勝手にシン・エヴァンゲリオン   作:hekusokazura

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第弐拾八話

 

 

 

 

 艦橋の前面を埋め尽くす巨大過ぎる真っ赤な瞳の角膜。

 その一部が急速に隆起し、そして弾けた。

 弾けた個所から飛び出す何か。

 何かは数メートル下にある艦橋の床に膝を折って着地する。

 

 

 

 自分が立つ場所から10メートル前の床に降り立った何か。

 

 白い肌。空色の髪。黒のプラグスーツを身に纏った少女。

 

 ミサトは歯噛みする。

 

「こんな時に…!」

 

 敵パイロットの艦内侵入。

 次から次へと起こる不測の事態にミサトはうんざりしたように毒づきながら、腰のホルスターから拳銃を抜いた。

 

「動くな! ゼーレのパイロット!」

 

 銃口を10メートル前の少女の額に向ける。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 少年の言葉に背中を押され、角膜を突き破って外に飛び出した。

 飛び出すと、そこは船の艦橋。

 オペレーター達が、驚愕の表情でこちらを見上げている。

 飛び出した場所から数メートル下の床に着地。

 

「動くな! ゼーレのパイロット!」

 

 途端に、どこからか、怒鳴り声が聴こえた。

 おそらく自分に向けられている厳しい、そして懐かしい声。

 顔を上げる。

 前髪の隙間から見える人影。

 赤いジャケットを身に纏った人物。

 その人物が構えた拳銃の銃口は、正確にこちら側に向いている。

 その人物が発した言葉は警告。動けば撃つという意思表示。

 

 しかし今はその警告を無視する。

 無視し、着地の衝撃を和らげるために折っていた膝を一気に伸ばした。

 

 走り出す。

 

 拳銃を構えた人物が叫ぶ。

「動くなと言っている!」

 その人物は構えた拳銃を今にも発砲してしまいそう。

 それでもなお、警告を無視続ける。

 警告に従う代わりに、叫んだ。

 

「葛城一佐!」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「葛城一佐!」

 

 こちらの警告を一切無視して走り出した少女。

 指を掛けていた引き金を引き絞ろうとした瞬間に、その少女が発した叫び声に、ミサトは目を丸くする。

 

「碇くんは!」

 

 立て続けに少女の叫び声。

 全身の産毛が逆立つような震えを感じた。

 

 ミサトは拳銃を降ろすと艦橋奥の出入り口の一つを指差す。

 

「E5から行って! そのまま真っすぐ!」

 

 少女はミサトが指し示す出入口へと向かう。

 少女と、ミサトとが、すれ違う。

 

「ありがとう…!」

 

 少女はミサトに向かって礼を言うと、軽い足音を残して艦橋を後にした。

 

 

 

 

 こちらに背を向けて出入口へと駆けていく黒いスーツの少女の背中を呆然と見送っていた日向。

「艦長! どうゆうつもりですか!」

 たちまち、敵の侵入をみすみす見逃したミサトに対して抗議の声を上げる。しかしミサトは日向の抗議に耳を貸さず、すぐさま次の指示を下す。

「E5から第5エアロックまでの隔壁を全て解放しなさい!」

「え?」

「早く!」

「は、はい!」

 ミサトの激しい剣幕に気圧され、日向は艦内の隔壁の操作を始めた。

 ミサトは首に掛けたインターカムに話しかける。

「艦長から保安部へ。艦内に侵入したゼーレパイロットへのあらゆる攻撃を禁ずる。いいこと? 綾波レイに、手出しは無用よ!」

 

「どうなってんだよ?」

 青葉シゲルが日向に囁き掛けてくる。

「知るもんか…!」

 日向は吐き捨てるように言った。

 

 

「何か文句でもある!?」

 背後から叩き付けられたミサトの厳しい声に、日向も青葉も肩を震え上がらせた。

「いいえ! 何も!」

「艦の現状報告を!」

「は、はい! 現在艦は高度800kmを維持。動力は失われたままですが、墜落の危機は脱しました。8号機も無事です」

「かんちょ~!!」

「今度は何よ!」

 ミサトは心底うんざりした表情で、調子の外れた声で叫んだピンク色の髪のオペレーターを睨んだ。

「イケメンが…、消えちゃいました…」

 そのオペレーターは悲し気に立ち竦んだまま、艦橋の窓を見上げていた。

 ミサトも艦橋の窓を見上げる。

 濃紺の空に広がる、星々の群れ。

 確かに、そこを埋め尽くしていたはずの、巨大過ぎる顔の巨大過ぎる瞳が消えている。

 

