彼女が冷たく笑うわけ 作:ゲル状
先制で二点を取った雷門中。
しかし、勢いはそこで止まった。
点数の上で勝っているのは雷門だが、試合を握っているのは尾刈斗だった。
その要因は勿論、彼らの呪い。
「このっ!」
FWの武羅渡に渡ったボールを風丸が奪いに掛かる。
それを尾刈斗特有の奇妙な動きで後退して回避した彼の背後から、幽谷が現れ手を突き出す。
「ゴーストロック!」
――マレトマレッ!
「くっ、またかっ!?」
再び縛られるように動きを止めた雷門イレブン。
勿論、それらは障害物にすらならず、ボールをキープした武羅渡は上がっていき、シュートの体勢に入る。
ボールを蹴り上げ、放つは幻影の一撃。
「ファントムシュートッ!」
輝きが六つに分かれ、キーパーを幻惑に掛かる。
その外見は六等分された光の球にしか見えず、本物はどれかなど判別できない。
更には、ゴーストロックという守備もままならない呪いが雷門を襲っている。
普通であれば、ゴールは決定的となった状況。事実、尾刈斗はこの戦法で幾度となくゴールを奪ってきた。言わば、彼らにとっての必勝戦術である。
それを――
「っ」
「チッ……アイツどうなってんだ!?」
それまでと同じように、迷いなく本体に目を向けた鈴音が危なげなくキャッチした。
これで一体何度目か。尾刈斗イレブンは驚愕と苛立ちを隠せない。
間違いなく、シュートを打つまでは鈴音もゴーストロックの術中にある。しかし、尾刈斗がシュートを打つと、幻影の中の本体に飛び付いていく。
そんなやり取りが軽く十回は行われている。
最初の二得点以降、染岡のドラゴンクラッシュは快進撃が嘘であるかのように、キーパーの鉈に受け止められていた。
染岡としてはそれまでと何ら変わらない、完璧な威力のシュートを放ったつもりである。
だが、その一撃は急速に勢いを失い、如何な軌道で蹴ったつもりでも鉈の真正面へと飛んでいくのだ。
鉈は一歩も動かず、染岡の攻撃を受け止めている。それによりこれ以上の得点は望めないという意識が雷門に生まれ、尾刈斗により苛烈な攻撃を許す要因となっていた。
「このォ!」
月村渾身のシュート。
小手先のテクニックを捨て、威力のみを込めた球を、やはりゴーストロックから当然のように逃れた鈴音がパンチングで弾き返す。
それと同時に、前半終了を告げるホイッスルが鳴った。
『ここで前半終了! 試合は2-0で折り返しますが、序盤の雷門の勢いは失われ防戦一方となっています!』
それぞれのベンチに引き返していく両チームの顔には、別の意味での焦りがあった。
不気味な呪いを突破できない。追いつくことが出来ない。
互いにどうにも不完全燃焼な試合となっているのは明らかだった。
「本当にあれ、呪いなのか……?」
「俺のドラゴンクラッシュも、めっきり決まらなくなっちまった。どうなってんだ!」
困惑、苛立ち、怯え。
呪いに対して各々が反応する中、鈴音と豪炎寺は水分を補給し喉を潤しつつも考えていた。
「何か、分かりそうか?」
己と同じく、呪いへの対抗策や仕組みを考えているのだろうと踏んだ豪炎寺は、鈴音に問う。
「シュートの不発については分からない。だが、体が動かなくなる方に関しては思い当たることはある」
「本当か!?」
鈴音の答えに反応したのは、円堂だった。
頷き、鈴音は続ける。
「俺の体感だが、相手の監督の妙な呟き。あれが妙に頭に残る。シュートが来る時、俺はあれを意識から外しているが――動けないのはあの呟きが要因ではないか」
