勝手にシン・エヴァンゲリオン   作:hekusokazura

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第弐拾壱話

 

 

 

 

 小さな格納庫の扉が開くと、そこにはミサトが立っていた。

 最後に別れた時と同じ。必死の制止にも耳を貸さずネルフのエヴァに自ら攫われていったシンジを、首輪爆破用のコントローラーを握りながら睨んでいた、あの時と同じように厳しい表情のままで。

 

「シンジくん…」

「ミサトさん…」

 

 表情と同様の険しい声音に、シンジは気圧されたような弱々しい声で返事する。

 

 ミサトの背後では、つい数分前までおいおい泣いていたミサトを知っているリツコとマヤが必死に笑いを堪えている姿があるが、残念ながらシンジの位置からは見えていなかった。

 

 お互い切り出し方を見いだせず、黙って見つめ合うだけのかつての保護者と被保護者。

 

「どうだった…?」

 

 最初に口を開いたのはミサトの方だった。

 抽象的なミサトの問い掛け。

 それでも、シンジはミサトが自分に何を問うているのか、すぐに理解できた。

 シンジははっきりと頷く

「僕が、したこと…。してしまったことを、…見てきました」

「そう…」

「新しい、…過ちも…、犯しました…」

「そう…」

 シンジは辛そうにミサトから視線を外し、床を睨む。

「今更僕が何をしたところで、僕の罪が贖われないことは分かってます…」

「そうね…」

「でも…、僕は決めたんです…」

 再び視線をミサトに向ける。

 

「もう一度、僕をエヴァに乗せて下さい」

 

 

 暫くシンジの顔を見据えていたミサト。

 シンジは視線を外さない。

 静かに、真正面からミサトの視線を受け止めている。 

 

 先に視線を逸らしたのはミサトの方だった。

 ふぅ、と溜息を吐く。

「あなたをエヴァに乗せることは許可できません」

 そのミサトの返答に、シンジは両拳を握り締め、奥歯を噛み締める。

「ミサトさん…」

 ミサトはシンジに背を向けた。

「今はまだ、ね…」

「え?」

「副長」

「はい」

 ミサトに呼ばれ、リツコは仰々しく背筋を伸ばす。

「碇シンジの艦への滞在は許可します。制限区域内では、一定の自由を与えてよろしい」

「分かりました」

 敬礼するリツコの前を、ミサトはコツコツと足音を立てながら通り過ぎる。

 リツコの隣ではマヤが口に手を当てながらクスクスと笑っている。リツコも敬礼を維持したまま「素直じゃないわね」と呟いている。

 

 

「そう言えば…」

 あることを思い出し、ミサトは足を止めてシンジに降り返った。

「サルベージの結果。訊かないのね」

 そのミサトの言葉に、シンジの顔に再び緊張が宿る。

「…あの真希波さんって人から聞きました」

「…そう」

 どこか暗いシンジの声。もっと違う反応を予想していたミサト、そしてリツコとマヤは、俯いているシンジの顔を意外そうに見た。

「シンジくん。アスカが持ち帰った綾波タイプの素体。確かに我々は初号機からその素体へのサルベージには成功しました」

「…はい」

 リツコが念を押すように付け加えた説明に対しても、シンジは何処か上の空で返事をする。

 

 少しの間、沈黙が続いて。

 

「ミサトさん」

 シンジは決心でもしたかのように顔を上げ、ミサトを見つめる。

「綾波に…会えますか?」

 

 シンジのその申し出に、リツコとミサトは目を合わせる。

 

 彼と彼女の邂逅。

 それは、ミサトらの頭に14年前の悪夢を去来させるものだった。

 

「リツコ…」

 ミサトはリツコに意見を求める。

「2人が会ったところで、破滅に直結するとは考えづらいけれど…」

「そうよ…ね…」

 そう呟き、ミサトは微かに口角を上げる。

 少年と少女が顔を合わせる程度で起こる危機とは何だ。必要以上に憶病になってしまっている自分たちに、ミサトは密かに笑ってしまった。

「いいでしょう…」

 ミサトの言葉に、シンジは深々と頭を下げた。

「ありがとうございます」

「でもシンジくん」

 やや低めの声がリツコから飛んでくる。

「先に言っておくけど。素体はまだ自己認識すらできていない、言葉すら喋れていない。新しい肉体に人格が定着し切っていない状況よ。それでも会いたい?」

 そのリツコの問いに、シンジはやや間を置いた後、こくりと頷いた。

「はい。お願いします」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 鈴原サクラは機関部隣の格納庫で、たった一人で「それ」と対峙していた。

