勝手にシン・エヴァンゲリオン   作:hekusokazura

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第六話

 

 

 

 それにしても、どちらかと言えばもやしっ子である自分の体のどこに、こんな力と根性が潜んでいたのだろうと感心してしまう。群れを成す怪物相手にずっとおしくらまんじゅうを続けてきた自分自身を、褒めてやりたいと思った。

 しかしもう間もなく、自分が背にしているこの扉は打ち破られる。両足を踏ん張って背中を扉に押し付け、扉から伝わる衝撃で背骨が折れそうになるほどの痛みにも耐え、絶対に押し負けるものかと懸命に頑張っていたが、肝心の扉の方が根負けし始め、あちこちがひしゃげ、すでに所々に穴が開いており、そこから怪物の鋭利な顔の先端が覗いていた。

 シンジは遠くに視線をやる。

 だだっ広いVTOL機の離発着場の上を駆けていく、2つの細い影。

 2人の距離は十分に離れた。

 

「頃合い…かな…?」

 

 シンジは心の中でカウントダウンを始めた。

 10から始めたそのカウントダウンは、やや早めに秒を刻んでいき、そして。

 

「3、2、1、…ゼロ!」

 

 数字が尽きた瞬間、シンジは扉から背を離した。

 そのまま上半身を前のめりに倒し、前傾姿勢になると地面についていた両手と両足を使って体を一気に宙へと浮かせる。跳躍しながら、アスカが置いていった柄が少し曲がってしまったハンマーを拾い上げると、跳躍した勢いでそのまま走り出した。

 

 シンジの体重が消えた瞬間、抵抗を失った扉は吹き飛んだ。

 扉を失った出入り口から、たちまち無数の怪物たちが溢れ出す。

 

「こっちだ!こっちこっち!」

 

 シンジは怪物たちの注意が一瞬でも遠くを駆ける2人には向かないよう、必死に声を張り上げながら、2人が向かうVTOL機とは別の方向へと走り始めた。

 

 

 そこは、街も山も河も何もない、周囲は空しか見えないようなだだっ広い場所。目印になるような目標物が何もなく、そんなところを走っていればたちまち方向感覚が失われ、頭がくらくらしてくる。

 それでもシンジは懸命に走り続ける。どこに繋がっているかも分からない地平線に向かって。

 

 怪物の群れがすぐ背後まで迫っている。まるで工場で大量生産されたように大きさや顔の形、足やしっぽの長さが寸分違わず同じである怪物たちだが、走るスピードは個体差があるようで、先頭の一体が群れから先行し、ついにシンジの背中へと襲い掛かろうとする。

「こんにゃろ!」

 飛び掛かってきた怪物の頭を、シンジは握っていたハンマーでぶっ叩いてやった。怪物の頭部はたちまち砕け、様々な贓物や液体をまき散らしながら地面へと転がっていく。

 2体目がシンジに飛び掛かってきた。シンジの頭の位置よりも遥かに高い位置まで跳び上がった怪物。シンジの位置からは、怪物の胴体に収まる大きな球体が丸見えであった。怪物の跳躍する力、化け物の体を引っ張る重力、そしてシンジがハンマーを振り上げる力によって、化け物の球体は粉々に砕けた。

 

 シンジは懸命に走り続けながら、自分が握るハンマーを見つめる。

「ははっ」

 思わず笑ってしまった。

 彼女から託されたこの小さなハンマー。

「プログナイフなんかよりよっぽど頼もしいね…!」

 3体目が飛び掛かってくる。

「こなくそ!」

 まるで彼女の魂が乗り移ったかのような掛け声で、その3体目の怪物の、大きく開かれた口の中にハンマーを叩きこむ。シンジの手に、怪物の牙の全てが砕けていく感触が伝わった。

 口から大量の血を迸らせながら、きゃんきゃん、と、まるで犬のような鳴き声を上げて転がっていく怪物を視界の隅で見送り、シンジは走りながら拳でガッツポーズをした。このハンマーさえあれば、たとえ相手が「最強の拒絶タイプ」であっても負けないような気がしてきた。

 