「マーレ・マーレ・マレトマレ……マーレ・マーレ・マレトマレ……“止まれ”?」
「……なるほど。催眠術の類か。無意識のうちにその呪文を受け入れさせ、選手たちの奇妙な立ち回りで混乱した頭に動きを止めるよう命令していたんだ」
呪いという仰々しい単語も、相手をそう思わせるための要因。
そう考えれば、種そのものは単純だった。
それが正解にせよ不正解にせよ、“呪いではない”と思うことが彼らを精神的に楽にさせた。
「で、でも、そうだとしてもどう対策するんだ? まさか全員耳栓付けて戦う訳にもいかないだろ?」
「聞いちゃ駄目だって思ったら、余計意識しちゃうッス……」
「……なら、俺がどうにかする!」
かといって、打開策が生まれた訳ではない。
それを不安に思う者たちを勇気づけるように、円堂は胸を叩いた。
「呪いは俺が打ち破る! 皆、ボールを取ったらフォワードにどんどん回してシュートチャンスを増やすんだ。そしてシュートを止められる仕掛けも見破って、絶対勝ってやろうぜ!」
「ああ――今度こそ決めてやる!」
「……」
不安なメンバーを引っ張るのはキャプテンの務め。
例え劣勢であろうとも彼らを奮い立たせるだろう円堂の言葉によって、壁山たちも闘志を取り戻す。
これならば問題ないだろう、と鈴音も頷く。
そうして気合十分の状態で、雷門イレブンは後半戦を迎えた。
『さあ、後半キックオフです!』
雷門ボールで始まった後半。しかし、豪炎寺は前線に上がることなく、少林寺にボールを回す。
「豪炎寺!?」
「なんでファイアトルネードを打ちに行かないんだ!?」
――確かに、このままパス回しを中心に逃げの戦法を選べば、勝つことは出来る。
しかしその勝ち方は、誰も望んでいないことだった。
勝てれば良いのではなく、全力で勝たなければ意味がない。それは当然、豪炎寺も思っていることだった。
それを理解しているからこそ、円堂たちは困惑し、そして考える。
逃げたのではないのなら――彼がやろうとしていることは。
「この!」
「っあ!?」
幽谷が素早くボールを奪い、上がっていく。
雷門が消極的なプレイをしようとも、尾刈斗の戦法は変わらない。
ひたすらに攻撃を続ける。キーパーがゴーストロックを破ろうとも、ひたすら攻撃を続ければいずれその限界も来よう。
そうなれば、尾刈斗のラッシュが始まる。それが唯一の勝ち筋と見た幽谷は、雷門のディフェンス陣へと接近していく。
「止める!」
「無駄だ! お前たちにはゴーストロックは破れない!」
「いや! もう種は割れた! お前たちの呪い、俺たちが打ち破ってやる!」
円堂の気迫、そして自信に、幽谷は僅かに気圧された。
はったりだ、と自分に言い聞かせる。例えその仕組みが分かったところで、意識して破ることは困難なのがゴーストロックだ。
分かったからこそ意識する。意識すればより鮮明に、脳に刷り込まれる。
だから、雷門にゴーストロックが破れる筈がない。それが幽谷の、尾刈斗の自信だった。
「ならやってみろ! 喰らえ――ゴーストロック!」
幽谷は高らかに宣言する。
対して円堂もまた、自信に満ちた笑みを浮かべる。
今なら出来る。今だからこそ出来る。そんな確信があった。
帝国の時を思い出せ。あの時は未完成だったそれをこの場で完成させる。より力強く、より響くように。一撃の下、フィールド全体に轟かせる――!
