彼女が冷たく笑うわけ 作:ゲル状
『挑戦状
我が校との勝負を受けないと呪いを受けることになる。
尾刈斗中学』
――雷門イレブンが帝国学園との練習試合を終えてから数日後。
雷門中には一見変わりないように見えて、明確な変化が表れていた。
相変わらず、サッカー部が弱小であるという認識はある。
ただ、帝国に勝利したという噂はあっという間に周囲の学校に広がり、雷門サッカー部への外部からの練習試合の申し込みが立て続けに届いたのである。
そして一枚、異質というか申し込みではなくただの脅迫文があった。
火来校長や冬海はその手紙に気味の悪さを覚えていたが、夏未は面白いと感じていた。
尾刈斗中は色々と不穏な噂の絶えない学校である。
呪い云々というのも何かしら、タネがある手品のようなものなのだろうと夏未は結論付けている。
(まあ、これに勝てるようならってね)
既にサッカー部には、尾刈斗中との練習試合を組んだことを報告している。
帝国にはお情けで勝利を貰ったようなものだ。今度はあのように、相手が試合放棄をするようなことはない筈だ。
これで負ければサッカー部は廃部。
だが、もし勝つようなことがあれば存続を認めてやってもいい。
勝利した時にはフットボールフロンティアへの出場を認めるという約束をした。
相手の目的如何ではなく、実力による勝利。
それを手にすることが出来るのならば、雷門中に存続する部活動として相応しいと言える。
尾刈斗中は同地区に帝国学園や強豪野生中がある関係で、近年フットボールフロンティアの全国大会に行くことが出来た実績は存在しない。
だが、チームとしての実力は平均程度はあり、他校との練習試合の結果もそこまで悪くない。
何より、サッカー部にまつわる噂の数々が真実であれば、雷門イレブンにとって大きな壁として立ちはだかるだろう。
フットボールフロンティア前の試練としてはちょうど良いのだ。
さて、そんな練習試合を組んだ夏未であったが、考慮すべき問題は幾つか存在した。
――豪炎寺修也と鈴音或だ。
帝国から一点をもぎ取り、勝利の立役者となった豪炎寺。
彼はサッカー部には入部していない。
勿論、尾刈斗中に負けたら廃部というのは別にサッカー部に対する虐めが目的ではなく、彼という大きな戦力が入部するようであれば認めよう。
彼の力があれば、尾刈斗中に勝つのは決して難しいことではなくなる。
あの時の炎を纏ったシュートを遠目に見て、夏未はそう判断していた。
ただ、今のところその気配はなかった。
彼ほどのプレイヤーがサッカー部に入らない理由として考えられるのは、彼がそもそもサッカーから離れた要因とされる出来事。
かつて木戸川清修のエースストライカーであった豪炎寺。
彼の力で昨年のフットボールフロンティアの決勝戦まで駒を進めた木戸川は、その攻撃力で帝国に勝つ可能性も低くないと目されていた。
四十年間優勝という記録に王手を掛けた帝国の不敗伝説に待ったを掛けるのではという期待。
しかし、決勝戦の場に豪炎寺は現れず、決定的な攻撃力を欠いた木戸川は帝国に敗北した。
彼が決勝を捨てたのは、その当日、応援に向かっていた妹が事故に遭ったためだ。
その報を受けた豪炎寺は試合会場ではなく病院へと向かい――その事故は己がサッカーをしていたためだと自らを責め、サッカーをやめて木戸川を去った。
そこまで調べ上げた夏未にとっては不可解だった。
サッカーを捨てた筈の豪炎寺が何故、あの場に現れたのか。
恐らくは、サッカー部を哀れに思ったのではない。そういう理由で動くような人物には、見えなかった。
だとすれば――そんな確証のないままに描いた推測は夏未としては馬鹿馬鹿しいものだったが――もしかすると、それは彼をもう一度フィールドに立たせる理由となるかもしれない。
そしてもう一人、鈴音或。
彼もまたサッカー部には入っていない。だが、次の尾刈斗中との試合が決まるや否や、円堂がすぐさま頼みに行き、今回は特に予定もなかったのか普通に受け入れたことが夏未の耳に入っていた。
