魔法を使用しない旧世代スポーツは基本的に専用の道具とコートさえあればどこでもできた。
例えば野球、例えばサッカーやバスケットなどが有名だろうか。
野球ならばバットとボール、とグローブ。サッカーやバスケットならばボール一つあれば後は敷地だけ確保すれば後はどこでも遊ぶことができる。
翻って魔法を使用する現代のマギスポーツは基本的に決められた場所でしか遊ぶことができない。
それは魔法という超常の力を使うが故に伴う不便さではあるが、同時に安全性の考慮でもある。
魔法自体で怪我をすることというのは余り無いことではあるが、魔法によって引き起こされた結果によっては大怪我をすることだってある。
防ぐ手段というのもまた多々あることも事実ではあるが、咄嗟の時にちゃんと防げるか、というのもまた別の話。
何よりも人的被害は無くともそれ以外への被害というものがある。
例えばマギアーツ。
攻勢魔法の弾幕が飛び交うような状況で人間は魔法によってそれを防ぐとしても戦っている場所への被害というのは酷い物で、なまじ激しく動く競技だけに流れ弾が飛んでいかないという保証も無い。
うっかり周辺に何か置いていようものならばあっという間に流れ弾に当たって壊れてしまうことは自明の理であり、だからこそそういった人的被害のみならず、物的被害までをも未然に防ぐために魔法競技は『結界』魔法が張られた空間でのみ行われる。
問題はこの『結界』魔法。
短時間の間ならばともかく、一時間、二時間と張り続けるにはかなりの魔力が必要とされる。
それ故に個人で簡単に使えるような魔法ではないとされ、『魔粒子』の濃度の高い場所……いわゆる『パワースポット』に施設を建て、『結界』魔法を動作させるための専用の機器を作ってようやく数時間の継続使用が可能になっている。
魔法競技をするにはこの施設を借りる必要があるわけだが、魔法競技と一言に言っても今や魔法を使わない競技のほうが少ないわけで、当然のことながら全国どこを探しても『結界』魔法の敷かれた施設というのはどこもかしこも予約でいっぱいだった。
その中でも世界最大規模の人気を誇るマギアーツは月一、二回ほどの割合で全国のあちこちで会場を借りて、非公式戦を行っている。
公式戦自体は年に一度か二度しか無いが、当然ながら練習試合、のようなものはあちこちで組まれているし個人参加の小規模戦のようなものはあちこちでやっていて、それらを総称して非公式戦と呼ぶ。
特に重要なのが『月例大会』で、魔法戦闘競技会が毎月開催している非公式戦である。
先も言ったが非公式戦自体は『練習試合』だったり『小規模大会』だったりもあるのだが、前者はだいたい高校の部活などで学校にマギアーツの施設があるところでも無ければ行われない類のもので、後者は開催が不定期かつ参加者が大人も混じっていたりと決して平等とは言えないルールで行われる。
神代勇樹のように『マギアーツに力を入れていない学校』で、『同年代と』戦うにはやはり『月例大会』が一番手っ取り早く、尚且つ確実だった。
* * *
・基本ルール
①試合前に付与されたマジックバリア(以降バリアと記する)に許容量以上のダメージが与えられた時点で敗北となる(選手の危険性を鑑みて)
②試合開始から300秒以内に決着がつかなかった場合、バリアに蓄積されたダメージ量の多寡で勝敗を着ける
③試合開始前よりの魔法の発動は禁止。
④精神を直接操作する魔法の禁止(
⑤選手の生命に関わるような危険な魔法の使用は禁止、試合中に使用した場合即座に失格となる
⑥バリアへの直接的な干渉は原則として禁止とする、ただし選手自身が危険が迫った時のみ例外的に許可される、その場合厳格な審査の元成否が問われる
⑦その他ルールは大会ごとに追加される。
* * *
―――マギアーツの試合会場は意外と狭い。
イメージ的には闘技場、だろうか?
