彼女が冷たく笑うわけ   作:ゲル状

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王者は俺だ、負けはしない。

 

 クララの真剣な表情は、虚偽は許さないと告げている。

 コントローラー片手にテレビに向かう晴矢もまた、興味なさげに見せかけて、言葉を挟まずその答えを待っている。

 

「どうしてそんなことを?」

「貴方がそんな動きを見せれば、こっちに一報入るに決まっているじゃない」

 

 鈴音の疑問に、クララは忌々し気に答える。

 雷門中での彼の行動についてはクララにも伝わっていた。

 はっきり言って彼女からしても理解できないことではあるが――それは良いとして。

 ただ一つ、確認しなければならなかったのは、先の雷門中と帝国学園の試合で彼がキーパーとして参戦したという情報。

 もしも、彼がサッカーを始めるのであれば、場合によってはクララや晴矢にも、一つの決断をしなければならないのだ。

 

「サッカー部のキャプテンに頼まれて助っ人に出た。入部はしていない」

「ふぅん……入部するつもりは?」

「今のところはない」

 

 鈴音としても、サッカーとは思い入れのあるスポーツではある。

 だが、それ一つに集中するつもりは現状なかった。

 その解答の裏にある真意を分からないクララや晴矢ではなく――ゆえに二人はどうにも、複雑な気分に陥った。

 

「……そう。なら、いいわ。本格的に始めるなら、言ってちょうだい」

「――わかった」

 

 クララが何を思ってそんなことを言ったのか、鈴音には分からなかった。

 それでも、彼女がそういうならば、と鈴音は受け入れる。

 

「……」

 

 晴矢にとって、鈴音やクララとの関わりは短いものではない。

 しかし、この二人の関係を一言で表せと言われれば、それは不可能だ。

 “あの頃”から特別仲の良かった二人ではあったが、こうして鈴音が一人暮らしを始めるようになった頃から、その関係は決定的に変わった。

 その特殊な在り方を、理解できない仲間たちも多い。クララが所属する“チーム”の長などその最たる例だ。

 どちらかと言えばその辺りを感情で理解した晴矢は、クララの理解者であった。

 クララが沈黙したことに晴矢は溜息をつき、コントローラーを置いて立ち上がった。

 

「ま、尋問はそんなところでいいだろ。或、腹減った。どっかメシ連れてけ」

「貴方、ネッパーたちに空気読めないとか言われない?」

「今回の場合は空気読んだんだよ。いいから、メシだ。良い店の一つや二つ、新しく見つけてんだろ?」

「……あまり外食はしないんだが」

 

 その要望は管轄外だと、表情を殆ど変えないままに苦言を零す鈴音。

 僅かな反応さえ表に出すことは彼にとって稀であり、晴矢とクララが気心の知れた存在であることを証明していた。

 鈴音を引っ張っていく晴矢。

 クララは仕方なしと、それに付いていきつつ携帯でこの周辺で評判の良い店を探し始める。

 先の呟きは店の“あて”など無く、外に出ても困るだけということだろう。

 晴矢に任せていれば多分外れの店に辿り着く。ゆえにこの場は自分が仕切ることになるだろうと、クララは確信していた。

 

「ああ、或。あっちの部屋、借りるわよ」

「構わない」

 

 もしも雷門中の鈴音の知り合いがこの場にいればどんな反応をするか想像に難くないやり取り。

 とはいえ、彼らにとってはなんということのないことだった。

 傍で聞いていた晴矢も一切気にした様子もない。

 

「その辺は後で決めろよ。俺が帰ってからでな!」

「……」

「何だよその“邪魔だなコイツ”みたいな目」

「よく分かっているじゃない。キャプテンらしくなってきたわね」

「お前、或と一緒にいると容赦なくなるよな」

「え? 当たり前でしょ? 今更気付いた訳じゃないわよね?」

 