「なんだったの…、「あれ」は…」

 マヤがぽつりと呟く。

 全員がマヤと同じ感想を抱きながら、窓の外に広がる宇宙を呆然と見上げている中。

「「あれ」が何だったのか。その詮索はあとよ。 私たちは次の手を打つわ」

 ミサトの声がオペレーター達の意識を現実へと引き戻す。

「次の手って…、何を始めるつもりですか!」

 日向がすぐに聞き返した。

「やられたらやり返す! それがヴィレのモットーでしょ!」

「初めて聞きましたよ!」

「いいから! 後部第2砲塔は使える?」

「エネルギー充填率は50パーセント。一発だけなら行けます!」

「よろしい。後部第2砲塔、砲撃準備」

「後部第2砲塔、砲撃準備よろし!」

「砲身右20度旋回! 射角10度下げ!」

「右20度に旋回!射角10度…さげ…。これって…、艦長…!」

「いいから!」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 廊下を駆ける。

 

 初めて乗り込んだ艦。

 大小様々な通路が複雑に入り組み、交差する。

 知らない者が一度足を踏み込めば、たちまち迷子になってしまうような迷宮のような艦は、しかし少女が駆ける廊下はずっと一本道なので、迷う要素はなかった。本来なら途中に様々な分岐があるはずだが、二股に分かれた分岐は一方が隔壁で閉じられ、通路が交差する十字路は3つある分岐のうち2つが隔壁で閉じられ、少女に他の通路へ行く選択肢を与えない。

 少女は自分を誘導してくれたかつての上官を信じて、躊躇なく一本道を突き進んでいく。

 階段があれば鉄の床を蹴って飛び越え、5メートル下の床へと着地する。

 そして走り続ける。

 

 走って走って。

 走り続けて。

 

 大きな部屋に転がり込んで。

 

 目指す前方の壁に、人集りが見えてきた。

 

 

 

 

「副長! 来ました!」

 警備兵の怒鳴り声に、赤木リツコは後ろを振り返った。

 廊下の奥から、黒いスーツを纏った空色の髪の少女が走ってくる。

「点火!」

 リツコの合図と共に、警備兵の一人は手に握って拳銃型のコントローラーの引き金を引いた。

 

 

 

 

 人集りが割れ、その向こうに現れた鉄の扉。

 その扉の周辺が瞬き、轟音と共に分厚い鉄の扉が吹っ飛んだ。

 外れた扉の向こう側から現れたもの。

 眩い光。

 強烈な光を放つ、幾重にも張り巡らされた八角形の輪。

 

 破壊された扉の脇に立つ、何処か見覚えのある女性。

 金に染めた髪を短く刈り込んだ女性は、光の輪を指さして叫んでいる。

 

「シンジ君はあの中よ!」

 

 その女性の叫び声に、頷いて応える。

 そして、自分の両手に握っていたもの。

 深い深い地底から持ち出したもの。

 あの眼球から飛び出した時から、両手に持って抱え、ここまで全力で駆けてきて、運んできたもの。

 

 それは深紅の槍。

 二股に分かれた赤い槍の先端を、光の輪に向けて構えた。

 

 床を蹴り跳躍。

 槍の先端を前方に突き出し、走ってきた力、跳躍した力、自身の全体重。それら全ての力を槍の先端に込めて、眩い光を放つ八角形の輪に向かって突っ込んだ。

 

 ATフィールド。

 外部からのあらゆる干渉を拒む壁。

 八角形の光の輪を幾重にも折り重ねて構築された、絶対不可侵の壁。

 

 槍の先端が触れた瞬間、光の輪はまるで風に吹かれた石鹸の泡のように軽々と吹き飛ばされ、散り散りとなっていく。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そこは光に満たされた空間だった。

 何重もの光の輪に囲まれた密閉空間の中で、一人佇む学生服のブラウスとスカートを身に纏った少女。

 彼女は、光の輪の外の事態を測りかねていた。

 この粗野で無粋な鋼鉄の船を粉々に破壊する極めて激しい衝撃に備えるため、こうして自分の周りに光の壁を溢れさせたのだが、その衝撃が一向に来ないのだ。

 そして地上に向かって墜落をしていたはずの船が、今は急速な上昇を見せている。

 