円形の直径3、40mほどの平たいフィールドの両端に立って見ると『思ったより狭い』という感想が出てくる。
小学生の勇樹だからまだしも、大人同士がこのフィールドで戦うには手狭なのではないだろうか、といったところ。
特にマギアーツはこの会場を縦横無尽に走り回りながら行われる。
魔法を使い、出力を上げた人間の身体能力はこの程度の距離は数秒とかからず端から端まで移動できてしまう。
いざこうしてこの場に立って見れば、テレビで見ていたのと……外から第三者として見ていたのとは全く違う景色であることに勇樹は戸惑う。
テレビの中のカッコいい『魔法使い』たちは余程空間を上手く使っていたのだろう、傍から見ていた勇樹には今感じているほどの閉塞感を感じさせることは無かった。
そうこうしている内に、対角線上に試合相手が立つ。
勇樹と同じ年齢の少年だった。
『ドレスコード』のデザインは特に設定していないらしく、私服の上を透明な魔力の膜が覆っているが薄っすらと見える。
両手には何も持っていないが、右手に腕輪らしきものを着けている……多分あれが『導具』だろう。
無手、ということはスタイルはオーソドックスな『ガンナー』……つまり遠距離から魔法を撃ちこんでくるタイプだろう。まあ五月の月例大会はマギアーツを始めた子供たちの最初の大会。
こんな初期も初期の時期に戦闘スタイルがすでに固まっていないだろうし、遠距離から魔法を撃つだけのそのスタイルは初心者向けではあった。
ぎゅっと拳を握る。
足に力を込めて、数度地面を蹴り上げる。
体は動く、調子は悪くない。
それ以外の何もかもが足りていないけれど。
あの適性検査の結果を受け取った日から自分にできることを考え続けていた。
選択肢は少ない。
こんな初期からすでに戦闘スタイルが固まってしまっているのも勇樹くらいだろう。
状況は最初から不利。
それを覆せなければ……順当に戦えば勇樹は負ける。
拳を握りしめながら自らの武器を数える。
頭の中では何度となく
心臓が早鐘を打つ。
ばくばく、ばくばくと煩いくらいに早まる鼓動に胸を抑えながら。
そうして。
ビー、とブザー音が鳴り。
試合が。
―――始まった。
直後。
どん、と爆音のような大音量が響いた。
>>
全身に漲る力を暴走させないように抑えながら試合開始を告げるブザーと共に飛び出す。
>
左手に着けた相手と同じような腕輪型の『導具』が凄まじい速度で勇樹の命令を処理していき。
>>汎用魔技:『収束』=『右拳』
>>魔法式起動『付与』
『強化術式』の発動直後に出した命令処理によって勇樹の右腕に残った魔力の全てが『収束』していく。
開幕の奇襲によって意表を突かれ、咄嗟に思考を止めてしまった相手の顔面目掛け、勇樹が右拳を振り上げて。
―――振り抜くと同時にぱりん、と硝子の割れるような音が聞こえた。
同時。
ビー、と試合終了を告げるブザーが鳴って。
僅か五秒にも満たない間に勇樹の初めての試合は終了を告げた。
* * *
マギアーツの試合というのは意外と開幕はスローペースで進むことが多い。
なにせ魔法というのは割と万能な力だ。
相手がどんな魔法を使うのか、どのくらい魔法が使えるのか。
相手の使用する魔法の効果や性質、相手の魔力の多寡、回復速度、それらを知らずに無策で突っ込めば相手の初見殺しにあっさりとはまって負けることも多々ある。
だからこそ相手の手札を探り、相手の底を見通した時初めて動く。
当然制限時間があるのでだいたい最初の三分は互いに探り合い、残り二分で一気に勝負を決めに行くのが今のマギアーツの良くある流れだ。
逆に言えば。
相手が何の魔法を使おうと、相手がどのくらい魔力があろうと一切関係無ければ序盤から一気に勝負を決めに行っても良いのだ。
神代勇樹の場合、基本的に相手の魔法を防ぐ手段が無い。
避ける以外に防御手段が無いのだから相手の魔法がどうとかいうより相手と魔法の撃ち合いになった時点で負けに等しいのだ。
だからこそ真っ先にやるべきは相手との距離を詰めること。
相手が様子を見る序盤でこれが出来なければ勇樹の負けだ。
そして試合開始まではどんな魔法も発動できないルール上、スタートダッシュというのは非常に有効だ。
ここでポイントなのは魔法の『発動』を禁止しているのであって魔法の『使用』を禁止しているわけではないことだ。
魔法の発動までのプロセスは以前も言ったが。
一つ、体内のアンチエリクシルと結びついた魔粒子を活性化させ、魔力を発生させる。
