン大司教の旗艦、ボンの甲板に二つの人影が現れたのだ。

 

 髪を風に靡かせる男と侍女型自動人形だ。

 男の外見は黒髪で耳当てをしている。

 右は碧眼、左は赤眼。だが、左目をよく見れば眼球が透明で奥の血管が透けているだけだと分かる。

 左手にはヴァイオリン本体を、右手には弓を保持している。

 

「1648年以降ゆえ傍論からの登場申し訳ない」

 

 眼下の兵士に一礼し、

 

「ルートヴィヒ・楽聖(ゴットリープ)・ベートーヴェンだ」

 

 突然現れた男に対して改派側は警戒を強めた。

 旗艦に乗っている人員は役職者でなくともそれに準ずる実力者である可能性が高い。

 しかし護衛艦に守られて戦場の後方に位置するボンのベートーヴェンの行動を制止する事は出来なかった。

 

「本日は私の聴覚を材料にした神格武装"嵐"(シュトゥルム)そのお披露目演奏会にこれだけ集まってもらって恐悦至極。では早速演奏を始めよう」

 

 ベートーヴェンは左手で持ったヴァイオリンを肩と顎で支え、弦に弓を走らせる。

 荒々しくも流麗な調べが紡ぎ出されると同時、

 

《嵐はすべてを飲み込む暴風である》

 

 大気中に詞が放たれた。

 その直後、戦場に巨大な音が連奏した。

 

「説明しておこう。"嵐"から奏でられた音楽は流体を打撃力に変換する」

 

 そこまで言ってベートーヴェンは首を傾げた。

 地上では数百メートルに渡って兵士の誰もが打撃を受けていた。

 それはベートーヴェンを中心に、波紋のごとく彼から離れるにつれて威力が弱くなっている。

 つまり、

 

「引っ込め、ヘボ音楽家!」「ただの音響兵器じゃねーか!」

 

 旧派側から怒号が巻き起こった。

 

    ●

 

「何分初めてなので調整が完璧ではなかった。申し訳ない」

《嵐は人の支配を受けない》

 

 耳は聞こえなくともおおよその状況を察する事は出来る。

 ベートーヴェンは謝罪を口にしたが、

 

「ただ、私の音楽は身分や貧富の差に関係なく万人が聞く事が出来るものだから」

 

 いまいち反省が見られない。

 そんな彼の肩を背後に控えていた自動人形が指で軽く叩く。

 表示枠を展開しながら振り向いたベートーヴェンは右目を閉じ、左の赤い目だけで自動人形を見据える。

 

「なんだい、テレーゼ君。君の声はとても綺麗な色をしているから、聞こえないのが実に残念だ」

 

 テレーゼと呼ばれた自動人形は問いに答えず、自らの額をベートーヴェンの額に押し当てる。

 

「自重してください。指、折りますよ?」

「――!?」

 

 大仰な動きでベートーヴェンはふらつき、仰け反る。

 

「……悲愴な気分だ。この熱情、どう表現すべきか」

《嵐とは天の涙である》

 

 今度は上から下という指向性を伴った打撃が兵士達を襲い、再び怒号が起きた。

 

 

 

名:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

属:ケルン教導院

役:楽長

種:音楽家

特:失聴者


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