勝手にシン・エヴァンゲリオン   作:hekusokazura

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第弐拾弐話

 

 

 

 

「碇シンジ!! 今すぐそいつから離れなさい!!」

 

 バン!!

 

 

 

 マリが怒鳴ったのと、ミサトが拳銃の引き金を引いたのは殆ど同時だった。

 

 次の瞬間、その場に居た全員が我が目を疑った。

 

 ミサトが狙いを付けた拳銃。

 銃口から放たれた円錐形の銃弾。

 銃弾の先には空色髪の少女の額。

 

 銃弾は、少女の額の1センチ前で、止まっていたのだ。

 

 硝煙を纏ったまま、空中で静止している銃弾。

 あと1センチでその額を貫いていたはずの銃弾。

 それを、少女は顔色一つ変えず、目を寄せて見つめている。

 

 少女は一度だけ瞬きをした。

 それがまるで合図だったかのように、銃弾はまるで見えない指にでも操られているかのように、くるりと半回転。

 その向かう先を180度変えた銃弾。

 ふっと、その姿を消した。

 

「あ゛う!!」

 皆の前から銃弾が消えたと同時に、濁った悲鳴。

 人の倒れる音。

 

 悲鳴を上げ、床に倒れたのはミサトだった。

「ミサトさん!」

 サクラが悲鳴のような声を上げながら、倒れたミサトのもとに駆け寄る。

 ミサトは苦悶の表情を浮かべ、左腕を抱えている。その左袖はまるで銃弾でも掠めたかのように切り裂かれ、その下の肉は削り取られ、傷口からは大量の血を溢れ出させている。サクラはすぐにポケットから取り出したハンカチをミサトの傷口に縛り付けた。

 

 

「わああああ!?」

 

 ミサトの応急処置をするサクラの背後から上がったのは、シンジの悲鳴。

 振り返ったサクラはまたもや目を疑うことになる。

 

 少女に抱き締められていたシンジ。

 少女の胸と、シンジの胸。

 少女の腹と、シンジの腹。

 少女の腕と、シンジの腕。

 少女の手と、シンジの背中。

 少女の体と、シンジの体との境目が、無くなっている。

 少女の体と、シンジの体が融合を始めている。

 少女の体が、シンジの体を吸収し始めている。

 少女の体が、シンジの体を喰っている。

 

 

「ワンコぉ!!」

 マリは叫んだ。

 叫んで、シンジを抱き締める少女に向かって突進した。

 他にもっと良い方法があったかも知れないが。科学の最先端を行くエヴァンゲリオンのパイロットでありながら、頭が沸騰していたマリがこの場で唯一選べた行動が、突進という非常に原始的な手段だった。

 少女に向かって、肩から突進する。

 少女の細い肩に突っ込んで、シンジの体から引き離そうとした。

 

 しかし。

 

「ガっ!?」

 マリの悲鳴。

 横から飛んできた何かによって、マリの体は横に吹っ飛んでしまう。

 床に転がるマリの体。そのマリの側に、マリの体を吹き飛ばした資材置き場備え付けの大型ハンマーが、重い音を立てて転がっていく。

 ハンマーの先端が直撃した脇腹を抑え、床の上で身悶えしながら、自分の側に転がったハンマーを見る。自分を襲ったハンマーを投げたのは誰か。考えなくても分かった。

 今もシンジの体を両腕で抱き締め、その体を喰っている少女を睨み付ける。

 

 少女も、床に倒れているマリを見下ろす。

 少女が口を開く。

 それは少女の口から発せられる、少年の名前以外の初めての言葉だった。

 

「あら…、マリ…。どうして…、ここに…?」

 

 少女に名前を呼ばれ、マリは苦痛に顔を歪めながらも口の端を上げた。

「やあ、先輩。お久しぶりだにゃぁ…」

 

 少女は涼やかな目でマリを見下ろす。

 

「マリ…、わたしになにかご用事…? わたし…、今、あなたに構っていられないの…」

 

