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私は山田太郎、詐欺師だ。
詐欺師というのは、人を騙し、そいつから金を奪うことを生業としている者の事だ。
人の心の隙につけ込み、そいつの人生を滅茶苦茶にする、人間のことだ。
人を騙し、金を奪う。
これは、当然、「犯罪」である。
そして、当然、「悪いこと」である。
ところで、諸君は「悪いこと」というのが、どのように定義されるのか、知っているだろうか。
何を持って、人は、ある事象を、「悪」であると定めでいるのだろうか。
私は、「悪いこと」とは、「過半数の人間にとって不都合なこと」であると考えている。
どういう事か、わかりやすく説明しよう。
例えば、ある組織が、世界を支配しようとしたとする。
地球人民の大半は、支配なんぞされたくないから、全力で反発する。
このとき、過半数を占めている、支配されたくない派が「正義」となり、少数派である、支配したい派は、「悪」と定義される、と、こういうことだ。
つまり、悪というのは少数派なのである。
今、悪を定義するものは「ルール」だろうと思った君。
知っているか?法律は、多数決で、成立の可否が決まるんだぜ。
「ルール」っていうのは、多数派が有利なように定められている、いわば「正義」そのものだ。
少数派である悪は、ずっと、この多数派の正義に怯えながら、生きていくしかないのだ。
私がこれから諸君に教える話は、私という悪が、正義に精一杯あらがう物語だ。
この話を知った諸君が、自分の信じてきた正義を見失うことを、期待している。
取り敢えず、手始めに、私が、一人の老人を、騙してやったときの話をしてやろう。
day 1 晴
朝がきた。
私は朝が苦手だ。
起きてからしばらく続く、頭に靄がかかったような、あの感覚が嫌いだからだ。
考える力を奪われているような感じがして、虫酸が走る。
今朝も例外なく訪れるその感覚を、何とか消し去ろうと、頭をかきむしりながら、私はベッドから出た。
「ホテル佐藤」と金色の文字で書いてある、緑色のスリッパを履き、そのまま、部屋に備え付けられている、電気ポットのある場所へ向かう。
ポットを手に取り、洗面所へ。水を入れ、元の場所へ戻し、ポットのスイッチを押す。
ヴ~~~という機械音が聞こえ始めたの確認した後、私は、豆の準備に入る。
備え付けのコーヒー豆を、ケースから、右手で掴み取り、部屋備え付けのコーヒーミルには入れず、そのまま右手で握りつぶす。
ガリゴリガリリと、良い音を立てて、手の中でコーヒー豆が砕ける。
いくらか手からこぼれて、床に落ちてしまったが、気にしない。
戸棚から、「ホテル佐藤」と黒い字でかかれた白のカップを取り出し、右手のコーヒーの粉末を入れる。
タイミングよく、電気ポットがピーと音をたてて、お湯が沸いた事を教えてくれる。
コーヒーの粉末が入ったカップに、ポットからお湯を注ぐ。
湯気が立ち、コーヒーのいい香りが、部屋に広がる。
カップを持って、私はテラスへ向かう。
部屋とテラスを隔てるガラス戸を開け、テラスに出る。
朝日が眩しい。
眼前に広がる田園風景を眺めながら、コーヒーを一口飲む。
少し熱いが、この位の方が、眠気覚ましにはちょうどいい。
よし、だんだん頭がはっきりしてきた。
ポケットからシガレットを取り出そうとして、手が、何か粉のようなもので、汚れていることに気付く。
何だ、この茶色い粉末は。
匂いを嗅いでみる。
今飲んだコーヒーと同じ香りがする。
どうやらコーヒー豆の粉末のようだ。
だが、どうして手に付いているんだ?