 不意に、ハンマーを握る右手が軽くなったような気がした。

 ハンマーを見る。

 シンジが目にしたもの。

 それはすでにハンマーではなかった

 ただの棒。

 ハンマーの頭部が、欠けて無くなっていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ…、わわ!?」

 嘆く暇もなく、4体目が襲い掛かってくる。

 シンジは怪物の目ん玉に向かって、すでにハンマーではなくなった、ただの棒の先端を突き出してやった。1つしかない眼球を潰された怪物は前足の膝を折ってその場に崩れるが、シンジは咄嗟に棒を握った手を離してしまった。

 

 ついに徒手になってしまったシンジ。

「もおおおお!」

 悪態を吐きながら、全力で走り続けた。

 

 

 走り続けて。

 走り続けて。

 口から心臓が飛び出てしまいそうになっても走り続けて。

 酸素欠乏で目の前が真っ白になってしまいそうになっても走り続けて。

 

 奇妙な現象が起きた。

 遥か遠くに見えた地平線。

 相変わらず見えるのは空だけ。周囲には山も木々も建物も、空に向かう高いものは何もない。地平線より上にあるのは、真っ青な空とぽつぽつと浮かぶ雲だけ。

 その、遥か遥か遠くにあるはずの地平線。

 その地平線が徐々にこちらに向かって近づいてくるのだ。

 

 迫ってくる地平線。

 それに向かってシンジは走り続ける。乳酸が溜まりに溜まった足に鞭打って走り続ける。

 時折迫った怪物が振る前足の爪が背中を掠め、肩を掠め、わき腹を掠め、そこから鮮血が迸るが、シンジは体に走る痛みを全て無視して走り続けた。

 近づいてくる地平線に向かって、ひたすら、我武者羅に。

 

 そしてついに地平線はあと数歩のところまで迫った。

 

「ああああああああ!!」

 

 シンジは叫びながら最後の力を振り絞って跳躍した。

 

 地面から跳び上がるシンジの体。

 

 両腕を天に向かって突き上げて。

 

 足を前後に大きく開いて。

 

 まるで迫りくる地平線を跨ぐように。

 

 

 ついに、地平線はシンジの股の真下まで来た。

 

 それは地平線ではなかった。

 それはシンジが駆けてきた大地が尽きる場所。大地の、一番の隅っこ。

 地面はそこで途切れ、そこから直角の崖となり、そこから先の大地は遥か遥か下。一体何百メートル、何千メートル下にあるのかも分からない。あまりにも遠すぎて、霞み掛かってる大地が、股の下を見るシンジの目には見えた。

 

 シンジは自分の体が崖の先に完全に出る前に、思い切り体を捻った。

 空中で体を半回転させる。

 体ごと後ろに振り返ると、自分が今跳躍したばかりの断崖絶壁が見えた。

 その断崖の向こうに広がる大地。

 その大地を埋め尽くさんばかりの、怪物の群れ。

 初めてその全容を目にし、こいつら全てが自分の後を追ってきていたのかと思うと、何だか自分がとても大人物になってしまったような気がして、シンジは何だか恐れ多いような気分になってしまった。

 

 やがて地球の重力が仕事を始めた。

 シンジの跳躍の勢いが消えていく。

 となれば、後は重力に引かれて落下するだけ。

 

 シンジは懸命に両腕を伸ばした。

 伸ばした先は崖の縁。大地の、本当に一番の端っこ。

 

 懸命に腕を、肘を、指を伸ばす。

 右手の人差し指と中指と薬指と、左手の中指と薬指と小指が、辛うじて崖の縁に引っ掛かった。

 途端に、計6本の指にシンジの全体重が襲い掛かる。

「ぐぅっ!」

 さらに崖にシンジの体が叩き付けられたが、シンジは歯を食いしばって指に全霊の力を込めて崖の縁にしがみ付いた。

 

 辛うじて崖の縁にぶら下がることが出来たシンジの頭上を、黒い影が過ぎ去っていった。

 綺麗な放物線を描いて、遥か遥か下の大地に向かって落ちていく黒い影。

 それは崖を前に急制動に失敗した怪物。

 一体だけではなかった。

 シンジの頭上を、止まることができなかった怪物の群れが次々と飛び越えては、そして遥か下の大地へと落ちていった。

 

 

 

 それは巨大な構造物だった。

 荒涼とした大地の上に立つ、周囲の山々よりも遥かに高い建造物。あたかも古代書に出てくるその巨大さ故に神の怒りに触れてしまった塔のような威風を誇る、ひたすら天に向かって伸びた塔。