円堂の行動力には呆れを通り越して感心する。今度こそは前半から、という気概らしい。
彼に関しては、以前からサッカー部の練習に力を貸しているということは知っていたが、肝心の彼の能力についてはわかっていなかった。
どうせ鈴音のことだ。無難にプレーは出来るのだろうが、かといって帝国を前にすれば――そう、思っていた。
結果はあの通りだ。10-1――それが、最終的なスコア。
後半が始まり、彼がゴールを守り始めた時から、一点たりとて帝国に与えていない。
帝国の強大な必殺技、デスゾーンを受け止め、その後に続くシュートもさしたる苦戦も見せずに防いでいた。
暫くしてシュートを止め、フィールドプレイヤーを痛めつける戦法に切り替えた辺り、彼らも危機感を覚えたのだろう。
試合を終えて、鈴音は再度の円堂からの勧誘を断り、彼なりのおかしな日常に戻った。
その後、夏未は彼にその実力の出所について、問い質した。
返ってきた答えは、“昔やっていたから”という簡素なもの。
果たして昔やっていた、というだけで、帝国のシュートを防げるものか。
夏未は鈴音という人物について、豪炎寺と同じように過去を調べた。
豪炎寺と比べ、顔なじみという点から多少の申し訳なさを感じつつも。
しかし、遡れたのはおよそ四年前、自立して稲妻町のマンションで一人暮らしを始めたことまで。
それ以前についてはどうにも分からないが、十歳を超えて間もない頃からその暮らしをしていた辺り、到底普通の環境ではないことが窺えた。
また、夏未の頭を痛めさせたのが、借りている部屋の名義。
そこにあったのは、上流階級であれば大抵聞いたことがあるような財閥の会長の名。
姓が異なり、更にその環境。そこにはあまりにも複雑な事情があることは明らかだ。
それ以上踏み込むことは出来なかった。本人に聞けばそれも話すような気がしないでもないが、流石にそれは気が引ける。
「――海皇副会長」
「どうしました、会長?」
暫く考えた後、夏未は彼と同クラスであり生徒会副会長でもある海皇に声を掛けた。
鈴音の交友関係は知らないが、唯一友人であると知っているのがこの海皇である。
「鈴音くんのことなのだけど」
「鈴音の、ですか?」
「ええ。彼と知り合ったのって、いつ頃になるかしら」
「一年の時ですね。三年間同じクラスですよ」
「小学校の頃の話とかって分かる?」
「さあ……同じ小学校ではないと思いますが。その頃から“ああいった”人物だったら、噂くらいは知っていた筈ですし」
――それもそうか、と嘆息する。
彼もまた中学校に入ってから彼と知り合ったらしい。
どうやら、それ以前については知っている様子もなさそうだ。
「……ああ、ただ――」
「何か知っているの?」
海皇はそれを話して良いものか、と暫し思案した。
あくまでそこは、彼のプライベートに当たる部分だ。
彼女が生徒会長である以上、調べれば分かることだろうし、一応他言無用で、と前置きした上で話し始める。
「時々、遠くに住んでる知り合いを家に招いてるってのは聞いたことありますね」
「……知り合い、ねえ」
海皇は何度か彼の家に訪れたことがある。
一人暮らしの理由を聞くほど野暮ではないが、一人で住むには不自然な広さの部屋に驚いたものだ。
部屋は生活に必要なものを適当に並べたモデルルームのようで、殺風景ではないのに何処か生活感を感じられなかったのを覚えている。
そんな中でも、幾つか浮いた私物があった。彼から聞いた話では、それは知り合いのものであるらしい。
長く使われていない、という様子はなかったし、それなりの頻度でやってくる親戚か何かだろうと海皇は踏んでいた。
「でも、どうして鈴音のことを?」
「昔の話を聞いて、ちょっと気になってね……」
この学校の、普通ではない生徒の過去については気になるが、その知り合いなる人物まで追うかどうか。
それを始めれば興味や好奇心から外れるようで、その匙加減は夏未にとって悩みどころであった。
ちょうど、その日の放課後。
鈴音が帰宅すると部屋の鍵が開いていた。
