彼女が冷たく笑うわけ   作:ゲル状

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その呪いが本当なら、掛けられる前に勝ち越せばいい。

 

 

「……不気味だ」

「お前が言うなって……」

 

 やってきた尾刈斗中サッカー部の面々を見て、影野が何より的確な感想を述べる。

 一人ひとりがどこか浮世離れした異様な雰囲気。

 それによって尾刈斗の選手たちは、一瞬にしてこの会場の空気を支配した。

 彼らの作戦の一環である。尾刈斗中は技術的にはこの地区でも平均を少し超える程度であるが、精神面で相手に負担を掛けることで試合のペースを握る。

 独特の雰囲気に、呪いの噂。

 尾刈斗のサッカーは、試合の前から始まっているのだ。

 

「や、やっぱり呪いの噂も本当ッスかね……」

「呪い?」

「尾刈斗と試合をすると体が動かなくなったり、色んな呪いが掛かるって話でやんす!」

 

 帝国との試合をきっかけにサッカー部のマネージャーとして加わった音無により、既にサッカー部全体にその噂は広まっている。

 鈴音はそんな話を初めて聞かされ、呪いという言葉を暫く頭の中で反芻した。

 

「――その呪いが本当なら、掛けられる前に勝ち越せばいい。ゴールは俺が守れるよう、努める」

 

 少なくとも、そうすれば試合の間は心配はいらない。

 言葉に抑揚が感じられず、声色だけであれば“それは当然のことだ”と言っているようであるが――

 それが彼なりの激励であることは、壁山と栗松にも伝わった。

 

「そ……そうッスね。染岡さんも必殺技を使えるようになったし、一点取ればきっと勝てるッス!」

「今日は鈴音さんがキーパーをやってくれるし、点は取られないでやんす!」

 

 恐怖は拭えたらしい、と鈴音は小さく頷く。

 点を取られない保証はない。しかし――そう期待されているならば、応えられるように尽くす。

 鈴音の気概はいつもの通りである。どんな相手であろうとも、望まれるままに命を燃やすまで――。

 

 試合開始の時間となり、両チームが整列する。

 並び合うと一層はっきりとするその不気味さに主に一年の選手たちが怯む中、監督の地木流が豪炎寺に歩み寄った。

 

「帝国戦での素晴らしいシュート、見せてもらいましたよ、豪炎寺くん。今日はお手柔らかに、お願いしますね」

 

 まるで、その他の選手が見えていないかのように、豪炎寺一人に愛想を言う地木流。

 当然そんな扱いに他の面々が良い気分を抱く筈もなく、染岡が突っかかる。

 

「おい。あんたたちの相手は豪炎寺だけじゃないぜ」

「は? 我々尾刈斗がどんな理由で練習試合を申し込んだのか、想像も出来ないので? ――豪炎寺くんと戦いたかったからですよ。貴方たちは言わば……そう……数合わせ。豪炎寺くんが試合をするための数合わせです」

「んだとぉ!?」

「やめろ、染岡! 試合で証明してやればいい。俺たちは数合わせなんかじゃないって!」

 

 激昂する染岡を、円堂が止める。

 自分たちのチームを侮られたことに対する怒りはあるが、それをぶつけるべきは今ではない。

 帝国戦を乗り越え、そしてこの尾刈斗中との練習試合に向け特訓し、大きく成長を果たしたのだ。

 なおも弱小と蔑まれるならば、試合で語る。それが、サッカーを愛する円堂の答えであった。

 

「元気なのは結構。精々豪炎寺くんの足を引っ張らないでくださいね」

 

 ベンチへと歩いていく地木流には、他の選手への興味は一切ない。

 強いて言えば、キーパーが懸念材料ではあるが――地木流の関心を引く対象ではなかった。

 彼の率いる尾刈斗の呪いは絶対であり、あのキーパーも逃れることは出来ない。したがって、得点力のないキーパーは最初から関心に値しないと、それが彼の結論だった。

 

「野郎……! 見せてやる、俺の必殺シュート!」

「ああ! 頼んだぜ、染岡!」

 