 所々が崩壊し歪な姿をしている構造物は、しかしてっぺんだけは綺麗に真っ平になっている。

 その真っ平な屋上で起きた現象。

 それはまるで雪崩のよう。

 だだっ広い屋上の一角を埋め尽くす黒い影の群れが、次から次へと屋上から遥か下の地上へと転落していく。

 辛うじて崖の前で止まることができた黒い影も、後ろから押し寄せてくる黒い影に押し出され、結局転がり落ちていく有様だ。

 

 

 構造物の屋上の端っこに、両手で必死にしがみ付いていた少年。その頭上を飛び越え、遥か下の大地へと落ちていく怪物の数が少しずつ減っていく。

 やがて静かになる。

 全体重が掛かっている指の痛みに顔を顰めながら、シンジは足もとに視線をやった。足からその下は延々と真っ平な壁が続いており、地上は遥か遥か下。あれだけ大量の怪物たちが落ちていったのに、地面はあまりにも遠すぎて怪物たちの影も形も見えない。

 ここまで高いとかえって現実味がなくなり、高所による恐怖というものをシンジは抱かなかった。むしろ、怪物たちを一斉に始末してくれたこの高さに感謝したい気分だ。とは言え、落ちていった怪物たちと同じ末路を、自分は今正に辿ろうとしていることは忘れてはいない。

 シンジは視線を頭上へと向けると、ふうと大きく息を吐いた。すでに感覚が無くなり始めている指に懸命に力を込める。

 引っ掛けるものが何もない壁につま先をこすり付け、少しずつ肘を曲げていく。右腕を思い切り伸ばして屋上の床へと投げる。右足をぶん回し、踵を強引に屋上の縁へと引っ掛ける。

「こんにゃろめぇぇ!」

 全身に渾身の力を込めて、壁を這い上がった。

 

 屋上の床に四肢を投げ出し、仰向けになる。

「はあああああ……!」

 よく晴れた空に向かって、深い深い溜息を吹きかけた。

 限界を超えた距離を全力疾走した足。全体重を支えた腕。

 全ての燃料を燃焼し切ってまるでマグマのように火照り、あちこちが悲鳴を上げている体。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 肩で息をするシンジの体に、やや強めの冷たい風が吹き付けた。

 

 火照った体も、節々に感じる痛みも、肌を撫でる冷たい風も、本来不快に感じるはずのそれら全ては、自分が生きている証拠。

 

「ははっ…」

 

 青い空に向かって笑い掛ける。

 どこまでも深い青が続く空に、自分のすぐ隣で散っていった少年の笑顔が溶け込んでいくような幻を見たような気がした。

 

「カヲルくん…」

 

 シンジは少年の幻が消えていった空に語り掛ける。

「僕…、もう少し頑張ってみるよ…」

 床に投げ出していた手を、ぎゅっと握り絞めた。

 

 

「よっこらせ…っと」

 年寄じみた掛け声と共に、上半身を起こす。

「さて…と」

 周辺に視線を巡らせる。

「どうしよっか…」

 シンジを遠巻きで囲み込んでいる怪物たちの群れを見渡した。

 

 無数の一つ目に見つめられる。

 異様に裂けた口の隙間から覗く凶悪な牙。

 前傾姿勢となり、前足は何度も床を引っ掻き、今にもシンジに飛び掛からんばかりだ。

 

 あれだけ大量の怪物が地上に落ちていったにも関わらず、怪物たちはシンジたちが出てきた出入口から次から次へと補充され、再び屋上を埋め尽くそうとしている。

 そんな怪物たちに囲まれて、シンジは場違いにもほっと安心してしまった。自分を囲むものが怪物たちでよかった。もしこれがあの水槽で見た空色髪の少女の群れであったら、自分は正気を保っていられなかっただろうから。

 そして、これから自分の目の前で繰り広げられる虐殺劇も、虐殺される相手がまるでゲームの世界から飛び出てきたような現実離れした姿をした怪物たちであれば、それほど大きなショックは受けないだろうから。

 

「遅いよ…、アスカ…」

 

 シンジが呟いた瞬間、シンジの背中を強烈な爆風が襲った。

 

 

 爆風に紛れて、巨大な爆音。

 

 シンジの背後からせり上がるように現れる巨大な機影。

 

 両翼に備えられた回転翼を盛大に回しながら、垂直に上昇してくるVTOL機。

 

 単座の操縦席の窓からひょっこり顔を出すパイロット。

 

