二人の少女が百合本を見つけてしまった話 作:うううう
休日。街で買い物を終えて自宅に帰ってきた中学三年生のメガネ男子――越谷卓は自室で鞄をひっくり返して顔色を青ざめていた。
「……!」
街の本屋でこっそりと購入した【百合エロ漫画雑誌】を、なんと彼はバス停のベンチに置き忘れてしまったのだ。
その本にはポイントカードを栞代わり挟んでおり、カードの裏側には彼の名前がバッチリ表記されている。
誰かに見つかる前にその本を回収しなければ世間体がヤバいことになる。
卓は急いで家から出発すると、バス停へ向かって全力で自転車を走らせた。
◇
時刻は昼過ぎ。セミの鳴き声が騒がしいバス停のベンチで、銀髪ツインテールのジト目の少女――宮内れんげが一冊の本に険しい目を向けていた。
その本のタイトルは【ゆりゆり☆らぶはぁと】。
表紙には漫画の絵で二人の女の子があざといポーズを決めているという、見るからにヤバそうな本だった。
「むむむ、これはいけないのん。この本からはよからぬ気配がしてくるのんな!」
察しがいい宮内れんげは危険を感じ取って、その本から離れるためにベンチから後ずさる。
しかし、一緒に遊んでいた友達の石川ほのかは、何でもないような顔でその本を手に取ってしまった。
「忘れ物だね。おまわりさんに届けてあげないと」
「そ、それは……そうなんな」
屈託のない笑顔を向けられた宮内れんげは、ほのかに同意するしかなかった。
確かにこのまま本を置いておくわけにはいかない。
このド田舎のバス停はベンチが設置してあるだけで屋根がないので、雨が降ってしまえば本が水浸しになってグシャグシャになってしまう。
そのまま放置するわけにはいかない。
「あっ、そうだ! わたしどこかに名前が書いてないか見てみる!」
「なんっ!?」
かくして宮内れんげが止める間もなく、ほのかは【ゆりゆり☆らぶはぁと】のページを開いてしまった。
本に挟まれていた栞がひらりと地面に落ちていく。
「兄にい?」
れんげが栞を拾って目を見開いた。
その栞は本屋のポイントカードのようで、カードの裏側には越谷卓と書いてある。
「れんげちゃん、この人のこと知ってるの?」
「……ウチの友達? のひとりなん」
れんげは少しだけ言い淀んだ。
みんなと一緒に遊ぶことはあっても二人きりでは遊ばないような、ちょっと微妙な関係をどう表現するか悩んだようだ。
友達と表現したのは彼女なりの優しさなのかもしれないが、本の内容如何によっては、友達から知り合いまで格下げされてしまうかもしれない。
「そっか。れんげちゃんのお友達の本なんだ! わたし、れんげちゃんのお友達がどんな本読んでるのか気になる! 読んでみたいなっ!」
「で、でも危ない予感がするのん。それに勝手に読んだら怒られるかもしれないのん」
れんげが否定すると、ほのかは悲しそうな顔になった。
「……そうだよね。勝手に読んだらダメだよね……わたし、れんげちゃんのこともっと知りたかったから。れんげちゃんのお友達がどんな本読んでるのかも知りたくて……」
ほのかの声がどんどん小さくなっていく。声が震えて、このままでは泣いてしまうかもしれない。
「す、少しだけなら大丈夫なん!」
「……ほんと?」
れんげは慌てて前言を翻した。
「兄にいならきっと許してくれるん。だから、ほのかちんも一緒に読むん」
「うんっ! ありがとう!」
れんげは率先して本のページを捲って、二人でベンチで肩を寄せ合いながら漫画を読み始めた。
その漫画の内容はよくある日常系漫画のようだった。
夏休みに田舎の村にやってきた少女が地元の少女と仲良くなって、一緒に遊ぶことで仲良くなっていくというもの。
主人公はツインテールのジト目の少女。ヒロインはぱっちりした目のツーサイドアップの少女。
偶然にも宮内れんげと石川ほのかの特徴と合致していた。二人はページを捲る手を止めて顔を見合わせた。
「なんだか、わたしたちみたいだねー」
「そうなんなー。ウチ続きが気になってきましたん!」
危険を察知するれんげの第六感は何処へいったのやら、彼女たちは目を輝かせて本を読み始めた。
その漫画の中の二人は沢山の遊びをして絆を深めていった。
村の探検、秘密基地へ招待、パジャマでお泊まり会、一緒に夜空を眺めて天体観測、他にもいろいろだ。
そうやって時間を共有する中で、二人は仲良くなって手を繋ぐ描写が増えていく。
ふと、れんげの手にほのかの手が添えられた。漫画の内容と同じように、ほのかが上目遣いをれんげに向けていた。
「……いや?」
「べ、別に嫌じゃないん……」
ギュッと握り返せば、ほのかは嬉しそうにはにかんだ。
「えへへ……」
