勝手にシン・エヴァンゲリオン   作:hekusokazura

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第三章
第壱拾四話


 冬月コウゾウは苦虫を噛み砕いたような顔で廊下を歩いていた。

 この組織のナンバー2という重大な地位に身を置く冬月だったが、この組織が数年前から本部警備用に運用している自律稼働式の小型量産機エヴァについては、その造形の醜悪さという一点において冬月の嫌悪感を掻き立てるものであり、そんな怪物と見紛う姿の小型量産機が「脱走者」を求めて構内をうろうろしている姿を見るのは、気分の良いものではなかった。

 そんな冬月が抱く不快感は、とある場所に行きついて一層深いものとなる。

 

 巨大な水槽を見上げる。

 

「全ては計画の内とはいえ…、碇」

 

 水槽の中を漂う残骸。

 

「この被害は甚大だぞ…。パイロットの「ストック」がない今、ヴィレの連中が攻めてきたらどう対抗するつもりだ…」

 

 

 「脱走者」がもたらした被害を目視で確認した冬月は、次の目的を果たすために再び廊下を歩く。彼はあるものを探していたのだが、探しものにはその所在を知らせる発信機が付けられているので、それは労せずともすぐに見つかった。

 

 廊下に真ん中に、その探しものが倒れている。

 

 冬月は眉間に皺を寄せながら溜息を吐いた。

 

 まるで母体の中で眠る胎児のように膝を胸の中に抱え、床に横たわっている黒いプラグスーツを着た少女。その側に立つ。

 立ったままで、空色の髪の隙間から見える少女の顔を観察する。

 うっすらと開いた瞼。

 その瞼から覗く虚ろな瞳。

 薄い唇は小刻みに開閉を繰り返し、何事かを繰り返し呟いている。

 

「わたしはだれ…、わたしはだれ…、わたしはだれ…」

 

 冬月は目を閉じ、かぶりを振る。

 

 彼らがエヴァの操縦システムとして運用している少女「たち」。常に改良を重ねているエヴァ本体とは違い、少女「たち」は開発した初期の頃から20年以上経った今でもその仕様は殆ど変わっていない。しかしそれは少女「たち」がシステムとして完成されているという訳ではなく、むしろ複雑奇怪なエヴァの操縦システムとしては、少女「たち」は完成とは程遠いものだった。

 何しろ、あまりにも精神が不安定なのだった。

 開発した当初は「入れ物」に魂を注入してもすぐに自我を崩壊させ、発狂し、廃人と化してしまうケースが続出した。

 精神の安定化を図るために、極力少女には感情というものを芽生えさせないよう教育してみたが、それでも肝心のエヴァとの同調は困難を極めた。苦肉の策として、この組織の最高司令官の庇護下に置かせ、司令官を盲信させることによって精神の安定化を図らせてみたところ、ようやくその個体は理想的な精神状態を維持することができ、当初予想された耐久年数を大幅に上回る期間の運用に成功したが、その個体も初号機を覚醒させるために失ってしまった。

 そして始まったヴィレとの戦争。組織は戦力の増強に迫られ、少女「たち」複数体の同時運用を計画したが、いざ数体の「入れ物」に同時に魂を注入してみたところ、目覚めた少女「たち」は自身と全く同一の存在を目にしてたちまちパニックに陥り、同じ顔同士で殺し合いを始めてしまった。この計画は封印され、自立稼働型エヴァの開発によってヴィレに対抗したが、そのエヴァもヴィレの歴戦のパイロットたちによって打ち破られている有様である。

 

 冬月は常々思っていた。

 少女は失敗作だと。

 何度も最高司令官には具申したが、冬月の意見は聞き入れられず、司令官は少女の運用継続にこだわった。

 

 

「第一の少女…」

 足もとで無様に横たわっている黒スーツの少女に声を掛ける。

 冬月の声に少女は反応を示し、床を見つめていた赤い瞳が冬月を見上げたが、その瞳孔は開いたまま。

「立ちたまえ…、レイ…」

 再度呼び掛けると、少女の瞼は一度だけ閉じられ、次に開いた時には、床に向けられていた赤い瞳が、少女を呼び掛ける冬月の方へと向いていた。しかしその瞳の焦点は合っておらず、虚ろな光を宿したまま。そして、