 少女はマリから目を離し、目の前のシンジの顔を見つめる。

 

「やっと…、シンジを…、この手に…、抱き締めることが…、できたのだから…」

 

 少女の表情は変わらない。その顔から表情筋というものが一切こそげ落ちたような顔。

 少女の声音も変わらない。感情というものを一切感じさせない、平坦な声。

 それでも、シンジを見つめる顔、シンジの名前を呼ぶ声は、どこか恍惚としと色が浮かんでいた。

 

 軍人であるミサトとパイロットであるマリとは違い、技術者であるリツコとマヤは目の前で急転する事態に体を動かすことすら出来ていなでいる、かに見えた。リツコはこの冷徹な科学者らしくなく、シンジを喰う少女の姿を驚愕と恐怖の表情で見つめている、ように見えるが、それは偽装であった。

 リツコの両手はジャケットの両ポケットに突っ込まれたまま。

 ポケットに隠れた右手。

 その手に握られているもの。

 少女の首に巻かれた、DSSチョーカーの起動コントローラー。

 リツコは、コントローラーのスイッチを、指を掛けた。

 

「ぎゃっ!?」

 

 隣で上がったリツコの悲鳴に、本当に動けなくなっていたマヤはようやく首だけ動かせるようになり、すぐさまリツコの方を見た。

 リツコが、小刻みに震えている自身の右手を見つめている。

 

「ひっ!?」

 今度はマヤが悲鳴を上げる番だった。

 リツコの右手。

 その5本の指。

 それらが全て、第2関節の位置からバラバラの方向に曲がっていたのだ。

 リツコの右ポケットから、DSSチョーカーの起動コントローラーが零れ、音を立てながら床に落ちた。

 

「そこのあなた…」

 自分に掛けられたその声に、リツコは激痛で顔中に脂汗を垂らしながら、声を発した少女を見た。

「久しぶりの…、親子の再会…、なんですもの…。水を…、差さないで…」

「…親子ですって…?」

 

「母さん…なの…?」

 

 すぐ側から聴こえる声。

 少女はすぐに腕の中のシンジの顔を見る。

 

「ええそうよ…。ええそうよ…。シンジ…」

 

 表情も声音も一切変えず、唇だけを動かして声を発する少女。

 しかしその声には、明らかな興奮が混じっていた。

 

「そんな…、どうして母さんが…」

 シンジの顔に酷い困惑の表情が広がっていく。

 

「シンジ…。ここは騒がしいわ…。静かにさせるから…、ちょっと待っていて…」

 

 

「うそ…、何よ…、これ…!」

 サクラは目を疑った。

 少女の後ろに置かれていた大きなカプセルが、ゆっくりと宙に浮き始めたのだ。

 カプセルだけでない。格納庫に置かれていたあらゆる資材が、宙に浮き始めている。

 自分たちの足は、しっかりと床に付いている。艦の重力制御装置が停止した様子はない。

 では、今目の前で起きている現象は一体何か。

 分からなかったが、この現象を誰が引き起こしているのかくらいは、サクラにも分かった。

 そして、宙に浮いた様々なこれらの物体が、自分たちに襲い掛かってくることも、サクラには予想できることだった。

 

「ミサトさん!!」

 

 その叫び声はシンジのものだった。

 左腕の激痛と目の前の異様な光景に動けなくなっていたミサトは、そのシンジの声でようやく呪縛から解き放たれる。

 

「ミサトさん!あのドアは!」

 シンジが睨む方向。

 格納庫の奥にある、大きな鉄の扉。

 

「あれはエアロック…」

 口走ってしまった後で、ミサトは強く後悔する。

 

 シンジは少女に抱き着かれ、浸食されてしまった体のうち、まだ満足に動かせる2本の足を懸命に動かした。

 少女を自分の体に引っ付かせたまま、大きな鉄の扉へと走り出す。

 

「ダメよ!シンジくん!」

 