 自分から動こうとしない「それ」をマヤと2人でカプセルの中から引きずり出し、簡素なパイプ椅子に座らせる。そこまで終えて、ミサト、リツコ、マヤの3人は所用が出来たとこの格納庫から出て行ってしまった。

 「それ」と2人きりになってしまったサクラ。ミサトから命令された通り、椅子にちょこんと座った「それ」からLCLで濡れた検査衣を脱がすと、タオルで体を拭いていやる。サルベージ前の「それ」は服を脱がすのも体を洗ってやるのも一苦労だったが、今目の前の「それ」は髪をわしゃわしゃと拭いている間も抵抗なし。洗濯した学校の制服であるブラウスを着せ、スカートを履かせ、髪を軽く梳かし、最後に襟もとに赤いリボンタイを結ぶ。

 

 服を着せている間、「それ」の目は一度も瞬きをせず、ずっとサクラの動きを追っていた。

 何だか観察されているようで、居心地の悪さを感じてしまう。

 

 ようやく服を整え終えた「それ」を、真正面から見つめる。

 服を着せ終えられた「それ」は、まるでサクラに対する興味を失ってしまったかのように、ぼんやりと虚空を見つめている。

 

「綾波…レイ…さん」

 

 呼びかけてみる。

 その呼び掛けに対する「それ」の反応はなく、ただぼんやりと、正面に立つサクラの足もとを見つめている。

 

「鈴原…トウジ…」

 

 兄の名を呟いてみる。

 その呟きに対する「それ」の反応はない。

 

「碇…シンジ…」

 途端に「それ」の頭部が動き、その音を発したサクラの顔を開いた瞳孔で見つめる。

 

「ははっ…」

 サクラの口から漏れる乾いた笑い声。

「何よ…、それ…」

 目を伏せ、下唇を噛み締める。

「何もかも…、自分のことすら忘れてるくせに…。自分がしてしまったことも…、忘れてるくせに…」

 サクラが押し殺した声で呪詛のような言葉を吐いている内に、「それ」の目は再びサクラから離れ、そして何もない床の上をぼんやりと見つめ始める。

 

 もし、背後で扉の開く音がしなければ、サクラは目の前に座る「それ」の頬に、平手打ちくらいはしていたかも知れない。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 式波・アスカ・ラングレーは数カ月ぶりに取得した休暇を、カプセル式の簡易ベッドの中で過ごしていた。

 戦闘に特化した船とは言え、艦内には長期の任務に就く乗組員の精神衛生を考慮して、それなりの福利施設が揃っている。前回の休暇ではサクラやオペレーターや整備班の女の子たちを誘って、カラオケルームで一晩中マイクに向かって吠えまくったものだが、今回の休暇は何処に繰り出す気にもなれない。

 

「あたし…、何のために戦ってるんだろ…」

 

 幼い頃から持ち続けている唯一の私物。母親が作ってくれたパペット人形に向かって話しかける。

 

 「あいつ」の姿が空の彼方に消えて。

 「あのコ」の笑顔がガラスの向こうに消えて。

 

 戦って戦って、ひたすら戦い続けても、得るものはなく、失うものだけが増えていく。

 

「あたし…、もうエヴァに乗るの…、やめよっかな…」

 

 パイロットになって以来、一度も、心の片隅にすら思ったことがなかったことを、呟いた。

 

 

 カプセルの壁に設置された受話器から呼び出し音。

 こちとら休暇中だ。

 無視してやろうと思った。

 

 手に持っていたパペット人形を枕元に投げ、ふて寝を決め込む。

 

 鳴り止まない呼び出し音。

 

 頭に枕を被る。

 

 鳴り止まない呼び出し音。

 

「ああもう!」

 

 アスカは悪態を吐きながらそのすらりとした足を壁に向けて伸ばし、足の親指と人差し指で器用に受話器を挟み、摘み上げた受話器を自分の耳もとへと近づける。

 