「わたしはレイ…、わたしはレイ…、わたしはレイじゃない…、わたしはレイじゃない…、わたしはだれ、わたしはだれ、わわたたししはだだだだれ、だだだだれれえれれ、わわわたたわたわたわわわわわわ…」

 言葉が詰まり、急にぱちぱちと瞬きを繰り返し始め、体がびくびくと痙攣し始める。盛大にバグが発生したコンピューター、あるいは歯車の一部にゴミでも詰まり、動かなくなってしまった機械仕掛けの人形のよう。

「何たる有様だ…」

 冬月はうんざりしたようにこめかみを押さえながら、少女の側に膝を折る。少女が身に付けたボディバッグのファスナーを開いた。

「ここまで症状が進めば、本来は処分対象となるが…」

 ボディバッグの中から、拳大の輸液バッグを取り出す。バッグから伸びるチューブを引っ張り、先端に付いた針のカバーを外す。少女の左腕を掴み、針を肘窩に突き立てると、その先端をスーツ越しにぐいっと刺し込む。針を摘まむ指の先が、針の先端が血管に到達したことを感じ取ると、輸液バッグを握りつぶし、その中身を一気に少女の体内へと注入する。

「ゼーレの少年が消え、ストックも破壊された今、君がネルフに残された唯一のパイロットなのだ」

 冬月が一連の行為をしている間も、少女はまるで陸に打ち上げられた魚のように全身をびくびくと震わせていたが、補液バッグの中身が全て少女の体内へと移動してから暫くするとその震えも次第に大人しくなり、やがて四肢を投げ出してぐったりと動かなくなった。

 そんな少女の様子を冷めた目で見ていた冬月の口もとに、自嘲めいた笑みが宿る。

「こんなものに頼らなければならないとは…。我々もいよいよ末期だな…」

 少女の腕から針を引っこ抜くと、チューブをバッグに括りつけ、そのまま廊下の隅へと投げ捨てる。

 右腕を少女の背中へ、左腕を少女の膝の下へと滑り込ませる。そのままひょい、と抱え上げた。最近では椅子から腰を上げる度に「よっこらしょ」が口癖になってしまったが、そんな自分でも軽々と抱え上げることができる少女の体。

「とてもこれが君の複製体とは思えんよ…、ユイくん…」

 少女によく似た顔の女性の名前を呟きながら、廊下を歩き始めた。

 

 

 エレベーターで1つ下の階へと降りる。

 暫く廊下を歩いて、その突き当り。扉を開いた向こうに現れた、様々な残骸がぷかぷかと浮いている巨大な水槽。

 冬月は少女を抱えたまま水槽を大きく迂回し、その裏側へと回る。

 巨大な水槽の裏側にも大きな空間は続き、その奥に縦に設置された円筒形の水槽があった。

 

 冬月が円筒形の水槽の前に立つと、水槽の周囲にあった機械類が自動的に起動する。どこからか駆動音が鳴り響き、頭上から3本指の巨大なロボットアームが降りてきた。

 ロボットアームは冬月の腕の少女を無造作に掴むと、そのまま持ち上げていく。少女一人分の重みが腕から消え、冬月はやれやれと手で肩を揉んだ。

 ロボットアームは少女を円筒形の水槽の口まで移動させると、ぱっと手を広げる。重力に引かれた少女の体は、真っ逆さまに、濁った液体に満たされた水槽の中へと落ちていく。

 水槽に少女の収容を感知した機器は、自動的にプログラムを走らせ始める。

 逆さ状態で水槽の中をたゆたう少女を、冬月はじっと見つめる。

 暫くすると、水槽の底に幾つかの穴が開き、そこから薬液が注入され始め、少女の体を音もなく包み込んでいった。

 

 水槽を囲う機器の一つ。その画面上に映し出された、観察対象の精神状態を示す心理グラフ。観察対象が水槽に落ちた時はまるで縺れに縺れた糸のように乱れてたグラフが、やがて規則正しい波を描き始めた。

 

 ビーッと、聴覚を刺激するやや不快な電子音。

 同時に水槽の下部から水槽を満たしていた濁った液体が排水されていく。

 

