勝手にシン・エヴァンゲリオン   作:hekusokazura

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第弐拾参話

 居住区から着の身着のままで駆け込んできたらしい。スウェットパンツにタンクトップという部屋着満載の格好で立つアスカは、ミサトの問いに腰に手を当てながら言う。

「あのバカが帰ってきたっつーから来たんだけど。え? なに? シンジのママも来てんの?」

 事態の深刻さまで把握していないのか、軽い口調で尋ねてくるアスカ。

 マリが体を起こして、アスカの方に顔を向ける。

「アスカ…、あれは確かに碇ユイ…。でも違う…、何かが…」

 普段の立ち振る舞いとは懸け離れた歯切れの悪いマリの声。アスカはそんなマリを無視するように、スタスタと奥の扉に向かって歩き始めた。

「んじゃ、挨拶くらいはしとかないとね~」

「アスカ!待って!」

 ミサトの怒鳴り声も無視して、アスカは歩き続ける。

 歩いている途中で、一度身を屈め、床に手を伸ばす。

 あるものを拾い上げた。

「ついでに言っとかないとね。いい加減、子離れしろって」

「アスカ!」

 再びミサトの怒鳴り声。

 エアロック室へ繋がる扉の前まで来て、ようやくアスカの足が止まった。

「それにしてもさあ、碇家って、どーしてこう揃いも揃って、面倒くさいやつらばっかりなのかしら。シンジはうじうじしてるしさ、親父は頭どーかしちゃってるしさ。せめてお袋さんくらいはまともであれっつーの」

 振り返って、ミサトを見る。

「ね? そう思わない? ミサト」

 肩越しに見えるアスカの横顔。もう何を言っても意志を曲げない、決意を秘めた顔。

「アスカ…」

 もはやミサトに彼女を止める術はない、

 アスカは扉に向き直る。

「あ~あ~面倒くさ」

 短くなってしまった後ろ髪を掻き回しながら、準備運動とばかりに首を捻る

「ほんと、どーしてあたしはこんな面倒な一家の息子に惚れちゃったのかしらね」

 扉の開閉スイッチを押す。

「まあ、惚れちゃったんだから、仕方ないっか…」

 エアロック室への扉が開いた。

「じゃああたしは将来のお婿さんをゲットしてくっから。そっちはそっちで頑張って。んじゃねー」

 振り返らずに手を振る。

 アスカがエアロック室に入った直後、扉は閉まり、アスカの姿は見えなくなった。

 

 

 アスカが消えていってしまった扉をしばし呆然と見つめていた一同。

 リツコが真っ先に我に返る。

「ミサト!」

 リツコの呼びかけに、ミサトは頷く。

「ここは任せたわ。マヤ、行きましょう」

 ミサトとマヤは、今度こそ艦橋へと向かった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 扉の向こうでは、回転灯が放つ光が忙しなく部屋の方々を回っている。

 廊下のような筒状の長い長い部屋。その一番奥に佇む人物の姿をアスカの青い瞳が捉える。

 

 まるで天使のように6枚の翼を広げて、筒状の部屋の一番奥を占拠している少女。

 どこか現実離れした光景に、しかし28年の人生の中で散々現実離れした光景を見てきたアスカは少しも怯まず、少女に向かって歩き始める。

 

 遠くにあった少女の姿がはっきりと見えるようになって、アスカは殊更軽い口調で口を開いた。

 

「ハロゥ~、ミセス・イカリィ~」

 

 6枚の翼の中心に居る少女は顔を上げ、スタスタと裸足で歩いてきた赤毛の少女の姿を認める。

 

「あら…、どなたかしら…」

 

 少女の顔が上がり、アスカは真正面から少女の顔を見ることになる。

 ここに来て、アスカは少しだけ下唇を噛んだ。

 

 たった2日間だけど、濃密な時間を共に過ごした「それ」。

 顔をしわくちゃにして泣いて、大声を上げて笑って、たどたどしい声で自分の名前を呼んで。

 今、自分の視線の先に佇む少女の体は、紛れもなく「それ」の体。

 

 そして「それ」の体に埋没してしまっている、見覚えのある頭とつむじ。

 

 

 暴れそうになる心臓を落ち着けるため、目を閉じ、1度だけ深く深呼吸をする。

 改めて強い決意を胸に刻み、アスカは目を開いた。

 