「何よ! 休暇中だってゆってんでしょ!」

 

『ひめーー』

 アスカの不機嫌満載な声などものともせず、スピーカーの向こうからは陽気な声。

「マリ! 何の用よ!」

『あれあれ~、姫ちゃん、ご機嫌斜めかな~?』

「当たり前でしょうが! あたしは休暇中よ! ちっとは気ぃ遣いなさいよ!」

『え~~、で~も~』

「何よ! 用事があるんならさっさと言いなさい!」

『えー、そんなー。そんな怖い声だと、マリ、震えて何も言えな~い』

「ふ・ざ・け・ん・な! 切るわよ!」

『あれれー、いいのかな~? そんな態度で~』

「切るわ」

『せっかくワンコくん、拾ってやってきたのに~』

「ああそう、良かったわね。じゃあね」

『……』

「……」

『……』

「……」

『……』

「……今、なんつった?」

『じゃあ切るね~。ゆっくり休んでいってね❤』

「おいこら!! コネメガネ!! 今、なんてゆった!!」

『おやすみぃ~』

「マリーーーー!!」

『ああ、それから、ワンコくん、今、あのコに会いに行ってるよ。いいのかな~、姫はそんな所で寝てて。早く行かないと、ワンコくんとあの子が先にランデブーだよぉ』

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

『くそめがねぇええええ!!』

 何やら叫んでいる受話器をそっとフックに戻す。

 戻した途端、

「きゃはははははは!」

 笑い転げるマリである。メガネの隙間から指を滑り込ませ、目じりに浮かんだ涙を拭う。

「もう姫サイッコー。受ける―。期待以上の反応だよぉ。あっ」

 マリの視線の先。廊下の奥の扉が開き、ミサトを先頭にリツコ、マヤ、そしてシンジが入ってきた。

「あちゃ、もう来ちゃったか。これじゃあ姫、間に合わないじゃん。いや…」

 マリの口の端が意地悪そうに吊り上がる。

「ワンコくんとあのコの涙の再会の真っただ中に、姫乱入。これは盛り上がるわよー」

 

 

「マリ、あなたこんな所でなに油売ってるの」

「ひ、酷いです艦長。あのコもワンコくんも連れてきたのあたしですよぉ。2人の感動の再会に立ち会う権利くらいあると思うけどなぁ」

 腰をくねくねさせながら言うマリに、ミサトは肩を竦める。

「別にいいけど。ちなみに、今の電話。相手は誰?」

「へ?」

「シンジくんのことも、あの素体のことも。乗組員に対してはまだ秘密のはずよ。誰にも言ってないでしょうね?」

「も、も、も、もちろんですともぉ!」

「どうだか…」

 マリに対する疑いの視線を残しつつ、ミサトは機関室隣の格納庫の扉の前に立った。壁にある、パスワード用テンキー付きの開閉スイッチに手を伸ばす。

 

 

 

 

 ミサトの背中を眺めながら歩く。

 

 この期に及んで、心の中に浮かぶのは、あの岩場で別れた黒いスーツの少女の顔。

 なぜ、あのコのことばかり考えてしまうのだろう。

 なぜ、この足は、重たいのだろう。

 「彼女」のサルベージを望んだのは、自分自身なのに。

 本心では夢想事に過ぎないと思っていたことが、思いがけなく叶ったというのに。

 

 自分は何か、とんでもない過ちを犯しているのではないか。

 世界と人類を滅ぼしかけて。

 あの少年を死なせてしまって。

 今また、自分は何か、取り返しのつかないことを…。

 

 

「やっほ、ワンコくん」

 気が付けば廊下の隅に真希波マリが立っていて、シンジに向かって手を振っている。

「愛しのお姫様とご対面だね~…(その後は修羅場だね~(笑))」

「何言ってるんです…」

 マリの冷やかしを無理に作った笑顔でかわす。

 笑っていられる心境ではなかった。

 

 先導していたミサトが、格納庫へと続く最後の扉の前に立った。

 ミサトは手を伸ばし、扉の側の開閉スイッチを押す。

 

 扉が右にスライドする。

 

 この扉の向こうに居るという彼女。

 

 「それ」は、本当に。

 