 シンジはミサトの制止に耳を貸さず、扉の横にある開閉スイッチを体当たりで押す。

 扉が開き、中に転がり込む。

 すぐに内側の開閉スイッチを押し、扉を閉じた。

 鉄の扉の向こうに現れたのは、白一色で塗装された筒状の長い長い部屋。

 シンジが転がり込んだ出入り口から、数百メートルも奥にある、この部屋の突き当りにあるのは大きな円形状のハッチ。ハッチの丸い窓からは、外の宇宙が見えた。

 部屋の出入り口には、赤く塗装された、嫌でも目立つ丸いボタンがある。

 シンジは再び体当たりで、その丸いボタンを押した。

 

 途端に室内を耳障りな警告音が木霊し、天井からぶら下がる回転灯が点滅し始めた。

 シンジは生唾を飲み込みながら、部屋の遥か奥にあるハッチを見つめる。

 シンジはハッチに向かって走り出した。

 

 

 もう覚悟は出来ている。

 

 「これ」が一体何者であるか。

 母を名乗るが、それは真実なのか。

 

 今はそんなことはどうでもよい。

 今分かっていること。

 

 「これ」は危険だ。

 

 自らが望んだ「彼女」のサルベージ。

 つくづく、自分はやることなすこと裏目に出るらしい。

 自分が犯した過ちは、自分の大切な人たちを悉く傷付けた。

 そして、今自分の体に引っ付いている「これ」は、更に多くの人々を深く、もう後戻りできないまでに傷つけていくに違いなかった。

 

 これしか方法はない。

 自分が犯した過ちを清算できる方法は。

 

 もう覚悟は出来ている。

 この世界に何の未練もないと言えば、嘘になるけれど。

 できれば、あの岩場で別れた空色髪の彼女と。

 空で別れたあの赤毛の彼女と。

 もう一度会いたかったと思うけれど。

 今の自分にそんな猶予は許されない。

 つい一昨日も、同じ決断を下したばかり。

 何かの気紛れで。いや、気紛れなどではない。あのコが自らの命を危険に晒してまで、生きながらえたこの命。

 再びこの場で手放してしまうのは、あのコにとても申し訳ない気持ちがするけれど。

 でも、もう覚悟は出来ている。

 自分が犯した過ちを清算するために、宇宙へ飛び出て、自分諸共「これ」を宇宙の藻屑にする覚悟は。

 

 

 耳障りな警告音が鳴り響き、目障りな回転灯の光が部屋の方々を照らす中、前方のハッチがゆっくりと開き始めた。

 

 室内はたちまち減圧。

 室内の空気はあっという間に宇宙空間へと吸い出され、そしてシンジと、シンジを抱き締める少女の体も、ハッチへ向かって一気に引っ張られた。

 

 まだまだ遠くにあった全開のエアロックハッチが、あっという間に目の前にまで迫る。

 

 

 

 

 

 

 もう間もなく自分を襲うであろう、真空と摂氏マイナス270度の死の世界に身構えていた。

 

 

 

 

 

 

「シンジ…」

 

 頭上から降ってくる、涼やかな声。

 

 シンジは瞑っていた目を開け、顔を上げた。

 目に飛び込んできた光景に、驚愕する。

 空色の髪の後ろに広がる白い何か。

 それはあたかも熾天使が背負う6枚の羽。

 少女の背中から生えた6枚の扇状の白い何かが、開いたエアロックハッチを塞いでしまっていた。

 

 少女は涼やかな眼差しでシンジを見下ろしている。

「これでようやく…、2人きりに…、なったわね…」

 

