勝手にシン・エヴァンゲリオン   作:hekusokazura

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第弐話

 

 

 

 

 館内をけたたましい警報が鳴り響く。耳障りな警報の間を縫って、『医療区画で火災発生』の音声アナウンス。

 廊下を歩いていたシンジの頭に真っ先に浮かんだのは、VTOL機から降ろされ、そのままストレッチャーで運ばれていった赤毛の少女の顔。

「アスカ…!」

 シンジは走り出した。

 

 

 廊下を走っていくに連れ、前方からもくもくと黒い煙が天井を這い始める。警報に混じって、人々の怒号。

 医療区画に入ると、そこは既に火の海と化していた。暴れ周りその支配域を広げていっている炎に対し、防火服で身を固めた者たちが懸命に消火剤を撒いている。そして彼らに混じって、武装した兵士が数人。

 火災の現場に、なぜ兵士が居るのだろう。

 シンジが疑問に思って見ていると、兵士の一人が突然叫んだ。

 

「奴だ!撃て!撃て!」

 

 その兵士の号令と共に、手に銃火器を持った者たちは一斉に号令した兵士が指さす方向へと発砲を開始した。

 凄まじい銃声の乱舞に、シンジは咄嗟に両耳を塞ぎ、その場に蹲る。

 連中は一体何に向けて発砲しているのか。

 シンジは熱と煙に煽られる目を薄く開けながら、兵士たちの持つ銃火器の銃口が睨む方向を凝視した。

 

 黒い煙に混じって、一瞬大きな黒い影のようはものが横切ったような気がした。

 

 

 炎と煙が充満する方に自動小銃の銃口を向け、我武者羅に引き金を絞っていた。自分や仲間が放つ銃弾の一発でも奴に当たってくれたら。そう願いながら、我武者羅に銃を撃っていた。

 気が付けば、足もとにそれは居た。

 まるで孔雀の飾り羽のように大きく広がった赤い髪が視界を塞ぐ。

 続けて視界を塞いだのは大量に飛び散った赤い液体。

 それが自分の砕けた顎から噴き出した己の血であると気付く前に、その兵士は絶命していた。

 

 

 煙が立ち込める廊下を歩いていたら、いきなり前方から大量の銃弾が飛んできた。

 アスカは咄嗟にその場にしゃがみ込み、身を低くして銃弾の雨をやり過ごすとと、今度は膝を目一杯伸ばして、天井すれすれまで一気に跳躍。

 着地した場所は、首尾よく兵士の足もと。

 持っていた医療用ハンマーを兵士の顎に向けて突き上げる。兵士の顔の半分が吹き飛んだ。

 息つく暇もなく、近くに立っていた別の兵士に向かって跳躍。

 着地様に、兵士が被っていたヘルメットに向かって、ハンマーの先端を振り下ろす。

 

 

 眼前で繰り広げられている現実離れした虐殺劇を、シンジは呆気に取られて見ていた。

 煙の中から飛び出してきたアスカは、瞬く間に2人の兵士を屠ると、悪魔にでも遭遇したかのように恐慌状態に陥っている残りの兵士たちの頭部を、手に握るハンマーで容赦なく次々と砕いていった。

 武装した者たちをあらかた殺害し終えたアスカは、次に消化班にも襲い掛かる。消化班は健気にも持っていたホースから吐き出し続けられる消火剤で抵抗を試みたが、真っ白な消火剤は瞬く間に真っ赤な血で彩られるのだった。

 

 アスカの動きは止まらない。消化班の最後の一人の頭部を砕き終えると、この場において自分以外で息をしている唯一の人物に向かって飛び掛かる。

 

「わああああ!?」

 

 ハンマーを振り上げながら飛び掛かってくるアスカ。

 シンジは悲鳴を上げながら咄嗟に両腕で頭部を守った。

 体に強い衝撃。

 背中から床に倒れ込む。

 やがて来るだろう、頭部への破壊的な衝撃に備えていたら。

 

「あれ? シンジ?」

 

 衝撃の代わりに振ってきたのは、呆けたアスカの声だった。

 

 シンジはゆっくりと閉じていた腕の隙間を開け、自分に馬乗りになっているアスカの顔を覗き見る。

「やあ、アスカ…。元気そうで何より…」

 冗談めかして言うシンジに、アスカは少々バツが悪そうに眉を顰めつつ、振りかざしていたハンマーを下ろした。顎の辺りに付着した誰の者とも知れない真っ赤な血を、手の甲で拭う。

 