二つ、発生した魔力に魔法要素を掛け合わせる。
三つ、魔力に魔力属性を掛け合わせる。
の三つだ。
だが正確にはこれだけでは不十分だ。
何せこれでは『どんな風に形作るのか』や『どこに発生させるのか』『どこに向けて射出するのか』など必要な情報が不足する。
つまりこの三つに加えて今度は魔法自体の『指向性』を与える必要が生まれる。
分かりやすく言うならば上の三つは拳銃の『弾丸』を作るようなものだ。
叩けば弾けて爆発力を生むが、弾丸だけあってもどうにかなる物ではない。
それを叩く機構と真っすぐ飛ばす構造、そして勝手に放たれないように留めおく仕組み、つまり『銃』という射出装置が必要になる。
三つの工程に一つ増えただけ、と言われそうだが実のところこれら全てを人間がやろうとするなら恐ろしく手間がかかる。
一つの魔法に集中して数十秒で発動すればまだ良いほうで、条件が複雑化すると一つの魔法に五分十分と時間がかかることになる。
これでは競技でまともに魔法が使えない。
で、あるからこそ『
余り細かく説明すると長くなるので簡潔に言えば『魔法式』は魔力への魔法要素の付与、魔法適性の掛け合わせ、魔法の形成、条件付けなどを事前の設定通りに自動的に構築してくれるものであり。
『魔法表式』は構築した『魔法』を発動直前で留めおくことができる代物だ。
とは言え魔法表式は『導具』では一つだけしか作ることができないので、魔法を連発するようなマギアーツでは咄嗟の防御魔法くらいにしか使われないことが多いのだが。
神代勇樹の場合、そもそも使える魔法がほぼ無い。
そして試合開始直後の僅かな時間を狙うのならば、一秒にも満たないほどの時間すら勝敗を分けることになりかねない。
で、あれば使わない理由が無かった。
そうして試合開始と同時にダッシュで相手との距離を詰める。
これが互いに初の試合。
まだ魔法にも慣れ切っていないような状況。
相手の少年がどんな魔法を持っていたのかは勇樹には分からないが、少なくとも『魔法適性』が複数ある時点でその選択肢は非常に多くなるだろうことは想定済で。
将来的にはその中からいくつか選んで技を磨くのだろうが、今の勇樹のようにたった一つしか練習しない、なんてことは無いだろう。
だからこそ『迷う』のだ。
初めての試合で、最適な魔法の選択なんて早々できるものではなく。
無手で……遠距離から魔法を撃って相手を倒そうという考えを開幕のダッシュによって根底から覆された時点ですでに『予想外』。
当たり前だが手数が多いというのはそれだけ有利だ。
けれど手数の多さを十全に使いこなせれば、の話。
互いに試合経験の無い現状において手数が多いというのは『迷い』を増やす。
だからこそ意表を突かれた時、想定外に陥った時、どうすればいいのか分からず立ち止まる。
その瞬間を勇樹は全力で殴った。
神代勇樹は魔法適性が無い。
だから純粋に魔力を純粋なエネルギーとして拳に『付与』して殴るしか術がない。
『操作』の適性が低いため射撃に関しては最初から期待はしてないにしても、そもそも『射出』する練習をしようにも競技館を使えない以上練習場所すら無いのだ。
故に勇樹が練習可能で尚且つ勝てそうな戦術と言えば相手が攻撃するより先に真っすぐ近づいて全力で殴る、という脳筋にもほどがある戦法しかないのもまた事実だった。
不幸中の幸い、と言うべきか。
神代勇樹の貯蔵魔力量及び魔力生成量は常人の十倍近い。
『色付き』のような例外存在を除けば、十分才能があると言えた……魔力適性無しという致命的欠点を除けば。
とは言えそれで勝利したのだから、方向性は間違っていないと言えた。
多分相手の選手は貯蔵魔力が低かったのだろう。
勇樹の貯蔵魔力が多かったとは言え、属性すら含まれていない純粋な魔力の塊で一発殴られただけで『マジックバリア』が破壊されたのは結局相手の耐久力の無さが原因だった。
一回目はなんとか勝てた。
楽勝のように見えて、やはり根本的に足りないものが多すぎて薄氷の勝利だったのも間違いない。
もっと魔力の多い相手ならば……一撃や二撃でバリアを破壊できず、混戦になってしまう可能性も高い。
それでも。
それでも。
「勝った……っ!」
ぐっと、拳を握って。
「やった! やった!!」
突き出す。
勇樹の初めての試合は。
―――とてもとても楽しかった。
祝! 初試合!
次回から登場キャラ増やすよ。
基本的に一章=1年だから序章は九歳の大会まで続く。