 本当に自分が会いたかった彼女なのだろうか。

 

 

「どうしたの、シンジくん」

 すでに開いた出入口の向こうへと足を踏み入れていたミサトが、出入口の前で立ったまま動こうとしないシンジを訝し気に見た。

「…あ、いや…」

 ミサトの視線に促され、シンジは格納庫の中へと一歩踏み入れる。

 普段は資材置き場として使われている格納庫。廊下や居住区とは違い、空調設備は整っていないようで、入った瞬間に空気の淀みを感じた。

 灯りは最低限の照明のみ。

 

 その照明が照らす真下。

 

 ぽつんと置かれたパイプ椅子。

 

 その椅子に座る、空色髪の少女。

 

 

 

 背後で扉が開く音に、もう少しで「それ」の胸倉を掴んでしまいそうだったサクラは咄嗟に我に返ると、慌てて「それ」の前から離れた。入ってきたのがミサトであったと分かり、すぐに背筋を伸ばして敬礼する。

「何か変わったことは?」

 サクラは首を横に振る。

「特に何も。こちらかの呼び掛けには殆ど無視です。いかり…」

 「「碇シンジ」という名前以外は」と言いかけて、サクラは言葉を飲み込む。

 ミサトの背後に立つ、碇シンジの姿を認めて。

 

「え? これ…、どーゆうことです?」

 サクラは目を点にする。

 

 何故彼がここに居るのか。

 彼は、自らの意思でヴィレから去ったのではないのか。

 

「込み入ってるのよ。悪いけど、他の乗組員にはこれで」

 ミサトは自分の口にぴんと伸ばした人差し指を当てた。

「そん…!」

 上官に対して何か言い返そうとして。

 再びサクラは言葉を飲み込む。

 サクラのすぐ側を、誰かが音もなく通り過ぎたのだ。

 

 

 

 

 それはあっという間の出来事だった。

 

 カプセルの中から引きずり出した時も、制服を着せている時も、瞼と眼球以外の随意的な動きは殆ど見せなかった空色髪の少女。

 その少女が予備動作もなくすっと椅子から立ち上がり、歩き始めた。

 すぐ側に立つサクラも、「目的地」との間に立つミサトも、「目的地」の後ろに立つリツコやマヤ、マリの存在も全て無視しして、まっすぐに、碇シンジのもとへと歩いていく。

 

「あや…」

 

 彼が彼女の名前を呼ぼうとした時には、すでに彼女は彼の目の前に来ていた。

 そして。

 

 サクラは眉を顰めて。

 ミサトは不測の事態に備えてそっとホルスターの拳銃に手を伸ばして。

 リツコは研究対象を観察するような冷たい眼差しで。

 マヤは頬を染め、目を潤ませて。

 

 彼女らが見つめるその先で、少女は少年の体をその細い真っ白な腕で抱き締めていた。

 

 両腕ごと少女の細腕に束縛されてしまったシンジ。

 身動きが取れず、かと言って抗う訳にもいかず、顔中の表情筋を強張らせて固まってしまっている。

 

「…シン…ジ…」

 少女はシンジの胸に顔を埋めたまま、少年の名前を呟いた。

 

 サルベージ後に少女が言葉を発するのは初めてのことだった。

 

「その子が誰か、分かるわね?」

 ミサトが少女に話しかける。少女はシンジの胸に顔半分を埋めたまま、残りの顔半分にある目でミサトを見た。

 微かに頷く。

「その子の名前は?」

 ミサトは続けて問う。

 少女は唇を僅かに動かして。

「…シン…ジ…」

 自分が今抱き締めている少年の名前を呼んだ。

 

 

 長い眠りの魔法から目覚めたお姫様が、現れた王子様に熱烈な抱擁をする。

 少女時代に腐るほど読んだファンシー小説や漫画で見た、そのまんまの光景が目の前で繰り広げられていて、齢38のマヤの心は思わずときめいてしまった。

 少年少女のいじらしくも睦まじい姿に心がふわふわしてしまい、赤くなってしまった自身の両頬を両手で挟み込む。

「良かったわね…、レイ…、シンジくん…」

 戦いに明け暮れた14年間で久しくなかった、一服の清涼剤のようなひと時に酔いしれるマヤは、2人に惜しみのない祝福の言葉を送った。

 

