彼女が冷たく笑うわけ   作:ゲル状

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或がそうしたいなら、私は否定しないわ。

 

 

 尾刈斗中との練習試合は勝利に終わり、雷門サッカー部は無事フットボールフロンティアへの出場権を手に入れた。

 試合の後半で使用された染岡のドラゴンクラッシュと豪炎寺のファイアトルネードの合体技は目金によってドラゴントルネードと名付けられた。

 雷門が誇る二大ストライカーによる切り札の誕生である。

 帝国が練習試合で見せた合体技に勝るとも劣らないと感じさせる威力の誕生は、彼らの自信と練習への意欲を大いに高めた。

 フットボールフロンティアへと挑む駆け出しサッカー部としては、これ以上ない状態と言えるだろう。

 そんな彼らに手を貸した鈴音は、帰宅するや否や妙な視線を向けられていた。

 

「……」

「……どうした?」

 

 言わずもがな、同居人(クララ)である。

 鈴音のように無表情と言う訳ではないが、特技と言っても良いポーカーフェイスによってその感情は読み取れない。

 長い付き合いである鈴音でさえ、“何となく不満そうだ”ということが伝わってくるだけだった。

 

「…………」

「……」

 

 返ってくる答えはない。

 しかし、その僅かな瞳の動きから、鈴音はクララが現在言葉を選んでいる最中であると理解する。

 暫くの間クララとのにらめっこを続けた鈴音はもう少し時間が掛かるだろうと判断し、鞄を置いて風呂場に向かう。

 試合の後だ。早く汗を流したいところだったため、そちらを優先した。

 

 シャワーを浴び終え、着替えてからリビングに戻れば、先程の出来事などなかったかのように、クララは携帯に目を向けていた。

 先の二の舞になればそれなりに付き合うつもりだった鈴音は意外に思いつつも、特に追及はしない。

 

「――弱小チームもいいところね。まともと言えるのはFWの片方くらいかしら」

 

 そんなクララからの最初の言葉は、到底合格点とは言えないとばかりのサッカー部への酷評だった。

 歯に衣着せるなどというまどろっこしいことを、彼女はしない。

 クララの雷門サッカー部に対する偽らざる評価には、鈴音も反論しない。

 

「先日までは部員も足りない状態だったからな。伸び出すのはここからだろう」

 

 ようやく雷門サッカー部はチームとして始動した段階だ。

 個々の能力が足りないのは当然である。しかし、今後の成長は期待すべきこと。

 更に、サッカーにかける情熱であれば人一倍大きい者たちの集まりであり、今後光る可能性は高い。

 それが、鈴音から見た彼らへの評価だった。

 

「で、伸ばすのは或の仕事ってこと?」

「それはあくまで、望まれればの話だ。彼らは俺がいなくとも十分に成長出来る」

「キーパーいないじゃないの」

「……彼らがゴールを任せられる者を見つけ出せればいいのだがな。俺の役目はそこまでだろう」

 

 クララは僅かに溜息を吐く。

 落胆ではなく、やはりこうなったかという呆れから。

 望まれればそれを尽くす彼のことだ。言い分からして、今後のキーパーも頼まれているとクララは判断した。

 それは彼の意思だ。クララは否定するつもりはない。

 だが、よりによってサッカーという分野に今後も関わり続けるということは、クララにとっては都合の良くない事態だった。

 今ここで集団の一人として自身がすべきは、鈴音をサッカーから引き離すこと。もしくは――もう一つの案を実行すること。クララもそれは理解している。

 ――そんな彼女の、個人としての感情はそれとは別であるのだが。

 

「……彼らが或の存在に頼って一層腑抜けなきゃいいけど」

「彼らがそういう人間ではないことは知っている。そこは間違いない」

「そ。……ま、好きなだけやりなさい。或がそうしたいなら、私は否定しないわ」

 

 そして両者を天秤にかけてどちらに傾くかと言えば、当然個人の感情であった。

 鈴音が今の鈴音となった時から、クララはそうすると決めていた。

 後のことなど、どうとでもなれ。何せ鈴音は常に“今”を生きているのだ。

 