 立ち上がったアスカは尻餅を付いたままのシンジを見下ろしながら言う。

「アタシ、行くわ」

 シンジはアスカを見上げながら言った。

「僕も一緒に行っていいかな…?」

「はあ?」

 明らかに不満そうなアスカの声にシンジは苦笑しつつ、床に手を付き、ゆっくりと腰を上げる。

「ここは僕が…、居るべき場所じゃないんだ…」

 そう呟くシンジの横顔を、アスカは目を細めて見つめる。

「ふん。好きにすれば」

 そう言い残して、アスカはさっさと歩き出そうとした。

「あ、ちょっと待ってよ、アスカ」

「は?」

 呼び止められ、アスカは不愉快そうに振り返る。

 振り返った先のシンジを見て、アスカは瞼を何度もしばたたかせた。

「ちょ、ちょちょ、あんた!ななな何してんのよ!」

 誰の者とも知れない血で汚れたアスカの顔が、さらに真っ赤に染まる。

 シンジが、着ていた学校指定のワイシャツのボタンを外し始めているのだ。

 

 ―――いくらガキだからって、何こんなところで盛り付いてんのよ!

 

 アスカがあらぬ妄想を抱いている間にシャツを脱ぎ終えたシンジは、それをそのままアスカへと差し出す。

「へ?」

 差し出されたカッターシャツを、呆けた表情で見つめる。

「とりあえず…、これだけでも着といてくんないかな…?」

 カッターシャツを見つめていたアスカ。

 その視線を、おずおずと自分の体に向ける。

 

 素っ裸の体。

 

「きゃああああああああ!!」

 

 

 

 頭から湯気を立ち昇らせながら歩く。

 袖を通したワイシャツのボタンを留める。シンジのものとしてはやや大きめのそのシャツは、アスカのお尻を辛うじて隠してくれた。

 アスカの数歩後ろを、ワイシャツの下に着ていた黒のTシャツ姿で歩くシンジ。その右頬は、真っ赤に腫れ上がっている。シンジの頭には、小さなハンマーで兵士たちの頭部を分厚いヘルメットごと次々と砕いていったアスカの姿が浮かんでいる。

「よく僕は死なずに済んだな…」

 鉄拳処刑ではなく、鉄拳制裁で済んだ自分の身にホッとしていた。

 

 

 

 

 暫く歩いていて、アスカの足が止まる。

 軽く舌打ちをした。

「あたしが居た頃とはずいぶんと変わっちゃてるわね」

 シンジは恐る恐る声を掛ける。

「もしかして迷った?」

「うっさいわね」

「どこに行ったらいい?」

「外に出られるんだったらどこでも」

「そう」

 

 シンジは渚カヲルと過ごした日々の事を思い出していた。

 彼が自分に14年前の真実を告げるために、外界が見える階段へと案内してくれたあの場所。

 確か、あの場所に行くまでは警備らしい警備は何も無かったような気がする。

 

「こっちだよ」

 先導し始めたシンジの後を、アスカは仕方なしに付いていく。

 

 

 暫く歩いていて、シンジの足が止まる。

「え、ええっと」

 アスカはシンジの背中に不機嫌そうに声を掛ける。

「もしかしなくても迷ってるわよね?」

「ご、…ごめん…」

 アスカがシンジの背中を蹴り飛ばしてやろうとした、その時だった。

 

 

 延々と続く薄暗い廊下の奥に一つの影。

 影が徐々に近づいてくる。

 

「なに…?あれ…」

 シンジも近寄ってくる影に気付いた。

「ちっ…」

 アスカは軽く舌打ちをする。

「なんとまあ、良い趣味を持ってらっしゃるネルフ様でございますこと…」

 皮肉めいたセリフを吐きながら、右手に持っていたハンマーの柄を改めてぎゅっと握り締めた。

 

 近づいてくる影。

 4つ足で忍び寄ってくる影。

 一見して、それは狼のような生き物。

 無駄な肉が削ぎ落された細い猟犬のようなシルエット。

 鋭角の頭部には耳まで避けた大きな口。口から見え隠れする鋭利な牙。中央に1つしかない眼窩には、真っ赤な大きな瞳が収められている。

 

 ホラー映画から飛び出してきたような、見るからに危険な怪物の接近に、シンジは一歩後退りする。

 シンジが怯んだ瞬間を見計らったかのように、その怪物は細い体躯を躍動させた。

 

 シンジは叫んだ。

「アスカ!」

 

 大きな口を目一杯に広げて飛び掛かってきた怪物。突き出された前足の長い爪と、口に並ぶ鋭い牙が狙うのは、シンジの隣に居たアスカの喉笛。

 