「――ゴロゴロゴロ――――ドッカーンッ!」
「ぐあぁっ!?」
熱く黄金に輝く右足を高く上げ、そして振り下ろす。
大地を踏みしめたそれはまるで雷神の槌であるかのように、轟く雷を伴った。
天から落ちてきた雷は円堂の踏みしめた右足を中心に広がり、眩く輝ける衝撃波を立ち昇らせる。
落雷の如く轟音が鳴り響き、地木流が歌い上げていた呪文を掻き消した。
そして衝撃波は幽谷を吹き飛ばし、ボールを円堂が奪う。
誰しもが目を奪われた。それは、遂に実を結んだ円堂の必殺技。
「これが! ゴッドハンマーだ!」
奪ったボールを円堂は一気に前線に蹴り上げる。
「っしゃあ! 円堂、お前が取ったこのボール、無駄にしないぜ!」
素早いカウンター。円堂からのボールを受け取った染岡はすぐさまシュートに転じる。
鉈は反応が遅れた。今の轟くディフェンス技に、呆然としていた。
ゆえに腕の動きが遅れ、気付いた時には染岡のシュートは完了していた。
「ドラゴンクラッシュ!」
「うぉぉ――!」
威力は失われず、そして軌道が逸れることもなく、シュートはゴールに突き刺さった。
『ゴール! 円堂のブロックからの素早いカウンターで三点目!』
そしてそのゴールに、豪炎寺は確信する。
「やはり、腕の動きか」
「腕? どういうことだよ豪炎寺」
「あの腕の動きで俺たちの平衡感覚を狂わせている。あれも一種の催眠術――弱い真正面へのシュートを俺たちに蹴らせていたんだ」
「そういうことかよ……!」
鉈が誇る必殺技――歪む空間。
それもまた、催眠術によるものだった。
大きく、ゆっくりと振られる腕は振り子の如く相手を惑わせる。それによってシュートの威力を落としていたのだ。
その観察力の高さに染岡は驚愕し――そして悔しく思った。
だが、その力は認めるべきものであり、断じて否定するべきではない。
ならば――と染岡は豪炎寺に近付き、ある提案をする。
「――いいだろう」
その提案に虚を突かれた豪炎寺だったが、すぐに不敵に笑った。
完全に勢いを取り戻した雷門イレブン。尾刈斗のボールをすぐさま奪取し、再び染岡へ。
今度は油断しない。鉈は万全の動きで、歪む空間を発動させる。
「いくぜ豪炎寺!」
「おう!」
放たれたドラゴンクラッシュを受け止めんと鉈が構え――しかしボールは上空へと上がっていく。
ミスキック――ではない。
大きく浮き上がったボールに追いつく豪炎寺。その左足には、炎が灯っている。
「ファイアトルネード!」
――炎熱を、竜が纏った。
染岡のドラゴンクラッシュによって込められた威力。
シュートに連れ添う竜が豪炎寺のファイアトルネードによって赤熱し、更なる威力を呼び起こす。
炎と竜、二つが合わさった凄まじい力は、歪む空間の動きに囚われてなお一切威力を落とすことはない。
「お、ぉおおおおおお――っ!」
そしてシュートは真正面から、鉈諸共ゴールに突っ込む。
四点目――ここに来て決まったのは、染岡と豪炎寺による雷門初の合体技であった。
そのまま試合は、4-0という大差で終わる。
これでサッカー部は廃部を免れ、そしてフットボールフロンティアへの参加という大きな一歩を踏み出した。
鬼道と佐久間が試合の途中で切り上げた一方で、最後まで源田はその試合を見ていた。
一点でも返そうと終盤も攻める尾刈斗を止め続けた鈴音の、その動きを見据え続けた。
試合の後にあったのは、絶対に負けられないという気概。
より強くなった思いを胸に、源田は帝国へと戻る。
更なる力を身につけるため。
そして、試合を見届けたクララもまた、冷めた瞳のまま雷門中を出る。
表情はいつも通り。しかし――内心で様々に葛藤を巡らせながら。
■ゴッドハンマー
使用者:円堂
種別:ブロック
高く上げた足を振り下ろし、大地を踏みしめると同時に落ちる雷で相手を吹き飛ばすディフェンス技。
雷は周囲に広がり、立ち上った衝撃波は強力なシュートの勢いもたちまち喪失させる。