 全ての液体を吐き出し終え、空っぽになった水槽の底で、体を折りたたんでぐったりと横たわっている少女。

 再び頭上から駆動音が鳴り響き、巨大なロボットアームが降りてくる。アームは水槽の中へとその手を突っ込み、やはり無造作に少女の体を掴み、持ち上げていく。

 ロボットアームは冬月の前に、ゆっくりと少女を降ろした。

 

 口から濁った液体を零しながら、床に寝転んだままの少女。

 

「立てるかね…? 第一の少女…」

 冬月のしわがれた声が構内に木霊する。

 促され、少女は床に両手を付きながら、ぎこちない動きで上半身を起こしていく。

 毛先や鼻先、顎から滴る水滴が作る床の上の小さな水たまりを、見開かれた赤い瞳が見つめている。

「ここが何処か分かるかね?」

 冬月に問われ、少女はぎこちなく頷く。

「私が誰か、分かるかね?」

 冬月に問われ、少女は唇を小さく動かして「副司令」と呟く。

 

「では君自身が誰か、分かるかね?」

 冬月に問われ。

 

「……」

 しかし、少女は答えない。

 

 見開いた真っ赤な双眸から放たれる視線を、床の水たまりにぶつけたまま、押し黙っている。

 冬月はうんざりしたように溜息を吐く。

 そしてやや強めの声で、再度問う。

「君は誰だね?」

 その問いに、少女は一度だけ瞬きをした。

「私は…」

 少女の小さな唇が、微かに動く。

 

「私は…、アヤナミ…レイ…」

 

「そうだ。君は綾波レイだ」

 少女の言葉尻に被せるように。

「この世界に綾波レイは君一人だけだ」

 少女に余計な邪念を抱かせまいと間髪入れずに冬月の声が続いた。

 

「体の方は問題ないか?」

「はい…」

「では体を乾かしたら、司令室に上がってきたまえ。何やら上が騒がしい。君の出番があるやもしれん」

「はい…」

 冬月は床に両手を付いたままの少女に背を向けると、水槽の前から立ち去って行った。

 

 

 冬月の足音が聴こえなくなってからも、少女は暫く床を見つめたままでいた。濁った液体を吐き出した喉と肺の痛みがようやく落ち着いたところで、顔を上げる。

 目の前に聳え立つ、巨大な水槽。

 その中を漂う何か。

 腕。

 足。

 骨。

 内臓。

 

 それら「残骸」の一つがガラス面に近づき、ゴンと音を立てて当たる。

 それがくるっと回転する。

 たゆたう髪の隙間から覗く、自分とうり二つの顔。

 その頭部はガラスに当たった衝撃で、まるで砂で作られた人形のように頬から急速に崩壊を始める。皮膚の下から覗いた骨や歯も細かい粒子と化し、頭蓋骨の下から現れた脳味噌はまるでミミズのように細かく分解していき、髪の毛の一本一本も消えていき、最後に残った真っ赤な2つの眼球も潰れ、液体の藻屑と消えていった。

 

 自分とうり二つの顔が液体の中に溶けていく様の一部始終を、食い入るように見ていた少女。いつの間にか動悸が高鳴り、肩で息をしていたことに気付き、暴れる心臓と肺を何とか落ち着けようと鼻で必死に深呼吸を繰り返す。

 

「わたしは…アヤナミレイ…、わたしは…アヤナミレイ…」

 

 少女の唇からはまるで呪文のように同じ言葉が漏れる。

 

「わたしは…」

 

 瞼を閉じる。眉間に僅かな皺を寄せながら。

 

 繰り返されてきた深呼吸が止まる。

 

 瞼を開く。

 

「私は…、最後の…、綾波レイ…」

 

 

 

 膝を立て、ゆっくりと腰を上げていく。

 両膝を伸ばす。

 全身を束縛する重力を感じ、足もとがふらつく。頭部が揺れ、髪から散った液体が床に幾つかの斑点を作り出す。

 上半身を前に倒す。右足を前に出す。右足に体重を移したら、今度は左足を前に出す。

 ゆっくりと。

 ゆっくりと歩きだす。

 

 「自分」の残骸が漂う巨大な水槽を迂回して、扉を開け、廊下へと出る。

 暫く歩くとエレベーターの昇降口に行き当たる。壁の昇降ボタンを押す。

 扉が開き、エレベーターに乗り込む。

 

 僅かな機械音が響くだけのエレベーター内。

 目の前の閉じた白い扉を、じっと見つめる。

 

 

 

 ―――なんで本、読まないんだよ。

 

「綾波レイなら…そうするの…?」

 扉を見つめながら呟く。

 

 

 ―――ねぇ、綾波だよね?