「シンジくんをお迎えに上がりました~」

 まるで友人を遊びに誘うような口調で呼びかける。

 そんなアスカの呼び掛けに、少女は少しだけ驚いたように、そして少しだけ嬉しそうに、目を丸くする。

「まあ…、では…、あなたはシンジの…、お友達…?」

「あ~、友達っつーか」

 アスカは雑に切り揃えられた後ろ髪をわしゃわしゃと掻く。

「嬉しいわ…。シンジに…、こんなかわいい…、お友達が…、いるなんて…。シンジは…、昔から…、人見知りだから…、なかなか…、お友達が…できなかったの…」

「そうですねー。シンジくんとは、確かに親しくさせていただいはいるんですが…、そのお…」

「なにか…、奥歯に物が挟まったような…、言い方ね…。友達では…、ないの…?」

「お友達ってゆーよりは、こう…、ステディな関係といいますか…」

「まあ…」

「将来を誓い合った仲ってゆーか」

「あら…」

 少女の顔から、どこか嬉しそうだった表情が瞬時に消える。

「それは聞き捨てならないわ…」

 その小さな口から発せられる声が、一層低くなった。

「とゆーわけで、あんたはさっさとシンジを置いて、後は若い者に任せてどっか行ってくんないかな~」

 少女の口調の変化に合わせるように、アスカの口調も急に雑になる。

「いい年したババアが息子にべったりとか見ているこっちが恥ずかしくなんだけど」

「あなた、とっても下品な子ね」

 少女の表情は変わらないが、声はどこか不機嫌そうに低い。

「え? そうです? 結構いいとこの出なんですけど」

「あなたのような子に、うちのシンジはやれないわ」

「やらなくて結構。奪っていきますから。それとね」

 アスカは右手で引き摺っていた大型ハンマーを掲げ、その頭部を少女に向けた。

 

「その体はレイのものよ! さっさと出て行ってちょうだい!」

 

 そう言い終わるよりも早く、アスカは大型ハンマーを両手に持つと、エアロック室の一番奥に陣取っている少女に向かって突進を始める。

 少女まであった距離の半分をあっという間に駆け抜けると、床を踏み締めた右足に全精力を込め、跳躍。ハンマーの頭部を頭上に高々と掲げた、所謂上段の構えをとるアスカの体が、天井すれすれまで浮く。

 目指すは6枚の翼を広げた少女。

 走ってきた力と、跳躍した力と、落下する力と、自身の体重とを、それら全てハンマーの頭部に乗せて。

 少女の頭部目掛けて振り下ろした。

 

 振り下ろしたハンマーが、少女の頭部まであと50センチと迫ったところで。

 視界の右隅から自分に迫ってくる何かに気付いたアスカは咄嗟に構えを解いて、右から襲ってくる何かに対してハンマーを構える。

 アスカを襲う何か。それはエアロック室の壁を這う、何本もの大きな鉄製のパイプ。その内の一本がバキバキと大きな音を立てて勝手に壁から剥がれ、まるで白い大蛇のようにアスカに向かって襲い掛かってきたのだ。

 鉄製の大きなパイプと、鉄製のハンマーの柄。破壊的な音と共に、それらが接触。

 宙に浮いていたアスカの体は、左の壁に吹っ飛んだ。

 

「下品な上に…、乱暴だなんて…。最近の…、若い子って…、嫌ね…」

 鉄製パイプによって壁に叩き付けられたアスカを、少女は冷めて目で見ながら抑揚のない声で呟く。

 

「時代は変わったのよ! お母さま!」

 ハンマーによって鉄製パイプによる強襲の衝撃を辛うじて和らげていたアスカは、左肩から血を流しながらも自分を壁に叩き付けた鉄製パイプを跳ね除ける。

「あんたの頃より、女はずっと逞しくなったの!」

 再びハンマーを構え、少女への突進を再開。

 

「しつこいコって…、シンジ…、苦手だと…、思うの…」

 そう言いながら、少女は素早く2度ほど瞬きする。

 するとまたもや壁を這う大きな鉄製のパイプが、今度は2本同時に壁から剥がれ、アスカに向かって襲い掛かる。

「あんた、母親を名乗る割には、シンジのこと、何も知らないのね!」

 アスカは襲い掛かってくる2本の鉄製パイプを、ハンマーを振り回して弾き返した。

「シンジはね!あたしみたいにガンガンン引っ張ってやんないと、ダメな子なのよ!」

 さらに2本の鉄製パイプがアスカ目掛けて襲い掛かるが、アスカの突進は止められない。

 瞬きする瞼と声を発する口以外を動かすことがなかった少女の顔。その眉間に、一本の縦皺が寄った。

 

「うちのシンジは…、ダメな子…、何かじゃ…、ないわ…」

 

