勝手にシン・エヴァンゲリオン   作:hekusokazura

27 / 29
第弐拾七話

 

 

 

 

 

 

 

ドクン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは地面が振動するほどの大きな音だった。

 

 生命の源となる音。

 律動的な収縮によって、全身に命の源を懸け巡らせる音。

 生命体の中央で、密やかに、慎ましやかに鳴るはずの音。

 

 それが、露骨に、大っぴらに、大仰に、大雑把に、大胆に、盛大な地響きと共に轟いた。

 

 その音を合図にしたかのように、変化は起きた。

 

 少年の顔をした少女の体が、肥大化し始めたのだ。

 肩が、背中が、腕が、尻が、足が。内部から膨張し始める。

 少年の顔をした少女の体を包んでいた黒のスーツはたちまちはち切れ、中の真っ白な肌が露出した。

 身体の膨張は止まらない。

 2倍、3倍どころでは収まらず、頭部が地下の天井に到達してもなお、その体は肥大化し続ける。

 

 もはや2本の巨木と化した足。地下の空間に敷き詰められた数多の白い残骸たちを吸収して、ぐんぐんと伸びていく巨木。

 

「レイ…」

 

 その足もとで、ゲンドウは巨大化を続けるその生命体を、呆然と見上げていた。

 

 

 

 巨大な顔が、縦穴の中を上昇していく。

 生命体の巨大化は止まる気配を見せず、その肩幅は縦穴の直径を優に越したが、なぜかその生命体の体には物理的な制限というものは働いておらず、肩や腕が周囲の岩盤に当たってもまるでそこに何も無いかのようにすり抜けていく。

 

 リフトや巨大エレベーターが数時間掛けて下降した大地を穿つ巨大な縦穴を、巨大な顔はものの数分で通り抜け、ついに生命体の頭部は地表に露出。赤い大地の上に、真っ白な顔と白銀の髪がぽっかりと突き出た。

 薄い雲が覆った空。それでも光源のない地下から出てきた巨大な顔は、柔らかな自然光を浴びて眩しそうに目を細める。

 そしてなおも生命体の体は大きくなり続ける。

 縦穴を塞ぐように建てられた巨大な構造物。周囲の山々を遥かに上回る高さを誇るその構造物をも、生命体の顔はあっさりと追い越していく。

 そして空に立ち込めていた雲を突き抜け、膨張によって巻き起こる風圧で雲を吹き飛ばし、構造物周辺をあっという間に晴天にしてしまった生命体の顔は、ついに成層圏へと到達する。

 

 真っ赤な大地から、その上半身をにょきっと突き出した巨大過ぎる白い生命体。

 その生命体の近くを、炎を纏い煌めく流れ星が、光の尾を引いて通り過ぎていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 艦橋ではオペレーターの悲鳴のような叫び声が木霊していた。

「高度150キロ、時速は20,000キロを突破! 艦底温度は3,000度を超えました! …ですが…」

 悲痛な表情で計器を読み上げていた日向。しかしその表情に、ほんの少しだけ希望が宿る。

「ですが仰角は40度を維持! 艦底の耐熱パネルに損傷なし! ヴンダー、持ってます!」

 

 重力に引かれるままに高度を下げ始めた艦。地表から数百キロ上空にあった艦は、重力に引っ張られてあっという間に大気圏へ引きずり込まれ、再突入と共にその艦体は瞬く間に炎に包まれた。

 あらゆる動力を失っていた艦は適切な突入角度を保てぬまま、発生する超高温の熱の壁によって空中でバラバラになるはずだった。しかし昇降舵等を駆使して懸命に艦をコントロールした乗組員らの必死の努力によって艦首を上げることに成功した艦は、その姿を辛うじて保っていた。

 

