勝手にシン・エヴァンゲリオン   作:hekusokazura

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第弐拾話

 

 

 

 

 巨大な球体が中央に陣取る大きな部屋。球体が放つ赤い光に照らされて浮かび上がる、球体を囲むように配置された様々な機器。

 その機器と球体との間に床に、円筒形のカプセルが寝かされている。

 カプセルの上部は中身が覗けるように窓ガラスになっており、そこから一人の少女の顔が見えた。

 その少女の顔を覗き込み、様子を観察している3人の女性。

 

「自発呼吸あり。角膜反射あり。痛みに対して屈曲反応あるも開眼なし。バイタルは全て正常値」

 伊吹マヤは手もとの端末機の画面とガラスの向こうの少女の顔とを交互に見つめながら、この場の責任者、赤木リツコに報告する。リツコは「そう」とだけ返事し、自身が持つ端末機の画面に次々と流れ込んでくる情報に神経を集中させている。

 カプセルの頭部側に立ち、少女の顔を逆さから覗き込むのは葛城ミサト。

「目覚めそうなの?」

 顔は少女に向けたまま、視線だけをマヤに向ける。

「意識レベルは1時間前に比べて明らかに上昇しています。もう少し時間が経てば…」

 視線をリツコへと移す。

「「綾波レイ」…、なのよね?」

「さあ」

 リツコは端末機の画面に視線を落としたまま、肩を竦める。

「さあって、あんた…」

 呆れたようなミサトの声。

「今の私たちに確かめる術はないわよ。意識が戻ったら訊いてみればいいじゃない。「あなたは綾波レイか?」って」

「テキトーね…」

 ミサトは胸の前で組んでいた両腕を解き、腰に手を当てて溜息を吐いた。

「「綾波レイ」のサルベージは初号機に残された「不純物」除去のための手段であって、目的じゃないわ。そして、我々の目的は達成された」

 そう言って、リツコは自身が持つ端末機の画面を、ミサトに見せる。

「これって…」

 ミサトは端末機が映し出す情報を目にし、息を呑む。

「ええ。初号機からヴンダーに供給されるエネルギーは、サルベージ終了からの5時間で50%の上昇が見られ、今もその数値は上がり続けている。これだったら…」

 リツコの説明の途中に突如、球体が漏らす赤い光で満たされていた室内が、白色の照明に照らされた。続けて艦内放送用のスピーカーから男性の声。

 

『全乗組員に通達。現時点を以て、節電要請は終了します』

 

「明るいって、素晴らしいことですね」

 天井から注がる蛍光色の光を眩しそうに見上げながらマヤが言う。

「マヤもだいぶ小じわが目立つようになったわね」

「なっ」

 慌てて端末を日傘代わりにする部下を他所に、リツコは続ける。

「これなら全兵装の同時運用も可能。ヴンダーの力の全てを引き出すには十分過ぎる供給量よ」

「初号機の桁外れのパワーは健在ってことか…。まかさ覚醒状態という訳ではないんでしょうね?」

「覚醒してたら私たちは生きてはいないわ」

「あっ!」

 2人の話しに割り込むように、マヤが驚きの声を出す。

「なに?」

「対象の目が…」

 リツコはすぐにカプセルのガラス面を覗き込む。

 一方でミサトはカプセルから半歩遠ざかり、腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、銃口の狙いをカプセルの中の少女の額に定めた。それは初号機から碇シンジを排出させた時と同様の対応であるため、リツコもマヤも驚かない。

 

 3人の女性の視線の先では、瞬きもせず天井を見上げている少女。

 リツコが指でこんこんとガラス面を叩く。

 少女は瞼を下ろす。次に瞼が開いた時、その向こうに収まっていた紅玉の瞳は、ガラス面を叩いたリツコの方に向けられていた。

「聴覚、視覚に対する反応あり」

 マヤの動く口に反応したのか、今度は少女の瞳がマヤへと向けられる。ガラスの向こうからじっと向けられるその眼差しに、どこか居心地の悪さを感じてしまうマヤ。観察をしてるのはこちらの方なのに、少女から向けられるその眼差しは観察者と被観察者の立場を逆転させられてしまったような感覚に陥る。

 リツコはカプセルの側面にあるスイッチを押した。

「私の声が聴こえる?」

 その問い掛けに、少女は意識的な瞬きをする。それをYesと受け取ったリツコ。

「言葉の理解あり」

 マヤは端末機に少女の観察記録を打ち込んでいく。

「声は出せる?」

 リツコに言われ、カプセルの中の少女は口を開けた。小さな口を、ぱくぱくと開閉させる。

 しかしその口が、音を奏でることはなかった。

「現時点での発声は不可」

「自分が誰か、分かる?」

 リツコに問われ、少女の目はしばらく質問者の顔をぼんやりと見つめていた。そして両手を顔の側まで寄せると、その手のひらを見つめる。右手、左手、交互に、ゆっくりと。そして手から視線を外し、再び質問者の顔を見つめた。