 

「そう。私は綾波レイ…」

 扉を見つめながら呟く。

 

 

 ―――綾波じゃないのに。

 

「いいえ…。私は綾波レイ…」

 

 

 ―――綾波じゃないのに。

 

「いいえ…。私は綾波レイ…」

 

 

 ―――綾波じゃないのに。

 

「いいえ…。私は綾波レイ…」

 

 

 ―――綾波じゃないのに。

 

「いいえ…。私は綾波レイ…」

 

 

 ガタン、とエレベーターが揺れ、白い扉を見つめていた少女は目を瞬かせた。

 整備不十分なエレベーターの扉は不快な軋む音を立てながら開いていく。

 扉が開くと、再び長い廊下。

 

 

「私は…、綾波…レイ…」

 

 

 エレベーターから降り、廊下を歩き出す。

 

 廊下が尽き、今までの扉とは違う、漆黒の重厚な扉が現れた。 

 扉の上部に備えられたカメラが少女の顔を捉え、認証を確認すると扉のロックを自動的に解除した。漆黒の扉は音もなく開く。

 

 扉の向こうに現れたもの。

 鮮やかな光を飛ばす巨大なパネル。大型ビジョン。

 大型ビジョンに映し出される映像。

 それは青い空。そして少女が居る巨大構造物の屋上。

 その屋上を埋め尽くす番犬たち。

 

 青い空に、ぽつんと浮かぶもの。

 それは機影。

 ぐんぐんと高度を増していくVTOL機。

 

 そのVTOL機に向かって、光の球が高速で吸い込まれていく。

 VOTL機の一部が弾けた。

 たちまち炎を上げるVTOL機の回転翼。

 大きく傾き、煙を引きながら旋回していく機影。

 

 映像はVTOL機に大きく寄る。

 VTOL機の機体が、画面一杯に映し出された。

 

 VTOL機の機首にある操縦席。

 操縦席のガラス窓。

 その窓に、必死にしがみつく少年。

 

 墜落していくVTOL機。

 やがて少年の体は、落ちていく大きな機体に引っ張られるように逆立ち状態になる。

 少年がしがみ付く窓枠から機内に居る女性と思しき腕がにょきっと伸びていて、少年の腕が窓から離れないよう懸命に掴んでいる。

 

 

 VTOL機の墜落は止まらない。

 

 少年は機内の誰かに語り掛けている。

 

 そして。

 

 そして少年は窓枠から手を離す。

 

 

 

 大型ビジョンの前には2人の男。

 一人はこれまた大きなテーブルの席につき、テーブルに両肘をついて組んだ手に顎を乗せ、静かに映像を見守っている。

 その男の側に立つもう一人の男、冬月は低い声で言った。

「お前の息子が落ちたぞ…」

 冬月の実況に、しかし男は黙ったまま映像を見守っている。

「いいのか…」

 冬月の問い掛けに、やはり男は黙ったまま映像を見守っている。

 

「碇くん…」

 

 背後から響いたその声に冬月は振り返り、ようやく少女の存在に気付いた。

 少女はVTOL機から落ちた少年の名前を呟いたきり何も言葉を発せず、ぼんやりとした表情で映像を見つめている。

 そんな少女の表情を確認した冬月はすぐに少女に対する興味をなくし、視線を映像へと戻した。

 

 

 瞬く間にVTOL機から離れていく少年の体。

 

 暫く錐もみ状態でぐるぐると宙を回転していた少年は、構造物周辺を覆う強烈な上昇気流に乗って天高くへと舞っていき、やがて映像から姿を消した。

 

 

 

 静まってたはずの心臓が再び高鳴り始める。

 落ち着いていたはずの呼吸が切迫しだす。

 

「碇くん…」

 

 もう一度、蒼い空へと消えていった少年の名を呟く。

 

 

 こんな時、 綾波レイなら、 どうするの?