 

 そんな頭の中がお花畑状態のマヤの隣に立つ女性。

 ピンク色のプラグスーツを身に纏った女性。

 

 真希波マリ。

 

 正直なところ、2人の涙の再会など、彼女にとってはどうでもよいことだった。

 そんなことよりも、この後乱入してくるはずの赤毛の彼女の登場が待ち遠しくて仕方がない。

 バカみたいに大きな艦だから、居住区からこの第5格納庫まで来るにはそれなりの時間が掛かる。とはいえ、そこはあの赤毛の彼女のことだ。あの電話での様子だと、自分の予想を遥かに上回る早さでこの場に姿を現すに違いなかった。

 うきうきそわそわしながら出入口の方を見つめていたら。

 

 背後で少年の名を呼ぶ、小鳥の囀りのようなか細い声がした。

 

 振り返り、声がした方を見る。

 

 見ると、最後に見た時にはパイプ椅子に座っていたはずの少女が、今は立ち上がっていて少年のもとまで行き、その体を抱擁していた。

 

 マリの掛けたメガネの奥にある青い瞳。

 その瞳が、かっと見開かれる。

 両肩から垂れる腕の先が、小刻みに戦慄ないた。

 

 彼女の目に映るもの。

 抱き締めた少年の胸に顔をうずめた、少女の空色の髪。

 

 

 

「それでは…」

 ミサトは少女への質問を続ける。

「あなたは…」

 まるで心臓の音に耳を傾けているかのように、シンジの胸に顔半分を押し付け、目を閉じていた少女。

 ゆっくりと瞼を開けて、赤い瞳をミサトへと向ける。

 

「あなたは、誰…?」

 

 

 

 お花畑から少しずつ現実世界に戻ってきたマヤ。

 ようやく、隣に立つマリの異変に気付く。

 いつも飄々としてて、掴みどころがなく、どんな危機にも動じることなく常にあっけらかんとしている、そんな態度にどこか頼もしささえ感じる、真希波マリ。

 その彼女が、王子様とお姫様を見開いた目で凝視し、口はだらしなく半開きとなり、肩から手までが激しく震えている。

「どうしたの?」

 明らかに普通でない様子のマリに、マヤは心配そうに声を掛ける。

 マリは視線の先の少年少女を凝視したままで、マヤの呼び掛けにも気付いていない様子だ。

「…どうして…」

 マヤは独り言のようにぼそりと呟く。

「…どうして…、…あいつから…、「あの人」の匂い…が…」

 

 

 

 

 

 何かがおかしい。

 

 ふらふらと、こちらに歩み寄ってくる彼女を見ての、第一印象がそれだった。

 

 それは見まごう事なき、彼女の姿。この世界で言うところの14年前と、寸分違わぬ姿で立つ彼女の姿。

 当然だ。彼女は、「彼女」と全く同じ遺伝子を持つ複製体なのだから。

 

 ではこの胸に抱く違和感の正体は一体何なのか。

 

 気が付けば、彼女は目の前に立っていた。

 

 その彼女に、両腕ごと抱き締められる。

 

 彼女の肌と直に触れ合うのはこれが2度目。

 久しぶりに彼女と直に触れ合う。本物の肌。本物の髪。

 久しぶりのはずなのに、強烈に感じてしまう違和感。

 

「…シン…ジ…」

 自分の胸に顔をうずめたまま、自分の名を奏でる彼女の声。

 知っている声。

 それは間違いなく彼女の声。

 それでも。

 それは紛れもなく自分の名前なのに、まるで知らない国の知らない言葉で語られているような、自分の名前。

 

 誰だ。

 

 コレは一体、誰だ。

 

 

 

「あなたは、誰…?」

 顔つきが変わったような気がした。

 サルベージは成功したはずなのに、どこか魂の抜け殻のようだった少女の顔。

 どこかどう変わったのか。

 その変化を明確に説明することはできないけれど、ミサトにはそう見えた。

 その体に、たった今、人格が宿ったかのように。

 あなたは誰。

 そう問うた途端、少女の顔つきは変わったのだ。

 殆ど、本能で、ミサトはホルスターから拳銃を抜いていた。

 

 

 

 

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