 そして艦の姿をこの世界に留めた最大の殊勲者は、今もなお、燃え滾る艦底の船首バルブに張り付いている。

 太古の昔に滅んだ翼竜のような風貌のヴンダー。その頭部に抱き着くエヴァ8号機。8号機が背負ったロケットブースターのノズルは、オレンジ色の噴射ガスを大量に吐き出し続け、ブンダーの艦首を懸命に押し上げていた。

 

 大気圏再突入での空中爆散。そんな最悪の事態を免れたヴンダーだったが、しかし迫りくる死は未だにその大きな口を広げたままでいる。

「高度100,000メートルを切りました! 速度は時速10,000キロまで減速!…しかし」

 刻一刻と変化していく計器を大声で読み上げていた日向。

「速すぎます!」

 空中での爆散という事態は免れたが、今度は地上への激突による爆散という事態が待っている。

「地上まであと1分! 艦長!」

 激しい振動の中、艦長席にしがみ付きながら立っているミサト。日向の悲痛な叫びに、1秒間だけ目を閉じる。

 そして。

「マリ! 今までよくやってくれたわ! あなただけでも逃げて!」

 ミサトの声を背中で聴き、オペレーターたちは無念とばかりに目を閉じた。

 

 

「なに…、言ってんの…! 諦めるなんて…、ヴィレらしくないじゃん…!」

 歯を食いしばりながらエヴァ8号機の操縦桿を握るマリ。

 その背中は、まるで炎に包まれたようにオレンジ色に光っている。

 ATフィールドを張り巡らせいるとはいえ、再突入時の8号機の周辺温度は1万度を超えていた。その超高熱はATフィールドを浸透してエヴァの背中に襲い掛かり、さらに神経接続を通じてマリの体に襲い掛かっていた。

『無理よ! マリ! 奇跡でも起こらない限り…!』

 通信機からのミサトの声に、マリは激痛に身を捩らせながらも不敵に笑う。

「奇跡を待つより…、捨て身の努力…でしょ! 艦長さん…!」

 遠のき掛ける意識を必死に手繰り寄せ、エヴァを操るマリ。

「ATフィールド! 反転!」

 エヴァの背中に張り巡らせていたATフィールドを一点に凝縮させると、後方に向けて一気に解放。エヴァの背中から、まるでジェット噴射のように凝縮されたATフィールドの光の束が吐き出される。

「止まれえええええ!!」

 

 

『止まれえええええ!!』

 艦橋内に、マリの渾身の叫び声が木霊した。

「無理よ…、マリ…」

 ミサトは呻いた。

 日向は目の前に迫った死の恐怖に抗いながら、懸命に状況を伝える。

「時速3,000キロまで減速。高度4,000メートル」

 8号機パイロットによる捨て身の努力は、数字上でも明らかに現れていた。しかし、

 

「地上まで、あと20秒。ダメです…、艦長」

 

 ミサトは艦橋の窓から見える風景を見て、こんな状況の中で不謹慎にも少し笑ってしまった。

 ほんの数分前まで、遥か下にあった大地。幾層もの大気に覆われ、淡く光っていた大地。

 その大地が、今ははっきりと見える。赤い山、赤い土、赤い岩、赤い川、赤い湖。

 その中に、天に向けて伸びる、巨大な構造物

 それは、ミサトらが明後日に攻略作戦を予定していた、彼らの敵対組織の総本山だ。

 

 何の因果か落下地点はネルフ本部の近くらしい。

 これも天の采配か。

 あるいは乗組員と8号機パイロットらの努力によって実った奇跡か。

 

 破壊すべきネルフ本部が目の前にある。

 このまま艦ごとあの巨大構造物に突っ込んでやろうか。

 そんな考えがミサトの頭に過った時。

 

「なにあれ!」

 オペレーターの一人が、素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 大地からにょきっと生えた、人の形をした巨大な白い生命体。

 体を巨大化させ、ひたすら天を目指していた生命体。

 目指す宇宙を見上げ、ひたすら膨張を繰り返してきた生命体。

 その生命体の前を、炎を纏い煌めく流れ星が駆け抜けていく。

 