「気が向いたら付き合うわ」

「ああ――助かる。だが……」

「何よ」

「……止めると思っていた。サッカーに対して何か思うところがあるように感じたが、違うか?」

「違わないわ。ただ、私は止めない。他の皆だったら止めるかもしれないし、もしかすると貴方を引き戻そうとするかもだけど」

 

 それに対して鈴音が思ったことは、向こうではサッカーが流行っているのか、という他愛のないこと。

 ある意味では正解ではあるが、概ね、大きな見当違い。

 例え、この時に“それ”を鈴音が知っていたとしても、彼が何をする訳でもないのだが。

 

「――今更俺が戻っても不和を呼ぶだけだろう。色々と、晴矢から話を聞いた」

「……余計なことを」

 

 クララは舌打ちを隠さなかった。

クララの“仲間”である面々には、鈴音を良く思わない者は少なからず存在した。

 “経緯”について腹立たしく思うならばまだ良い。それは今の鈴音を受け入れている大半もそうだし、他でもないクララもその一人である。

 だが、それを経た今の鈴音に嫌悪感や怒りを持つ者がいることは、クララとしては大層不満であった。

 風介(ガゼル)玲名(ウルビダ)なんかはその筆頭だ。前者は関わる機会が多いこともあって面倒くさい。

 

「……或は変わってないって、分からないものかしら」

「治も以前、同じことを言っていたが……変わっていないとは言えない。俺自身、自覚しているんだ」

「本人がこれだから、私たちも不憫なものね」

 

 処置無し、と呟きながらも、クララはどこか儚げに笑う。

 知るべき者が知っていれば良いのだ。具体的には、自分自身が。彼女はそう、己を納得させた。

 

 

 

 部室に集まったサッカー部の面々は、それぞれ顔に期待を宿していた。

 憧れの舞台に遂に足を踏み入れることが出来ることへの期待を。

 

「フットボールフロンティアッ! みんな、分かってるな!」

『おう!』

 

 円堂の言葉に、部員たちが口を揃えて答える。

 フットボールフロンティア地区予選の組み合わせが決まった翌日。

 彼らはその地区予選に名を連ねたことの喜びに胸を躍らせ、部活の時間を心待ちにしていたのだ。

 

「それで、相手は?」

 

 そのやる気に若干気圧されつつも、風丸は円堂に聞いた。

 大会といってもまだ地区予選だ。全国の強豪はさらにその先にいる。

 とはいえ、その強豪の最たる存在――王者帝国がいるのもこの地区だ。

 次は負けないという気概を持っているとはいえ、帝国と一回戦で当たるというのは避けたい、というのが風丸の真摯な思いである。

 

「ああ! 知らない!」

 

 何故か自信満々に、円堂は言ってのける。

 誰であろうと勝つということに変わりはないが、それはどうなのか、と呆れる風丸たち。

 そんな彼らの熱意を遮るように、或いは、煽るように、部室に入ってきた顧問の冬海はさえない表情のまま告げた。

 

「野生中ですよ」

「野生中……去年の地区予選決勝で帝国と戦っている強豪です! 帝国がこの地区にいなければ、本戦の常連校になっていたかもっていう……」

「大差で初戦敗退、なんてのは勘弁してほしいものですね」

 

 自分が管理する部であるというのに、他人事のように言う冬海。

 対戦相手が強豪とあっても、彼はサッカー部に何らアドバイスをするつもりもない。あくまで部の顧問であるだけだ。

 

「ああ、それから」

 

 冬海が外に促すと、二人の少年が入ってくる。

 片方は雷門中がマンモス校であることを考えても、彼には見覚えのない部員が殆ど。

 そして片方は顔なじみであった。

 

「ちっす。俺、土門飛鳥。入部希望で、一応ディフェンス志望ね」

「鈴音或。助っ人で、キーパーなら出来る」

「いや、何してるんですか先輩」

 