「リツコ…」

 その様子を見ていたミサトは、拳銃は構えたままでリツコに状況の説明を求める

「サルベージの直後だもの。人格の定着がまだ出来てないのかもね」

「時間を置けば定着するの?」

「さあ」

 ミサトの質問に対しては曖昧に答え、リツコはカプセルの中の少女の観察を続ける。再びカプセル側面のスイッチを押した。

「葛城ミサト」

「なに?」

 リツコに名前を呼ばれ、返事するミサト。

「あなたを呼んだんじゃないわ。赤木リツコ、伊吹マヤ、日向マコト、青葉シゲル…」

 次々とこの艦の乗組員の名前を読み上げていくリツコ。

「式波アスカ・ラングレー、真希波マリ・イラストリアス」

 リツコが読み上げる名前は艦の乗組員からエヴァのパイロットへと移り。

「碇ゲンドウ、冬月コウゾウ…」

 敵対組織の人物名へと移り。

「綾波レイ…」

 

 

「碇シンジ…」

 

 

 ドン!

 

 驚いてしまったリツコは思わず尻餅を付いてしまった。

 リツコが最後に口にした名前。

 それを聴いた途端、カプセルの中の少女の両手がガラス面に貼り付いていた。指と指との間には、両目をかっと見開いた少女の顔。

 

 拳銃を構えたミサトはその銃口をガラス面に突き付ける。

「大丈夫よ、ミサト」

 今にも引き金を引いてしまいそうなミサトを、リツコは痛めたお尻を撫でながら諫めた。

「対象は自己認識すらまだできていないようだけれど、少なくとも私たちとで「碇シンジ」という共通認識を見出すことが出来たわ。これは大きな一歩よ」

 何故か笑顔のリツコ。

「なにファーストコンタクトを楽しんでるのよ。結局のところ、これは「綾波レイ」なの?」

「結論を出すには判断材料が少な過ぎるわね」

「でも、もしこれが「レイ」だったとしたら…」

 2人の会話にマヤが割って入る。何故か瞳を潤ませまがら。

「自分のことを忘れてまでもシンジくんのことを想ってるってことですよね」

「はあ」

「愛、ですね!」

 リツコは呆れたように溜息を吐く。

「40間近の少女趣味は痛いを通り越して惨めよ」

「なっ」

 上司の辛辣な指摘に絶句するマヤである。

「どうする。このまま隔離を続ける?」

 リツコはミサトに問う。

「危険はないの?」

「今のところ艦にとっての脅威となりうるデータは一つもないわね」

「そう…」

 ミサトは構えていた拳銃をホルスターに収めると、腕組みをした。

 暫し考えた後。

「カプセルを隣の格納庫に移動させましょう。そこで対象をカプセルから解放。ただし、格納庫内での隔離は継続とします」

 

 

 

 サルベージ実験は艦内乗組員の殆どに秘匿したままで行われていた。実験に立ち会ったのはこの艦における最高の頭脳の持ち主である2人の女性科学者と、最高司令官である女性艦長。立ち会った人物のうち一番の力持ちのパイロットは実験途中で何処かに行ってしまい、一番若い女性医官はパイロットに実験終了の報告に行ってしまった。つまり、ケイ素樹脂と炭素繊維と強化ガラスと金属の塊である重い重いカプセルを、決して若いとは言えない女性3人が、うんせうんせと汗水垂らしながら運ばなければならなかった。

 カプセルを機関室の隣の資材置き場となっている格納庫へと移動させている途中で、ミサトの首に掛けていた艦内通話用のインターカムからコールが鳴った。ちょっと一息とばかりにミサトたちは足を止め、ミサトはヘッドセットを頭に掛ける。

 

「こちら、艦長です」

『日向です。地上哨戒中の8号機より入電です』

「内容は?」

『それが、艦長と直接話したい、と』

「なぜ?」

『さあ、僕に聞かれても…』

「いいわ、繋げて」

 

 疲れてぐったりとカプセルに寄り掛かっているリツコとマヤの視線の先で、ミサトがヘッドセットを通じて誰かと話している。

 そのミサトが突然、

「え! 本当に!」

 大声を上げた。

 