「何が…、起きているの…?」

 

 少女の顔には感情が宿っていないが、その声には明らかに戸惑いの色が混じっていた。

「なに…?」

 ふと、少女は前方を見つめる。

 前方を埋め尽くす光の輪の向こうから、爆発音のようなものが聴こえたのだ。

「なにか…、くる…」

 自身が構築したATフィールドの塊に違和感。

 ATフィールドの塊に、異物が食い込んでくる感触。

 いかなるものも通さない壁。

 ましてや、何百もの層に重ねて構築したこのATフィールドの塊は、たとえ間近で超新星爆発が起きたとしてもこゆるぎもしないはず。

 その絶対不可侵の壁に、いとも容易く食い込んでくるもの。

 

「まさか…!」

 

 少女が眉間に深い皺を寄せ、そう呟いた瞬間。

 彼女の前を塞いでいた光の塊の一部が音もなく泡となって消え失せ、光の塊の真ん中にぽっかりと空いた穴の中から、何者かが飛び出してきた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 赤い槍を前方に突き出し、光の壁が幾層にも折り重なった光の塊の中を突き進んでいく。

 槍の先端は触れる光の壁を瞬時に泡と変え、槍を握る者に壁を穿つ衝撃すら感じさせない。まるで極めて濃い、光る霧の中を進んでいるよう。

 そしてついに光の霧が途切れる時がやってきた。

 光の霧が晴れたその先。

 光の霧の向こうに現れた者。

 光の霧に囲まれた中に佇むスカート姿の少女。

 自分の姿と、瓜二つの少女。

 光の霧の中を突き進んできた黒スーツの少女は、二股の槍の切っ先をスカート姿の少女の顔に突き立てるべく、槍を大きく振りかぶった。

 

 

 

 

 光の壁の穴から飛び出してきた者。

 黒スーツを着た、空色髪の少女。

 自分の姿と、瓜二つの少女。

 スカート姿の少女は目を細め、奥歯を噛み締め、黒スーツの少女を鋭く睨んだ。

「あの筐体に押し込めて追い出したはずなのに…!」

 

 

 

 

 黒スーツの少女は目を細め、スカート姿の少女を鋭く睨んだ。

 

「碇くんを…、返して…!」

 

 頭上に掲げた槍に渾身の力をこめ、その先端をスカート姿の少女の頭部に向けて突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 少女の小さな鼻の先端に、槍の切っ先が触れる。

 

 

 少女の顔が恐怖に引き攣り、頬に一筋の冷や汗が伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしスカート姿の少女の鼻に突き立てられた槍の切っ先が、それ以上進むことはなかった。

 引き攣っていたスカート姿の少女の顔に、酷薄な笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 

 あと少し。

 この槍を、もう数ミリ突き出せば、その先端は標的の顔を穿つのに。

 黒スーツの少女は懸命に槍を進めようとするが、しかし槍はこれ以上前進することを拒む。

 なぜなら、槍を構える少女の腕に、足に、腰に、床から伸びた大量のケーブルが巻き付き、彼女の体を拘束していたからだ。

 

 

「槍も届かなければ…、ただの棒ね…」

 大量のケーブルに四肢を拘束され、じたばたと必死に体を動かそうとしている黒スーツの少女を冷笑するスカート姿の少女。

 

 

 細い腕を、腰を、足を何十本ものケーブルで締め上げられ、激痛が走る。

 それでもなお少女は。

「碇くんを…!」

 全身に走る痛みに顔を顰めながらも、体を前に進めようとする。

「返して…!」

 槍を前に進めようとしている。

 細い足で床を押し、痩せた背中で上半身を前に突き出し、枝のような腕を懸命に伸ばす。

 

 

 槍が少しずつこちらに近づいてきたので、スカート姿の少女は顔に驚きの表情を浮かべながら、二歩後ろに下がった。

「あなたといい…、さっきのコといい…。最近の女のコの…、しつこさは…、どうかしてるわ…。これじゃ…、シンジが…、可哀そうよ…」

 

 

「碇くんを……!」

 ついに黒スーツの少女の腕に絡み付いたケーブルが根負けした。限界まで伸び切ったケーブルはついに千切れ始め、拘束の力が急速に緩んだ腕は、拘束されることで溜め込まれた力を解放するかのように、握った槍諸共に一気に前に突き出された。