 落ちていく流れ星を、まるで全ての色素を失ったかのように全身が真っ白な生命体の体の中で、唯一赤い、巨大な目が追っていく。

 それまで顎を上げ、空ばかりを見つめていた生命体は、初めて首を折り、地上へと落ちていく流れ星に合わせるように顔を動かしていく。

 上半身だけで成層圏を突破してしまっている超巨大生命体。

 しかし下半身や手は、まだ地面の下。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「わああああああ!!!」

 目前に迫った地上に、艦橋のそこかしこから悲鳴が上がった。

 殆ど全員が、やがて来る破壊的な衝撃に備え、目を瞑り、頭を抱えた。

 

 ミサトだけは目を閉じず、艦橋の外を睨んだ。

 「最期の時」を見届けることが、自分に与えられた最後の使命とばかりに。

 どんどん迫ってくる赤い大地。

 地上に転がる岩。その岩と日光が地面に作る影までもが、はっきりと見えた。

 

 

 その赤い地表が、突如、白に染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を閉じた2秒後にやってくるはずだった破壊的な衝撃。

 自分の人生に幕を下ろす合図となるはずの衝撃。

 自分の体をバラバラにするはずだった衝撃。

 

 それが来ない。

 

 頭を抱え伏せていたマヤは、おそるおそる閉じていた目を開ける。

 年季ものの端末機のキーボードが見えた。

「え…?」

 コンソール上に置いた端末機を抱くように伏せていたマリは、ゆっくりと体を起こす。

 艦橋の窓の外に見えたのは、突き抜けるような青空。

「え…?」

 事態が呑み込めず周囲をキョロキョロと見渡す。

 自分と同じように、きょとんとした顔のオペレーターたちがいる。

 背後を見ると、やはりきょとんとした顔のミサトが立っていた。

「艦長…、何が…」

 自分と同じように、きょとんとしているミサトがこの事態を把握しているとはとても思えない。それでもこの不可解な事態の答えを求めたいマヤは、訊ねずにはいられなかった。

「手が…」

 ミサトはぽつりと言う。

「手が、生えてきたのよ…」

「は…?」

 

 

「わあああああ!」

 しんと静まり返っていた艦橋内に、再び方々から悲鳴が木霊した。

 床が浮き上がるような浮遊感の後、今度は床に叩き付けられるような強力な重力。

 ミサトは立っていられず、その場に這いつくばる。

「なんだ…、これ…!」

 日向が声を上げる。

 日向が見る計器。高度計。それが恐るべき速さでその数字を膨らませているのだ。

 その上昇速度は、ロケットブースターによる宇宙空間への打ち上げの比ではなかった。

「なんだあれは!!」

 その声に、ミサトは全身に感じる巨大な重力に耐えながら、視線だけを上げた。

 艦橋の窓。

 その窓の向こう。

「人の…顔…?」

 

 窓の外に見えるもの。

 あまりにも巨大過ぎて現実味がないが。

 それは紛れもなく人の顔。

 ミサトらが乗る超大型戦艦。それを遥かに凌駕する大きさの顔。

 

「いや~ん、イケメ~ン!」

 どこかで調子の外れた声が上がる。

 ピンク色の髪のオペレーターが、窓の外にある巨大な顔を見て、両頬を手で押さえながら嬌声を上げている。

「天子様があたしを迎えに来てくれたんだね~。これってやっぱりあたしたちもう死んじゃってるってことかな~?」

 いつも調子の外れた声で調子の外れたことを言うピンク色の髪の女性オペレーター。

 しかし、この非現実的な現状を説明するうえで、調子の外れた女性オペレーターが言っているその幻想めいた説が、最も現実的であるようにミサトには思えた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 地上へ落下していく流れ星。