 暴れる赤毛を押さえながらアスカは叫んだ。

 

「シンジ!!伏せて!!」

 

 

 シンジはアスカに指示されるままに床にしゃがみ込む。

 間髪入れずに、頭上から轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 屋上の上のシンジが床に這い蹲った瞬間、操縦桿の頭部に備え付けられた赤いボタンを親指で押した。

 機体の両脇にぶら下がる機関砲の砲口から火が吹き、炎を纏った鉄の塊が次々と飛び出し、屋上を埋め尽くす怪物の群れへと降り注いでいく。

 

 

「あちっ!あちちち…!」

 頭上から降り注いでくるのは機関砲の轟音だけではない。熱々に熱せされた大量の空薬莢が落ちてきて、シンジは悲鳴を上げながら床を転げ回る羽目になった。

 

 

 轟音が止む。

 熱々の空薬莢の雨も止む。

 

 顔を上げた。

 周囲を埋め尽くしていた硝煙の幕は、風によって瞬く間に掻き消える。

 晴れた煙の向こうに現れた風景。

 

 つくづく、自分を取り囲んでいた群れが、あの空色髪の少女の群れでなくて良かったと思う。

 死屍累々という表現がぴったり。

 屋上は、ミンチ化された怪物の死体で埋め尽くされていた。

 

「お待たせ! シンジ!」

 この凄惨な光景を生み出した張本人のものとは思えないような明るい声が、シンジの背中に投げられた。

「お迎えご苦労さん、アスカ」

 シンジは操縦席の窓ガラスから顔を出すアスカに向かって手を振った。

「ちょっと待って。近場に着陸させるから…、って、うへっ」

 不意にアスカが視線を遠くにやり、うんざりしたような声を上げたので、シンジはアスカの視線が向かう先に目をやった。

「げっ!」

 目にしたものに、思わずシンジもうんざりしたような呻き声を漏らしてしまう。

 例の出入口から、またもや怪物の群れが懲りずに溢れ出てきているのだ。

 怪物たちはその一つ目にシンジたちの姿を捉えると、全身の筋肉を総動員させてシンジたちの方へと迫ってくる。

 

「アスカ!機体を下げて!」

 振り返ったシンジは、アスカに向かって怒鳴った。

「え?」

「早く!」

 今度はアスカが、シンジに指示されるがままに操縦桿を動かし、機体をシンジが居る屋上から下方へと移動させた。

 

 シンジは屋上の端っこに立つ。

 すぐ下には、VTOL機の大きな機体。

 目標としては十分な大きさだ。

 ふと視線をずらしてしまうと、VTOL機の遥か下方に広がる地上が目に入る。

 山の頂上、その上に点在する雲すら、VTOL機の下にある。

 怪物たちを大量に飲み込んだこの光景に、先ほどは頼もしささえ感じていたが、今度は立ち眩みがしてしまった。

 慌てて視線をVTOL機へと戻し、意識を集中させる。

 単座式の操縦席。ガラス窓の向こうに、強烈なビル風に煽られる機体を必死に制御している彼女の姿が見えた。

 

 彼女の顔を見つめる。

 不思議だ。

 途端に立ち眩みが止んだ。

 

 シンジは両腕を広げる。

 窓越しに見える彼女の顔を見つめながら。

「よっと…」

 軽い掛け声と共に、屋上の床をそっと蹴った。

 

 

「え?」

 暴れる操縦桿を必死に握り締めながら、屋上の隅に立つシンジを見上げていた。

 そのシンジの足が屋上から離れたような気がしたので、アスカは間の抜けたような声を上げる。

 見間違いだろうか。

 いや、見間違いではない。

 シンジの足は、明らかに屋上から離れている。

 まるで鳥の羽ばたきのように、両腕を広げながら、屋上から跳躍したシンジ。

 あいつ、いつの間に飛べるようになったのだろう。

 感心してシンジの様子を見守っていたが。

 

「おいおいおいおーい!?」

 

 自由落下を始めたシンジの体。

 アスカは慌てて操縦桿を手前に引き、VTOL機の機首を上げた。

 

 ドン!