 大声を上げたっきり、固まってしまっているミサト。

「艦長…?」

 そんなミサトの背中に、マヤが恐る恐る声を掛ける。

 ミサトは頭からヘッドセットを外すと、ゆっくりと2人の方に振り返った。

「シンジ…くんが…」

「え?」

「シンジ…くんが…、生きてたって…」

 その言葉を口にした途端、小じわが増えたミサトの顔がたちまちしわくちゃになり、目尻から大粒の涙を零し始めた。

「艦長…」

 久しく見る事のなかったミサトのそんな反応に、マヤも思わず目を潤ませる。

「もう…、鬼の葛城艦長がみっともない…」

 そう呟き、呆れたようにこめかみを押さえるリツコも、口もとは微かに柔らかな笑みを浮かべていた。

 

 リツコが肘を掛けているカプセルのガラスの向こうで、少女は手の平と額をガラスにくっ付けながら、泣いているミサトの顔をじっと見つめている。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「そんで、連れて帰ってもよいのかな~。姫の時みたいに着いた瞬間、バンってのはなしですよ~」

 

 真希波マリは宇宙空間の中に居た。

 彼女が身を置くのはエヴァ8号機のエントリープラグ。エントリープラグの壁が映し出す映像上の宇宙の中で、マリは操縦席にだらしなく寝そべり、ソフトドリンクが入ったボトルのストローを加えながら、母艦との交信を続けていた。

「ほんとですか~? 最近の艦長はにゃーんだか情緒不安定だからな~。コウネンキってやつですかぁ?」

 スピーカーの向こうで交信相手がわあわあ喚いている。

「じょーだんですよー。で? 着艦許可は貰えるんですか? え? 5番デッキへ? なしてあんな辛気臭いとこに。あ~、あんまし人目に付かない方がいいから、ってことですね。りょーかいです」

 交信を終えようとして。

「あ、そうだ!」

 何かを思い出したようなマリの声。

「姫にはまだ内緒にしといてくださいよ。へ? なぜって、そりゃああたしが姫のサプライズの瞬間を見たいからに決まってるでしょーに」

 

 

 

 激しい揺れと強力な重力に支配されていた時間が終わり、座席から体がふわっと浮き上がる。

「宇宙に…来たんだ…」

 壁付けにされた座席の対面にある小さな窓ガラスが濃紺に染まっていた。

 

 シンジは8号機の腹部にある小さな格納庫に乗せられていた。

 格納庫の天井にあるスピーカーからマリの声がする。

『ワンコくーん、だいじょーぶ? 酔ってない?』

「あ、はい、大丈夫です…。ってか、その、…ワンコくんって呼ぶの、やめてもらえません?」

『いいじゃんいいじゃん、かわいいじゃん』

「可愛いって…、ああ、それと」

『なんだい?』

「アスカは本当に無事なんですよね?」

『無事ってゆったじゃん。信用ないな~』

「そう…ですか…」

 今日何度目かの質問に対し、同じ返答を繰り返す相手。ようやくシンジの顔からは緊張感が抜け、心の底から安堵したように深く息を吐く。

 しかし息を吐ききった次の瞬間には、シンジの顔は険しくなっていた。

 

「あの…」

『なんじゃらほい?』

「アスカは、その…、女の子と一緒だったはずですけど…」

『ああ、あれね~』

「「あれ」って…。その子は…?」

『ワンコくんの遺言通りにしたよ』

「遺言って…。僕、まだ生きてますけど…」

『姫がそう言ったのよ。もう泣きながらね~』

「アスカが…」

『そっ。可愛かったな~、あん時の姫。あの意地っ張りを泣かしちゃうなんて、憎いねコノコノォ』

「はぁ…」

『サルベージは成功したよ』

 マリは抑揚のない声で、シンジが求めていた情報を簡潔に伝えた。

「え…?」

 その唐突な報告に、シンジはぽかんと固まってしまう。

『ワンコくんの希望通り、「綾波レイ」は、あのコの中に入ったってこと』

「そう…、なんですか…」

 シンジの声の尾っぽが、少しずつ下がっていく。

『あれあれ? 何だか嬉しそうじゃにゃいな~』

「え? そんなことないですよ」

『ほんとに~?』

「はい。ありがとうございました。僕の無理を聞いてくれて」

『ふーん。まあいいけど。じゃあヴンダーに戻るから。も少しそこで我慢しててね~』

「分かりました」

 

 小さな格納庫で一人ぼっちのシンジ。

 じっと、正面にある小さな丸い窓を見つめる。

 宇宙を映し出す丸い窓の中に、あの岩場で別れた、黒いスーツの少女の顔が浮かんだ。

 

 

 

 

 

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