 白い生命体は、地下に隠れていた右手をゆっくりと上げて地上に出すと、その手を広げ、落ちていく流れ星に合わせて手をゆっくりと動かしながら、そっと流れ星を受け止める。受け止めた衝撃で流れ星が壊れてしまわないよう、生命体は一度手をゆっくりと沈めて落下の力を逃し、手の甲が地上に触れる寸前のところで今度はゆっくりと手を上げ始めた。

 もっとも、ゆっくりと言ってもそもそもが巨大過ぎる生命体。その手はゆっくりと上がっているように見えて、実際は一秒間でこの星で最も高い山を越えるほどの速度で上昇していた。

 右手をゆっくりと上げる生命体は、その肘を折り、手のひらをゆっくりと自身の顔に近づけていく。

 さらに左手もゆっくりと上げてやはり顔に近づけ、右手と左手とを重ね合わせ、流れ星を両手で包み込むように支えた。

 

 生命体の膨張はなおも止まらない。

 すでに一番高い雲は生命体の腰よりも下にあり、生命体の顔周辺の空間は青から濃紺へと変わった。

 生命体の頭部は、ついに宇宙空間へと到達したのだった。

 

 生命体。

 その顔に微笑みを湛えた少年の顔をした白い生命体は、手のひらにある流れ星を愛おし気に見つめる。

 生命体はゆっくりと頭を前に傾ける。

 手のひらに、その顔を近づけていく。

 手のひらにちょこんと乗っている流れ星に向かって、顔を近づけていく。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「わあああああ!!」

 迫ってくる巨大過ぎる顔。またもや艦橋のそこかしこから悲鳴が上がる。

 中には、

「いや~ん! 正面から見てもイケメ~ン!」

 などと調子の外れた声も聴こえてくるが。

 

 どんどん近づいてくる巨大な顔。

 彼らが乗る超巨大戦艦は、その顔の鼻の孔の大きさにすらならない。

 誰かが叫んだ。

「圧し潰される!!」

 

 空中での爆散を免れ。地上への激突を免れ。

 すでに2度の避けがたい破局の危機を、2度とも免れてきた艦。

 2度とも免れたその先で、まさか突如現れた謎の巨大過ぎる生命体の顔に圧し潰されるという、誰も想像できないような悲惨な結末が待っているとは。

 迫りくる巨大な顔に、生きる希望を掴みかけていた艦橋の全員が、(「初対面でキスなんて積極的~」などとほざいているピンク色の髪のオペレーターを除いて)三度絶望の淵に叩き落された。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 巨大過ぎる白い顔は、巨大過ぎる白い手のひらの上の流れ星に、触れるとろこまで近付いた。

 巨大過ぎる白い顔の一番目立つところに収まる、2つの目。

 大きく瞼が開かれた右目。

 その中に収まる、紅玉の瞳。

 その瞳を覆う角膜が、ついに流れ星へと触れる。

 小惑星並みの大きさを誇るその瞳は、豆粒のような大きさしかないその小さな流れ星を、そのまま圧し潰してしまうかに思われた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 艦橋内は阿鼻叫喚の図。

 艦より遥かに大きな巨大な赤い球が、今まさに艦橋を圧し潰そうとしているのだから無理もない。

 ミサトですらも、ただ歯を食いしばり、胸元の十字架のペンダントを握り締め、迫りくる巨大な赤い球を睨むことしかできないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、僕にできることはここまでだ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦橋をその瞳で圧し潰すかに思われた超巨大生命体。

 しかしあらゆる自然界の法則を覆し続ける巨大生命体の瞳は、物理の制約を一切無視して、艦橋の窓をすり抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「あれ」も君に丁度いいサイズにしておいたよ。だから…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦橋に突っ込んだ真っ赤な瞳のある一点が、急速に隆起する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シンジくんを救うんだ…、綾波レイ…!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隆起した箇所が弾け、そこから黒い何かが飛び出した。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。