 いきり立った染岡の熱意を試合に向けさせつつ、円堂は自身にも気合を入れる。

 厳しい特訓の末、染岡は豪炎寺に負けず劣らず強力なシュートを手に入れた。

 自分も負けてはいられない。帝国戦で掴んだ“何か”、それは一つの必殺技として完成されつつある。

 今の自分たちであれば、フットボールフロンティアに出場する資格は十分にある。それが、今のサッカー部に対する円堂自身の評価だ。

 それを証明するためのこの試合。絶対に負ける訳にはいかない。

 円堂のやる気は十分だった。

 

 

 

『いよいよ、キックオフです!』

 

 試合開始のホイッスル。

 尾刈斗のボールから試合は始まる。

 狼の如く、荒々しくも身軽な動きでボールを運んでいくのはFWの月村。

 

「この!」

「甘いっ!」

 

 ボールと共に跳び上がって円堂のスライディングを回避し、軽やかにペナルティエリアに踏み込む。

 油断はない。月村は鈴音を見据え、もう一度ボールを蹴り上げた。

 

「喰らえ! ファントムシュート!」

 

 空中で打ち込まれた蹴りを受け、ボールは鬼火の如く妖しく輝く。

 そして放たれると同時にふわりと肥大化し、輝きは六つに分裂。数を増やしたエネルギーの塊が、バラバラの軌道でゴールへと走っていく。

 当然ながら、ボールは一つ。

 残る五つは名前の通りの幻影だ。それによる混乱と、相手キーパーの狙いを惑わせることによりゴールを狙う、威力でも速度でもない搦め手に特化したシュートである。

 この技を得意とする月村自身が思う、最も確実にこれを止める方法は、六つの軌道全てを塞ぐことの出来る広い範囲を持った必殺技。

 最初のシュートでその有無と、技の範囲を見極め、以降のシュートの軌道に活かす。それがファントムシュートの神髄だ。

 ――ゆえにこそ、シュートを放った側としては非常に困る対処法が存在する。

 

「――――」

「んなっ!?」

 

 輝きが分かたれた瞬間から一切迷うことなく一つの塊に向けられていた鈴音の瞳。

 それは正しく月村の“本命”であった。

 他の五つには目も向けず、確実に鈴音は正面からボールを受け止める。

 このシュートそのものに高い威力はない。回転を止められ、光を収めたボールに続くように消えていく五つの幻影。

 何の小細工もなく攻略され、月村が戸惑っている間に、鈴音が前線にボールを蹴り雷門が攻撃に転じた。

 

「染岡っ!」

「おう!」

 

 少林寺から染岡に渡ったボール。

 豪炎寺に回ると思っていた尾刈斗DF陣は彼へのマークを疎かにしていた。

 完全にフリーとなった染岡は目に物見せてやるとその足に渾身の力を込める。

 

「ぶち抜け――ドラゴンクラッシュ!」

「む、ぅ……!?」

 

 ――竜が吼える。

 その一撃に乗せられたのは純粋な“力”。

 青い竜を伴ったシュートに、尾刈斗のキーパー鉈が無機質なマスクの奥の目を見開いているうちに、ボールはゴールネットを揺らした。

 

『決まったぁ! 染岡の必殺シュートが炸裂! 雷門、先制点!』

「っしゃあ!」

 

 尾刈斗にとっても、そして観客の大半にとってもそれは予想外の事態だった。

 彼らの注目はほぼ豪炎寺だ。その他の面々はおまけであった。

 特に同じFWの染岡など、豪炎寺と比較される格好の的だ。

 それが――まさか先制点を上げるとは。

 

「やったな、染岡!」

「ああ! どんどん行くぜ!」

 

 その得点で雷門は勢いをつけた。

 尾刈斗ボールから再開された試合。

 しかしそのボールを素早く松野が奪い――やはり豪炎寺のマークが厳しかったため再び染岡にパス。

 二度目のドラゴンクラッシュもまた、鉈の守りを破りゴールに突き刺さる。

 