 これ以上掘り下げるのはよろしくないと、晴矢は黙った。

 クララのその辺りの事情は関知していない。どうでもいい事ではないが――触らぬ神に何とやら。

 片手を上げて降参を示してきた晴矢を見て、クララは得意げに笑った。

 

 ――この日から、鈴音の同居人となった少女、倉掛クララ。

 彼女こそ、鈴音或という存在を彼足らんとする少女であり――鈴音或こそ、倉掛クララという存在を彼女足らんとする少年である。

 その事実を知る者は当事者である二人のみ。晴矢たち、幼い頃から彼らを知っている者ですら、知らないことだった。

 

 

 

 尾刈斗中との練習試合当日。

 帝国の時ほどではないが、尾刈斗中の噂なども相まってそこそこの観客がいる中で、雷門中サッカー部はウォーミングアップをしていた。

 部員不足という事態はなくなった彼らを見ているのは観客だけではない。

 

「へぇ……豪炎寺は正式に入部したようだな」

「あぁ。注目するに値するということだ」

 

 ――偵察に来た帝国サッカー部である。

 キャプテンたる天才ゲームメーカー鬼道に、彼の参謀としてチームを支える佐久間。

 そして、もう一人。

 

「しかし、珍しいじゃないか。源田が偵察に来るなんて」

 

 キング・オブ・ゴールキーパーと名高い源田。

 普段はそれは鬼道たちに任せ、自身の技量を高めることを重視する彼は、今回の雷門への偵察の同行を強く希望した。

 

「やはりあのキーパーか?」

「ああ……」

 

 豪炎寺を含めた、フィールドプレイヤーの活躍であれば、源田はそこまで関心を持つことはない。

 確かに豪炎寺は自身からゴールを奪った。

 それは確かに、源田にとっては矜持を揺るがす出来事だったが――次は止める。ただそれだけの話。

 彼の関心は他にあった。

 デスゾーン、百裂ショット、ツインブースト――帝国が誇る必殺シュートの連続攻撃を無失点で凌いだ、まったくノーマークであったゴールキーパー。

 

「ヤツがこのままサッカー部に入部し、雷門の正キーパーとなるようであれば、或いは豪炎寺以上に厄介な存在になる。帝国が点を取ることすら難しいなどと、笑い話にもならん」

「だが鬼道。アイツを相手に点を取る方法は考え付いているんだろう?」

「推測の段階だがな。それを補強するための偵察でもある」

 

 調べてみれば、彼はサッカー部に入っていない。

 それどころかサッカーを専門として鍛えていた記録すらない三年生。

 ずっとキーパーとして腕を磨いてきたというなら、悔しいというだけで納得は出来る。

 では、サッカーをまともにやってすらいない者が帝国相手に無失点など、源田が無視できる存在ではなかった。

 

「……」

 

 源田と鈴音は同じゴールキーパーである。

 例えば自身も攻め上がるというような捨て身の戦術を選択しない限り、直接対決をするような立場ではない。

 だが、それでも源田の視線は豪炎寺よりも鈴音に向けられていた。

 キーパーとして、相手のストライカーに勝つことは当然であり、それこそがキーパーに求められることだ。

 だが、“相手のキーパーより上である”ことを自身が求められることはあったか。源田は生まれて初めて、そんなことを考えていた。

 それは、彼がゴールを守ることと同じように暗黙の了解であり、帝国の仲間たちも誰もが、源田が相手キーパーに劣るなどとは考えていなかったからだ。

 ゆえに、源田が見るのは常に相手の攻撃陣。

 ――この時までは。

 

「……ふっ。源田、お前が他のキーパーを意識する時が来るとはな」

「……そう、だな。だが、不思議と悪いことだとは思っていない」

「お前はあいつの上を行くキーパーでなければならない。あいつを見ると言うなら、劣らないことだけを考えろ」

「そのつもりだ」

 