 冗談だ、とまるで冗談を言っているように聞こえない声色で、真顔のまま鈴音は壁に背中を預ける。

 

「ここに来る途中で会った。特に時間を空ける理由もなかったから一緒に来ただけだ」

「見てたっすよ。この間の尾刈斗戦。あれで助っ人ってのは驚きましたけど」

 

 軽い調子の土門は、入部希望と言えど萎縮した様子はない。

 すぐにでも部に馴染んでしまいそうな様子であった。

 

「――土門くん」

「へ? ――秋じゃないか?」

「知り合いか?」

「うん、ちょっと昔ね」

 

 彼は円堂と共にサッカー部を立ち上げ、支え続けてきたマネージャーである木野の旧知であった。

 どちらも、まったく想定していなかった再会。

 木野としては、サッカーの実力的にも申し分のない相手。望ましい新入部員だ。

 

「そっか! 俺は円堂守。お前と同じDFだ! 歓迎するぜ、土門!」

「おう、よろしくな、キャプテンさん。――にしても、野生中ねえ。初戦で当たるには厄介な相手だぜ。大丈夫か?」

 

 気軽に円堂と握手を交わした土門は、初戦の相手に懸念を滲ませる。

 地区予選決勝で帝国と戦った学校。比較対象が帝国のためその強さが霞んで見えるのは否めない。

 だが、それでも強豪と呼ばれるからには相応の実力があり、強みがある。

 特にその強みの一点に関しては帝国さえ凌駕するのだ。

 

「んだよ、新入りが偉そうに。なんか知ってんのか?」

「前の中学で戦ったことがあってね。瞬発力、機動力共に秀でていてパワーもある。で、高さ勝負にはめっぽう強いのが特徴だ」

「高さなら大丈夫だ! 俺たちにはファイアトルネード、ドラゴンクラッシュ、ドラゴントルネードがあるんだから!」

 

 豪炎寺が誇るファイアトルネードは高くからボールを蹴り落とす必殺技だ。

 高さ勝負というのなら、豪炎寺の跳躍力は並ではない。ゆえに自信を持って円堂は言うが、それに否を唱えるのは他でもない、豪炎寺だった。

 

「いや――俺も野生中とは戦ったことがあるが、奴らは空中戦なら帝国をも凌ぐ。あのジャンプ力で上を取られれば、俺のファイアトルネードも決まるかどうか」

 

 己の実力に疑問を持っている訳ではない。

 寧ろ、冷静に能力を分析しているからこそ、豪炎寺は正直に打ち明けた。

 シュートの威力ならば負けるつもりはないが、その過程のジャンプ力は相手が上を行く。

 ゆえに、シュートに辿り着かない可能性が高い、と。

 

「そっか……なら、新必殺技だ! 新必殺技で空を制するんだ!」

 

 だが、それを聞いても円堂は折れたりはしない。

 寧ろ更にやる気が高まったとばかりに、拳を振り上げた。

 

「新必殺技って……お前、そんな簡単に言うか?」

「染岡はドラゴンクラッシュを編み出せた。俺もゴッドハンマーに辿り着いた。なら、新しい必殺技はまだまだ出来る! 練習あるのみだ!」

 

 理屈にすらなっていない根性論、とその場で口を挟む者はいなかった。

 事実、染岡は努力で自分の必殺技を生み出したのだ。

 ならば自分たちも――そう思える向上心のある者で雷門サッカー部は構成されていた。

 

「――っと。ところで鈴音。空いてる日は練習にも付き合ってくれるってことで良いんだよな?」

「ああ。フットボールフロンティアの間は、お前たちのキーパーとして手を貸す。毎日練習に参加できる訳ではないが……」

 

 鈴音がここにいるのは、先日の尾刈斗戦前に豪炎寺と交わした約束から。

 練習の優先順位についても、円堂達と話して決定したものだ。

 雷門が勝ち進む限りは自分も力を尽くすと――可能な限り鈴音は付き合うことにした。

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