「返して…!」

 槍の切っ先は、再びスカート姿の少女の顔に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 眩い火花が弾け飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 両手を痺れさせる硬い衝撃。

 

 黒スーツの少女の表情に、悔しさが滲んだ。

 

 スカート姿の少女に突き立てられるはずの槍の切っ先。

 

 それが、鉄の板によって阻まれていたのだ。

 

 

 少女と少女の間には何もなかった。

 しかし、黒スーツの少女が銅線入りのケーブルすらも引き千切ってその槍を前に押し出す姿を見るや、スカート姿の少女は瞬時に部屋の壁と床の鉄板を見えざる手によって片っ端から引き剥がし、自身と少女の間に並べて鉄の壁を構築したのだ。

 少女の頭部に届くはずだった槍の切っ先は、今度は文字通りの鉄壁によって、止まってしまったのだった。

 

 

「その槍でも…、非力なあなたじゃ…、この壁は打ち破れない…」

 スカート姿の少女の顔が、鉄の壁の隙間から見える。

 歯を見せて笑っていた。

「ありがとう…」

 目を細めて、満足そうに黒スーツの少女を見つめている。

「こんなにも…、私の息子を…、愛してくれて…」

 鉄の壁を通して、涼やかな声が黒スーツの少女の鼓膜をくすぐった。

 

 スカート姿の少女は、自分の背後に張り巡らせていたATフィールドの塊を一旦解いてそれらを結晶化させ、その右手にATフィールドの結晶を集め始めた。

 黒スーツの少女が持つ真紅の槍の前に、ATフィールドはたちまちその効果を失ってしまう。それでもスカート姿の少女は、ATフィールドをその白い手にかき集める。少女の手のひらの上で、無数のATフィールドの結晶が、超高速で踊り狂う。結晶同士が激しくぶつかり合い、弾け飛び、結晶同士と空気との摩擦熱で、手のひらに膨大な熱エネルギーが発生する。

 このエネルギーを生み出しているのはATフィールド。しかし槍がATフィールドの効力を無効化するものであっても、ATフィールドによってすでに発生したエネルギーまでは、無効化することはできない。

 手のひらの上に発生させた、まるで極小の太陽のような光の塊。

 スカート姿の少女は、その光の塊を、鉄の壁の向こうにいる黒スーツの少女に向けた。

 

 

「さようなら…。私の分身…」

 

 触れるもの全てを一瞬にして蒸発させてしまうほどの熱量を持った光の塊。

 

 その光の塊を、黒スーツの少女に向けて解き放つ。

 

 

 白い手から光の塊が離れようとした、その時。

 

 黒スーツの少女の肩越しに、少女が光の壁に開けた穴の中を、ゆらゆらと揺れながら歩いてくる人影が見えた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 光のトンネルの中を歩く。

 

「あたしの中の…、バルディエルちゃん…」

 

 全身くまなく打ち、意識は朦朧としたまま。視界も霞んでしまっている。

 

「かわいい…、かわいい…、バルディエルちゃん…」

 

 今にも折れてしまいそうな膝に鞭打ちながら、ゆらゆらと歩き続けて。

 やがて光のトンネルを抜け、少し広い場所に出てきた。

 

 そこに居たのは、こちらに背を向け、前方に立ち塞がる鉄の壁に赤い二股の槍を突き立てている黒スーツの少女。

 鉄の壁の隙間からは、その壁に隠れて閉じこもっている、スカート姿の少女が見える。

 スカート姿の少女は右手を光らせながら、黒スーツの少女を見ていた。

 その顔に、薄笑いを浮かべて。

 

 ところが、スカート姿の少女は、こちらの存在に気付いたらしい。

 その少女の目が黒スーツの少女から外れ、こちらに向けられる。

 

 少女の顔から、薄笑いが消えた。

 

 

 一方のアスカは笑った。

 はしたなくも、舌なめずりをしながら。

 

 左目を塞いでいた眼帯を外す。

 

「あんたに…、あたしをもうちょい喰わせてあげるから…」

 

 眼帯の向こうから現れたのは紫色の肌。そのまるで腐った骸のような肌の中に収まる、真紅の瞳。

 

「あたしに…、あんたの力を貸しなさい!」

 