鍵を掛けるのを忘れたのだろうか、という可能性を考えるも、すぐに玄関に置かれていた二足の靴に気付く。
きちんと揃えられた方と、乱雑に脱ぎ捨てられた方。ただ、前者も中央に堂々と置かれている辺り、この部屋、及び部屋主への遠慮の無さを感じさせた。
それに対して鈴音が抱いたのは、呆れでも怒りでもなく、“来ていたのか”という益体もない感想のみ。
リビングを覗いてみれば、想像した通りの光景があった。
「このっ……てめっ……!」
「手が遅れてるわよ。反応できているのに何で操作が追いつかないのよ」
「てめえの動きがおかしいんだよ! さっきからおちょくりやがって! そんなプレイで楽しいか!?」
「死ぬほど楽しいわね」
「ぬぁああああああああっ!」
近所迷惑にならないだろうか、と鈴音は窓が開いていないことを確認しながら思う。
片方が置いていき、来客があった時しか起動されないテレビゲームのコントローラーを構え、テレビに向かう男女。
時折ある来客の中でも、特に頻度の多い二人であった。
「チッ……相変わらず腹立つ戦法を――よぉ、邪魔してるぜ」
新作の格闘ゲームをプレイしていたらしい。
近所にある家電量販店の袋とゲームのケースがテーブルに転がっている辺り、来るついでに買ってきたのだろう。
ちょうど一戦終わったタイミング。完敗した少年が脱力してソファの背もたれに寄り掛かったところで、鈴音に気付く。
「いつ頃来たんだ?」
「昼過ぎ。っつーか帰り遅くね? こんなもん?」
「こんなものだ。来るならば土日にすればいいだろうに」
「ま、俺はそれでも良かったんだけどよ。コイツがすぐにっつーから」
鞄を置き、空いている一人掛けのソファに腰掛けようとすると、もう一人――少年を圧倒し完勝した少女がぽんぽんと、自分の座っていた幅広のソファを叩く。
久しぶりだというのに微妙な温度感の態度に肩を竦めるのは少年の方だった。
その意を汲み取って少女の隣に座る鈴音。
ありがちな甘さなど感じさせない、初めてこれを見る者であればいっそ異様にさえ見えるだろう謎の空気感。
少年からすれば居心地を良くも悪くもさせないそれは慣れたものだ。変に離れて座るよりよほど良い。
「そうか。ともかく――ゆっくりしていくといい、晴矢、クララ」
他者と話すのと一切声色は変わらない。
だが、それらと比べても明確な距離の近さが、その呼称にはあった。
「もう十分ゆっくりしてんだけどな。コイツは知らねえけど、俺は夜には帰るぜ。長く離れてるとガゼルのヤツの追及がしつこくてよ」
「ガゼル?」
「風介だよ。あの野郎、クララには何も言わねえクセに俺に対してはしつこく問い詰めてきやがって」
「私はガゼルにちゃんと伝えているもの」
「なら俺のことも伝えとけよ!」
クララと呼ばれた少女は、自分の携帯を見せびらかすように少年――晴矢に種を明かす。
当然ながら今回も外出した後にメールを出してある。相手からの怒涛の返信も通知を切ったので気にならない。
「……? クララ、お前は滞在するのか?」
「ええ。駄目?」
「その旨を連絡済みであるなら俺は構わない。だが、他の皆が良い顔をしないんじゃないか」
「知ったことじゃないわ」
文句があるようなら向こうから来れば良いと、クララは素知らぬ顔で答える。
彼女にとっての優先順位で、鈴音の言う“他の皆”は確かに上位にあるものではあった。
ただ、更にその上にある二つとは大きすぎる距離が開いていることは、“他の皆”誰もが知っていることだった。
“一に鈴音、二に自分、三四を飛ばして五に俺たち”。
いつか、そんな風に言って仲間内の大爆笑を買い、えらい勢いで飛んできたボールにぶっ飛ばされたのはネッパーのヤツだったか、と晴矢は何となしに思い出す。
「ま、お前がそれでいいならいいや。んじゃあ、コイツは置いていくから」
「ああ。――ところで、何か用があって来たんじゃないか?」
「そう、それ。本題を忘れていたわ」
クララの瞳が、まっすぐに鈴音の瞳を捉える。
「――或、サッカーを始めたって本当?」
■
はかなげな笑顔で冷たい言葉をはなつ。だがそれがイイという声も。