 その声に微かではあるものの明らかに苛立ちを乗せた少女は、今度は少し長めに瞬きをした。

 するとアスカが走る床が急に隆起し、床の鉄板が弾け飛ぶ。

 その鉄板の下を這っていた何十本ものケーブルが誰も触れていないの勝手に引き千切られ、まるでケーブル自体が生きている触手のようにウネウネと動き始めた。

 ケーブルはアスカの足首に、太腿に、腰に、腕に、脇に、首に、たちまちのうちに絡み付いていく。

「あたしはおたくの子のダメなとこ散々見てきましたけどおお!」

 しかし全身を拘束されてもなお、アスカは突進を止めない。体に絡み付いた何十本ものケーブルを引きずりながらも、少女目指して前進を続ける。

 拘束するアスカと床の穴との間でピンと伸びたケーブル。

「そんでもなお、あんたのダメ息子を貰ったげるってゆってんの!」

 そのケーブルが徐々に千切れ始める。

「ついでにあんたのバカ旦那のアホな所業も正してあげようとしてんだから!」

 限界まで引っ張られたケーブルはついに引き千切れ、拘束から逃れたアスカはあと3歩のところまで迫った少女に向かって突っ込む。

「こんな良い花嫁さん! そうそう居ないと思うんですけど、どーですかあーお母さまああ!!」

 上段に構えたハンマーを、今度こそ少女の頭部目掛けて振り下ろした。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 艦橋に駆け込むと、事態の対応に追われていたオペレーターたちが一斉に足音がした方を向いた。

 艦の最高司令官の登場に、青ざめていたオペレーターたちの顔に少しだけホッとした表情が浮かぶ。しかしその艦長の左袖が血で染まり、縛られたハンカチが真っ赤になっているのを見て、再びオペレーターたちは顔を青ざめさせる羽目になる。

 オペレーターの一人、日向マコトは席を立ち駆け寄ろうとする。

「艦長、どうしたんですか…!」

 ミサトはさっと右手を上げて、日向に席に戻るよう指示。

「全艦に緊急コードを発令! 第5エアロックに敵侵入! 全ての隔壁を閉鎖しなさい!」

「敵だって!?」

「私の失態よ。現場はリツコたちが対応している。そっちの状況は?」

 今は一切の質問は受け付けないという態度のミサトに、日向は納得できないように眉間に皺を寄せながらも自分が操るコンソールの画面をミサトに見せた。

「システムへの侵入が止まりません。あらゆる防壁が機能していない。まるでシステムが侵入者を排除すべき敵と認識してないかのようです」

 日向の報告を受け、ミサトは深刻な顔をしながら様々な警告のメッセージが流れる画面を見つめる。

 

 システムへの侵入者とは、疑いようもなく初号機からサルベージされた「あれ」。

 「あれ」は初号機のコアから現れたもの。

 「あれ」は、初号機の分身。初号機そのものである。

 そして、この艦は初号機を動力源として動ている。

 つまり侵入者は、艦の本体そのもの。 

 システムが侵入者を敵として認識していないのも、当然であった。

 

「くそっ! まずい!」

 日向が画面の隅に流れた警告メッセージを見て叫んだ。

「全ての砲塔がエネルギーを充填中!」

「え! うそ! 冗談でしょ!」

 髪をピンクに染めた女性オペレーターが双眼鏡を構えながら叫んでいる。

「大砲が全部こっち向いちゃってんですけど!」

「ダメだ! 兵装システムはこちらからのアクセスを拒否してる!」

 

「セキュリティシステムが機能していない以上、人力でやるしかないでしょう! どいて!」

 ミサトの背後に居たマヤはそう怒鳴ると、日向を押しのけて席に座る。

「マヤ、任せていいのね?」

「従来のセキュリティシステムを全て破棄! 新たにシステムを一から組み直します! 砲塔の発射までは!」

 席から突き落とされ床に尻餅を付く日向は、ずれたメガネを直しながら隣の席の画面を見た。

「あと1分!」

「上等! ああ、やっぱりタッチパネルには慣れないわね!」

 マヤは自身の肩に掛けていた端末機をコンソールの上にドンと置いた。

「相手は今世紀最高の科学者か何だか知らないけど…!」

 端末機からケーブルを引っ張り出し、コンソールに繋げる。

「所詮は20年以上も初号機の中に引き籠ってた骨董品ババアでしょ!」

 端末機に並ぶ、前時代的なキーボードを猛烈な速さで叩き始めた。

「ずっと科学の最先端で戦い続けてきた私達が負けるはずないじゃない!」

 

 

 

 

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