 その瞳が禍々しく光り出し、瞳の周囲の肌をマグマのように赤く染めていく。

 アスカは歯を食いしばって左眼周辺を襲う激痛に耐えながら、ここまで引きずってきた大型ハンマーの柄を両手で持ち、頭上に高々と掲げた。

 

「どおおりゃああああああああ!!」

 

 掛け声を上げながら跳躍。

 2人の少女の間に立ち塞がる鉄の壁に向かって、襲い掛かった。

 

「くっ!?」

 

 スカート姿の少女は咄嗟に左手を前方に翳した。

 左手から放たれる、光の輪。

 光の輪が、鉄の壁をハンマーで打ち砕こうとしているアスカに向かって、急速に迫っていく。

 

 ハンマーを頭上に掲げて諸手を上げている状態のアスカ。その胴体は、無防備に開けられている。

 そこに迫っていく光の輪。

 しかしその光の輪はアスカに迫る直前で掻き消えた。

 黒スーツの少女が、槍で光の輪を薙ぎ払ったのだ。

 

「出直してきましたよお!! お母さまあああああああ!!」

 

 アスカの渾身の力で振り下ろされたハンマーの先端が鉄の壁に触れた。

 

 瞬間、分厚い鉄の壁はいとも簡単に粉々に打ち砕かれた。

 

 ついにスカート姿の少女の前に立ち塞がっていた最後の壁が崩れ落ちた。

 黒スーツの少女は槍を抱え込み、露わになったスカート姿の少女に向かって再度の突進。

 

「行きなさい!! えこひいき!!」

 アスカも握っていたハンマーを投げ捨てると、黒スーツの少女の背中に抱き着き、その華奢な背中ごと黒スーツの少女が抱え込む槍を前進させる。

 二股の槍の先端が、白いブラウスの胸の前にまで迫って。

 

 

「調子に乗るなぁ小娘どもがあああああ!!」

 

 

 卵のような白い額に、無数の血管が浮かび上がる。

 顔中に怒りの表情を浮かべるスカート姿の少女は、ついに右手の光の塊を弾けさせた。

 

 光の塊は幾つものATフィールドの結晶となって別れ、まるで火花のように方々へと散らばらる。

 凄まじい熱量を孕む結晶たちは、あっという間にエアロック室の中を火の海にする。

 

 スカート姿の少女は光の塊を弾けさせた反動で後方へと跳躍し、2人の少女から一気に距離を取る。

 

「焼け死ねっ!! ガキどもっ!!」

 

 大きな炎の向こうで、なおも槍を抱えて突っ込んでこようとする2人の少女に向かって、次々と炎を纏うATフィールドの結晶を放った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「艦長! 本当にやるんですか!?」

「愚問! 我々ヴィレが、やられっ放しで黙っていられるものですか!」

 怒りを通り越して笑みすら浮かべているミサトの顔を見て、日向は諦めたように天を仰ぎ、そして砲塔を操作する操縦桿を握った。

 それを見た隣のピンク色の髪をしたオペレーターが嘆く。

「やっぱこの艦の人みんな頭おかしいよぉ~!」

「標準固定よし! 目標周辺の乗組員も、エアロック室内部の者を除いて全員退避完了済み! いつでも撃てます!」

「よろしい! 全員耐ショック姿勢!」

 ミサトと操縦桿を握る日向を除く全員が、姿勢を低くし、頭を抱える。

「撃てえ!!」

 ミサトの勇ましい号令が木霊した。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ついに、あの忌々しい2人の小娘の姿が炎に巻かれて見えなくなった。

 それでもまだ油断はできない。

 あの2人の小娘の尋常ではないしつこさは、身に染みているのだ。

 あとはこのエアロック室をまるごとぺしゃんこにして、あの小娘どもを圧し潰してしまおう。

 

 スカート姿の少女が頭の中で勝利に向けての算段が固まったその時。

 

 背後から気配を感じた。

 振り返る。

 振り返ったとしても、その後ろにあるのは炎と、その炎の向こう側にある、少女が背中から切り離した白い6枚の翼。その6枚の翼が塞いでいるのは。開放されたままのエアロックハッチ。

 その気配は、ハッチの向こう側から。

 ハッチの向こう側は、宇宙空間。

 その宇宙空間の中を、高速で飛来してくる何か。

 

 炎に囲まれても汗の一つも掻かなかった額に、一筋の冷や汗が伝った。

 