 アスカは咄嗟にハンマーを前に突き出す。

 怪物の大きく開かれた口が、ハンマーの棒に食らいつく。怪物の爪が、アスカの前髪を掠めた。

 寸でのところで怪物に喉元を食い破られることを防いだアスカだが、自分の体よりも一回り大きい怪物の突進の力までは受け止め切ることができず、そのまま床に押し倒された。

 ハンマーに食らい付いたままの怪物は、その口を強引に前に突き出す。アスカの鼻先まで急接近する化け物の鼻先。剥き出しの牙の隙間から滴り落ちる大量の唾液がアスカの顔を汚し、3つある鼻の穴から吐き出される生温い息が吹きかかり、ただただ不快だった。

 

 シンジは壁に備え付けられた、錆塗れの消化器を両手で抱え上げる。

 大きく振りかぶり、寺の鐘付きの要領で、消化器の底を化け物の胴体に向けて打ち付けた。

 

 アスカの首を狙ってひたすら前へ前へと向かっていた怪物の体は、突如横からやってきた重い衝撃に、鈍い音と共に吹っ飛び、ゴロゴロと床へと転がる。

 シンジは間髪入れずに追い打ちを掛けた。

 床に転がりながらも早くも体制を立て直そうとしている怪物の、今度は頭部に向けて消化器の底を落とした。

 

 グシャリ。

 

 神経に悪そうな音と共に、化け物の頭部は完全に砕け散った。

 

 肩で息をしながら、動かなくなった怪物を見下ろす。

「な、何なんだよ、これ…」

 その足はまるで人間の手のように長い指が5本ずつあり、その先端は猛禽類が持つような鋭い爪が伸びている。全身を毛で覆われていると思ったが、胸から下はまるで魚の鱗のような肌をしていて、おまけにお尻にはまるで爬虫類の、それこそ蛇を思わせるような尻尾が生えていた。

 そして化け物の腹。そこには大きな球体が埋め込まれている。

 シンジは、その球体を今まで何度も目にしてきたような気がした。

 気がしたのだが、今はそんなことを思い出すために脳味噌を使ってる場合ではないことを思い出し、すぐに背後を振り返った。

 

「アスカ!」

 床に仰向けに倒れたままのアスカのもとまで駆け寄った。アスカの顔を覗き込む。

「うへー。ばっちー」

 アスカは化け物の唾液で汚れた顔を、シャツの袖で一生懸命拭いているところだった。

 そんな様子のアスカを見て、シンジはほっと胸を撫でおろす。

「良かった。怪我はない?」

 

「コアは?」

「へ?」

 

 アスカの短い問いを理解できず、シンジは呆けた表情をする。

 

「コアは砕いたの?」

「コアって?」

 

 オウム返しするだけのシンジに。

 

「あーーもう!」

 

 アスカはうんざりしたように唸りながら、右手のハンマーを振り上げた。

 左手でシンジのシャツの胸倉を掴む。

「え!?」

 訳も分からず間抜けな声を上げる事しかできないシンジ。

 そんなシンジに構わず、アスカはシャツを引っ張って、シンジを床へと組み伏せた。

 アスカに強引にねじ伏せられるシンジの体がくるりと半回転し、その視線は天井へと向かう。

 そこを、何かが横切った。

 それは怪物の前足。まるで人間のような指に、猛禽類を思わせる爪が伸びた手。それが、今の今までシンジの頭部があった空間を引き裂いている。

 

「でやああああ!」

 

 アスカは、頭部を失いながらもなお動き、シンジの背中に向かって襲い掛かってきた怪物の腹に向かって、ハンマーを振り上げた。

 怪物の腹にある球体。渾身の一撃を食らったその球体は、まるでガラスのような音を立てて砕け散る。

 

 床に倒れた怪物の体。今度こそ絶命したと見え、ぴくりとも動かない。それどころか、怪物の体は見る見るうちに崩壊を始め、やがて弾け、真っ赤な液体を床に広げてしまった。

 怪物がすっかり液体化したのを見て、アスカはふうと溜息を吐く。

「エヴァの小型版ってところか…。ATフィールドまでは発生できないようね…」

 

「あ、あの…」

 不意に声を掛かられ、声がした方へと顔を向ける。

 声の発生源は、すぐ側にあった。

 

 視界一杯に、シンジの顔。

 

「あ、ありがとう…。助かったよ…」

 

 仰向けに倒れているシンジ。

 そのシンジを床に組み敷いていたアスカ。

 ちょうどアスカがシンジの体に密着しながら乗る形となり、顔と顔同士がすぐ側にある。

 

 アスカに胸を押さえられているシンジは、顔を苦しそうに歪めながらも、自分の命を間一髪で助けてくれたアスカにとりあえず感謝の言葉を送った。

 

「わ、わっ…!」

 素っ頓狂な悲鳴を上げながら、まるで池から飛び上がった鯉のように、シンジの体から離れるアスカ。そのまま、シンジに背を向けてしまった。

 