 シンジは呻くように言う。

「本当に…、母さんなの…?」

 少し前にした問いを再び繰り返した。

 少女はシンジの体深くに侵入していた腕を一旦引き抜くと、その手でシンジの両頬を挟む。

「ええ…、そうよ…。ただいま…、シンジ…。随分…、待たせてしまった…、わね…」

「エヴァの制御システムになってるはずじゃ…」

「その役目は…、もう終わったの…。これからは…、ずっと…、一緒…」

 頬に当てた手を滑らせ、耳を撫で、うなじを撫で、背中へと回す。

「さあ…、私と一緒に…、お父さんのところに…、帰りましょう…」

 シンジは激しく首を横に振った。

「イヤだ! 僕は戻らない!」

「シンジ…。あなたの幸せは…、私と…、碇ゲンドウの…、2人の許にある…」

「嘘だ! 父さんも母さんも、僕の幸せなんて少しも考えなかったくせに!」

 体を揺さぶり、少女の拘束から逃れようとするシンジの頭を、少女は両手で柔らかく包んだ。

「ああシンジ…。ごめんなさい…。ずっと側に…、居てあげられなくて…」

「離して! 離せ! 僕をみんなのもとに帰して!」

「シンジ…。今は眠りなさい…。母の許で…」

 再び少女の体がシンジの体に侵食し始める。

「止めて! 止めてよ! 母さん!」

 シンジは必死に抗うが、その体は徐々に少女の体へと埋没していく。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ハッチ、閉じてます。エアロック内、気圧正常。シンジくんの反応も確認」

 エアロック室内のモニターを見ていたマヤからの報告に、ミサトは短く安堵の溜息を漏らす。しかしすぐにマヤの悲壮な声が続き、ミサトは奥歯を噛み締めることになる。

「ですが、反応は徐々に弱まってます」

 

 

「マリ。説明してもらうわよ」

 リツコは左手で節々が腫れ上がってしまった右手を抑えながら言った。

 マリも鉄の塊が直撃した脇腹を抑え、床に這い蹲っている。垂れた髪の隙間から覗く顔に、いつもの陽気な表情はない。

「あれは…、碇ユイ…、でもそんなず…」

 マリが呟いたその単語を、リツコは聞き逃さない。

「碇ユイって、シンジくんのお母さん? 20年以上前にエヴァへのダイブに失敗して、戻ってこなかったっていう…」

 リツコのその問いに、マリは一瞬躊躇いの表情を浮かべたが、やがて小さく頷いた。

「そう。その後のサルベージも拒否したのに。なんで今更…」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 すでにシンジの体は首から下が全て少女の体の中に埋まっていた。

「ああ…、それにしても…」

 少女はシンジの頭を抱き締めながら、周囲をぐるりと見渡す。

「なんて…、無粋な…、船かしら…。私たちの…、初号機の…、美しさが台無し…よ…」

 シンジはすでに抵抗する力を失い、ぐったりとしている。もはや顔の半分までが少女の体に沈み、唯一出ている右目を薄く開けながら、少女の顔を見上げる。

「母さん…」

 少女はシンジを見る。

「待っていて…。あなたの…、初号機から…、余計なものを…、取り除いてあげる…」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

『艦長! 葛城艦長!』

 ミサトのインターカムから日向の怒鳴り声が響く。

「なに?」

『艦長! どこに居るんです! すぐ艦橋に来てください!』

「報告なさい」

『艦のシステムがハッキングを受けてます! このままじゃ武器管制システムが乗っ取れてしまう!』

「ハッキングもとは?」

『今調べて…、え? どうゆうことだ…?』

「なに?」

『ハッキングもとは艦内! 機関部第5格納庫のエアロックからです!』

 

 日向の悲鳴のような報告はリツコの耳にも届いた。

「ミサト。「敵」はいよいよ艦の掌握に打って出てわ。あなたは艦橋に戻って、事態を収拾して。マヤ、あなたも行きなさい」

「分かったわ!」

「は、はい!」

 ミサトとマヤはリツコに従い、艦橋に向かうため廊下へ向かった。

 走り出そうとして。

 しかし、2人の足は前に出ない。

 

 廊下への出入り口に人影。

 ミサトは出入り口を塞ぐように立つ人物の名を呼ぶ。

 

「アスカ…、あなたいつからここに…」

 

 ミサトの行く手に、赤毛の少女が立っていた。

 

 

 

 

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