 宇宙空間を切り裂いてやってくる「何か」。

 

 自分にとって脅威となりうる、何か危険なものが高速で近づいて来ている。

 

 少女は、咄嗟にハッチ側に向かって何重ものATフィールドを張り巡らせた。

 

 

 直後に、ハッチ周辺が爆ぜた。

 

 宇宙空間からやってきた「何か」は、ハッチ周辺の壁を丸ごと破壊し、なおもその勢いを留めず、6枚の翼も粉々に砕き、さらに前進してくる。

 

 何かはついに少女が張り巡らせたATフィールドに到達。

 

 何ものをも通さない絶対不可侵の壁は砕けることこそなかったが、膨大な運動エネルギーを抱え込んだままやってきた「何か」によって大きく押され、その背後にいた少女ごと圧し潰してしまいそうになる。

 

「こんなもの……!!」

 

 少女はATフィールドを押し込んでくる「何か」に向かって両手を掲げた。

 途端に、少女と何かの間に、何重もの分厚いATフィールドが張り巡らされる。

 

「こんなものおおおおおおおお!!」

 

 少女はその手に幾筋ものATフィールドの結晶を迸らせて、自分を圧し潰そうとする「何か」を懸命に押し返そうとした。 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 まるで太古に滅んだ翼竜のような姿をした戦艦。その丁度左後ろ足にあたる艦後部に備えられた電磁加速砲が放った弾体は、照準通り正確に己の尻、艦体後部の機関室隣に配置された第5エアロック室へと真っすぐに突き進んでいった。

 しかし。

 

 攻撃の成果を分析していた日向は悔し気に言う。

「ダメです。弾体は…、ATフィールドに弾かれました」

 意気消沈している日向に、しかしミサトはその目から生気を失わない。

「そんなことは百も承知よ! マリ!」

 ミサトが叫んだ瞬間、スピーカーから陽気な声が鳴り響いた。

 

『ほいほいほーーい!』

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 高速で飛来してきた砲弾を、分厚いATフィールドで何とか弾き返した少女。

 肩で息をしながら、大穴が開いたエアロック室の壁を睨んでいた。

 穴の向こうは広大な宇宙空間。

 その大きな穴を、何ものかが塞いだ。

 

 少女の赤い2つの瞳と。

 

 巨人の黄色い8つの瞳とが交錯する。

 

 大穴を覗き込む8つの目を宿した巨人。

 その巨人が、開いた穴に向かってその巨大な手を突っ込んできた。

 

 細長い筒状の構造をしたエアロック室の壁を次々と破壊しながら近づいてくる巨人の手。

 少女は直ちにATフィールドを再構築させる。

 しかし巨人は、この世界でATフィールドの使役を許された、数少ない存在。穴に突っ込んだ手にATフィールドを張り巡らせ、少女が構築したATフィールドをたちまち中和させ、霧散させてしまう。

 

 迫ってくる巨大な手。少女はただちに床を蹴って、エアロック室の奥へと一気に下がる。

 なおも追いかけてくる巨大な手に対し。

 

「舐めるなあああああ!!」

 

 

 再び無数のATフィールドの結晶を発生させ、巨人の手に向かって一斉に放った。

 鋭利な刃と化した無数のATフィールドの結晶たちは、巨人の手をあっという間にズタズタに破壊する。

 手首からその下の前腕部、装甲の下の筋肉や神経までをぼろ雑巾のように破壊された巨人の手は、少女まであと1メートルの位置で、ようやく止まった。

 

 

 

 巨人の手は、大穴が開いた壁を塞いだまま動かなくなった。

 動かなくなった手を見て、少女は震えた溜息を吐く。

 

 長い溜息を吐き切って。

 

 そしてようやく少女は気付く。

 

 自分が火の海にしたはずのエアロック室の中から、いつの間にか炎が消えていることに。

 

 壁に穴が開いたことによって急速に室内の酸素濃度が下がり、室内を満たしていた炎が鎮火してしまったらしい。

 

 そしてもう一つ気付く。

 自分は、巨人の手から逃れるために、エアロック室の奥へと引き下がった。

 

 それはつまり。

 

 

 背後に気配を感じた。

 

 背筋に、冷たいものが走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「碇くんを…」

 

「シンジを…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後を振り返った瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「返して…!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の脇腹に、真紅の槍が突き刺さっていた。

 

 

 

 

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