 

 上げたVTOL機の機首が、その鈍い音と共にがくんと落ちる。

 窓ガラスを通して太陽の日差しが一杯に降り注いでいた操縦席が、急に暗くなった。

 窓ガラス一杯に、両腕両足を広げたシンジの体。

 窓ガラスにへばり付きながら、シンジは言う。

 

「ナイスキャッチ」

 

「もう馬鹿!」

 悲鳴とも呆れ声ともつかないアスカの声。

「レイも無事だね?」

 操縦席の後方。後部座席ではシートベルトをしっかり括り付けた「それ」が座っていた。突然空から降ってきたシンジに感動しているようで、足をばたつかせながら「おおおお」と奇妙な歓声を上げている。

 

「わわ!」

 強烈な上昇気流が駆け抜け、VTOL機の機体が揺れる。機体が大きく傾き、シンジの体が窓ガラスから浮き上がった。

「ちょっと!」

 アスカは咄嗟に窓から腕を突き出し、シンジの腕を掴んだ。

「アスカ…、まるでスタローンみたいだ…」

 一方では操縦桿で暴れる巨大な機体をコントロールし、一方では転がり落ちてしまいそうなシンジの腕を引っ張る。そんな男前のアスカの姿に、感嘆の声を漏らすシンジである。

 大きく傾いた所為で、機体が巨大な構造物の壁に接近しそうになる。

「こなくそー!」

 アスカは下品な掛け声と共に、操縦桿を自分の方へと引き寄せる。壁をすれすれで躱した機体は機種を大きく上げ、たちまち高度を上げていく。

「このまま逃げるわよ!」

 シンジを機内に引き入れている余裕はない。アスカはシンジを操縦席の窓ガラスに乗っけたままで、この場から飛び去ろうと考えた。

 

 垂直飛行から水平飛行へと移行し、屋上すれすれを飛ぶ機体。すぐ下では、無数の怪物たちがVTOL機に向かって飛び掛かってくるが、さすがの怪物たちも高速で飛んでいく機体にまでその牙を届かせることはできない。

 機体が安定してきた。

 ぐんぐんと高度が上がっていき、巨大な構造物の屋上が急速に遠のいていく。

 どうやら上手く逃げられそうだ。

 ほっとするアスカ。

 そのアスカの視界。

 視界の隅っこに映り込んだもの。

 

 アスカたちが出てきた出入口以外は何もない、真っ平だったはずのだだっ広い屋上。

 その床の一部が開き、その下から何かがせり上がってきた。

 

 それは機関砲台座。

 台座の上に備えられた、完全に自動化された速射砲は、淀みない動きで砲身の先端をある方向へと向ける。

 速射砲の砲口が、アスカの視線とぴったり絡み合った。

 

「くっ!」

 すぐに回避運動に移ろうとしたが、アスカの見つめる先に、窓ガラスに必死にへばり付くシンジの姿があった。操縦桿を傾けることに、一瞬躊躇してしまう。

 その一瞬が、命取りになった。

 

 アスカが視界の隅で強烈に瞬く閃光を確認した次の瞬間には、VTOL機の右回転翼が吹き飛んでいた。

 

 たちまち操縦席のそこかしこから警告音が鳴り始め、機体が暴れ出した。

 

「わあああ!!」

 急降下を始める機体。浮き上がるシンジの体は完全に逆立ち状態となった。

 シンジは必死で操縦席の窓枠にしがみ付く。

「シンジィ!」

 アスカも懸命にシンジの腕を握り締める。

 

 左右に暴れる操縦桿を支える右手。

 振り落とされそうなシンジの腕を掴む左手。

 さしものアスカの腕も限界にきていた。

 

 窓越しにアスカの顔を見る。

 腕の痛みに苦悶の表情を浮かべながら、事態の収拾に必死になっている。

 落下する機体。

 振り落とされそうになる自分。

 今の彼女に、2つの危機を同時に対処させる訳にはいかない。

 この時のシンジの決断は早かった。

 

「アスカ…」

 

「何よ!こんな時に!」

 妙に冷静なシンジの声が、悪戦苦闘しているアスカにとっては却って腹立たしく、乱暴な返事をしてしまった。

 

「レイの事。頼んだよ」

 

「え?」

 アスカがシンジの方に視線を向けた時は、すでにシンジの手は窓枠から離れた後だった。

 

「シンジ!!」

 離すまいと、シンジの腕を握っていた手に力を籠めようとしたが、シンジの腕はアスカの腕をするすると滑り抜け、そしてシンジの体は機体から離れるとあっという間に天高くへと舞っていき、そして見えなくなった。

 

 

 

 

 

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