これじゃあまるで、私が寝ぼけながら、コーヒー豆を握りつぶしたかのようじゃないか。
私は、そこまで握力が強いわけでは無い。
きっと、コーヒーミルで豆を潰したあと、その粉が手についてしまったんだろう。
私は、寝ぼけている間の記憶が、ほとんど残らない。
この体質もあるから、私は朝が嫌いなのだ。
そんなことを考えながら、私は、視線を、手元から、ホテルの前の道路へと移す。
この部屋は23階だから、道路は結構下に見える。
そろそろ、今回の詐欺の、ターゲットが、あの道路を通るはずだ。
そう思いながら、私はさっき取り出し損ねた、シガレットの小箱を、ポケットから取り出す。
小箱を開け、中から白いスティックを取り出す。
それを、右手の人差し指と、中指の間にに挟み、口にくわえる。
そして、前歯で齧る。
カリッと、快い音と共に、口の中に、ココアの香りが広がる。
今はこの、「ココアシガレット」というお菓子も、中々見かけなくなってしまった。
私はこの、棒状のラムネのような菓子が、大好きなので、常に鞄の中に、常に何箱かストックがあるから、それで、困るようなことは無いのだが、昔は多くあったものが少なくなっていくというのは、何だかせつない気持ちになる。
といったところで、ようやく今回の詐欺の、ターゲットが、現れた。
道路の左側を、自転車でのんびり走っている、あの高齢者男性が、今回のターゲットだ。
彼の名前は、山下薹璽臘。
姓と名の、漢字の密度差がえげつないこと以外は、極めて普通の、御年75歳の、一般老人男性だ。
ていうか、姓の画数:名の画数=6:55って、どういうことだ。
この名前を付けた親は、きっと相当な変わり者なのだろう。
因みに薹璽臘で、トウジロウと読むらしい。
音が見た目に負けている感が否めない。
さて。
薹璽臘は、自転車で、走り去ってしまった。
きっと、いつものように、図書館へ向かったのだろう。
私は、彼が読書を嗜んでいる間に、彼について調べることにしよう。
ターゲットの詳細をよく知ることが、優秀な詐欺師への第一歩だ。
今の所、私が持っている、薹璽臘についての情報は、名前、年齢、性別、住所、家族構成、生い立ち、出身小、中、高等学校、口座のパスワード、趣味、口癖、鉄板ネタ、独自の学習法、好きな食べ物、嫌いな食べ物、初恋の相手、今の妻との出会いのエピソード、結婚指輪を買った店初めての夫婦喧嘩の日時とその理由、喧嘩の和解の原因、と、このぐらいか。
後半は、無駄な内容が多い気がする。
まあ、知っていて損は無い。
因みに、これらの情報は、すべて薹璽臘本人から教えてもらったものだ。
彼はどうやら多弁家のようで、図書館や公園などで、薹璽臘と、世間話をしていれば、彼は勝手に、こちらに個人情報を流してくれる。
詐欺師としては、やりやすいことこの上ない。
これは推測だが、私が詐欺を仕掛けなくても、この老人は、いつか誰か別の詐欺師に引っかかるだろう。
こんなボーナスゲームみたいに個人情報撒き散らす老人を、詐欺師が放っておく訳がない。
というかこのじいさん、もう何回か、詐欺に遭っているんじゃないか?
彼からそんな話は聞いていないが、、、
まあいい。
取り敢えず、これ以上の情報は、必要なさそうだな。
ていうか、もう詐欺は終わったんじゃないか?
だって、銀行の口座のパスワード知ってるんだから、あとは、銀行行って、番号打って終わりだろ?
あれ~?おかしいな~。
私はただ、老人の世間話に、付き合ってあげただけなんだけどな~。
まあ、いいか。
銀行いって、薹璽臘の口座から百万ぐらい下ろして、今回の詐欺は終了だ。
私は銀行へ向かった。
自動ドアをくぐる。
きちんと列に並び、ATMの前に立った。
薹璽臘の口座番号とパスワードを打ち込み、百万引き出そうとして、私は、おや?と思う。
なんと、その口座には、一銭の金も入っていなかったのだ。
私は納得した。
一銭の金も預けてない口座のパスワードだったら、そりゃあ言いふらしもするか。
得心がいった。
取り敢えず、銀行を出るかなと思い、ドアの方に一歩踏み出そうとして、止めた。
とてもいやな予感がしたからだ。
私は、ドアの方へ踏み出した足を止め、思考を始める。
0.0s
さて、今感じた予感は何だろう。
予感には必ず理由がある。
取り敢えずその理由を探そう。
0.1s
目だけで銀行内を見回す。
目に入ったのは、ATM、順番待ちの客、銀行の外の駐車場、以上。
ここは小さい銀行なので、スタッフはおらず、カウンターもない。
0.2s
客の数は私を除いて3人。
対して、外の駐車場には車が5台
0.3s
どうして客の数より車が多い?
車で順番待ちをするほど、店内は混み合っていない。
0.4s
ところで、薹璽臘はどうして口座番号とパスワードを言いふらした?それで彼に何の特がある?
まるで、誰かを、銀行に誘い出したかったみたいじゃないか。
0.5s
仮に薹璽臘が私を銀行に誘い出したかったとすると、わからないのはその理由だ。
私を誘い出して、あの老人に何の得がある?
0.6s
いや、あの老人が、一人で、私を誘い出したとするのは早計かもしれない。
なにがいいたいのかというと、つまり、私を誘い出したのは、複数人による行いかもしれないということだ。
私が相手にしていたのは、あの老人だけではなかったかもしれないということだ。
0.7s
仮にそうだとしたとき、私が相手にしていたかもしれない組織は、おそらく警察と言うことになるだろう。
0.8s
この国で、私を嵌められる人間は、警察ぐらいだし、私は指名手配もされているからな。
0.9s
警察に嵌められたらとすると、外の駐車場に止まっているのは、覆面パトカーと言うことになる。
とすると、このまま外にでるのは、極めて危険ということになる。
1.0s
よし、別ルートを使おう。
一秒の思考の後、私は、トイレの方へ足を向けた。
お粗末様でした。
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