「大丈夫? どこか怪我した?」

 アスカの背中に、シンジは心配そうに声を掛けた。

「だ、大丈夫よ!」

 背中でそう答えつつ、アスカは真っ赤になってしまった顔を一刻も早く冷まそうと両手をうちわ代わりにして仰ぎ始める。

 肌に残っていた化け物の汚らわしい鼻息の感触は、シンジの吐息の感触にすっかり上書きされていた。

 

 

「ねえ?アスカ?」

「何よ。大丈夫って言ってんでしょ」

「いや、ねえ、アスカ」

「うっさいうっさいうっさい」

「アスカさんってば」

「何よ!」

 

 しつこいシンジに、アスカは怒鳴り散らしながら振り返った。

 

 シンジはすでにアスカの背中を見ていなかった。

 アスカの背中の代わりに見つめていたもの。

 うす暗い廊下の奥。

 その奥で、蠢く影。

 

 怪物が、群れをなしてシンジたちが居る方向へと迫っていた。

 

「小型版かつ量産型ってわけ、んもう!!」

 アスカは呻くように悪態を吐きながら、シンジの手を掴んで強引に引き起こすと、怪物たちが来る方向とは逆の方へと走り始めた。

 

 

 

 延々と続くかに思われた廊下は、遂に行き止まりになった。

 廊下が尽きた場所にはエレベーターの扉。

 アスカはすぐに壁の昇降ボタンを押す。押すが…。

「くそっ。電源が落ちてる…!」

 ボタンは何度押しても反応しない。

「ア、アスカ!」

 シンジの悲鳴のような呼び声。振り返ると、怪物の群れがすぐそこまで迫っている。

 

「でっやあああああ!!」

 

 アスカは喚き散らしながら、ハンマーの先端をエレベーターの扉へと打ち付ける。尖った先端は扉と扉の僅かな隙間の中に嵌り込んだ。そのままハンマーの先端をテコにして扉の隙間を広げると、今度はその隙間に自身の両手の指をねじ込んだ。

「こなくそおおお!!」

 強引にエレベーターの扉をこじ開けていく。

「アスカ…、まるでハルクみたいだ…」

「あんたも手伝いなさいよおお!」

 アスカに怒鳴りつけられ、シンジも慌てて開き掛けた扉に腕を差し込む。

「ふんぬ!」

 アスカの掛け声に合わせて腕に力をこめたら、エレベーターの扉は一気に開いた。

 アスカはすぐに扉の向こうに現れた垂直に伸びるエレベーターシャフトの下を覗き込む。

「ちっ!」

 シャフトの底が見えない。エレベーターのカゴも見えない。

 今度は上を見上げる。天井も見えなかった。カゴを昇降させるガイドレールが、天と地に向かって延々と続くだけ。

「アスカ!来るよ!」

 獲物を徐々に追いつめる猟犬のようにゆっくりとした足取りで2人を追い掛けていた怪物たちは、2人が立往生していると見るやその醜くもどこか均整の取れた体躯を躍動させ、瞬時に己が発揮できる最高速に達して獲物との距離を詰めようとしてきた。

 

「シンジ!」

「え?」

 

 アスカは相手の返事を聞くよりも早く、右腕をシンジの両膝の裏へと回す。アスカの右腕に足もとを掬われてしまいバランスを崩しそうになったシンジだが、シンジの背中に回されたアスカの左腕が支えとなり、尻餅を付いてしまうことは免れた。

 シンジの体重を両腕で受け止めたアスカは、そのままシンジの体をうんせと抱え上げた。

 俗に言うお姫様抱っこの状態。

 

「行くわよ! シンジ!」

「え? …えええ!?」

 

 今度も相手の返事を待たずに、アスカはその場から跳躍。

 シンジを抱いたアスカの体は、底が見えないエレベーターシャフトへと躍り出た。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「だ、大丈夫…?」

 見上げたその先にあるアスカの顔が、硬直してしまっている。

 

 一体何秒間降下したのか分からない。

 一体何どれほどの距離を落下したのかも分からない。

 いずれにしろ、その高さは人が落ちて無事で済む高さではなかった。

 

 アスカの顔が見るからに青ざめ、額からは大量の脂汗を滴らせている。

「も・ち・の・ろ・ん・よ」

 

 たどたどしい声で返事するアスカ。

 シンジはゆっくりとアスカの腕から降り、エレベーターシャフトの底に立った。

 一方で、アスカはエレベーターシャフトの底に着地した時の格好のままで動こうとしない。

 シンジは心配そうに尋ねた。

「動けそう…?」

 

「い・ま・は・ちょ・っ・と・む・り・そ・う」

 

 

 

 

 

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