 

 

「…分からない、…分からない」

 

 

 こんな時、 綾波レイなら、 どうするの?

 

 

「…分からない、…分からない」

 

 

 

 背後で少女がぶつぶつと独り言を呟いている。

 冬月は訝し気に後ろに視線をやると、少女がやはりぼんやりとした表情で映像を見つめている。

 小さな口を、小さく開閉させながら。

 暫く少女の様子を覗っていた冬月だったが、VTOL機に動きがあり、視線を映像へと戻した。

 

 

 

 こんな時、

 

        綾波レイなら、

 

                 どうするの?

 

 

 

 ―――知るか!

 

 

 いつの間にか映像から視線を落とし、床を見つめていた少女。

 その声は不意にどこかから頭の中に舞い降りてきて、少女ははっとして顎を上げる。

 

 

 ―――知るか!

    

      あんたはどうしたいの!

 

 

 

 少女の体はまるで電撃に打たれたように硬直し、そしてその細い体はゆっくりと左へと傾き始める。

 

 傾いて傾いて。

 やがて肩が床に付きそうになる寸前。

 

 少女は左足を横に突き出して全体重を左足に乗せると、続けて腰を捻って右足を思いっきり前に突き出した。今度は右足に全体重を乗せる。軽くなった左足を前に出す。すぐに右足を前に出す。左足を前に出して、右足を前に出して。ひたすらそれを繰り返す。慣れてきたら、繰り返す速さをぐんぐん上げていって。

 

 少女は走り出した。

 

 

 

 背後で足音。

 振り返ると、扉に向かって走っていく少女の後ろ姿。

 冬月は今日何度目かの溜息を吐く。

「矯正はもう効かぬか…。あれももう長くないな…」

 少女の姿が消えていった扉を見つめながら、隣に座る男に問う。

「いいのか。このままで…」

 その問い掛けに、やはり男は沈黙を守り続けている。

 冬月はかぶりを振りながら、映像に視線を戻した。

 

 砲撃を受けたVTOL機は、パイロットの腕がよほど良いのか動力を失いながらも辛うじて滑空を続け、この構造物から離れていっている。

 冬月は男に同様の質問を繰り返した。

「いいのか。あれをこのまま逃して…」

 冬月のその問いに相変わらず男は沈黙したまま、しかし顎を手から離し、ゆっくりとした動作で椅子の背もたれに背を預けた。

 またもや冬月の溜息。

 男のその振る舞いは、全ての対応を副司令に一任するという意思表示だった。

 

 冬月はテーブルの端にある小さなコンソールのボタンの一つを押す。

「冬月だ。ただちにVTOLを追跡。「脱走者」が奪った「ストック」を回収せよ。「脱走者」は殺害して構わん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下を駆ける。

 

 息をするのも忘れて。

 

 走る先に見えてきた廊下の突き当たり。

 

 ボディバッグのファスナーを開け、中に手を滑り込ませる。

 

 取り出したのは、細い手には不釣り合いなほどの厳つい拳銃。

 

 右手で銃把を握り、左手で銃床を支える。

 

 銃口はまっすぐに廊下の突き当りへ。

 

 引き金を絞る。

 

 腕に衝撃。

 

 さらに絞る。

 

 もう一度、引き金を絞る。

 

 銃口から放たれた3発の銃弾。

 

 鉄の礫は空を切り裂いて、廊下の突き当り、ガラス張りの壁へと吸い込まれる。

 

 たちまち、ガラスには3つの蜘蛛の巣状のヒビが広がる。

 

 拳銃を投げ捨てる。

 

 頭部と胸を守るように、両腕を体の前で交差させる。

 

 ガラス張りの壁の2メートル前で跳躍。

 

 体ごと、ガラス張りの壁へと突っ込む。

 

 ガラスの砕け散る音。

 

 全身を襲う激しい衝撃。

 

 続けて全身を覆う凍てついた風。

 

 腕の隙間から見える光景。

 

 下半分に赤い大地。上半分に青い空。

 

 少女の細い体が、大空へと躍り出た。

 

 

 

 

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