「つ、続きを読むのん!」
そう言ってれんげは本に向かった。しかし、慌ててページを捲ったのが悪かったのだろう。
一気に二、三ページを捲ってしまった。
そこにはヒロインが地元に帰る日が近付いてきて「お別れしたくない」と、泣き叫んでいる見開きの絵があった。
れんげとほのかは、自分たちの境遇と漫画の展開を重ね合わせたのか沈んだ表情になった。
「ほのかちん……」
「うん……」
お互いが繋いだ手と手にキュッと力が込められた。そうすることで寂しさが幾分か和らいだようで、れんげとほのかはほんの少しだけ口元を緩める。
それから再び漫画に向き合った。
次のページでは、二人だけのとっておきの思い出を作ろうと言い出す二人の絵が描いてある。
「二人だけのとっておきの思い出……悪くない響きなんな」
「ふふ、そうだね! あっ、れんげちゃん! 私たちも、この本に描かれてることやってみようよ!」
いい事を思い付いたかのように、ほのかが満面の笑みを浮かべた。れんげも肯定的なようでその意見に飛び付いた。
二人とも目をキラキラさせている。
「それはいい考えなのん!」
「えへへ、何するのか楽しみだね!」
二人は続きが待ちきれないようで、声を弾ませながら次のページを捲った。
そしてすぐに悲鳴を上げた。
「んなっ!?」
「わああっ!」
そこには濃厚に舌を絡ませて、惚けた顔でディープキスする絵が描いてあったのだ。
戦慄するれんげと口元に手を当てて興味津々の目をするほのか。二人の視線が、少女と少女がキスしている絵に注がれる。
「これは逮捕案件なのん! 交尾の授業は尊いけど、もう少し大人になってからなん!」
「ええっ、でもわたしのお父さんとお母さん、夜中によくこういうことしてるよ?」
石川家にほのかの妹が生まれる日は近いのかもしれない。
「こんなによく見たのは初めてだけど、チューって気持ちいいのかな?」
「知らないん……」
居心地が悪そうにするれんげに、ほのかが微笑み掛ける。
「それじゃあ、一緒に初めてのチューしてみようよ!」
「なーん!?」
驚愕を顔に貼り付けたれんげに構わず、ほのかがズイッと体を寄せる。無垢に微笑んで心の内を語り始めた。
「わたしね、お母さんから好きな人とじゃないと、チューしたらダメって言われてるの。でも、れんげちゃんならいいかなって!」
「あ……あうう……」
れんげはぐるぐる眼になって混乱しているようだ。
いつまで経っても返事を返してくれないからか、ほのかが不安そうな面持ちになっていく。
れんげに向けるその瞳は小さく揺れていて、動揺しているのが見て取れる。
「……れんげちゃんは、わたしとチューするのいや?」
「そんなこと、ない……のん」
ほのかには弱いれんげだった。
「えへへ、れんげちゃん大好きだよ! れんげちゃんからチューして欲しいなっ!」
「……わ、わかったん」
ほのかは瞼を閉じて顎を少しだけ前に突き出した。所謂キス待ちの状態である。
もう引き返せない。
れんげが握り拳をギュッと握って、ほのかの顔に自分の顔を近付けていく。
距離が近づくにつれて、お互いの息遣いが確認できた。ほのかの桜色の唇がツンと突き出されている。
れんげがその艶やかな口に目掛けて自分の唇を寄せて、あと数センチの距離まで二人の唇が接近した。
「……っ!」
「ぁ……!」
その時、遠くから自転車のベルが聴こえてきた。
「……!」
全ての元凶、越谷卓がやってきた。
◇
珍しくれんげは頬を膨らませて不満を露わにしていた。それだけ振り回された実感があったのだろう。
「兄にいは変態さんなんな!」
「……!」
年下の幼い少女に変態呼ばわりされた卓は、今後れんげに頭が上がらなくなるに違いない。
本の真似をしないようにという注意の後で、変な本を見せてしまったことに対して平謝りを繰り返した。
「えっと、お兄さんは変態さんなんですか?」
「!?」
ほのかにも変態なのか聞かれてしまう。幼い少女二人から変態扱いされた卓はたじたじである。
彼は旗色が悪いと見るや、今度ケーキを奢ることで口止めを約束させると、【ゆりゆり☆らぶはぁと】を回収してからそそくさと去っていった。
「……行っちゃったね」
「行ったのん」
れんげとほのかの二人は、遠ざかっていく卓を見送ってからどちらともなく手と手を絡ませた。
本の内容はともかく、今のようなやり取りだって二人にとって思い出深いものになるに違いない。
お互いに見つめ合ってにこやかな笑顔を浮かべると、一緒に並んで歩き出してこの村の探索を再開する。
「わたしたちも行こっか、れんげちゃん!」
「れっつごーなん! ほのかちん!」
二人の夏休みはまだまだこれからだ。