「……あんなシュート、雷門中のデータにはない。あれほどのストライカーがいたとは……だが」

 

 地木流は唇を噛む。

 初撃のファントムシュートが止められるのは、尾刈斗の戦術からしても想定の範囲内だった。

 だが、豪炎寺以外の選手によって二得点も上げられるのは予想外にも程がある。

 先制点、もしくは両チーム得点無しの状況で前半を終えるつもりであった彼は早々に、切り札を切る決断をする。

 このまま、雷門を勢い付かせたままではいけない。

 

「――いつまでも調子に乗ってんじゃねえぞ、雑魚が! テメェら! そいつらに地獄を見せてやれ!」

 

 突如として、地木流の様子が豹変した。

 試合再開。彼の指示に頷き、キャプテンである幽谷を中心に攻撃陣が上がっていく。

 そして、地木流は彼らの攻撃に合わせるように、勝利の布石を呟き始める。

 

 ――マーレ・マーレ・マレトマレ、マーレ・マーレ・マレトマレ。

 

 不思議と自分たちにまで届くその声を不気味に思いつつも、雷門の面々は攻撃陣のマークに付く。

 しかし。

 

「何をやってるんだ、お前ら!」

「え――あれ!?」

 

 彼らはまるで操られているかのように、互いに迫り立ち塞がった。

 傍から見れば不審極まりない同士討ち。

 それを尻目に幽谷たちは攻め上がる。

 

「くっ……皆、落ち着いて相手の動きを――」

「無駄だ! ゴーストロック!」

 

 ――マーレ・マーレ・マレトマレ!

 

 幽谷が手を突き出し、宣言した瞬間、雷門メンバーは体の異常に見舞われた。

 

「ッ、足が!?」

「動かないッス!」

 

 縛り付けられたかのように、その場を動くことを足が拒む。

 体に何かが触れている訳でも、痛みがある訳でもない。

 ただ、単純に足が動かないという通常ではあり得ない事態は、音無が手に入れてきた尾刈斗の練習試合の映像で見た、相手チームの異常そのものだった。

 

「……」

 

 鈴音もまた、同じ。

 足が動く気配はない。何が起きているのか、答えは出ない。

 しかし、それが呪いとやらだというのなら――諦めてゴールを許すかと問われれば、それは否だ。

 

「これがゴーストロック! お前たちは既に呪いに囚われている! ゴールはいただく!」

 

 発生している異常など、些事。

 動かないならば、無理やり動かす。それも無理ならば、動かないなりに力を尽くす。

 ボールを止める時の意識に一切の変化はない。

 迫る幽谷に、そのボールに目を向ける。余事に構う意識を切り捨てる。

 

「ファントムシュート!」

 

 分裂する人魂。

 輝く六つの塊は木偶人形にも等しいキーパーを嘲笑うように、ゴールへと迫り――

 

「――」

 

 先程と同じように本体のみに目を向けた鈴音が動く。

 呪いなど存在しないと、尾刈斗の真骨頂を無視して本命のシュートを見据えた鈴音は、伸ばした両手でそれを受け止める。

 

「ッ!? お前、何故動ける!? 何故ファントムシュートの本物が分かる!?」

 

 流石に、そこまで自分たちの戦術を正面から破られれば、幽谷も叫ばずにはいられなかった。

 確実に決められる自信があった。

 その呪いを打ち破り、シュートを止め、尚も無表情を貫く鈴音は、己の中の事実だけを淡々と述べる。

 

「動けた理由は知らないが――シュートは単純だ。エネルギーは分かれたが、見えて、聞こえた。ボールそのものが分かっていれば、後は止めるだけだ」

「――――っ」

 

 ――訳が分からない。

 シュートを放った幽谷自身でさえ理解出来ない理屈を、当然のように口にした鈴音。

 幽谷の背筋に冷たいものが走る。

 恐怖を与えて試合を支配するのは自分たちの専売特許である筈なのに――それさえ忘却して、幽谷は戦慄した。

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