 ――奴には、正式に雷門のキーパーとなってもらいたい。

 同じキーパーとして、初めて出会った自身に匹敵する存在。

 王者の地位を揺るがすかもしれない存在。

 それを源田は脅威としては感じていない。今の源田にあるのは、感じたことのない高揚感だった。

 源田は彼を“ライバル”として認識したのである。

 ゆえに、他に向ける意識はない。あのキーパーだけを見るために、この日彼は雷門にやってきた。

 鈴音或の実力を見極める。次に奴と戦う時、競うのはストライカーだけではなく、奴も含められるのだ――と。

 

「……王者は俺だ、負けはしない」

 

 その意識、その決意は、帝国の守護神をより高みへと昇らせる。

 死角なき絶対王者の成長の兆しであった。

 

 

 

 サッカー部と合流した鈴音は、新たな部員と言葉を交わしていた。

 彼同様、帝国との練習試合で助っ人として現れた豪炎寺修也。

 自身がサッカーをしていたことが、現在も眠り続けている妹の事故を招いてしまったと自責の念に駆られていた豪炎寺は、再びフィールドに立つことを決めたのである。

 雷門の背番号十を背負う彼にあるのは、妹が目覚めるその時まで勝ち続けるという意思。

 その自分が共に戦うべきチームは雷門イレブンであると判断したのだ。

 

「鈴音或。今回キーパーとして参加させてもらう」

「豪炎寺修也だ……サッカー部に入っていないのは驚いた。帝国のシュートをあれだけ止められるというのに」

 

 チームの十二人目として正式に入部した豪炎寺がまず驚いたのは、この部にキーパーがいないということである。

 ポジションの中でも特に専門性の高いキーパーは、部員の満足に揃わない状況では特に確かに不足しやすい。

 だが、この雷門イレブンに限っては鈴音がいると思ってみれば、彼は単なる助っ人だという。

 それを聞いて豪炎寺は、“自分を勧誘するより彼を確保する方が優先だったのではないか”と思わず口にした程だ。

 キーパーの確保は当面の課題として、少なくともこの試合では彼がいる。

 ゆえに問題は少ないだろうというのが、あの帝国の試合を、参戦するまで見ていた豪炎寺の認識だった。

 

「サッカー部には入らないのか?」

「望まれれば手を貸すが、一つの部に入る予定はない。悪いが、個人的な信条だ」

「そうか――ならフットボールフロンティアでも、キーパーとして頼めるか?」

「試合の場で俺にキーパーを任せるというなら、俺は力を尽くす。……フットボールフロンティアか。去年は雷門は出ていなかったようだが」

「部員不足の関係らしいがな。この試合で勝つことが出来れば、出場が許されるとか」

 

 サッカーを専門としない彼が一体どんな信条の持ち主なのか、付き合いの浅い豪炎寺は知らない。

 だが、あの日キーパーをしていた彼が内に燃やしていたものが本物であることは、理解していた。

 であれば、ゴールは任せられる。そんな判断から円堂の知らないうちにちゃっかりとフットボールフロンティアでの専属キーパーを確保した豪炎寺は、そんな内情を彼に話していた。

 そんな二人とは少し離れたところで、円堂と夏未はこの試合の結果が齎すものについて、再確認をしていた。

 

「勝てばフットボールフロンティア! それでいいんだよな!」

「ええ。ただし、負ければ廃部。それも忘れないように」

 

 そういう条件だったのかと、鈴音は今更ながらに把握する。

 であれば、尚更自分が得点を許す訳にはいかない。

 フットボールフロンティアが中学サッカー界における夢の舞台というのは常識だ。

 そこに至るための最後の試練こそが、この練習試合。自身のせいで負けたとなれば、彼らも報われまい。

 

「ゴールは守る。だから、好きなようにプレイするといい」

「ああ、そうさせてもらう」

 

 最初から豪炎寺と鈴音を加えて開始される尾刈斗中との練習試合。

 観客もまた各々の楽しみを求める中で――先日から稲妻町に訪れていたクララもまた、そのグラウンドを冷たい視線で眺めていた。




源田がライバルポジションってあまり見ない気がした。
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